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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-11 『Moon jumper』
129/173

Section-7

更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正



 本棚に並んだ蔵書を手に取り、一冊一冊その中身をチェックしながら、一方で斉川君に問いかける。



「そっちはどう?」


 同じ作業へ取り組んでいる彼に、その首尾を確かめたのだ。

 自分の方の成果がさっぱりで、何となく行き詰まりを感じていたから。


 しかし、斉川君からの返事は冴えない。


「今のところは手応えなし……だな」


 どうやら向こうも、めぼしい発見などは無かったようだ。

 まあそう簡単にうまくいくものでもなし、致し方ない話ではあるのだが。


 そんな会話を、私達が交わしている場所――それは校舎の端の端に存在する、国語準備室の中だ。

 大量の本が収められているそこで、私は斉川君と二人、当てのない探し物に励んでいた。

 あるかもわからぬ倉田先生の痕跡を、どうにかして見つけ出すために。


 捜索対象としてここを選んだ理由は、あの人が国語教師だったから。

 自分の担当教科の準備室になら、何か残しているかもしれない……と思いつき、こうして調べに来たのである。

 学校の規模を考えれば、準備室が存在すること自体やや不自然だし、可能性は十分にあるだろう。


 また斉川君と一緒なのは、私がこの部屋へ来た際、入り口で偶然出くわしたから。

 彼も職員室の調査が一段落した後、私と同じような発想に至り、ここを訪れたらしい。


 ちなみに肝心のそちらの調査は、残念ながら空振りに終わったとのこと。

 職員室をいくら調べても、すでに知っている情報以外は見つけ出せなかったようなのだ。

 であれば当然、ますますここには期待がかかってくる。


 ただ、その思惑とは裏腹に――


(中々……難しいか)


 それなりの時間を費やしながら、未だ特段の成果は得られていない。

 蔵書を片っ端から開いてみても、教材の類いが収められた箱をひっくり返してみても、何ひとつ変わった物が見つからぬのである。

 先ほどまでと同じく、部屋を荒らしているだけ、というわけだ。


 そのあまりの手応えの無さに、私は苛立ちを募らせて、つい蔵書を手荒く扱ってしまった。

 内心で毒づきつつ、乱暴に本棚へと戻したのである。


(……また、駄目か!)


 するとそんな私を見て、斉川君が軽く苦言を呈してくる。


「おい……あんまり焦るなよ。それじゃ見落としが出るぞ」


 その瞬間、私は反射的に彼を怒鳴ってしまった。

 フラストレーションが溜まっていて、感情をうまく制御できなかったのだ。


「わかってるよ!」


 ただし直後、自らのしたことに気づき、慌てて彼に謝罪をする。


「あ……ごめん、大声出したりして」


 しかし斉川君は、別に気にした風もなく、ひどく落ち着いた声でそれに応じた。


「……謝るなよ、お前らしくもない。

 俺も言い方が悪かった。

 お互い様ってことで、水に流そう」


 そしてその理性的な対応に、罪悪感を覚えながら返事した私へ――


「……うん」


 一回だけ深々と頷いてから、さっさと自らの作業に戻っていく。

 まさしく何事も無かったかのよう、と例えるに相応しい態度である。


 そんな彼の、落ち着いた後ろ姿を眺めながら、私は改めて思った。


(不思議な人……)


 なんでこの人は、こんなにも私に対して甘いのだろうか、と。

 斉川君のくせに、ちょっと人が良すぎるんじゃないか、と。

 ついつい、そんな失礼極まる疑問を抱いてしまったのだ。


 だって私は、普段から散々彼のことを振り回しているし、今みたく感情をぶつけることもある。

 扱いがぞんざいな上、一方的に迷惑をかけているわけだ。

 普通であれば、嫌われて然るべき存在であろう。


 だと言うのに斉川君は、決して私を怒ったりしないし、苛立ったような反応をすることもない。

 内心は不明だが、何があろうとそれを表に出さぬのだ。

 正直、彼が何を考えているのかは、さっぱり見当もつかなかった。


 まあ厳密に言えば、少なからず好意のようなものを感じた、という経験もあるのだが。


 しかし他の男のように、恋愛関係を迫ることもなければ、邪な視線を向けてくることもほぼ無い。

 要はとても親しい異性の友人、と呼べる関係なのだ。

 いったい何でこんな状態に、と我が事ながら首を傾げざるを得ない。


 ただそう不思議がりつつも、私はその疑問を、次いでさっさと頭の片隅に追いやる。


(……まあいいや)


 なんであれ、自分が変わるわけではないから。

 彼が何を考えていようと、私はいつもの己のスタイルを貫くのみ、というわけだ。


 具体的にはそう、来る者拒まず去る者追わず、嫌がらせをする者は無視して、害を与えてくる者にはお仕置きを。

 それこそ私の、私らしい生き方である……


 ……などと一人、くだらない考えを巡らしていると、そこへふと陽気な声がかかった。


「およ……? 先客がいるとは意外だな」


 それに驚いて、急ぎ声の方へ視線を向けた私の視界に――


(柳井君?)


