Section-10
更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正
もたらされたその報告に、志藤さんはすぐさま反応し、詳細を望月さんから聞き出そうとする。
「数は? それと距離はどのくらいですか?」
望月さんはわずかに呼吸を整えてから、それにわかる範囲の情報で応じた。
「ええと……数はたぶん、前に包囲された時と同じくらい。
距離の方は、まだ結構ある感じです。
でもこちらに到達するまで、そんなに時間はかからないと思います」
すると志藤さんと斉川君の二人が、即座に顔を見合わせて、対応についての協議を始める。
「まずいな。今の戦力じゃあ、そんな連中を迎撃するのはどう考えても不可能だ」
「そうですね……ここは何とか、母艦を動かして逃げないと……」
「だがどうする? 詳しい調査はこれからだぞ?」
「手立てとして考えられるのは――」
そんな二人の緊迫したやり取りを聞きながら、私は独り、必死で頭を働かせていた。
(何か……何かしないと)
突如訪れたこの苦境に対し、自分にもできることはないのか、と考えていたのだ。
先ほどは皆に迷惑をかけたし、その償いをしなければ、という思いがあったから。
結果として、私がたどり着いたのは――
(……やっぱり、パスワードのことかな)
パスワードが設定されているデータとやらを、何とかして開けないか、という結論である。
この中で一番、倉田先生に詳しい自分になら、それができるかもしれない……と思ったのだ。
志藤さんから指示があるまでは、他にすることも無いわけだし、挑む価値は十分だろう。
ゆえに私は、張り詰めていく状況をよそに、じっと思考を巡らし始める。
今は濃い霧の向こうにある先生の本心を、改めて探ろうとしたのだ。
(先生……先生は、何を考えていたの?
いったいここで、何がしたかったの?)
ちなみにその手始めとして私が行ったのは、この学校での経験を振り返ることだ。
ここで起きた、自分と先生に関連する出来事を、ひとつひとつ思い出していったのである。
なぜならそこにこそ、パスワードを解くヒントが隠されているのでは、と感じていたから。
(最初は……どうだったのかな)
もっともここに来た当初のことは、私も良く覚えてはいない。
どういう経緯で、どんな方法を使い、この場所を訪れたのかはわからないのだ。
まあ記憶を操作されていたらしいから、それがごく当たり前のことなのだが。
ひとつ確かなことがあるとすれば、あの人がここで先生をしていて、私がその生徒だったこと。
それだけは以前と変わらなかったし、もちろん何の違和感も無かった。
倉田先生がいつも通りだったので、疑問なんて持ちようもなかったのである。
だからここが仮想空間だと判明し、同時に先生が事の元凶と聞いた際、私はその話を内心で否定した。
絶対に嘘だ、何があろうとそんな事はあり得ない、という認識を持っていたのだ。
そういうひどい行いができる人ではない、と揺るぎなく信じていたから。
しかし、その私の想いとは裏腹に――
(……でも、現実は違った)
それらは全て、間違いのない真実だった。
倉田先生は確かに軍人で、私達を駒のように扱い、知らぬ間に戦場へと送り込んでいたのだ。
無論信じたくはなかったが、間もなく本人が認めてしまったせいで、その話を否定することはできなくなった。
当然、私は深く悩んだ。
あの優しく熱心な倉田先生が、なぜそんな事をしているのか、どうしても理解ができなかったから。
表向きいつものように振る舞いながらも、心はずっと暗い場所をさ迷っていたのだ。
そこに救いをもたらしたのは、しばらく後に志藤さんが告げた推論――『倉田先生も洗脳されているのかもしれない』というあれ――である。
私はそれを聞いて、確かにあり得る、いやむしろそれ以外あり得ない、と納得した。
彼女のおかげで、ようやくあの人のことを信じられたのだ。
私が心から安堵し、同時に喜びで舞い上がったのは言うまでもない。
とは言え、私にとってそれは――
(まあ……悔しいことでもあったけど)
あまり積極的には喜べない、非常に不本意な事態でもあった。
なぜなら『自分よりも先生のことを深く理解できる人がいた』という事実を、はっきりと突きつけられてしまったから。
そんな場合ではないと知りながらも、敗北感に囚われずにはいられなかったのだ。
だからこそ今、私は考えている。
先生がどんな状況に置かれていて、そこで何を思っていたのかを。
その心情をより深く理解するため、全力で思考を巡らし、必死に心を砕いているのだ。
今度こそ、あの人の真実の姿を見失わないように。
そしてそんな風に、もう一度先生の置かれた境遇について振り返った結果、私はとある推論へ到達することになった。
それが、何かと言うと――
(ひょっとして……先生も、戦ってたんじゃないのかな?)
