Section-7
更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正
自分の目の前にある、完全に力を失ったふたつの物体――自らの相棒であるスナイパーライフルと、大切な人が乗った無骨な人型機動兵器。
それらを交互に眺めながら、俺はただひたすらに狼狽していた。
(どうする……これ、どうすればいいんだよっ!)
だってその光景の示す現実が、あまりに残酷なものだったから。
なんと俺達は今、命を狙う敵が間近に迫ったこの状況で、それに抵抗する手段を全て無くしてしまったのだ。
これを絶望と言わずしてなんと言うのか、動揺し冷静さを欠いて当然だろう。
それでも何とか、その荒れる感情を抑え込み、必死で考えを巡らす。
二人揃って無防備という、このどうしようもない苦境を打破するために。
まだ諦めるわけにはいかぬと、なけなしの知恵を目一杯に振り絞ったわけだ。
だが、残念なことにと言うべきか、当然のようにと言うべきか――
(ええと……ええと……ああああ!)
思いつくことは皆無で、そもそも満足に頭が回ってくれない。
これではいくら時間が経とうとも、ただただ焦りが募っていくばかりだ。
何だかもう、責任感と絶望感の板挟みで、今にも溺れてしまいそうな気分である。
するとそこへ、まるで女神からのお告げか何かのように――
『柳井君……』
諭すような口調の、優しい雪子の声が届いた。
『もう……学校に戻ろ?
確かに私達は、すごく勝手なことをしたけど……
ちゃんと謝れば、みんなきっと許してくれるよ。
だから、もうここまでにしよう? ね?』
それは弱り切っている俺の心を、この上なく激しく揺り動かす。
やっぱりそうだよな、こんな状況で生き延びるにはそれしかないんだし、今すぐにでもそうすべきだよな。
そんな風に、考え方を覆されかけたのである。
しかし、一時はそう認識していながらも――
「……いや! 駄目だ!」
結局俺は、その提案を受け入れず、敵の迎撃を再開した。
自らに残された唯一の武器、低火力の機関砲で抵抗を続けたのだ。
それでは遠からず、力負けして敗北する、とわかっているはずなのに。
俺がそんな、無謀極まりない行動に出た理由。
それはもしここで、彼女の提案を受け入れてしまえば――
(それじゃ……ただの役立たずじゃないか!)
自分という人間が、あまりにも情けない存在になってしまうから。
散々喚き散らして、皆を裏切った挙げ句、何もできぬままの無能になり果てるから。
それでは雪子に幻滅されること必至なので、どうしたってその選択は不可能なのだ。
そう、俺は雪子にがっかりされたくなかった。
こいつは弱い男なんだ、何もできないやつなんだ、と失望し見下されたくなかった。
すでに今はもう、その気持ちだけで動いていると言ってもいい。
なぜならそう思われて、こいつは不要と見捨てられたくないから。
そんな事になったら、自分を支えきれなくなってしまうから。
俺は彼女に必要とされ、信頼される存在でいたいのである。
だからここは、例え命を懸けてでも、必死に見栄を張らなくてはいけない。
どれほど危険であろうとも、無様な姿を見せるわけにはいかない。
手放したくないものを掴んでおくため、全てのリスクを無視して踏ん張るのみなのだ。
その悲壮な覚悟を胸に、意地だけの言葉を絞り出しつつ、俺は独り戦いを続けていく。
「だ……大丈夫だ! 俺が、俺が何とかするから!」
結果どうにかこうにか、付近の『バグ』だけは掃討できた。
その装甲の貧弱さゆえに、機関砲のみであっても、一応の対処が可能だったのである。
しかし当然ながら、後続はまだまだ残っている。
幸い『アングラー』は動かないが、それ以外の連中は、今も接近を継続中なのだ。
遠からずこちらと接触し、また戦闘が開始されると見て間違いない。
もちろんそうなれば、次は絶対に防ぎきれない。
低火力の機関砲のみでは、平凡な装甲の『サンフラワー』の対応にさえ苦慮するから。
絞首台に引きずり出された囚人も同様の状態、とでも言うべきか。
本当にここから先、いったいどうすればいいのだろうか……
そうしてすっかり切羽詰まった俺は、またも無様な思考停止に陥ろうとしていた……のだが。
その瞬間俺の身に、経験も無ければ想像すらしたことのない、全く予想外の事態が起こった。
『ミツル君、の……』
なんとあの温厚な雪子が、突然口調を荒げて、俺を思い切り罵倒したのだ。
『馬鹿!』
そしてそれに驚き、呆気に取られた俺を――
「……え?」
そのまま情け容赦なく、何度も何度も責め立ててくる。
『馬鹿! 馬鹿馬鹿!
