Prologue
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春日井真那にとって、自分以外の女性は基本、人生を通じて常に敵であった。
より正確に言えば、味方がいなかった、と表現すべきかもしれない。
私はなぜか、いついかなる時も、周りの女子達から距離を置かれていたのだ。
だからか彼女らに対しては、『友人』という感覚を持ったことが一度もなかった。
そんな相手との間に交わされるのは、いつだって当たり障りのない会話だけ。
その中で育まれるのは、どこか遠い距離感を保った付き合いのみ。
そこに友情や思いやりが介在したことは、本当に一度たりとも無かった。
『感情のやり取り』という概念そのものが欠け落ちていた、と表現してもいいだろう。
それでいて私が、何か悪目立ちするようなことをすると、すぐ彼女らは良からぬ噂を流した。
事実に害意ある脚色を施して、不当に私を非難したり、陰で嘲笑したりするのだ。
決して、直接こちらへは言うことなしに。
彼女らがそんな行為に走った動機は、残念ながら私にはわからない。
こちらは向こうに悪意を抱いておらず、また攻撃した覚えもなかったので、そういう扱いを受ける心当たりが無かったのだ。
一応想像してみれば、私に対して何らかの嫉妬をしていた、とか。
あるいは、自分に理解できない存在と考え敬遠していた、とか。
いくつかそんな可能性は浮かぶが、しかしどれにも正解という感覚はなく、結局不明なままであった。
だからずっと、面倒に感じていた。
あまり関わり合いにはなりたくない、と密かに思っていた。
私にとって自分以外の女性は、舗装された道に空いた穴のように、『注意深く避けて進むもの』でしかなかったのだ。
では男は味方だったのか……と言えば、もちろんそんな事はない。
男の方は単に、『奪う者』という認識を持っていた。
私の尊厳をむしり取ることで、自分の価値を高めようと目論む、小賢しい連中ばかりと考えていたのである。
私がそれを思い知ったきっかけは、中学時代に、とある男子生徒と付き合ったことだ。
当時の私は、頻繁に男子から告白されるようになっていた。
上級生からも同級生からも、週一回以上のペースで呼び出され、興味の無い相手から交際を迫られていたのだ。
正直に言えば、ものすごく鬱陶しかった。
それでもその中の一人に、少なからず良い印象のある相手がいたので、最終的にはそいつの告白を受け入れた。
とりあえず付き合ってみることにした、というわけだ。
誰かを選んでしまえば、少なくとも今の煩わしい状態からは解放される、という良からぬ打算を胸に秘めて。
ただ結果として、その私の選択は、余計に面倒な事態を引き起こすことになった。
きっかけはそいつが、やたらと私を自慢するようになったことだ。
自分の友人とか後輩とか、通りすがりの人まで含めた、とにかく周りの人間全てに。
『可愛い彼女』という存在を、これでもかとアピールして回ったのである。
最初はそれを、恋が実った嬉しさゆえの行動、と私も解釈していたのだが。
しかしあまりに何度も繰り返される内に、その認識は自然と変わっていった。
『自分は物扱いされている』という、おかしな感覚が芽生え始めたのである。
なぜならそいつが、私と二人だけの時は、ひどい束縛をしてきたから。
他の男と話すのを止めたり、行動を逐一報告するよう求めたり、果ては外出そのものを禁じようとさえした。
それでいて他人と一緒の時は、寛容な彼氏のふりをする。
自分の『可愛い彼女』を、これでもかと見せつけながら。
まるで猟師が、狩りで得た獲物を自慢する時ように。
そのせいで次第に、所持品扱いされている、という感覚に陥っていったのだ。
だからしばらくして、私は気づいてしまった。
この男は別に、私が好きなのではない。
単に『一番いいのが欲しかった』だけの子どもなのだ、と。
きっとそいつにとって私は、自身の偉大さを示すための、わかりやすい指標だったに違いない。
俺はこんなに良い物を手に入れたんだぞ、どうだ凄いだろ、とアピールするためのネタに過ぎなかったわけだ。
だから他人に奪われぬようにするし、周りへは存分に見せびらかす。
また基本的に『物』扱いなので、相手の自由を奪い取っておきながら、心を痛めることもない。
要は自身を持ち上げるため、側にいい女を置いておきたいだけの、何ともつまらぬ男だったのである。
当然それを理解した直後、私は自分の見る目の無さを呪いながら、その彼とお別れすることになったわけだが。
ただそのせいでまた、私の評判は悪くなった。
フラれたそいつが、根も葉もない噂を流したから。
私がとんでもない悪女だ、綺麗な顔して裏ではひどいことをしている……と。
