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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-10 『Dear my prince』
119/173

Section-10

更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正


 実は、前々からずっと思っていた。


 不真面目な彼氏でごめん、と。


 いつもいい加減ですまない、と。


 いつかはそう、彼女に謝らなければいけない、と考えていたのである。



 だって俺ときたら、どんな時も軽薄で、口から出るのは調子のいい言葉ばかり。

 行動も行き当たりばったりだし、物事を決める根拠と言えば、全てその場のノリ。

 もちろん、真剣に何かに取り組むことだって無い。


 それでいて、肝心なところでは憶病風を吹かせてしまう。

 まともにやって失敗したらショックだから、わざとふざけた態度をとったりする。

 『本気じゃなかった』というふりをして、自分が傷つくのを避けるのだ。


 最初に雪子に告白した時も、きっとそうだったに違いない。

 軽い言い方をしたのは、断られた時にごまかしやすくするため。

 考えなしだったのも事実だが、無意識の内に逃げてもいたのだろう。

 要するに俺は、いつだって臆病だったのである。


 だからずっと、謝りたいと思っていた。

 身勝手な振る舞いで振り回していたことを、いい加減な性格で不安にさせていたことを。

 真摯に謝罪して、償わねばならぬと痛感していた。


 そしてまた、やり直したいと願ってもいた。

 あのどうしようもないほどに薄っぺらく、一片の気持ちも込められていない告白を。

 次こそはっきり、自分は本気なんだと伝えるために。

 そういう意志、あるいは責任感のようなものを、胸の奥にずっと抱いていたのだ。


 しかし結局、実行には移せなかった。

 機会はいくらでもあったが、一歩踏み出すことはできなかった。

 代わりに告げていたのは、冗談やらごまかしやらの、適当極まりない言葉だけ。

 本心からの訴えなんてものは、ほとんど皆無と言ってよかった。


 それも全ては、己の臆病さゆえのこと。

 そう言って引かれたらどうしよう、空気読めないやつと思われたらどうしよう。

 そう恐れるあまり、真面目な話題を意図的に避けていたのだ。

 つまりリスクは全て後回し、という生き方を、ずっとずっと続けてきたのである。


 その結末が――何ひとつ伝えられぬまま訪れた、大切な人との無惨な別れだ。


 そんな後悔を抱えた状態で、俺は絶叫する。

 目の前にある、完全に閉じられた『クロコダイル』の顎に向けて。

 ほんの少し前まで、雪子の機体が挟まれていたそこに、声を振り絞って呼びかけたのだ。


「ユキコぉぉーーっ!」


 しかしそれに対して、彼女からの返事は一切無い。

 まあ当然だろう、そこにはもう、虫が這い出るほどの隙間も残されていないのだから。


 つまり雪子の機体は、跡形もなく押し潰されてしまった、ということだ。

 辺りに漂う、食べ残しのごとき手足の残骸が、それをはっきりと証明していた。


 そう認識した瞬間、俺の中で、ずっと支えにしていたものが千切れる。

 彼女のため、と必死に奮い立たせてきた意志が、脆くも砕け散ってしまったのだ。


 結果として、俺の胸の内からは――


(ああ……もう、どうでもいいや)


 瞬く間に、ありとあらゆる情熱が消え去った。

 何かを頑張ろうとか、これからどうしようかとか、そういう事を考える気力が失われたのだ。

 同時に自然と、生きたいという願望さえも薄れていく。


 それはもちろん、何もかもが無意味になってしまったから。

 俺は今までずっと、雪子を失わぬため頑張っていたのである。

 その相手がいなくなった以上、前向きな意志など消し飛んで当然だろう。


 ゆえに俺は、そのまま何もせず、ただ成り行きに身を任せる。

 体の力を抜き、頭の回転を止め、果ては心の揺らぎまでも静めたのだ。

 こうしていればきっと、すぐ雪子のところへ行けるはず、と心のどこかで期待しながら。


 もちろんそんな俺を、あの処刑人が見逃すわけもない。

 これ幸いにとばかりに、雪子を噛み砕いた『クロコダイル』が、急激に接近してきたのである。

 すぐにでも逃げねば、あっという間に破壊されてしまうことだろう。


 それでも俺は、一切の抵抗をせずに待つ。

 したことと言えば、奴が大口を開けるところを、黙ってじっと見つめていたくらいか。

 迫り来る死神の姿さえ、何の感慨もなく眺めていたのだ。


 そしてそのまま、飢えた猛獣に差し出された餌のように――


(……っ!)


