表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-10 『Dear my prince』
120/173

Epilogue

更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正


 ふと目を開けると、白い天井が見えた。



 そして背中には柔らかい感触があり、すぐ近くには白いカーテンが巡らされている。

 また周囲に人の気配は皆無で、耳に聞こえてくる音も無い。

 状況からしてどうやら、ここは保健室のベッドの上らしい。


 それを認識した瞬間、当然のように俺は混乱した。


(あー……んん? はい? 何これ?)


 確かつい先ほどまで、自分は宇宙空間で戦っていたはずなのだが。

 どうして突然、こんな場所に移動しているのだろうか。

 うまく事情が把握できなかったせいで、そんな疑問に囚われ、少しばかり呆けてしまったのだ。


 ただ次いでそこへ、そうして戸惑う俺を正気に戻す、感情を抑えた低い声が届く。


「……目が覚めたか」


 その急な呼びかけに驚いて、声がした方へ目をやると、そこに仏頂面の橘がいた。

 彼は相変わらずの内心が読めぬ顔で、ベッドサイドの椅子に座り、静かにこちらを見つめている。

 おそらく俺が目覚めるのを、脇でずっと待っていたのだろう。


 そんならしくもないクラスメイトの姿に、俺は軽い微笑ましさを感じ、何やってんだとツッコミたくなったのだが――


(……いや! 待て!)


 直後、唐突に思い出した。

 自分の身に、いったい何が起こったのかを。

 俺の見守りなどという、あまりに不似合いな役目を果たす橘の姿が、それに気づかせてくれたのである。


 ゆえに慌てて飛び起きながら、状況を確認するため、矢継ぎ早に橘を問い質す。


「あれからどうなった! 何が起きた! 敵はどうしたんだ! なんで俺はこんな……」


 しかし彼は、そんな俺の言葉を遮って、冷静にこちらの体調を確認してきた。


「落ち着け。まずはお前の体のことだ。

 ずいぶん無茶したみたいだからな。

 どこか不調はないか?」


 そしてその質問に、泡を食いながらも何とか答えた俺に対し――


「え? ああ、いや……特に……」


 短く返事をしてから、しばし考え込むように沈黙する。


「そうか」


 それからいつも以上に事務的な口調で、手短に事実のみを告げてきた。


「敵はもういない。俺達が全て片付けた。

 その後お前を回収して、母艦に帰った。

 それから保健室に運んで寝かせて、今の状況になった。

 わかったか?」


 その何事も無かったかのような態度に、少しばかり面食らいつつも――


「あ、ああ……そうか」


 おかげですっかり落ち着きを取り戻した俺は、ようやく事の次第を把握する。


(そっか……こいつが助けてくれたんだな)


 あの絶体絶命の危機から、起死回生のアイデアにより脱出した俺は、すぐに意識を失った。

 こいつはそのコックピットブロックを回収し、母艦まで運搬、こうして学校に戻してくれたわけだ。

 敵もその際、同時に撃破してしまったのだろう。


 要するに俺は、あのおそろしく分の悪い賭けに勝ったのだ。

 ほぼ確定状態だった死の運命をはねのけ、意地汚くも生き延びてみせたのだ。

 よくやったぞ自分、意外にやるじゃないか、と自画自賛せずにはいられない。


 そういうこちらの様子を見て取り、十分に落ち着いたと判断したのだろう。

 次いで橘は、早口で必要事項を伝達してから――


「じゃあ俺はもう行くぞ。

 柳井が目を覚ました、って志藤達に報告しなきゃならないからな。


 お前はまだ休んでろ。

 教室に戻るのは調子が万全になってからでいい」


 即座に立ち上がり、こちらの返事も聞かず、保健室を出ていこうとする。

 いかにもこいつらしい、淡泊極まりない態度だ。

 普通であれば、裏切り者に対して罵倒のひとつもありそうなものだが、本当に変わった男である。


 なんて事を考えつつ、俺はぼんやりと、去り行くその背中を眺めていたのだが――


(……あ)


