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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-10 『Dear my prince』
116/173

Section-7

更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正


 自分の目の前にある、完全に力を失ったふたつの物体――自らの相棒であるスナイパーライフルと、大切な人が乗った無骨な人型機動兵器。



 それらを交互に眺めながら、俺はただひたすらに狼狽していた。


(どうする……これ、どうすればいいんだよっ!)


 だってその光景の示す現実が、あまりに残酷なものだったから。

 なんと俺達は今、命を狙う敵が間近に迫ったこの状況で、それに抵抗する手段を全て無くしてしまったのだ。

 これを絶望と言わずしてなんと言うのか、動揺し冷静さを欠いて当然だろう。


 それでも何とか、その荒れる感情を抑え込み、必死で考えを巡らす。

 二人揃って無防備という、このどうしようもない苦境を打破するために。

 まだ諦めるわけにはいかぬと、なけなしの知恵を目一杯に振り絞ったわけだ。


 だが、残念なことにと言うべきか、当然のようにと言うべきか――


(ええと……ええと……ああああ!)


 思いつくことは皆無で、そもそも満足に頭が回ってくれない。

 これではいくら時間が経とうとも、ただただ焦りが募っていくばかりだ。

 何だかもう、責任感と絶望感の板挟みで、今にも溺れてしまいそうな気分である。


 するとそこへ、まるで女神からのお告げか何かのように――


『柳井君……』


 諭すような口調の、優しい雪子の声が届いた。


『もう……学校に戻ろ?

 確かに私達は、すごく勝手なことをしたけど……

 ちゃんと謝れば、みんなきっと許してくれるよ。

 だから、もうここまでにしよう? ね?』


 それは弱り切っている俺の心を、この上なく激しく揺り動かす。

 やっぱりそうだよな、こんな状況で生き延びるにはそれしかないんだし、今すぐにでもそうすべきだよな。

 そんな風に、考え方を覆されかけたのである。


 しかし、一時はそう認識していながらも――


「……いや! 駄目だ!」


 結局俺は、その提案を受け入れず、敵の迎撃を再開した。

 自らに残された唯一の武器、低火力の機関砲で抵抗を続けたのだ。

 それでは遠からず、力負けして敗北する、とわかっているはずなのに。


 俺がそんな、無謀極まりない行動に出た理由。

 それはもしここで、彼女の提案を受け入れてしまえば――


(それじゃ……ただの役立たずじゃないか!)