 勢い良く『クロコダイル』に噛み付かれ、全身をその巨大な顎で、左右からしっかりと挟まれた。

 またそれと同時に、機体が音を立てて軋み始める。

 この状態が続けばおそらく、遠からず潰れて砕け散ることだろう。


 その丸呑みにも等しい状態の中、俺はぼんやり雪子のことを考えていた。

 彼女を想うことで、つらい現実から目を背けておくために。

 都合の良い夢想の中に潜り、安らかな旅立ちを得ようとしたのである。


 そこで頭に思い浮かんだのは、思い出の中できらめく、様々な彼女の言葉や振る舞い――


『……自分でも読める本を選んでくれ、という話でしたから。

 一応、読みやすくて娯楽性の高いものを用意してみました』


『あ……柳井君。ふふ、今日は何のお話ですか?』


『……き、急じゃなかったら、その……

 そんなに、困りません……けど……』


『もう……学校に戻ろ?

 確かに私達は、すごく勝手なことをしたけど……ちゃんと謝れば、みんなきっと許してくれるよ』


『そんなの私、ずっと前から知ってるんだから!』


『お願いだから、いつもの明るいミツル君に戻ってよ……ミツル君……』


 そして、その果てに――


(あ……)


 俺は不意に、決して忘れてはならないものを思い出す。

 それは懐かしい記憶達と共に蘇る、彼女が俺に残してくれた、最後の呼びかけ。


『ミツル君! あ――』


 その言葉は何よりも鮮烈に、おそろしく苛烈に、朽ちかけた俺の心を刺し貫いていった。



『ありがとう!』



 その瞬間――


(ちくしょう……死にたくねえ……)


 死にたくない、こんなところで終わりたくない、という気持ちが猛然と湧き上がってくる。

 それに感情を揺さぶられ、涙すら溢れそうなってしまうほどに、強く強く。

 つまりは消えかけていた生存への意志が、再び蘇ってきたのだ。


 その原因は、言うまでもなく――


(忘れたくねえ、忘れたくねえよぉ……)


 雪子がくれた最期の言葉を、絶対に忘れたくなかったから。

 このまま命を落とせば、永遠にその贈り物を失うことなるから。

 それがどうしても嫌で、まだ生きていたいと思ってしまったのである。


 要は大切な人を、自分の勝手に巻き込み犠牲にしておきながら、共に旅立てさえしないわけだ。

 なんと情けない上に格好悪く、そして自己中心的で不義理な男なのだろう。

 本当に本当に、心底呆れ果てた奴、と自らを罵るより他はない。


 だがそんな風に、己の弱さを理解していても、俺の決意は揺るがなかった。


(……いいさ、どんなに情けなくても)


 例えどれほど愚かであろうと、可能な限り生き抜いてやる。

 それがどれだけ独り善がりな行動であろうとも、最後まで足掻いてやる。

 そう力強く、自らの進むべき道を定めたのだ。

 いつもの弱さはどこへやら、本当にこれが自分なのか、と疑いたくなるほどの固い覚悟をもって。


 俺がそうやって再起できた理由は、先ほど雪子のくれた言葉が、強い支えになってくれていたから。


(だってあいつは……こんな俺でも、好きだって言ってくれたから!)


 臆病でも弱くてもいい、格好悪くても情けなくてもいい、それでもずっと好きだった。

 彼女はそう言って俺の弱さを受け入れ、そこを愛してくれさえした。


 そのうえ最期の時にすら、俺を支える言葉を残してくれた。

 ならばそれに応えず諦めることこそ、雪子に対する最大の裏切りだろう。

 そんな思いのおかげで、心を蝕む罪悪感に負けることなく、もう一度立ち上がることができたのだ。


 それに俺は、あいつ自身を守ってやることはできなかった。

 ならばせめて、あいつの好きな男ぐらいは守ってやりたいと思う。

 俺が彼女にしてやれることなんて、もうそのくらいしか残ってないから。

 やはりこのまま、独り勝手に死ぬわけにはいかないのである。


 その意志を糧に、俺は激しく奮起――


(まだ……まだだ! まだ終わってないっ!)