 心が落ち着き、頭が回り始めたせいで、否応なく気づいてしまった。

 なぜこいつがこうも淡泊なのか、どうしてこんなにも早く、この場を立ち去ろうとしているのか。

 その根本的な理由に、ようやく思い至ったのだ。


 それと同時に、俺は橘を呼び止める。


「橘」


 すると橘の足が止まり、辺りに奇妙な緊張感が漂い始めた。

 こちらを振り返る素振りはないが、しかし強く意識しているのは明白にわかる。

 向こうもこれから何が起こるのか、すでに予測がついているに違いない。


 まあ本来はここで、黙ってこいつを見送るべきなのだろう。

 だって何をどうしようとも、もはや起きてしまったことは覆せないのだから。

 全て受け入れ、静かに飲み込むのが最善の選択、というわけである。


 それでもやはり、俺は問いかけてしまった。

 答えが絶望しかないとわかっていても、一縷の望みにすがりつかずにはいられなかったのだ。


「ユキコは?」


 俺のその問いに対して、橘も橘なりに気を使ったのだろう。

 ひどく遠回しに、そして最低限の言葉で、事実だけを淡々と告げてくる。


「……ここには、いない」


 その瞬間、体が急激に重くなり、次いで冷や汗がじわりと噴き出してきた。

 それに加えて腹部へも違和感が生じ、かすかに吐き気まで催してくる。

 まるで腹の中に、胃が破裂するほどの泥を流し込まれたような感覚だ。


 そうして苦しみつつも、俺は橘に対し、どうにか返事を絞り出した。

 みっともないところを見せるわけにはいかない、という一心で、今にも砕け散りそうな理性を繋ぎ止めながら。


「そう、か……」


 橘はそんなこちらの声を聞いて、一瞬迷うような素振りを見せていたが。

 しかし結局、そのまま振り返りもせずに、再び別れを告げてくる。


「……じゃあな。お前はもう少し休め」


 そして静かに、保健室を出ていった。

 変に慰めたりしないところは、何ともあいつらしいという印象である。


 結果としてただ独り、静かな空間に取り残された俺は、自然と思い返し始める。

 もうここにはいない、自分の大切な人の姿を。

 その面影を追って、幸せな思い出の中へと逃げ込むかのように。


(ユキコ……)


 そこで頭に浮かんできたのは、記憶にはっきりと焼き付いている、様々な彼女の姿だ。


 お気に入りの本を読んでいる時の、静かで落ち着いた横顔とか。

 俺のくだらない話を聞かされて、それでも笑ってくれた時の明るい声とか。

 あるいは喧嘩して怒って拗ねた時の、少しだけ曲がった唇とか。

 絶対に守ってやりたいと思わせる、不安げにさ迷う瞳も忘れられない。


 そしてやはり、他の何よりも強く心に残っているのは――彼女が死の間際、最後にくれた言葉だ。



『ありがとう!』



 それを思い出した瞬間、当然のように俺の感情は爆発した。


「ああ、ゆきこ……ゆきこぉぉ……ああぁぁ……」


 眠っていた悲しみが再発し、嵐となって荒れ狂い始めたのだ。

 空っぽになった胸の内で、心そのものを打ち砕かんばかりに強く激しく。

 何やらそいつに身を任せて、力の限り暴れ回りたい気分である。


 ゆえにその衝動の赴くまま、俺は頭突きするように枕へ顔をうずめると、ただひたすら悲嘆に暮れる。


「なんでだ……なんでこんな事に……

 どうしてお前が死ななきゃならないんだ……

 おかしいだろうがそんなのよぉぉ……」


 とは言えもちろん、その原因は明々白々。

 悪いのは全て、この俺なのである。

 俺がみんなを裏切ったから、その上とんでもない無茶をしたから、だから彼女は死ぬことになった。

 あらゆる責任は、この救いようのない大馬鹿野郎にあるのだ。


「ちくしょう……ちくしょう……馬鹿野郎……馬鹿野郎ぉぉ……」


 しかしそう自らの責任を理解していても、やはり嘆かずにはいられなかった。

 喪失の痛みに、悶え苦しまずにはいられなかった。

 辺り憚ることなく四肢をばたつかせ、駄々をこねる子どものようにのたうち回りながら。


 だって彼女を失ったことが、あまりに悲しかったから。

 あんな良い子が死ぬという現実に、どうしようもない理不尽さを感じていたから。

 原因がどうであろうと、責任が誰にあろうと、心の底から慟哭せずにはいられなかったのである。


 そんな俺の頬を、溢れた涙が止めどなく流れ落ちていく。

 そしてそれ以上に大量の鼻水が、顔の下半分をこれでもかと汚して回った。


(うえええ……う゛え゛え゛え゛……)


