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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-11 『Moon jumper』
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Interlude

更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正


 変わった人だな、と思った。


 普通とは違う人だな、とも思った。


 そして――とても魅力的だな、と心から思った。



 私があの人――倉田先生をそう意識するようになったきっかけは、その授業に感銘を受けたこと。

 こうなる前に通っていた学校で、先生の教育に対しての考え方を聞き、結果として強い興味を持つに至ったのである。


 当時先生は、国語科担当の教師として、私達のクラスを受け持っていた。

 そして私の運命を変えた、思い出のあの日も、いつも通りに授業を行っていた……のだが。


 その最中、突然一人の生徒が、授業内容とは無関係の質問をした。

 『国語の勉強の意義』について、先生に問いかけたのだ。


『え? なぜ国語の勉強をするのか、って?』


 まあその生徒はおそらく、退屈な勉強から逃れたくてそうしたのだろう。

 立場上そういう質問に答えないのはまずい、という教師の心理を利用し、授業の中断を目論んだのである。


 そんな生徒の策略に対し、あの人は一瞬だけ、驚きの表情を浮かべて停止した後――


『ふふふ……よくぞそれを聞いてくれました、ってところだね』


 次いでなぜだか、やたらと得意気な顔になって、授業そっちのけで思い切り脱線した。


『じゃあ今日は、言葉の素晴らしさについて喋ろうかな。

 すごいんだぞ~。君達が普段、何気なく使ってる言葉ってやつはね!


 ……いや、そう面倒臭そうな顔しないでくれよ。

 本当にいい話だからさあ!』


 そして生徒達の反応の悪さに慌てながらも、先生らしい口調に戻って、まずはとばかりに長い前置きを始めた。


『それに僕は、別に大げさに言おうとしてるわけじゃないよ。

 本当にすごいんだ、言葉ってやつはさ。


 例えば、そうだな……みんなにも馴染みのある、百人一首を使って説明しようか。

 具体的には、うーん……


 【しのぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで】……辺りがいいかな。

 平兼盛という人の歌なんだけど』


 それからその話を、ちょっと遠回りしながらも、丁寧に進行し――


『意味は、【自分は恋をしていたけど、それを周りには知られないよう隠してきた。

 でも結局は、他人からあなた恋をしてるの? と質問されるくらい顔色に出てしまっていた】

 ……みたいな感じだね。まあ要するに、恋の歌だ。


 そんなこの歌に対して、みんなに注目して欲しいポイントは――』


 結果、国語教師としては問題が大ありの、失礼極まりない歌の評価を披露した。


『そもそも、内容的に大したことは言ってない、ってところだ。


 だってそうだろ? 顔に出てたせいで、恋心が周りの人にバレちゃった、ってことが書いてあるだけなんだから。

 人生の意義とか深遠な哲学とか、そういう含蓄みたいなものは、全くと言っていいほど込められていないんだ。

 歌のテーマそのものは、すごく平凡なんだよ』


 ただそう言った直後、表現が直截過ぎることに気づいたのか、慌てて釈明――


『ああ、いや、もちろん馬鹿にしてるわけじゃないからね。

 そういう感情を、瑞々しく美しい表現で歌にしている、という行為に価値があるわけだから。


 単に僕は、人間の考えることは千年前からずっと同じ、ってことが言いたいんだ』


 それから改めて、自身の主張を語っていった。


『つまりこういう歴史に名を残すような人も、僕らと同じようなことで悩み、同じようなことで傷つき、同じようなことで喜んでたんだよ。

 恋とか友情とか、あるいは日々の小さな出来事とかでね。


 ほら、そんな風に考えると、遠い昔の人を身近に感じないかな?

 本当はこれ、すごくすごく特別なことなんだ』


 そうして導入部を終えた先生は、次いでようやくメインテーマへと突入――


『さてさて、じゃあその説明が終わったところで、早速本題に入ろうか。


 実は今の話で大切なのは、どうして僕らに彼らの気持ちがわかるのか、ということ。

 千年も前の人が考えていた内容を、なぜ僕らは知ることができたのか、というところなんだ。

 そして、それはもちろん――』


 今度はいかにも国語教師らしい、極めて真っ当な見解を披露した。


『言葉があったからだ。

 そして、文字があったからなんだよ』


 さらに先生は、そこから言葉の素晴らしさについての話を広げ――


『言葉があるから、人は他人に自分の感情を伝えることができる。

 好きだとか、信じてるとか、これからもずっと友達だよ、とかね。

 もちろん、ごめんなさいとか、悪かったっていうのもそうだ』


 その有用性を、この上なく熱心に説明していった。


『でももし言葉が無かったら、それを伝える手段はすごく限られてしまう。

 ジェスチャーだけでやる、ってのを想像すれば、さすがにそれは大変そうだなって思うだろ?