私達と同じように、あの人も戦っていたのではないか、という可能性である。
より良い未来を掴み取るために、自身を取り巻く状況や、何より操られている自分自身と。
具体的に何をしていたのかはわからないが、とにかくそう感じたのだ。
だって先生なら必ずそうするはず、と心から思えたから。
どんな不自由な状態にあっても、絶対に諦めないはず、と強く感じられたから。
結局今でも、私はあの人のことを信じている、ということなのだろう。
もちろんそれは、都合の良い妄想とか、身勝手な思い込みに過ぎないのかもしれないが。
それでも不思議と、これこそが真実という確信があった。
後はこれを支えにして進めばいい、と思えるくらいの手応えがあったのである。
その想いを胸に、私はもう一度、あの人の残したもの――パスワードで鍵をかけられている、例の謎めいたデータ――と向き合った。
そして、はっきりと直感する。
(やっぱり、何かおかしい)
今のこの状況には、どこかしら不自然なところがある、と。
知り得た情報の中に、妙に辻褄の合わない部分がある、と。
事の経緯を思い返し、自分の気持ちもはっきりさせたことで、そういう感覚が一気に強まってきたのだ。
だって目の前にあるこのデータは、今の今まで国語準備室に隠されていた。
職員室から遠く、しかもやたらとわかりにくい場所に。
きっと倉田先生でも、持ち出すのには手間がかかったことだろう。
なのに柳井君の話を聞く限りでは、倉田先生はその情報隠蔽のための作業を、何度も繰り返し行っていたいたらしい。
側にいた柳井君が疑問に思うほど、定期的かつ念入りに。
しかもそれでいて、秘匿したい情報を彼に知られてしまっているのだから、やはり不自然な印象は拭えない。
ただ、そのおかしな行動が、もし――
(……もし、洗脳された自分への対策だったとするのなら)
『操られている自分』の暴挙を、未然に防ぐためのものだったとするのなら。
私達宛のメッセージを、『自分』に消去されないよう施した対策だとするのなら。
そう考えてみると、『自分が見つけにくい場所』に隠した、という行動にも納得がいく。
重要な情報をあえて、自分の手の届かぬところへ移動させたわけである。
つまり『洗脳対策』と解釈すれば、先生の不可思議な振る舞いに、すっきりと筋が通るのだ。
となれば当然、そこに設定されたパスワードは、操られていないあの人だけにわかるものだろう。
記憶を封じられた倉田先生にはわからなくて、封じられていない倉田先生にならわかる何か、ということである。
その言葉を突き止めれば、この困難な状況も、どうにか打開できるに違いない。
ならばそれは何なのか、と改めて考えた瞬間、私の頭にふと先生の言葉が思い浮かんだ。
(あ……)
あの人が以前、戦いに赴く私達へかけた言葉が、突然脳裏に蘇ってきたのだ。
まるで今まさに、先生から届けられたメッセージであるかのように――
『未来ある君達の旅路が、幸運に満ちたものでありますように……』
それに背中を押されるように、私はふらふらと覚束ない足取りで、あの人のパソコンに近づいていく。
何事かと驚く、皆の怪訝そうな視線を一身に受けて。
自分達に贈られた言葉を、熱に浮かされたように繰り返しながら。
(幸運と、良い旅……)
そしてパソコンに取り付くと、例のロックされているデータを選択し、そこにパスワードとして――
(きっと……これだ!)
何より大切な思い出の中で、誰より大切な人から聞いた、とある言葉を入力した。
そう、旅立つ相手の幸せを祈る、あの尊い言葉を。
先生ならこうするに違いない、という揺るがぬ確信と共に。
『goodspeed』
すると小気味よい電子音と共に、例のデータが開放される。
(あ……!)
同時にディスプレイへは、間違いなく倉田先生からであろう、ひとつのメッセージが表示された――
『ここに、君達が生き延びるための方法を書き残しておきます』




