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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-11 『Moon jumper』
123/173

Section-2

更新履歴 21/10/23 文章のレイアウト変更・表現の修正


 視界に映るものが、ひとつ残らず揺れていた。


 古びた学校の建物も、窓の外に映る風景も、困った顔の斉川君も、そして自分自身の肉体も。


 まるでバーテンダーの振るシェイカーへ押し込まれたかのように、激しく震動しているのだ。



 しかもそれは、時間の経過と共に、ますます強まっていく。

 ほんのわずかな間で、立っていられないほどのレベルへと達するくらいに。

 私はその猛威に晒されて、体のバランスを保てなくなり、たまらず床へしゃがみ込むことになった。


 前方にいた斉川君も、やはり私と同じ体勢になりながら、動揺した口調で叫びを上げる。


「突然なんだ……何なんだよこれ!」


 しかし当然、私ではその問いに答えられない。

 事情がわからぬせいで、それはこっちのセリフだよ、くらいの気の利かぬ返ししか思いつかないから。

 ゆえにその体勢のまま、私達は二人、じっと強烈な震動に耐え続けた。


 もっとも程なくして、やたらとあっさりその現象は終わりを告げる。

 地震としては不自然、と感じるほど唐突に揺れがおさまり、辺りへ元の静寂が戻ってきたのだ。

 おかげで緊張感からは解放され、ようやくひと息つけたのだが……


 しかしその直後、不意に斉川君が、素っ頓狂とでも呼べそうな声を上げた。

 顔にはっきりと、『信じられぬものを目にした』という表情を浮かべながら。


「……は?」


 その視線はなぜだか、私の少し後ろ辺りに釘付けである。

 私はそんな彼を訝しみつつ、いったい何を見ての反応なのか気になったので、振り返って視線の先を確認する。


 すると、そこにはなんと――


(……え?)


 人間が二、三人はすっぽり収まりそうな、おそろしく大きい『穴』が空いていた。

 先の地震のせいで、廊下の床が一部抜け落ちたかのように。

 無論そんな事、仮想空間ではあり得ぬのだが、それでも実際に出現していたのだ。


 しかもその穴の内部には、底知れぬ深い闇が広がっており、奥は全くと言っていいほど見通せない。

 異界に繋がっているとか、そういうオカルトな事を言われても納得してしまうほどの、ひどく不気味な見た目である。


 そのあまりに異様な光景には、さすがの私も衝撃を受け、全く目を離せなくなる。


(え……何、これ……?)


 そこでまず頭に浮かぶのは、目の前にある物はいったい何なのだろう、という単純な疑問。

 次に心の中で生まれたのは、これは尋常な事態ではないぞ、という強い危機感。

 今はそのふたつに絡め取られ、心身共にほぼ停止した状態だ。


 また斉川君の方も、私と同じく硬直し、戸惑いに満ちた声を上げ続けていた。

 きっと目の前にある謎の現象を、どう受け入れたらいいかわからないのだろう。


「えっ……? いや……なん……はあ?」


 そんな風に私達は、例の穴を前に、ただ動揺するばかりだったのだが。

 しかし出し抜けにそこへ、私達を呼ぶ緊迫した声が届く。


「斉川! 春日井!」


 それに応じて振り向くと、柳井君がこっちに走ってきているのが見えた。

 その顔に珍しく、真剣な雰囲気を漂わせながら。


 そして十分こちらへ近寄ってから立ち止まると、ひどく焦った口調で、驚くべき事実を告げてくる。


「敵襲だ! 連中もう近くまで来てて、母艦に直接攻撃を始めてる!

 すぐ迎撃に出てくれ!」


 その急すぎる知らせに対しては、斉川君がすぐ、思わずという感じの疑問を返したのだが――


「はあ!? なんでそんな突然……倉田は何してたんだよ!?」


 柳井君はあっさりとそれを一蹴、私達に強く行動を促してきた。


「そんなの俺が知るか!

 それより今は敵の迎撃が先だ!