なんでそうなの! なんでそんな風に考えるの!
もう、本当に馬鹿っ!』
俺は当然、そうして荒れ狂う雪子を、何とかなだめようとしたのだが。
「ゆ、ユキコ……? ちょっと、待っ……」
彼女はそれを遮って、俺が何より恐れている、とてつもなく致命的な指摘をぶつけてきた。
『どうせ思ってるんでしょ!
弱虫だと思われたくないって、駄目な男だと思われたくないって!
それでそんな風に、無理してるんでしょ!』
その言葉が胸に突き刺さり、ただでさえ不安定な心をさらに痛めつける。
そこに浮かぶ感情はひとつ、ああついに見抜かれてしまった、という己の振る舞いへの後悔のみだ。
きっとこの一件を通じて、情けないところを見せ過ぎたせいで、彼女は俺に失望してしまったのだろう。
となれば当然、その信頼を取り戻す方法など無い。
後は役立たずの駄目男と思われ、即刻切り捨てられるのみだろう。
その過酷な未来を思うだけで、もう目の前は真っ暗だ。
何だかもう、頭を抱え耳を塞ぎ、幼子のように縮こまっていたい気分である……
しかし次いでそこに、そうやって心を閉じかけた俺への、救いの声となる――
『そんなの……そんなの……』
――ようでいて、むしろとんでもない現実を突きつけてくる、雪子からの鋭い叫びが届いた。
『そんなの私、ずっと前から知ってるんだから!』
もちろん俺は、それに対して、間の抜けた呟きを返すだけだ。
告げられたその言葉の意味が、すぐには理解できなかったから。
「……へ?」
そんなこちらには一切構わず、雪子はさらに次々と指摘を繰り出してくる。
まるでダムが決壊した時のよう、とさえ例えられそうな勢いの、聞いたこともないほど激しい口調で。
『だって柳井君、脳天気な風にしてるけど、結構人目を気にしてるし!
仲の良い友達にだって、嫌われないようすごく気を遣ってるし!
あとお化け屋敷もホラー映画も絶叫マシンも嫌がるし!
それって、ものすごく怖がりってことでしょ!
いつも色々言って誤魔化してるけど、そんなのバレバレなんだから!
付き合ってるんだし、それくらいわかるよっ!』
その瞬間、俺の頭は完全に真っ白になった。
今しがた彼女の語った話の内容が、あまりに信じ難いものだったからだろう。
それをすぐには受け入れられず、思考そのものが止まってしまったのだ。
そうやって返事すらできなくなった俺へ、雪子は次いで――
『でも……それでも……』
突如ペースダウンし、一転して静かに、切々と己の心情を吐露し始める。
『それでも私は、楽しかった……
ずっと独りで本ばかり読んで、友達もあんまりいなくて、普段会話するのは家族ぐらいだったから……
だからミツル君と話すの、私はいつだって楽しかった……
まあいつも自分のペースで喋るから、ちょっとついていけなくなったり、たまに面倒臭くなったりすることもあるけど……
でも本当に、ずっとずっと楽しかった……』
ただそれはその内、彼女の思いと呼応したかのように、徐々に力強さを取り戻していき――
『それは別に、ミツル君が凄い人だったからでも、強い人だったからでもない。
私は明るくてお喋りで、追い詰められると弱くて、怖がりなくせに見栄を張ってばかりの……そんなミツル君が、好きなの。
だから、だから……!』
最後は魂の叫びと呼ぶに相応しい、必死の懇願で締め括られた。
『こんなのは、嫌……
暗い顔して黙り込んだり、人に銃を突きつけたり、無理にでも戦おうとするミツル君は、絶対に嫌なの……
お願いだから、いつもの明るいミツル君に戻ってよ……ミツル君……』
それっきり、雪子は言葉を発しなくなる。
