Section-7
更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正
本棚に並んだ蔵書を手に取り、一冊一冊その中身をチェックしながら、一方で斉川君に問いかける。
「そっちはどう?」
同じ作業へ取り組んでいる彼に、その首尾を確かめたのだ。
自分の方の成果がさっぱりで、何となく行き詰まりを感じていたから。
しかし、斉川君からの返事は冴えない。
「今のところは手応えなし……だな」
どうやら向こうも、めぼしい発見などは無かったようだ。
まあそう簡単にうまくいくものでもなし、致し方ない話ではあるのだが。
そんな会話を、私達が交わしている場所――それは校舎の端の端に存在する、国語準備室の中だ。
大量の本が収められているそこで、私は斉川君と二人、当てのない探し物に励んでいた。
あるかもわからぬ倉田先生の痕跡を、どうにかして見つけ出すために。
捜索対象としてここを選んだ理由は、あの人が国語教師だったから。
自分の担当教科の準備室になら、何か残しているかもしれない……と思いつき、こうして調べに来たのである。
学校の規模を考えれば、準備室が存在すること自体やや不自然だし、可能性は十分にあるだろう。
また斉川君と一緒なのは、私がこの部屋へ来た際、入り口で偶然出くわしたから。
彼も職員室の調査が一段落した後、私と同じような発想に至り、ここを訪れたらしい。
ちなみに肝心のそちらの調査は、残念ながら空振りに終わったとのこと。
職員室をいくら調べても、すでに知っている情報以外は見つけ出せなかったようなのだ。
であれば当然、ますますここには期待がかかってくる。
ただ、その思惑とは裏腹に――
(中々……難しいか)
それなりの時間を費やしながら、未だ特段の成果は得られていない。
蔵書を片っ端から開いてみても、教材の類いが収められた箱をひっくり返してみても、何ひとつ変わった物が見つからぬのである。
先ほどまでと同じく、部屋を荒らしているだけ、というわけだ。
そのあまりの手応えの無さに、私は苛立ちを募らせて、つい蔵書を手荒く扱ってしまった。
内心で毒づきつつ、乱暴に本棚へと戻したのである。
(……また、駄目か!)
するとそんな私を見て、斉川君が軽く苦言を呈してくる。
「おい……あんまり焦るなよ。それじゃ見落としが出るぞ」
その瞬間、私は反射的に彼を怒鳴ってしまった。
フラストレーションが溜まっていて、感情をうまく制御できなかったのだ。
「わかってるよ!」
ただし直後、自らのしたことに気づき、慌てて彼に謝罪をする。
「あ……ごめん、大声出したりして」
しかし斉川君は、別に気にした風もなく、ひどく落ち着いた声でそれに応じた。
「……謝るなよ、お前らしくもない。
俺も言い方が悪かった。
お互い様ってことで、水に流そう」
そしてその理性的な対応に、罪悪感を覚えながら返事した私へ――
「……うん」
一回だけ深々と頷いてから、さっさと自らの作業に戻っていく。
まさしく何事も無かったかのよう、と例えるに相応しい態度である。
そんな彼の、落ち着いた後ろ姿を眺めながら、私は改めて思った。
(不思議な人……)
なんでこの人は、こんなにも私に対して甘いのだろうか、と。
斉川君のくせに、ちょっと人が良すぎるんじゃないか、と。
ついつい、そんな失礼極まる疑問を抱いてしまったのだ。
だって私は、普段から散々彼のことを振り回しているし、今みたく感情をぶつけることもある。
扱いがぞんざいな上、一方的に迷惑をかけているわけだ。
普通であれば、嫌われて然るべき存在であろう。
だと言うのに斉川君は、決して私を怒ったりしないし、苛立ったような反応をすることもない。
内心は不明だが、何があろうとそれを表に出さぬのだ。
正直、彼が何を考えているのかは、さっぱり見当もつかなかった。
まあ厳密に言えば、少なからず好意のようなものを感じた、という経験もあるのだが。
しかし他の男のように、恋愛関係を迫ることもなければ、邪な視線を向けてくることもほぼ無い。
要はとても親しい異性の友人、と呼べる関係なのだ。
いったい何でこんな状態に、と我が事ながら首を傾げざるを得ない。
ただそう不思議がりつつも、私はその疑問を、次いでさっさと頭の片隅に追いやる。
(……まあいいや)
なんであれ、自分が変わるわけではないから。
彼が何を考えていようと、私はいつもの己のスタイルを貫くのみ、というわけだ。
具体的にはそう、来る者拒まず去る者追わず、嫌がらせをする者は無視して、害を与えてくる者にはお仕置きを。
それこそ私の、私らしい生き方である……
……などと一人、くだらない考えを巡らしていると、そこへふと陽気な声がかかった。
「およ……? 先客がいるとは意外だな」
それに驚いて、急ぎ声の方へ視線を向けた私の視界に――
(柳井君?)