 俺はその両方を拭うことなく、また声を抑えたりもせず、ずっと泣き続けた。

 長く長く、気の遠くなるほどの時間、愛する者の死を悼み続けたのだ。


 ただその果てに訪れた、ありとあらゆる感情を吐き出し尽くして、いい加減涙も鼻水も枯れてしまった瞬間に――俺は、ひとつの決意を固める。


(……よし。泣くのはここまでだ)


 こんなみっともない振る舞いはここまでにして、以降はいつもの明るい『柳井満』に戻ろう、と。

 急に落ち着きを取り戻し、そう自らのすべきことを定めたのだ。

 今までずっと、暴風雨のごとく荒れていたのが嘘のように。


 俺がそんな風に、突如として自制を取り戻したその理由は――


(だって……それがお前の願いだからな)


 雪子が俺に、そう願ったから。

 それこそ彼女が俺に残した、最後の望みだから。

 他の何よりも強く、あいつは『明るく楽しい柳井満』を求めていたわけだ。


『お願いだから、いつもの明るいミツル君に戻ってよ……ミツル君……』


 ならば当然、何があろうとその願いを果たさなくてはならない。

 力の限り、それを叶えるため奮闘しなくてはならない。


 例え心が傷だらけで、本来ならば、そんなことができる精神状態ではないのだとしても。

 その一度の選択によって、これから先、ずっと苦難を背負うことになるのだとしても。


 それでも己を奮い立たせて、やり遂げなければならないのである。

 自分のせいで悲しい目に遭った、愛しい人に対し、唯一のしてやれることとして。

 決して揺るがせにはできぬ、俺の人生最大の使命というわけだ。


 もっとも実のところ、それはそう大して難しい行いではない。

 だって心にもない事を言うのは、俺の得意分野だから。

 本心を隠して生きるなんて、ほとんど日常茶飯事だから。

 むしろ自分に向いてる、と表現したっていい。


 であれば必ずや、俺はその使命を果たせることだろう。

 薄っぺらく身勝手な自分の性格が、逆に力強い支えとなってくれるわけだ。

 そんな己のいい加減さに、今はただ感謝しかなかった。


 その決意と共に、俺は一念発起して体を起こし、保健室のベッドから立ち上がった……のだが――


(よし、やるぞ!)


 しかし次の瞬間、そんな俺を嘲笑うかのように、突如として体へ異変が生じる。


(あ……れ……?)


 急に足がもつれ、大きくバランスを崩してしまったのだ。

 しかも同時にめまいや、強い吐き気のような感覚にも襲われた。

 今度は精神的なものではなく、完全に純粋な肉体の変調である。


 加えてそれに伴い、視界もぼやけて歪み始める。

 まるで車酔いと船酔いと二日酔いが、一度に押し寄せて来たかのような気分だった。

 もちろん二日酔いの経験は無いが、とにかくそんな状態になってしまったのだ。


 ただし、その唐突な異変は――


(……ん? あれ、消えた?)


 間もなく、一瞬の内に消失する。

 すでにめまいは治まり、吐き気も吹き飛んで、視界に至ってはいつも以上にクリアである。

 体調不良の残滓など、影も形も無い。


 その不可思議な事態に動揺しながらも、俺はすぐさま、原因についてあれこれと思索した。

 ただ結果として、あまりにも残酷な、ひとつの恐ろしい可能性に到達してしまう。


(まさか……脱出の時に……?)


 機体を破壊して、コックピットブロックを摘出し、強引に脱出したあの時――そこで何かの拍子に深刻な怪我を負ったのでは、と推測したのだ。

 もの凄い無茶をしたのは事実だし、そういう事故が起こっていてもおかしくはないだろう。


 となればおそらくは、脳が損傷したに違いない。

 めまいとか感覚の異常とか、そういう意識、認識系統の不調が起きているのだから。


 まあ神経やら何やらが直接繋がっている物を、力任せに無理やり引き千切ったのだ。

 何か異変が起こっても不思議はない……と言うか、大怪我をするのが普通である。

 むしろ当然の結果、と呼ぶべきなのかもしれない。


 そう自身の状態を把握した瞬間、俺はふと、その裏付けとなる現象が起きていたことに気づいた。


(そうか……俺、ユキコのことを覚えてる……!)


