Section-2
更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正
視界に映るものが、ひとつ残らず揺れていた。
古びた学校の建物も、窓の外に映る風景も、困った顔の斉川君も、そして自分自身の肉体も。
まるでバーテンダーの振るシェイカーへ押し込まれたかのように、激しく震動しているのだ。
しかもそれは、時間の経過と共に、ますます強まっていく。
ほんのわずかな間で、立っていられないほどのレベルへと達するくらいに。
私はその猛威に晒されて、体のバランスを保てなくなり、たまらず床へしゃがみ込むことになった。
前方にいた斉川君も、やはり私と同じ体勢になりながら、動揺した口調で叫びを上げる。
「突然なんだ……何なんだよこれ!」
しかし当然、私ではその問いに答えられない。
事情がわからぬせいで、それはこっちのセリフだよ、くらいの気の利かぬ返ししか思いつかないから。
ゆえにその体勢のまま、私達は二人、じっと強烈な震動に耐え続けた。
もっとも程なくして、やたらとあっさりその現象は終わりを告げる。
地震としては不自然、と感じるほど唐突に揺れがおさまり、辺りへ元の静寂が戻ってきたのだ。
おかげで緊張感からは解放され、ようやくひと息つけたのだが……
しかしその直後、不意に斉川君が、素っ頓狂とでも呼べそうな声を上げた。
顔にはっきりと、『信じられぬものを目にした』という表情を浮かべながら。
「……は?」
その視線はなぜだか、私の少し後ろ辺りに釘付けである。
私はそんな彼を訝しみつつ、いったい何を見ての反応なのか気になったので、振り返って視線の先を確認する。
すると、そこにはなんと――
(……え?)
人間が二、三人はすっぽり収まりそうな、おそろしく大きい『穴』が空いていた。
先の地震のせいで、廊下の床が一部抜け落ちたかのように。
無論そんな事、仮想空間ではあり得ぬのだが、それでも実際に出現していたのだ。
しかもその穴の内部には、底知れぬ深い闇が広がっており、奥は全くと言っていいほど見通せない。
異界に繋がっているとか、そういうオカルトな事を言われても納得してしまうほどの、ひどく不気味な見た目である。
そのあまりに異様な光景には、さすがの私も衝撃を受け、全く目を離せなくなる。
(え……何、これ……?)
そこでまず頭に浮かぶのは、目の前にある物はいったい何なのだろう、という単純な疑問。
次に心の中で生まれたのは、これは尋常な事態ではないぞ、という強い危機感。
今はそのふたつに絡め取られ、心身共にほぼ停止した状態だ。
また斉川君の方も、私と同じく硬直し、戸惑いに満ちた声を上げ続けていた。
きっと目の前にある謎の現象を、どう受け入れたらいいかわからないのだろう。
「えっ……? いや……なん……はあ?」
そんな風に私達は、例の穴を前に、ただ動揺するばかりだったのだが。
しかし出し抜けにそこへ、私達を呼ぶ緊迫した声が届く。
「斉川! 春日井!」
それに応じて振り向くと、柳井君がこっちに走ってきているのが見えた。
その顔に珍しく、真剣な雰囲気を漂わせながら。
そして十分こちらへ近寄ってから立ち止まると、ひどく焦った口調で、驚くべき事実を告げてくる。
「敵襲だ! 連中もう近くまで来てて、母艦に直接攻撃を始めてる!
すぐ迎撃に出てくれ!」
その急すぎる知らせに対しては、斉川君がすぐ、思わずという感じの疑問を返したのだが――
「はあ!? なんでそんな突然……倉田は何してたんだよ!?」
柳井君はあっさりとそれを一蹴、私達に強く行動を促してきた。
「そんなの俺が知るか!
それより今は敵の迎撃が先だ!