国語準備室の入り口に立つ、柳井満君の姿が入ってくる。
彼はひどく不思議そうな表情で、私達に来訪の理由を尋ねてきた。
「あれ~? ここに注目してたの、俺だけだと思ったんだけどなあ。
なんで二人がいるんだ?」
その質問に対し、私は一瞬言葉に詰まる。
自分が倉田先生と知り合いであることを、まだみんなには伝えていない、という事実を思い出したから。
別に隠すつもりは無かったのだが、何となく言いそびれてしまったのだ。
ならどう答えたものか、と私が困っているのを察してか、代わりに斉川君がその問いに答えてくれた。
「倉田は元々国語教師だったんだよ。
だからこの国語準備室に、何かあいつの痕跡が残ってるんじゃないかと思ってな。
……と言うか、『なんでここに』ってのはこっちのセリフだ。
お前の方こそ、どうして来たんだ?」
すると柳井君は、しばし迷うように沈黙した後、意を決した様子で想定外の話を始める。
「……俺が、あいつの下で働いてた時の話なんだが」
途端に辺りへ、強い緊張感が漂い始めた。
ひどくデリケートな問題なので、どう触れたものか迷ってしまったのだ。
とは言え、思い出したくないことを語ってくれている、彼の覚悟は汲まなければならない。
なので私はそのまま、黙って柳井君の話に耳を傾けていく。
「実はあいつ、たまに職員室を空けてたんだよ。
行き先も告げずに、突然いなくなるんだ。
それでしばらくすると、またふらりと戻ってくる。
まあタイミングやら時間やらは、完全に不定期なんだけどな」
そこで語られたのは、倉田先生ついての、かなり耳寄りな情報だ。
どうやらあの人、詳しい理由は不明だが、たびたび不可解な行動を取っていたらしい。
ひょっとしたらそこに、何か事態打開のヒントがあるかもしれない。
そう彼の話に興味を覚えた私は、集中してそれに聞き入った。
「で……その急にいなくなった時の後、本当に一度だけ、あいつがここから出てくるのを見たことがあってな。
しかもちょっと、周りを警戒しながら。
俺はあいつから見えにくい位置にいたんで、気づかれはしなかったんだけど。
それをさっき思い出して、じゃあ何か秘密があるんじゃないか、と考えたってわけだ」
つまりはこの国語準備室を、まるで人目を避けるように訪れていた、ということだ。
おそらく、職員室に不在であった際はいつも。
これはやはり、何かあると見るべきだろう。
そんな確信を持つ私に、柳井君は次いで、ちょっと不安そうに問いかけてくる。
「と言う感じで、ここに来たんだけど……
俺も一緒にいいかい?」
どうやら彼、裏切り者という自分の立場を、まだ気にしているらしい。
言うまでもないが何の問題も無いので、すぐさま了承の返事をした。
斉川君にも、半ば強引に同意を求めながら。
「もちろん。三人で一緒に探そうよ。
斉川君もそれでいいよね?」
彼はそれに、いかにもな無愛想さで応じる。
「……別に俺が決めることじゃないだろ。
お前の好きにすればいい」
すると柳井君は、満面に笑みを浮かべて、明るく作業開始を宣言した。
「さんきゅ~! じゃあひとつ、やっちゃいますか!」
そして早速、機敏な動きで捜索に取りかかる。
斉川君はそんな柳井君を、渋い顔で見つめていた。
言いたいことが山ほどあります、というのがはっきりわかる態度だ。
まだ彼に対し、複雑な感情を抱いているのかもしれない。
私はそんな斉川君に、軽い駄目出しのつもりで、小言のように声をかける。
「……そろそろ許してあげたら?
ちゃんと謝ったでしょ、柳井君」
もっとも斉川君の答えは、ますます表情を歪めはしたものの、存外に穏やかであった。
「……わかってるよ。ただちょっと、落ち着かないだけだ」
表情とは裏腹に、別に怒っているわけではないようだ。
ひょっとしたら斉川君なりに、心配をしているのかもしれない。
不安定な立場に耐え、ああして明るく振る舞っている柳井君のことを。
まあ端から見れば、不機嫌になったようにしか見えないのだが。
そんなひねくれ者の友人を前に、苦笑しつつ思う。
(相変わらず面倒なやつ)
本当に損な気性だなこいつ、と。
見た目と中身が大きく異なる、という点において、彼に勝る者はそうそういないだろう。
端から眺めている分には、本当に面白い男である。
そんな考えを巡らしながら、私は自分の方も捜索を再開した。
変わらぬ手応えの無さに辟易しつつ、国語準備室の中を、隅から隅まで調べていったのだ。
するとしばらく、その作業を続けたところで――
「ちょっといいか~い、お二人さん」
同じく本棚を漁っていた柳井君から、軽い呼びかけが届く。
それに対し何事かと振り向いた私達へ、彼は両手に別々の物を載せ差し出してきた。
「こんなん、ありましたけど?」
一方の手に持っていたのは、一冊の本――文庫本程度の大きさをした、ひどく飾り気のない書籍だ。
ただ見開きで示されたその内部には、奇妙な空洞があった。
本のページ部分の中央が、長方形にくり抜かれていたのだ。
まるでそこへ、何かが隠されていたかのように。
そしてもう一方の手には、その空洞に収められていたのであろう――
(やっぱり……あった)
黒く小ぶりな、USBメモリーが握られていた。