通信越しに、かすかな嗚咽が響いてくるのみだ。
ここは戦場のはずなのに、今はなぜだか全てが静かである。
その不自然な静寂の中で、俺は――
「ハハハ……」
独り、ひどく乾いた笑い声を上げていた。
とにもかくにも、自分が滑稽でしょうがなかったから。
あまりに愚かな己を、ひたすらに嘲笑っていたわけだ。
俺がそう思った理由はもちろん、彼女は全てを知っていたのだ、という事実を理解したから。
どうしようもない臆病者で、何もできぬ無能な奴だと、すでに把握されていたわけだ。
それを隠そうとした一連の努力は、あんなに必死に頑張ったにも関わらず、実はひとつ残らず無意味だったのである。
「ハハハハ……」
それなのに俺は、そんな自分の弱点を隠すために大騒ぎ。
意地を張って無理をして、その上こんな絶体絶命の事態を招いてしまった。
あまりにも間抜け、本当に駄目な男だと、己を侮蔑するより他はない。
「ハハハハハ……!」
ただそうして思う存分、情けない自分を笑い飛ばしたその果てに――
(……なら、これからどうするんだ?)
俺は急に冷静さを取り戻し、己に問いかける。
これから何をすべきなのか、雪子のため今の自分に何ができるのか。
妙にスッキリした頭で、それを一から考え直していったのだ。
結果として俺が導き出したのは、ごくごく自然にして当然の結論だった。
(帰ろう)
一番安全な場所に帰ろう、と決意したのである。
何のためらいもない、まっさらな気持ちで。
彼女を守るのには、それが最善だと判断したから。
もちろん自分が、仲間達を裏切ったことを忘れたわけではない。
糾弾されたり非難されたり、あるいは受け入れを拒否されるかも、と怯えているのも事実。
むしろそうなるのが当然じゃないか、と考えてさえいるのだ。
しかし例えそうであっても、今の俺は立ち止まったりしない。
なぜなら――
(それでもいい。とにかく全力で謝ろう)
素直に、そう思えていたから。
それこそ自分のやるべき事だ、と感じていたから。
要はどれだけ不興を買ったとしても、許してもらえるまで謝ればいい、と決めていたのだ。
決して逃げることなく、自分がやらかした事の後始末をつけるために。
恐怖はあっても、迷いを抱いてはいなかったのである。
俺の考え方が、突然そうして百八十度変わった原因は、もちろん――
(大丈夫……雪子がいてくれるから)
どんなに情けなくてもいい、と雪子が言ってくれたから。
どれほどみっともなくても、どれだけ格好悪くなってもいい、と教えてくれたから。
それでも好きでいてくれる、と彼女が俺に伝えてくれたから。
だから何も恐れることはない、自分の成すべき事だけを成そう、とまっすぐに思えたのだ。
その熱い気持ちが、すっかり萎れていた心に、激しい火を灯す。
俺はそれに押されるまま、辺り憚らず思い切り咆哮した。
「うおおおお!」
あまりの感情の高ぶりで、全身から血が噴き出すかと思うほどの勢いで。
そこにもはや弱気は無く、高揚感のみが満ち溢れている。
今ならば、どんな不可能だって成し遂げられてしまえそうな気分である。
しかも次いで、そんな俺を祝福したかのように――
『あっ! ミツル君、見て! レーダーに!』
雪子の嬉しそうな声と共に、あるものが目に入ってきた。
(これは……!)
それは遥か遠い場所に、わずかだが見える反応。
確かに覚えのある、見間違えようもないその姿。
いつも安心感をもたらしてくれた、掛け替えのない存在。
そう、俺達が帰るべき場所――
(みんなが……来てる!)
仲間達の集う母艦が、近くに来ていたのだ――