橘達はもう出てる! お前らも早く!」
すると斉川君が、言葉に詰まったような雰囲気で黙り込む。
表情から察するに、これからどうすべきか決めかねているようだ。
きっと原因の究明と事態への対処、どちらを優先した方がいいか迷っているのだろう。
ちなみにこれは、彼の悪い癖である。
何事もじっくりと考えてから決める、という慎重な性格が災いして、とっさの判断が遅れてしまうのだ。
今は間違いなく行動を優先すべき状況だし、その姿勢は即刻改めてもらわねばならない。
そこで私は、素早く斉川君を叱咤して、柳井君の指示を受け入れるよう促した。
「斉川君! 今は敵の迎撃が先!」
結果斉川君が、何かに気づいたような顔になり、慌てて答えを返してくる。
「わ、わかってるよ!」
ようやく彼も、今がどういう状況かを再認識したらしい。
思慮深くて頭の回転が速いのに、瞬時の判断力には劣るのが玉に瑕、というところだろうか。
まあ完璧な人間などいないわけだし、これはこれで愛嬌、と言えそうな感じもあったが。
ただ彼にそう言ったからには、当然自分もその通りにしなければならない。
ゆえに私は、敵の迫る戦場へ赴くため、即座にレクリエーションルームへの移動を開始した。
それに続いて、同じく動き出した斉川君と共に。
またそんな私を追いかけるように、後ろからは柳井君の声が届く。
「俺は倉田を探しとく! こっちは任せてくれ!」
その内容から察するに、自らは出撃する気が無いようだ。
まあ彼の搭乗機は、先の戦いで完全に失われてしまったのだから、それも当然だが。
きっとこちらで、自分にできることをするつもりに違いない。
そうした柳井君の、献身的とも言えそうな振る舞いは、私にとって結構以外なものだった。
てっきりあの逃亡未遂事件のせいで、もっと卑屈で閉鎖的になるものと思っていたから。
今までの彼を見ていれば、そう感じるのが当然だろう。
しかし柳井君は、そんな私の予想を、良い意味で大きく裏切った。
例の一件の後、彼は別人のように真剣な態度で、皆に謝罪をしたのだ。
自らの過ちに対し、最大限誠実な対応を行った、ということである。
そして以降も、積極的に部隊のための作業を担当した。
各種雑用を進んで引き受けたり、彼らしくムードメーカーを務めたりして、クラスに貢献し続けたのである。
まるで失われた誰かの穴を、自分が埋めようとしているみたいに。
その懸命な姿を見て、私は感じたのだ。
ひょっとしたら柳井君は、私が考えているよりずっと強い人だったのかもしれない、と。
あるいは何かをきっかけにして、かつての自分を超えて強くなったのかもしれない、と。
それが私の、今の彼への素直な印象だった。
ふと芽生えたその認識は、またしても胸の内にわだかまりを生じさせる。
(強くなった……かあ)
自分が取り残されているというか、一人だけ仲間外れであるかのような、ひどく苦い気分が芽生えてきたのだ。
本当に誰もがみんな、ここでの経験を糧に、大きく成長している気がしてならない。
いつまでも同じ想いに囚われている、未練がましい私を置き去りにして。
もっともそうして、心の内に重い気持ちを抱えつつも――
(でも……今はそれどころじゃない)
状況を考えて、その屈託を決して表には出さず、私は一目散に目的地へと直行した。
廊下の各所にできていた、例の暗い穴を慎重に避けながら。
そしてほどなくレクリエーションルームに到達、すかさず部屋のドアを開いて、後に続いていた斉川君共々突入する。
そこには私と斉川君、それに柳井君以外の全員が到着済みだった。
すでにみんな揃って、いつものヘッドセットを装着し、自分のシートに収まっている。
出遅れているのは私達だけ、ということである。
なのでその遅れを取り戻すため、私は素早く自らのシートへと着席し、いつものヘッドセットを装着しよう……としたのだが――
(……あ)
その直前で、ふと思いつくことがあったので、いったん斉川君へ声をかける。
「斉川君!」
そしてその呼びかけに応じ、シートに腰かけようとしていた彼が振り向いた瞬間、ほんの少しばかりからかってみた。
語尾にハートでもつきそうな甘ったるい声音で、軽くウインクなんかも添えつつ、ちょっとしたお願いをしてみたのだ。
「今日もちゃんと守ってね!」
すると斉川君は、直後に完全な無表情となる。
ありとあらゆる感情が限界を超えた挙げ句、逆に全てがフラットになってしまった、というような雰囲気だ。
想定していたリアクションではないが、まあこれはこれで面白いし、今回はこの辺にしておくとしよう。
そうしてストレス発散を済ませた私は、すぐ出撃の準備を再開し、ヘッドセットを被って起動した。
同時に心の中で――
(まあこのくらいは良くあることだし、すぐ立ち直って追い掛けてくるよね)
いつものように彼のことを、適当極まりない扱いで放置しながら。