 橘達はもう出てる! お前らも早く!」


 すると斉川君が、言葉に詰まったような雰囲気で黙り込む。

 表情から察するに、これからどうすべきか決めかねているようだ。

 きっと原因の究明と事態への対処、どちらを優先した方がいいか迷っているのだろう。


 ちなみにこれは、彼の悪い癖である。

 何事もじっくりと考えてから決める、という慎重な性格が災いして、とっさの判断が遅れてしまうのだ。

 今は間違いなく行動を優先すべき状況だし、その姿勢は即刻改めてもらわねばならない。


 そこで私は、素早く斉川君を叱咤して、柳井君の指示を受け入れるよう促した。


「斉川君! 今は敵の迎撃が先!」


 結果斉川君が、何かに気づいたような顔になり、慌てて答えを返してくる。


「わ、わかってるよ!」


 ようやく彼も、今がどういう状況かを再認識したらしい。

 思慮深くて頭の回転が速いのに、瞬時の判断力には劣るのが玉に瑕、というところだろうか。

 まあ完璧な人間などいないわけだし、これはこれで愛嬌、と言えそうな感じもあったが。


 ただ彼にそう言ったからには、当然自分もその通りにしなければならない。

 ゆえに私は、敵の迫る戦場へ赴くため、即座にレクリエーションルームへの移動を開始した。

 それに続いて、同じく動き出した斉川君と共に。


 またそんな私を追いかけるように、後ろからは柳井君の声が届く。


「俺は倉田を探しとく! こっちは任せてくれ!」


 その内容から察するに、自らは出撃する気が無いようだ。

 まあ彼の搭乗機は、先の戦いで完全に失われてしまったのだから、それも当然だが。

 きっとこちらで、自分にできることをするつもりに違いない。


 そうした柳井君の、献身的とも言えそうな振る舞いは、私にとって結構以外なものだった。

 てっきりあの逃亡未遂事件のせいで、もっと卑屈で閉鎖的になるものと思っていたから。

 今までの彼を見ていれば、そう感じるのが当然だろう。


 しかし柳井君は、そんな私の予想を、良い意味で大きく裏切った。

 例の一件の後、彼は別人のように真剣な態度で、皆に謝罪をしたのだ。

 自らの過ちに対し、最大限誠実な対応を行った、ということである。


 そして以降も、積極的に部隊のための作業を担当した。

 各種雑用を進んで引き受けたり、彼らしくムードメーカーを務めたりして、クラスに貢献し続けたのである。

 まるで失われた誰かの穴を、自分が埋めようとしているみたいに。


 その懸命な姿を見て、私は感じたのだ。


 ひょっとしたら柳井君は、私が考えているよりずっと強い人だったのかもしれない、と。

 あるいは何かをきっかけにして、かつての自分を超えて強くなったのかもしれない、と。

 それが私の、今の彼への素直な印象だった。


 ふと芽生えたその認識は、またしても胸の内にわだかまりを生じさせる。


(強くなった……かあ)


 自分が取り残されているというか、一人だけ仲間外れであるかのような、ひどく苦い気分が芽生えてきたのだ。

 本当に誰もがみんな、ここでの経験を糧に、大きく成長している気がしてならない。

 いつまでも同じ想いに囚われている、未練がましい私を置き去りにして。


 もっともそうして、心の内に重い気持ちを抱えつつも――


(でも……今はそれどころじゃない)


 状況を考えて、その屈託を決して表には出さず、私は一目散に目的地へと直行した。

 廊下の各所にできていた、例の暗い穴を慎重に避けながら。

 そしてほどなくレクリエーションルームに到達、すかさず部屋のドアを開いて、後に続いていた斉川君共々突入する。


 そこには私と斉川君、それに柳井君以外の全員が到着済みだった。

 すでにみんな揃って、いつものヘッドセットを装着し、自分のシートに収まっている。

 出遅れているのは私達だけ、ということである。


 なのでその遅れを取り戻すため、私は素早く自らのシートへと着席し、いつものヘッドセットを装着しよう……としたのだが――


(……あ)


 その直前で、ふと思いつくことがあったので、いったん斉川君へ声をかける。


「斉川君!」


 そしてその呼びかけに応じ、シートに腰かけようとしていた彼が振り向いた瞬間、ほんの少しばかりからかってみた。

 語尾にハートでもつきそうな甘ったるい声音で、軽くウインクなんかも添えつつ、ちょっとしたお願いをしてみたのだ。


「今日もちゃんと守ってね!」


 すると斉川君は、直後に完全な無表情となる。

 ありとあらゆる感情が限界を超えた挙げ句、逆に全てがフラットになってしまった、というような雰囲気だ。

 想定していたリアクションではないが、まあこれはこれで面白いし、今回はこの辺にしておくとしよう。


 そうしてストレス発散を済ませた私は、すぐ出撃の準備を再開し、ヘッドセットを被って起動した。


 同時に心の中で――


(まあこのくらいは良くあることだし、すぐ立ち直って追い掛けてくるよね)



 いつものように彼のことを、適当極まりない扱いで放置しながら。








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