 自分という人間が、あまりにも情けない存在になってしまうから。

 散々喚き散らして、皆を裏切った挙げ句、何もできぬままの無能になり果てるから。

 それでは雪子に幻滅されること必至なので、どうしたってその選択は不可能なのだ。


 そう、俺は雪子にがっかりされたくなかった。

 こいつは弱い男なんだ、何もできないやつなんだ、と失望し見下されたくなかった。

 すでに今はもう、その気持ちだけで動いていると言ってもいい。


 なぜならそう思われて、こいつは不要と見捨てられたくないから。

 そんな事になったら、自分を支えきれなくなってしまうから。

 俺は彼女に必要とされ、信頼される存在でいたいのである。


 だからここは、例え命を懸けてでも、必死に見栄を張らなくてはいけない。

 どれほど危険であろうとも、無様な姿を見せるわけにはいかない。

 手放したくないものを掴んでおくため、全てのリスクを無視して踏ん張るのみなのだ。


 その悲壮な覚悟を胸に、意地だけの言葉を絞り出しつつ、俺は独り戦いを続けていく。


「だ……大丈夫だ! 俺が、俺が何とかするから!」


 結果どうにかこうにか、付近の『バグ』だけは掃討できた。

 その装甲の貧弱さゆえに、機関砲のみであっても、一応の対処が可能だったのである。


 しかし当然ながら、後続はまだまだ残っている。

 幸い『アングラー』は動かないが、それ以外の連中は、今も接近を継続中なのだ。

 遠からずこちらと接触し、また戦闘が開始されると見て間違いない。


 もちろんそうなれば、次は絶対に防ぎきれない。

 低火力の機関砲のみでは、平凡な装甲の『サンフラワー』の対応にさえ苦慮するから。

 絞首台に引きずり出された囚人も同様の状態、とでも言うべきか。

 本当にここから先、いったいどうすればいいのだろうか……


 そうしてすっかり切羽詰まった俺は、またも無様な思考停止に陥ろうとしていた……のだが。

 その瞬間俺の身に、経験も無ければ想像すらしたことのない、全く予想外の事態が起こった。


『ミツル君、の……』


 なんとあの温厚な雪子が、突然口調を荒げて、俺を思い切り罵倒したのだ。


『馬鹿!』


 そしてそれに驚き、呆気に取られた俺を――


「……え?」


 そのまま情け容赦なく、何度も何度も責め立ててくる。


『馬鹿! 馬鹿馬鹿!

 なんでそうなの! なんでそんな風に考えるの!

 もう、本当に馬鹿っ!』


 俺は当然、そうして荒れ狂う雪子を、何とかなだめようとしたのだが。


「ゆ、ユキコ……? ちょっと、待っ……」


 彼女はそれを遮って、俺が何より恐れている、とてつもなく致命的な指摘をぶつけてきた。


『どうせ思ってるんでしょ!

 弱虫だと思われたくないって、駄目な男だと思われたくないって!

 それでそんな風に、無理してるんでしょ!』


 その言葉が胸に突き刺さり、ただでさえ不安定な心をさらに痛めつける。

 そこに浮かぶ感情はひとつ、ああついに見抜かれてしまった、という己の振る舞いへの後悔のみだ。

 きっとこの一件を通じて、情けないところを見せ過ぎたせいで、彼女は俺に失望してしまったのだろう。


 となれば当然、その信頼を取り戻す方法など無い。

 後は役立たずの駄目男と思われ、即刻切り捨てられるのみだろう。

 その過酷な未来を思うだけで、もう目の前は真っ暗だ。

 何だかもう、頭を抱え耳を塞ぎ、幼子のように縮こまっていたい気分である……


 しかし次いでそこに、そうやって心を閉じかけた俺への、救いの声となる――


『そんなの……そんなの……』


 ――ようでいて、むしろとんでもない現実を突きつけてくる、雪子からの鋭い叫びが届いた。



『そんなの私、ずっと前から知ってるんだから!』



 もちろん俺は、それに対して、間の抜けた呟きを返すだけだ。

 告げられたその言葉の意味が、すぐには理解できなかったから。


「……へ?」


 そんなこちらには一切構わず、雪子はさらに次々と指摘を繰り出してくる。

 まるでダムが決壊した時のよう、とさえ例えられそうな勢いの、聞いたこともないほど激しい口調で。


『だって柳井君、脳天気な風にしてるけど、結構人目を気にしてるし!

 仲の良い友達にだって、嫌われないようすごく気を遣ってるし!

 あとお化け屋敷もホラー映画も絶叫マシンも嫌がるし! 


 それって、ものすごく怖がりってことでしょ!

 いつも色々言って誤魔化してるけど、そんなのバレバレなんだから!

