Section-9
更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正
確かに、そういうシーンに憧れたことはある。
主人公である女の子の危機に、颯爽と王子様が駆け付け、身を挺してかばってくれる。
そして怪我をしながら自分を守ってくれた、その頼もしい王子様と、互いに愛を確かめ合う……みたいな。
そんな王道と言うか、ありきたりな展開に、羨望じみた気持ちを抱くことはあったのだ。
でもまさか――
(……自分が守る側になる、とは思ってもみなかったなあ……)
そんな風に、朝倉雪子は考えていた。
夢でも見ているかのような、どこかぼんやりした心持ちで。
周囲から迫る猛烈な圧力により、自身の機体が激しく軋む音を、妙に遠いものとして感じながら。
するとそこへ、焦りと動揺の入り交じった、自分を呼ぶ必死の声が届く。
『ユキコ! ユキコっ! 大丈夫か、ユキコっ!』
それで急に、私は我に返った。
(あれ……私、何を……?)
何となく夢見心地でいたところを、一気に現実へと引き戻されたのだ。
どうやら今までは、大胆な行動に出た自分への驚きで、しばし呆けていたらしい。
またそれと同時に、頭の方も回り始めたので、自然と周囲の状況が見えてくる。
その結果として私は、ようやく理解することになった。
(う……そ……)
自分が現在、『クロコダイル』の顎に挟まれた状態である、という事実を。
もはや体はほぼ奴の口の中で、手足だけが外に飛び出しているような有り様なのだ。
食べ物のように噛み砕かれる寸前、と言ってもいいだろう。
要は無惨な死が間近に迫る、たいへん危機的な状況、と明確に突きつけられてしまったわけだ。
今まで呆けていたのはきっと、その現実を恐れるあまり、思考停止に陥っていたからに違いない。
もちろんこの状態が続けば、遠からず圧力に負けて機体が崩壊、私は死ぬことになるだろう。
生きたまま押し潰されて終わりとか、考えつく限り最悪の死に方だし、そんな最期は何としてでも避けたい。
なのですかさず、私は『クロコダイル』の顎から逃れるため、必死に暴れもがいたのだが――
(うっ……くっ……! 駄目……!)
しかしわずかに手足が動いただけで、機体そのものは微動だにしなかった。
顎の内部にある牙のような部位が、胴体部分に深々と食い込み、完全に拘束されてしまっているのだ。
これでは当然、どう足掻いたところで抜け出すことなど不可能である。
そう己の苦しい現状を認識し、瞬く間に絶望に支配されかけた私へ、もう一度満君からの声が届く。
『ユキコ! 待ってろ! 今助けるぞ!』
同時にすぐ近くから、金属をぶつけ合うような音が響いてきた。
どうやら外から、敵の機体を何度も殴打しているらしい。
自らの危険を顧みず、私を救い出そうとしてくれているのだろう。
ただ残念ながら、効果はほとんど無い。
まあ素手で敵機を殴るというのは、コンクリートの壁を人間の拳で叩くようなものだし、当然と言えば当然のことなのだが。
要するに彼は今、必ず徒労に終わる努力を、リスクを負いながら繰り返している最中なのだ。
そんな満君の現状を憂いたせいか、ふと頭に、ひどくネガティブな単語が思い浮かぶ。
(罰……なのかな)
これはひょっとして、天罰ではないのだろうか。
彼が急に本来の明るさを無くし、人が変わったようになったことを、心のどこかで嬉しいと思っていた自分への。
そんな妄想が、突然頭をよぎったのだ。
そう、実のところ私は、ほんのちょっとだけ喜んでいた。
満君が心を閉ざし、クラスメイト達とあまり関わらなくなったことを。
まともに会話するのがほぼ私だけ、という状態になったことを。
自分にとってはすごく都合の良いこと、と密かに歓迎していたのである。
だってその状況ならば、彼は必ず私だけを見ていてくれるから。
他の誰かに目が行ってしまう、という事態が決して起こらないから。
それは私にとって、何よりも望ましい状態だった。
私がそんな風に思うようになった原因は、主に満君の社交性にある。
彼は私以外にもたくさん友達がいるので、よくその事を私は不安に感じていた。
他にもっといい人を見つけてしまうのでは、それで自分は見捨てられるのでは、と常に恐れを抱いてしまうほどに。
だから落ち込む満君を見て、このままでいいと考えてしまった。
このまま二人きりが続けばいい、と思ってしまったのだ。
例え周りの状況が、どんなに異常なものであろうとも。
彼が決して離れていかない、という事実だけで、私としては十分に満足していたから。
でもやがて私の精神は、その閉塞した状況に耐えられなくなっていった。
徐々に荒れていく、満君の言動や行動を見る度、心が引き裂かれるような苦痛を覚えるようになったのだ。
なぜなら満君が、あまりにも辛そうだったから。
どんどん卑屈になり、彼らしさを失っていったから。
自分の好きな人が消えていく、という感覚に囚われ、それに恐怖を感じるようになったわけだ。
それで最終的には、やっぱり元の満君に戻って欲しいと願い、先ほど彼にもそう伝えたのである。
もちろんそれは、極めて自分本位な考え方だ。
なぜなら都合の悪い事態に直面したがゆえに、慌ててその行動方針を改めた、ということなのだから。
一度はいいと放置しておきながら、嫌な事が起こった瞬間、すぐ手のひらを返したということなのだから。
要は大切な人が苦しんでいると知っていながら何もせず、逆に自分が苦しくなったら相手に変化を要求する。
そんな横暴を、平然と押し通してしまったわけだ。
あまりに勝手極まりない行動だし、きっと今のこの無惨な姿も、その報いであるに違いない。
それゆえに今は、こう思っている。
もういい、私はもういいのだ、と。
この状態ではどうせ生還など不可能だし、いっそ潔く諦めるべきだろう、と。
そんな風に、少なくとも自分については、覚悟を決めてしまっていたのだ。
ただし、もちろん――
(でも……ミツル君は……!)