 十全に気力を取り戻し、同時に回り始めた頭で、今後について考えたのだが――


(でも……どうすればいいんだ?)


 すぐそこで、厚い壁にぶち当たる。

 機体が身動きとれぬ状態で拘束されて、すでに押し潰される寸前だったから。

 そこから抜け出す術を見つけられず、いきなり追い詰められてしまったのだ。

 このままでは当然、ごく近い将来、俺は雪子と同じ命運をたどることだろう。


 ただそれでも、諦めることだけはできぬと、必死に助かる方法を探す。

 まともに動けないのであれば、何かそれ以外の手段で脱出すればいい、と発想を転換しながら。

 本当にあるかもわからぬ、その具体的な手立てについて、心血注いで考え続けたのだ。


 結果として俺は、あまりにも無茶な、ひとつの方法に到達した。


(ひょっとして……この方法なら行けるのか?)


 それはこの機体の構造――内部に卵形のコックピットが収まっている、というあれ――を利用した、起死回生のアイデアだ。

 要は倉田に見せられた映像を元に、この危機的状況を打開する策を、どうにかひねり出したのである。


 まあ実のところそのアイデアは、おそろしくリスキーな上に、極めて不安定かつ不確実なものなのだが。


 しかし完全に見込みなし、というわけでもない。

 むしろ機体が壊れかかっている今こそチャンス、という方法なのだ。

 何もしなければ死が待つのみ、という今の苦しい状況を思えば、あらゆるリスクを無視してでも試みるべき選択肢であろう。


 そう認識した瞬間、俺は改めて覚悟を決める。


(もう、これしかないんだ……!

 迷うな、やり遂げろっ!)


 そして自らを奮い立たせるように、内心で激しく咆哮してから、早速行動を開始した。

 例の無鉄砲な策に従って、奴の口の中で、自身の腕を動かすと――


(ぐっ……ぬああ……!)


 自らの機体の胸部、ちょうど人間で言えば心臓がある辺りを掴んだのだ。

 次いでそこをこじ開けるため、軋んで割れかけた装甲を引き剥がし、さらにその内側へ手を突き入れる。

 医者が患者を手術する時のように、体の中へと潜り込ませたのだ。


 すると直後、指先に目的の物が触れた。


(……あった!)


 それは他と少し感触の違う、丸みを帯びた卵型の物体――形状からして間違いなく、機体のコックピットブロックだ。

 俺はこれを探すため、自ら機体の中へ手を突っ込んだのである。


 その目的は当然、こいつを機体の外に引きずり出すこと。

 コックピットだけでも逃がせば、とりあえず自分が押し潰されて死ぬことは無い、と思ったから。

 手動の脱出装置、とでも例えるべきだろうか。

 これこそ先ほど俺が思いつき、実行に移そうとしている、『無茶な方法』の詳細だ。


 もちろんそんな乱暴なことをすれば、体にどんな悪影響があるのかわからない、とか。

 もしくはそうして脱出したとしても、その先で仲間に回収してもらえねば全てが終わり、とか。

 そういう払拭できぬ問題も、多々残されてはいるわけだが。


 ただそれでも、確定した死よりはずっと希望に満ちている。

 例え無視できぬ危険があったとしても、この絶対絶命の状況を脱するには、やはりそこへ賭けるより他はない。


 だから俺は、迷わずそのコックピットブロックを掴んだ。

 そして機体が砕ける前に、自分の心臓をえぐり出すような気持ちで、それを中から引き抜き――


(くっ……おおおお!)


 そのまま即座に、わずかに開いた敵の顎の隙間から、思い切り外へと放り投げた。

 コックピットブロックに繋がっている、血管のように張り巡らされた配線を、ひとつ残らず引きちぎりながら。

 ただ一心に、生き抜きたいという意志を込めた、力の限りの絶叫と共に。


「うおおおあああ!」


 その瞬間、脳味噌を直接掴まれ、無理やり引きずり出されるような感覚と共に――


(がっ……あ……!)



 俺の意識は、完全に断絶された……








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