 付き合ってるんだし、それくらいわかるよっ!』


 その瞬間、俺の頭は完全に真っ白になった。

 今しがた彼女の語った話の内容が、あまりに信じ難いものだったからだろう。

 それをすぐには受け入れられず、思考そのものが止まってしまったのだ。


 そうやって返事すらできなくなった俺へ、雪子は次いで――


『でも……それでも……』


 突如ペースダウンし、一転して静かに、切々と己の心情を吐露し始める。


『それでも私は、楽しかった……

 ずっと独りで本ばかり読んで、友達もあんまりいなくて、普段会話するのは家族ぐらいだったから……

 だからミツル君と話すの、私はいつだって楽しかった……


 まあいつも自分のペースで喋るから、ちょっとついていけなくなったり、たまに面倒臭くなったりすることもあるけど……

 でも本当に、ずっとずっと楽しかった……』


 ただそれはその内、彼女の思いと呼応したかのように、徐々に力強さを取り戻していき――


『それは別に、ミツル君が凄い人だったからでも、強い人だったからでもない。

 私は明るくてお喋りで、追い詰められると弱くて、怖がりなくせに見栄を張ってばかりの……そんなミツル君が、好きなの。

 だから、だから……!』


 最後は魂の叫びと呼ぶに相応しい、必死の懇願で締め括られた。


『こんなのは、嫌……

 暗い顔して黙り込んだり、人に銃を突きつけたり、無理にでも戦おうとするミツル君は、絶対に嫌なの……

 お願いだから、いつもの明るいミツル君に戻ってよ……ミツル君……』


 それっきり、雪子は言葉を発しなくなる。

 通信越しに、かすかな嗚咽が響いてくるのみだ。

 ここは戦場のはずなのに、今はなぜだか全てが静かである。


 その不自然な静寂の中で、俺は――


「ハハハ……」


 独り、ひどく乾いた笑い声を上げていた。

 とにもかくにも、自分が滑稽でしょうがなかったから。

 あまりに愚かな己を、ひたすらに嘲笑っていたわけだ。


 俺がそう思った理由はもちろん、彼女は全てを知っていたのだ、という事実を理解したから。

 どうしようもない臆病者で、何もできぬ無能な奴だと、すでに把握されていたわけだ。

 それを隠そうとした一連の努力は、あんなに必死に頑張ったにも関わらず、実はひとつ残らず無意味だったのである。


「ハハハハ……」


 それなのに俺は、そんな自分の弱点を隠すために大騒ぎ。

 意地を張って無理をして、その上こんな絶体絶命の事態を招いてしまった。

 あまりにも間抜け、本当に駄目な男だと、己を侮蔑するより他はない。


「ハハハハハ……!」


 ただそうして思う存分、情けない自分を笑い飛ばしたその果てに――


(……なら、これからどうするんだ?)


 俺は急に冷静さを取り戻し、己に問いかける。

 これから何をすべきなのか、雪子のため今の自分に何ができるのか。

 妙にスッキリした頭で、それを一から考え直していったのだ。


 結果として俺が導き出したのは、ごくごく自然にして当然の結論だった。


(帰ろう)


 一番安全な場所に帰ろう、と決意したのである。

 何のためらいもない、まっさらな気持ちで。

 彼女を守るのには、それが最善だと判断したから。


 もちろん自分が、仲間達を裏切ったことを忘れたわけではない。

 糾弾されたり非難されたり、あるいは受け入れを拒否されるかも、と怯えているのも事実。

 むしろそうなるのが当然じゃないか、と考えてさえいるのだ。


 しかし例えそうであっても、今の俺は立ち止まったりしない。

 なぜなら――


(それでもいい。とにかく全力で謝ろう)


 素直に、そう思えていたから。

 それこそ自分のやるべき事だ、と感じていたから。


 要はどれだけ不興を買ったとしても、許してもらえるまで謝ればいい、と決めていたのだ。

 決して逃げることなく、自分がやらかした事の後始末をつけるために。

 恐怖はあっても、迷いを抱いてはいなかったのである。


 俺の考え方が、突然そうして百八十度変わった原因は、もちろん――


(大丈夫……雪子がいてくれるから)


 どんなに情けなくてもいい、と雪子が言ってくれたから。

 どれほどみっともなくても、どれだけ格好悪くなってもいい、と教えてくれたから。

 それでも好きでいてくれる、と彼女が俺に伝えてくれたから。

 だから何も恐れることはない、自分の成すべき事だけを成そう、とまっすぐに思えたのだ。


 その熱い気持ちが、すっかり萎れていた心に、激しい火を灯す。

 俺はそれに押されるまま、辺り憚らず思い切り咆哮した。


「うおおおお!」


 あまりの感情の高ぶりで、全身から血が噴き出すかと思うほどの勢いで。

 そこにもはや弱気は無く、高揚感のみが満ち溢れている。

 今ならば、どんな不可能だって成し遂げられてしまえそうな気分である。


 しかも次いで、そんな俺を祝福したかのように――


『あっ! ミツル君、見て! レーダーに!』


 雪子の嬉しそうな声と共に、あるものが目に入ってきた。


(これは……!)


 それは遥か遠い場所に、わずかだが見える反応。

 確かに覚えのある、見間違えようもないその姿。

 いつも安心感をもたらしてくれた、掛け替えのない存在。


 そう、俺達が帰るべき場所――


(みんなが……来てる!)



 仲間達の集う母艦が、近くに来ていたのだ――








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