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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-10 『Dear my prince』
115/173

Interlude

更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正


『あ……柳井君。ふふ、今日は何のお話ですか?』



 最初の頃とは打って変わった、ずいぶんと馴染んだ口調でそう呼びかけつつ、落ち着いた微笑みを向けてくる図書委員さん。

 その柔らかな対応に、俺はかつてないほど大きな安らぎを覚えていた。


 なぜなら彼女の前では、『うまく振る舞わなければならない』という緊張感が無いから。

 仲間外れにされるかもしれない』という恐怖が、他の友達と違って極めて薄いから。

 他に誰もいないこの図書室でなら、そういう心配をしなくても良かったのだ。


 その気安さに甘えるように、俺はいつも通り、軽い調子で彼女へ声をかけた。


『こんちは~。どう? 元気してた~?』


 ただ図書委員さんは、その呼びかけに応じつつも――


『は……はい。あの……普通です』


 ふと何かに気づいたような表情になり、同時に手許で、ちょっと慌ただしい動きをした。

 俺が突然現れた時、大抵彼女がやる謎の挙動だ。

 毎度のことなので気にしてはいなかったが、ひょっとしたら訪問のタイミングがまずかったのかもしれない。


 そんな想像をしたせいか、ふと不安を覚えてしまった俺は、らしくもなく図書委員さんを気遣った。


『あれ? なんか忙しかった?

 俺が来たの……ひょっとして迷惑?』


 すると彼女は、妙に焦った雰囲気になり、やたら必死な声音でその問いを否定した。


『い、いえ! そんなことないです!』


 その大げさな反応に面食らった俺は、次いでまたしても、自分らしくない行動をとってしまった。


『そ、そう? いや~でも俺、うるさいって良く言われるからさ~。

 図書委員さんも、実は静かに過ごしたいのかと思って……』


 明るく呑気なことだけが取り柄だと言うのに、ネガティブこの上ない発言をしたわけだ。

 おそらく精神状態が影響していたのだろうが、これではアイデンティティ崩壊の危機である。

 それゆえ急ぎ、俺はその自らの言葉を取り消そうとした。


 だがなんと、それよりも早く――


『そ、そんなことはありません!』


 図書委員さんが俺の言葉を否定し、さらに凄まじい早口でフォローしてきた。


『あ、いえ、その……それはもちろん、騒がれるのは困りますけど……

 でも柳井君は、大声を出したりはしないですし、問題は無いというか……

 むしろ柳井君みたいな、本と縁の薄い人が図書室に来てくれるのは嬉しいと言うか……

 ええと……何て言えばいいんですかね……』


 その話は、長い上にまとまりを欠いていて、彼女の不器用さを如実に示していたが。

 しかし一方、俺を傷つけないように配慮している、という気持ちは明確に伝わってきた。

 それも一切の打算なく、ただただまっすぐに。


 そんな図書委員さんの誠意は、俺の落ち込んだ精神に、じわりと染み渡っていった。

 その一生懸命さに、思い切り心揺さぶられてしまったのだ。


 まあ以前ならこういう気遣いも、『ちょっと面倒臭いやつだな』という感じ方をしていただろう。

 しかし今は逆に、『なんていいやつなんだ』と受け取らずにはいられない。

 自らの心境の変化が、他人への印象にも影響を与えていたのである。


 だから、思った。


 彼女は他のやつとは違う、と。


 彼女は俺を裏切ることはない、と。


 些細なことで仲間外れにしたりしないし、そういう相手を嘲笑ったりもしない、と。


 そんな風に、俺は彼女という人間を認識したのだ。


 それはその時の俺に、とても貴重で、他に代え難いものだと感じられた。

 どうしても欲しい、絶対自分のものにしておきたい、なんて思ってしまうほどに。


 激しく脈動するその衝動に押され、俺はそこで、つい図書委員さんに発してしまった。


『そういや~さ~。図書委員さんって、いつもここで独りで本読んでるけど――』


 あまりにも不躾で、デリカシーなんぞ欠片もない質問を。


『彼氏とかいないの?』


 そしてそのまま、驚き慌てる彼女に対し、それとなく探りを入れていった。


『は!? え……? か、かれ……し……?』


『え? いるの? 意っ外~』


『い、いません! そんな人!』


『ふーん……そうなんだ』


 ただし無論、詳しく聞かずとも答えはわかりきっていた。

 今まで図書委員さんと接する中で、その交友関係の狭さは把握済みだったから。

 彼氏なんて絶対いるはずがない、と確信を持っていたのだ。

 まあだからこそ、こういう質問ができたわけだが。


 それでも俺は、心底安堵した。

 彼女がまだ誰のものでもない、という事実を多いに喜んだ。

 自分にもチャンスがあるとわかって、拳を突き上げたくなるくらい嬉しかったのだ。


 そして同時に、抑えきれなくなった。

 欲しいと思う気持ちを、占有したいという欲望を。

 それ以外は何ひとつ、考えられなくなってしまうほどに。


 そのせいでつい、俺は彼女に、いつもの調子で提案してしまった。

 何の下準備もなく、いきなり交際を申し込んだのである。


『じゃあさあ、じゃあさあ、いっそ俺達付き合っちゃう?