 ちょっとそこの醤油取って、と頼むことにさえ、大きな大きな手間がかかるんだ。

 普段は何気なくやってることだと思うけど、本来はとても複雑で難しい行為、というわけだね』


 次いできちんと意義についても語ってから、いったん自らの話を、笑顔の問いかけで締め括った。


『言葉はその難行を、極めてスムーズに、しかも他の手段より正確に行うことができる。

 これは高度で複雑な社会を形成するのに、必要不可欠な要素なんだ。

 あらゆる文明の礎、なんて言い方もできるね。

 どうだい? そう考えると、言葉ってすごいなあ、って思うだろう?』


 その呼びかけに答える者は、誰もいなかった。

 みんなが黙ったまま、じっと先生を見つめるのみだったのである。

 まるで話の内容に圧倒され、言葉を失っているかのように。


 そんな生徒達をよそに、倉田先生は意気揚々と話を継続――


『そして文字があるから、それを後世の人間に伝えることができる。

 自分がその場にいなくても、自分の気持ちを表現することができる。

 遠い未来まで、人類という種が存在する限り、半永久的に保存しておく事が可能になったんだ』


 ひどく誇らしげに、壮大な主張を付け加えた。


『つまり人は、文字を生み出した瞬間、この世界を統べる絶対の支配者――【時間】に打ち勝つ強力な武器を手にした、ってことなんだよ。

 文字もまた、人類の歴史を変えた偉大な発明のひとつ、と言っていいだろうね』


 そしてそれを果たした後、最初の質問をした生徒に向き直ると、長い回答の終了を宣言した。


『とまあこんな風に、言葉や文字ってのはすごいものなんだよ。

 ……で、それを学ぶのが国語の勉強の意義であり、それを教えるのが僕達国語教師の役目だ。

 さっきの質問の答えは、これでいいかな?』


 ただ呼びかけられた生徒の方は、明らかに動揺した様子で、曖昧な返事をするのみだった。

 自分の質問をきっかけに、想定外の話が始まったので、どうしたらいいかわからなくなったのだろう。


 先生はそんな自らの教え子を、どこか嬉しそうに眺めていた。

 遠足を明日に控え、期待に胸を膨らませる小学生のような表情で。

 たぶん先生としては、自分の話に生徒がどんな反応をするか、楽しみで仕方なかったのだろう。


 そんなあの人のことを、私は――


(可愛い、な)


 とてつもなく可愛い、と感じていた。

 普段はどちらかというと落ち着いている人が、今はドヤ顔得意げ喜色満面な様子でいることに、そういう印象を受けたのである。

 まあ本人にそれを言ったら、『そこまで子どもっぽかったかな……』と、頭を抱えるに違いないのだが。


 なんて物思いに耽る私をよそに、次いで先ほどとは別の生徒が、また先生に質問をした。

 からかい交じりに、『そんなに思い入れがあるのなら、言語学者にでもなれば良かったのに』と、ある意味もっともなことを聞いたのだ。


 倉田先生はその問いを受けて、困ったように頭を掻きながら――


『う~ん……まあ確かに、研究者って言うのも魅力的ではあったんだけど……』


 しかし迷うことなく、今度は自らの志についての話を始めた。

 普段のどこかのんびりした雰囲気が嘘のような、意欲と情熱に満ち溢れた口調で。


『僕は伝えたかったんだ。

 言葉というのは本当にすごいものなんだ、って。

 みんなが何の気なしに使っているそれは、とてつもなく偉大なものなんだ、って。

 その事実を、直接自分の口から、できるだけたくさんの人に伝えたかった。

 だからこうして、国語の教師になったんだよ』


 その一連の話を、他のクラスメイト達がどう思ったかはわからない。

 熱心な教師だなと感心したのか、何言ってるんだろうと首を傾げたのか、それとも面倒臭いやつだと敬遠したのか。

 教室に集う彼らの表情から、それをうかがい知ることはできなかった。


 しかし正直、そんなことはどうでも良かった。

 みんなが先生をどんな風に思ったかなんて、少しも重要ではなかったのである。

 かつてない大きな感情で、心が隅々まで埋め尽くされて、それどころではなかったから。


 そう、私はその時、生まれて初めて――


(……悪くない、かな)



 こんな人がいるのなら、学校というのも結構いいところじゃないか、と感じていたのだ……








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