 それは自分が、朝倉雪子の記憶を完全に保持している、という事実である。

 戦いで犠牲となった以上、本来なら『順化調整』の働きにより、すでに忘れ去っているはずなのに。

 その不自然な事態こそが、体の異変を強く示唆しているのだ。


 なぜそうなるのかという根拠は、以前斉川が語っていた、『順化調整』についての説明にある。


『一応、コックピットブロックが深刻なダメージを受ければ、自然と『順化調整』関連の機能が停止することもある、と言ってはいたが……

 まあそんな状態になれば、中の人間も無事じゃいられないだろうし、どっちにしても無意味な話だな』


 つまり『俺が彼女を覚えている』こと自体が、『機体のコックピットブロックに深刻なダメージが生じた』ことの証明になるわけだ。

 『順化調整』が停止する原因なんて、他に考えられないのだから。

 俺の体が危険な状態にあるのは、もはや明白な事実と言ってもよかった。


 その一連の認識は、俺に否応なく、過酷な現実を突きつけてくる。


(じゃあ俺……死ぬのか?)


 この体の異変は、これからもどんどん進行していくのではないか。

 そして今ではなくとも近い将来、限界を迎えて命が尽きるのではないか。

 そんな想像に取り憑かれ、心臓を握り潰されるような恐怖を味わったのだ。


 もちろんこの考えは全て、単なる憶測に過ぎぬものなのだが。

 しかし先ほどの不調に関しては、他の説明が思いつかないし、やはり真実なのだろう。

 無茶の代償はとてつもなく重かった、ということである。


 当然俺は、その事実に激しく打ちのめされた。

 あまりの恐ろしさで全身の力が抜け、まっすぐ立っていられなくなるくらいに。

 何だか今にも、床へ崩れ落ちてしまいそうな状態である。

 せっかく生き延びたというのに、結局このまま、死を待つしかないのだろうか……


 ただその残酷な現実に敗北し、心が砕け散りそうになった……次の瞬間――


(……いや! まだだ!)


 俺は内心で咆哮し、四肢に力を入れて、必死に体を支えて踏み止まる。

 まだ終わったわけではない、こんな事でへこたれてなるものか、と気合いを入れて自らを奮い立たせたのだ。


 なぜそうやって、俺が恐怖に負けず踏ん張れたのかと言えば――


(暗いのは……俺らしくないからな!)


 そんなのは『いつもの俺』らしくない、という思いがあったから。

 鬱陶しいくらいに、明るく陽気で脳天気なのが、まさしく柳井満という人間だろう……と明確に認識していたから。

 要は先ほど芽生えた、『明るく楽しい柳井満』でいなければという使命感が、俺に絶望へ抗う力を与えてくれたのである。


 そしてそんな風に立ち上がれたのは、もちろん雪子のことを覚えていたから。

 もし彼女の存在を忘れていれば、弱い俺の心は、きっと脆くも崩れ去っていたことだろう。

 体の件と引き換えだとわかっていても、やっぱりお前はすごいよ、本当にありがとう……と、改めて感謝せずにはいられなかった。


 ゆえにその想いを支えにして、俺はうつむいていた顔を上げ、次いで強引に『自分らしい』笑みを浮かべる。

 それから再度足に力を込めると、愛した人に捧げる、明日への宣言と共に――


(ユキコ……見ててくれよな!)



 力強く、次の一歩を踏み出した――























 ついに、来てしまった。

 何より恐れていた、その時が。

 避けられぬ死地へと誘う、悪魔の号令が放たれたのである。


 ゆえにもはや、一刻の猶予も無い。

 これを放置してしまえば、『彼ら』の命が危なくなるから。

 すでに、タイムリミットは訪れたのだ。


 だから私は、行動を起こさねばならない。

 明日への扉を、この手で開くために。

 例えそのために、どれほど重い代償を支払うことになろうとも。


 とは言えこれは、チャンスでもある。

 彼らが生き延びるために残された、唯一の希望でもあるのだ。

 ここを逃せば、後に残されるのは、緩やかな絶望のみである。


 であれば当然、迷うこともためらうこともない。

 自らの成すべきことを成し、後は彼ら自身に託すべきだろう。

 そういう未来を掴み取るため、ここまで耐えに耐えてきたのだから。


 そんな風に己の行く道を定めてから、意を決して行動を開始する。

 我が身に課せられた、『教師』としての使命を全うするために。


 そう、私は、『生徒』達の無事を心より願いながら――


『ああ、どうか、どうか彼らの先行きが――』


 自分に残されている、最後の仕事をやり遂げたのだ……



『祝福と幸運に満ちた、良い旅でありますように……』








 以上をもちまして、『朝倉雪子・柳井満編』の完結です。

 次回からは、とある女神とそれを取り巻く二人の男の物語、『春日井真那・斉川雅幸編』を開始いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