 俺も今、彼女いないし。

 それに俺、図書委員さんのこと、結構好みだしさあ。

 意外にいいと思うんだよね~、どう? どう?』


 しかしその瞬間、ふと冷静になって思った。


 これではあまりに言い方が軽いし、冗談だと思われるんじゃないか、と。

 もっと真剣に、真面目に告白せねば受け入れてもらえぬのではないか、と。

 そう、遅まきながらに気づいたのだ。


 案の定、彼女の回答は――


『……き、急に言われても、困ります……』


 突然何を言い出すんだこいつ、とでも言わんばかりの、ひどく戸惑ったものだった。

 無論表情もその言葉通り、困り果てた風にしかめられていた。

 先の懸念が的中し、あっさりフラれてしまった、ということである。


 それを理解したせいで、俺は彼女に、おそろしく気の抜けた答えを返すことしかできなくなった。

 断られたショックで全身の力が抜け、まともに会話するのも難しくなっていたから。


『あ、そう……ま、そうか……だよねぇ……』


 また同時に、内心で己を責めもした。

 なんでこんな言い方しかできないんだ、もうちょっと真面目にやれよこの馬鹿、と罵倒し続けたのである。

 津波のように押し寄せる、果てしなく深い後悔と共に。


 もっとも、真面目な告白がどういうものなのかわからぬ俺では、いずれにせよ結果は同じだったに違いない。

 全ては身から出た錆、日頃の行いが悪いせいだ、と諦めるべきなのだろう。


 ただそうして落ち込んだ俺に、罪悪感に近い感情でも抱いたのか――


『あの、いえ、ですから……』


 彼女は次いで、迷いの感じられる口調で、ひどく曖昧な言葉を返してきた。


『……急じゃなかったら、その……そんなには、困りません……けど……』


 その瞬間、俺は提示された一筋の希望に、全力ですがりついた。


『マジで?』


 だって、絶対に諦めたくなかったから。

 せっかく見つかった安らぎの場を、他の誰かに奪われるのは嫌だったから。

 だから単なる気遣いかもしれないその言葉に、そこまで過敏に反応したのだ。


 ただし無論、それが同情だろうと憐れみだろうと構いはしない。

 見込みが少しでもあるのなら、そこを目一杯に進み続けるのみなのである。

 ただひとつ、己が求めてやまないものを手に入れるために。


 ゆえに俺は、彼女の配慮への返答として、あまりにも無茶な宣言をした。


『じゃあこれから、毎日言うわ!』


 自分にできる事が、そのくらいしか思いつかなかったから。

 我ながら呆れるばかり、コミュニケーション強者はどこ行ったんだ、という感じである。


 それでも俺は、自らの決意を忠実に実行した。


『図書委員さ~ん、俺と付き合おうよ~』


 本当に毎日毎日、決して欠かさずに。


『まだダメ? 今日もダメ? ざんね~ん』


 しつこいとか鬱陶しいとか思われるかも、という恐怖をねじ伏せ、手を変え品を変え告白を繰り返したのだ。


『愛してるぜ、雪子。……なんつってな~。どう? どう? 今のカッコよかった?』


 こんなにも真剣に、ひとつの事に取り組んだ経験なんて、今までの人生であっただろうか。

 そんな奇妙とも言える感慨を、いつだって胸に抱きながら。


 そしてその努力の果て、あまりにもうまくいかないせいで、諦める寸前にまで追い込まれた頃――


『よし! 今日こそだ! 図書委員さん、俺と付き合おうよ!』


 唐突に、俺の願いは成就した。


『……はい、お願いします』


 ようやく彼女が、告白を受け入れてくれたのだ。

 具体的にどういう理由で、向こうがそう決断したのかは不明だが、とにかく晴れて交際を開始したのである。

 俺が飛び上がるほどに歓喜したのは、まあ言うまでもないだろう。


 その高揚感に任せて、俺は決心した。

 彼女を絶対に守る、決して失ったりはしないぞ、と。

 心の底から自信たっぷりに、ただひとつの憂いもなく。

 自分にはそれができるはずだ、と無条件に信じ込んでいたから。


 そう、俺はその時まだ――



 自分は誰かを守り抜けるほど強い人間じゃない、とは知らなかったのである……








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