 国語準備室の入り口に立つ、柳井満君の姿が入ってくる。

 彼はひどく不思議そうな表情で、私達に来訪の理由を尋ねてきた。


「あれ~? ここに注目してたの、俺だけだと思ったんだけどなあ。

 なんで二人がいるんだ?」


 その質問に対し、私は一瞬言葉に詰まる。

 自分が倉田先生と知り合いであることを、まだみんなには伝えていない、という事実を思い出したから。

 別に隠すつもりは無かったのだが、何となく言いそびれてしまったのだ。


 ならどう答えたものか、と私が困っているのを察してか、代わりに斉川君がその問いに答えてくれた。


「倉田は元々国語教師だったんだよ。

 だからこの国語準備室に、何かあいつの痕跡が残ってるんじゃないかと思ってな。


 ……と言うか、『なんでここに』ってのはこっちのセリフだ。

 お前の方こそ、どうして来たんだ?」


 すると柳井君は、しばし迷うように沈黙した後、意を決した様子で想定外の話を始める。


「……俺が、あいつの下で働いてた時の話なんだが」


 途端に辺りへ、強い緊張感が漂い始めた。

 ひどくデリケートな問題なので、どう触れたものか迷ってしまったのだ。


 とは言え、思い出したくないことを語ってくれている、彼の覚悟は汲まなければならない。

 なので私はそのまま、黙って柳井君の話に耳を傾けていく。


「実はあいつ、たまに職員室を空けてたんだよ。

 行き先も告げずに、突然いなくなるんだ。


 それでしばらくすると、またふらりと戻ってくる。

 まあタイミングやら時間やらは、完全に不定期なんだけどな」


 そこで語られたのは、倉田先生ついての、かなり耳寄りな情報だ。

 どうやらあの人、詳しい理由は不明だが、たびたび不可解な行動を取っていたらしい。

 ひょっとしたらそこに、何か事態打開のヒントがあるかもしれない。


 そう彼の話に興味を覚えた私は、集中してそれに聞き入った。


「で……その急にいなくなった時の後、本当に一度だけ、あいつがここから出てくるのを見たことがあってな。

 しかもちょっと、周りを警戒しながら。

 俺はあいつから見えにくい位置にいたんで、気づかれはしなかったんだけど。

 それをさっき思い出して、じゃあ何か秘密があるんじゃないか、と考えたってわけだ」 


 つまりはこの国語準備室を、まるで人目を避けるように訪れていた、ということだ。

 おそらく、職員室に不在であった際はいつも。

 これはやはり、何かあると見るべきだろう。


 そんな確信を持つ私に、柳井君は次いで、ちょっと不安そうに問いかけてくる。


「と言う感じで、ここに来たんだけど……

 俺も一緒にいいかい?」


 どうやら彼、裏切り者という自分の立場を、まだ気にしているらしい。

 言うまでもないが何の問題も無いので、すぐさま了承の返事をした。

 斉川君にも、半ば強引に同意を求めながら。


「もちろん。三人で一緒に探そうよ。

 斉川君もそれでいいよね?」


 彼はそれに、いかにもな無愛想さで応じる。


「……別に俺が決めることじゃないだろ。

 お前の好きにすればいい」


 すると柳井君は、満面に笑みを浮かべて、明るく作業開始を宣言した。


「さんきゅ~! じゃあひとつ、やっちゃいますか!」


 そして早速、機敏な動きで捜索に取りかかる。

 斉川君はそんな柳井君を、渋い顔で見つめていた。

 言いたいことが山ほどあります、というのがはっきりわかる態度だ。

 まだ彼に対し、複雑な感情を抱いているのかもしれない。


 私はそんな斉川君に、軽い駄目出しのつもりで、小言のように声をかける。


「……そろそろ許してあげたら?

 ちゃんと謝ったでしょ、柳井君」


 もっとも斉川君の答えは、ますます表情を歪めはしたものの、存外に穏やかであった。


「……わかってるよ。ただちょっと、落ち着かないだけだ」


 表情とは裏腹に、別に怒っているわけではないようだ。

 ひょっとしたら斉川君なりに、心配をしているのかもしれない。

 不安定な立場に耐え、ああして明るく振る舞っている柳井君のことを。

 まあ端から見れば、不機嫌になったようにしか見えないのだが。


 そんなひねくれ者の友人を前に、苦笑しつつ思う。


(相変わらず面倒なやつ)


 本当に損な気性だなこいつ、と。

 見た目と中身が大きく異なる、という点において、彼に勝る者はそうそういないだろう。

 端から眺めている分には、本当に面白い男である。


 そんな考えを巡らしながら、私は自分の方も捜索を再開した。

 変わらぬ手応えの無さに辟易しつつ、国語準備室の中を、隅から隅まで調べていったのだ。


 するとしばらく、その作業を続けたところで――


「ちょっといいか~い、お二人さん」


 同じく本棚を漁っていた柳井君から、軽い呼びかけが届く。

 それに対し何事かと振り向いた私達へ、彼は両手に別々の物を載せ差し出してきた。


「こんなん、ありましたけど?」


 一方の手に持っていたのは、一冊の本――文庫本程度の大きさをした、ひどく飾り気のない書籍だ。


 ただ見開きで示されたその内部には、奇妙な空洞があった。

 本のページ部分の中央が、長方形にくり抜かれていたのだ。

 まるでそこへ、何かが隠されていたかのように。


 そしてもう一方の手には、その空洞に収められていたのであろう――


(やっぱり……あった)



 黒く小ぶりな、USBメモリーが握られていた。








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