満君に関しては、当たり前のことながら違う。
だって彼の方は、私を見捨てさえすれば、まだ助かる可能性が十分にあるのだから。
無理して心中する必要なんて、これっぽっちもありはしないのである。
そのために私のすべきことは、当然のようにただひとつ――
(逃げて、って伝えなきゃ!)
私のことはいい、あなただけでも助かって、と伝えることだ。
この機体が押し潰され、その一言すら発せなくなる前に。
それで納得してくれるかわからないが、最初にすべきことであるのは確かだろう。
だいたいこのままでは、彼の心に深い傷が残ってしまう。
恋人を救えなかったという後悔で、これから先も、ずっとずっと苦しむことになるのだ。
自分のせいで自分の大切な人が辛い目に遭う、なんて事態は、どうあっても避けねばならない。
となればやはり、ここは綺麗にいなくなるべきだろう。
『助けて』だとか『死にたくない』だとか、そんな風に騒ぎ立てたら、より精神的な負担が増えてしまうから。
好きな人への最後の贈り物として、自らの犠牲も厭わぬ、献身的な姿勢を見せるのだ。
その決意を胸に、私は満君へ呼びかけを発した。
なけなしの勇気を奮い立たせ、『私のことはいいからもう逃げて』と伝えるために。
「ミツル君! 聞いて……!」
だがそれに対する、彼の力強い返答を聞いた瞬間――
『大丈夫だ! 心配するな! 今助けるからな!』
心の中に、抗いがたい欲望が生まれてしまう。
これからも満君と一緒にいたい、本当はこんな所で死にたくない、だからここから出してと叫びたい。
つい、そんな願いを抱いてしまったのだ。
きっと胸の奥に押し込めていた弱さが、彼の言葉により引きずり出されてしまったのだろう。
結果として、固い決意の元に放たれたはずの、私のメッセージは――
「わ゛、わ゛だじはい゛い゛がら、みづる゛ぐんだけでも、に゛げで……」
聞き取ることすら困難な、嗚咽まみれのひどいものになってしまった。
献身的な女性を演じるはずが、結局いつもの自分になってしまったわけだ。
先ほどの覚悟はどこへやら、呆れるほどにみっともない振る舞いである。
しかもこのまま死ぬようなことがあれば、今のが私の最期の言葉――つまりは遺言となる。
おそろしく不格好で、そして可愛さは欠片も存在しない。
満君の中に残る、最後の自分の記憶がこれだと思うと、あまりに嫌すぎて暴れ出しそうだ。
それゆえ頭に浮かぶのは、ただただ後悔と、彼への謝罪ばかりだった。
(ごめんね……ミツル君……
こんな駄目駄目でかわいくない彼女でごめんね……)
そんな私に対しても、満君は懸命に、諦めるなと呼びかけてくる。
自分だけ逃げようなんてことは、頭の片隅でも思ってないような口調で。
『ユキコっ! ユキコっ!
今……今なんとかしてやるからなっ! 待ってろ!』
その心のこもった声は、折れかけた私の心に、再び強い力を与えてくれた。
これ以上この人を苦しめたくない、少しでもその負担を減らしたい――そういう願いが勢いを取り戻し、私の中で膨れ上がっていったのだ。
もちろん『せめて最期は美しくいたい』とか、『綺麗なままで彼の記憶に残りたい』とか、そういう欲目もあったのだが。
それでもとにかく、私は自分に残された最後の時間を、満君のため一心に費やすと決めた。
ゆえにそこで、必死に頭を回転させ始める。
(何を……言えばいいの?)
今ここで、私が彼に言うべきことは何なのか。
いったい私は、何を一番に伝えたいのか。
それを素直な気持ちで考え、最善の答えを導き出そうとしたのだ。
次こそしっかり、大切な人の助けとなれるように。
その結果として、ようやく絞り出された言葉を、私はすぐさま満君に告げた。
どうか届いてという願いを乗せて、魂そのものを込めるように、力の限り叫んだのである。
「ミツル君! あ――」
しかし私がそれを言い切った、まさにその瞬間――
(っ……!)
自分の周り全ての方向から、金属が砕け散るような音と、体中を強く押される感覚が迫ってきて――
(あ……ああああっ!)
私の意識は、完全なる闇に閉ざされた……