男女の別なく、学校中にそう言いふらして回ったのだ。
そしてそれには、他の無関係な生徒達も乗っかったので、あっという間に噂は『真実』へと変貌した。
多くの人間が疑いもせず、その一方的な話を信じたようなのだ。
理不尽極まりない、としか言えぬ事態であった。
もちろん私の方にも、決して少なくはない落ち度があった。
とりあえず付き合おう、というのは不誠実な考えだったし、別れを切り出した後のフォローも、確かに十分ではなかった気がする。
ある程度であれば、恨まれても仕方のない行動だったと言えよう。
しかしだからと言って、納得はできていない。
周りから強すぎる顰蹙を買う、という自らの境遇に対しては、はっきりと不満を持っていた。
だって、どう考えても釣り合いが取れてなかったから。
例えいくらかの落ち度があろうとも、不毛な関係に終止符を打っただけで、なぜこんなにも非難されるのかわからなかったのだ。
他の人間が同じ事をしても、きっと同じようにはならなかっただろう、と思えばなおさらに。
ちなみに私は、こういう不可解な現象のことを、独自に『かぐや姫シンドローム』と呼んでいる。
名前を借りたのはもちろん、『竹取物語』の『かぐや姫』である。
彼女の身に降りかかった不条理な事態と、己の体験を重ね合わせているのだ。
まず時としてかぐや姫は、多くの男を気ままに翻弄した悪女だと――特に女性からは――認識されることがある。
求婚してきた者達へ無理難題を突きつけ、その失敗を理由に相手を振ったりしているから。
事実だけを見ると、確かにそう思われても仕方のない面はあるだろう。
しかし状況をよくよく考えてみれば、きっとその解釈は、あまり的を射たものではない。
なぜなら求婚とは言っても、それを申し出てきた相手の中に、彼女の知り合いは一人もいない。
つまりはその全員が、『絶世の美女』という噂を聞きつけ寄ってきた、節操のない男どもだったのである。
しかも最終的な候補に残ったのは、よりにもよって貴族ばかり。
そんな身分であれば当然、正妻かどうかの保障も無いはずである。
単なる愛人集めが目的、というろくでなしだったのかもしれないのだ。
加えて貴族の要求なんて断ろうものなら、後々何をされるかわからない。
プライドや世間体を傷つけられたという理由で、逆恨みから報復をされかねないわけだ。
かぐや姫の立場はたぶん、そんな身の危険さえあるものだったと思われる。
要は彼女、まともではない男達から迫られた上、それを受け入れても拒否しても不幸……という苦しい状況に陥っていたのだ。
まさしく絶体絶命の窮地、と言ってもいい。
だと言うのに他人からは、それが十分に理解されず、むしろ恵まれていると解釈されたりした。
踏んだり蹴ったりというか泣きっ面に蜂というか、とにかく哀れな境遇なのである。
いっそのこと月にでも逃げ出したい、なんて結論に至ったとしても不思議はないだろう。
ただかぐや姫は、なんとそれを実行に移した。
『自分は月から来た存在』と言い出して、本当にそこへ逃げ去ってみせたのだ。
自らの手許に留め置こうとする、横暴な求婚者達を振り切って。
無論、『月』というのは何かの例えで、実際は策を弄して窮地を脱したのだと思うが……
何にせよ、自分が自由に生きられる世界へ、伸び伸びと羽ばたいていったことには変わりない。
そうやって彼女は、自由な人生と、堅持すべき魂の尊厳を守り抜いたのである。
……とまあ、これはあくまで、彼女が実在の人物だったと仮定した上での、私のオリジナリティ満載の解釈なわけだが。
とにかく確かなのは、彼女は決して、男を翻弄した悪女などではないということ。
自分を蹂躙しようとする愚かな男共から、知恵を振り絞って逃げおおせた、とても賢い女性なのだ。
ゆえにできれば、私自身もそうなりたいと願っている。
この閉塞した状況を、自らの知恵で打ち破ってやりたいと目論んでいる。
全てのしがらみを振り払い、望む自由を掴み取ったかぐや姫のように。
しかし残念ながら、今のところその目途は立っていない。
私の周りには、羽ばたくべき別の世界なんて、どこにも見当たらなかったから。
現状どこにも、希望のある明日は見えぬのだ。
だから私にとって、世界とはいつもくだらないものであった。
つまらぬ人間と、取るに足らぬ出来事で埋め尽くされた、薄汚れている空間であった。
私は私以外の全てに、何ひとつ価値を見出せていなかったのだ。
ただそんな私の前に、ある日突然――
『じゃあ今日は、言葉の素晴らしさについて喋ろうかな。
すごいんだぞ~。君達が普段、何気なく使ってる言葉ってやつはね!
……いや、そう面倒臭そうな顔しないでくれよ。
本当にいい話だからさあ!』
運命の相手と呼ぶには、少しばかりぽややんとし過ぎている男性が現れた……




