Section-4
更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正
暗い回想に囚われながらも、休まず足を動かし続けた俺は、しばしの後にレクリエーションルームへと到着した。
そして乱暴にそのドアを開け放ち、倒れるようにして中へ飛び込むと――
(鍵……鍵!)
すぐさまくぐり抜けたドアを閉め切り、内側から鍵をかける。
容易には開かないよう、急ぎながらも念入りに。
これならもし、斉川達が追ってきたとしても、すぐには入って来れない。
ドアをぶち破るにせよ、鍵を用意するにせよ、多少は時間が稼げるだろう。
それは当然、俺達がここを離れるのに十分な時間である。
要はある程度だが、安全が確保されたというわけだ。
とは言え本来であれば、このくらいだと大した足止めにはならない。
斉川達が鍵を入手するため、職員室へと向かった時点で、この一件は倉田の知るところとなるのだから。
基本はそこで、奴からの妨害を受け、俺の計画は頓挫してしまう……はずなのだが。
しかし有り難いことに、現状その心配は無い。
仮にあいつらが職員室に行ったとしても、倉田と接触することが決してないからだ。
奴が今、そこには不在なせいで。
実は倉田の奴、ちょくちょくそうして職員室から姿を消すのだ。
しかも一度いなくなれば、結構な時間戻ってこない。
それを確認してから行動を起こしたので、あの男に邪魔をされる恐れは無いのである。
もちろんその理由は不明だし、どこに行っているのかもわからないのだが。
ただ何にせよ、千載一遇の好機であることだけは確か。
それを知っていたからこそ、俺はこうして大胆な行動を起こせたのだ。
クラスメイトを裏切ってまで、スパイの真似事をした甲斐はあった、というところだろう。
ひと区切りつけた安堵感から、そう自虐交じりの思索を巡らす俺に、次いで雪子が声をかけてくる。
少し息を切らしながら、先ほどまでと変わらぬ、ひどく不安そうな声音で。
「ミツル君……本当に行くの?
せめてもうちょっと、みんなと話をしてから……」
その儚さに罪悪感を刺激され、決意を一瞬だけ揺らされてしまう。
しかし今の俺にはもう、そうやって迷うことさえ許されてはいない。
後戻りする道は、すでに断絶された後なのだ。
ゆえに彼女の話を最後までは聞かず、わざとらしく声を張って、無理やりにその言葉を遮った。
「……時間が無い! 早く準備を!」
そしてそのまま、繋いだ手を引いて、部屋の中央に移動する。
さらにそこで、雪子を彼女用のシートに腰かけさせた後、自分もまた自らのシートに座り――
「さあ、行くぞ!」
まともな会話を交わすこともないまま、迷わずヘッドセットを被り、そいつを起動した。
『自分はここに残る』、なんて彼女が言い出す前に、どうにか事を終わらせてしまいたかったから。
今この場で重要なのは、ただただ勢いのみなのである。
そう冷静にならぬよう、必死で自分を急き立てながら、俺は今後に備えて集中力を高める。
そしてしばしの暗転の後、視界が明るくなると同時に、素早く周囲を見回した。
そこに見えたのは、格納庫内にズラリと並ぶ、クラスメイト達の機体だ。
皆スタートを待つレース前の競走馬のように、じっと持ち場に佇んでいる。
指揮官の号令が下り、戦場へと赴く時に備えて。
まあ今の状況ならば、その標的となるのは間違いなく俺達である。
そんな認識からふと、だったら追跡を防ぐため、ここで破壊しておいた方がいいのかな……なんて、無茶な発想を抱きもしたのだが――
(……何考えてんだよ、馬鹿)
当然のことながら、さすがにそこまで冷酷にはなれなかった。
どんな悪にも染まってやる覚悟だが、不要な悪事を働くつもりは無かったのだ。
時間は十分に稼げているはずだし、ここは放置で構わないだろう。
俺がそんな風に、皆の機体を複雑な思いで見つめていると、ふとその中のひとつが動き出す。
言うまでもなく、雪子の操縦する機体だ。
彼女はそのまま、こちらに近寄って来ながら、不安そうに声をかけてきた。
『ミツル君……』
一応後については来たが、まだまだ割り切れていない、というところらしい。
なので俺は、そんな彼女を押し切るため、間髪入れず指示を出し――
「ここで待っててくれ! すぐ戻る!」
外に出るハッチとは逆側の、機体の修理や補給を行うエリアに向かう。
そしてさらにその奥、普段は使っていない倉庫の扉に取り付き、脇に備え付けられている制御盤を操作した。
(確か……こうして……)
結果苦もなく、ロックされていた扉が開く。
これもまた、倉田に取り入って、あらかじめ艦の構造や操作方法を調べておいた成果である。
……その代償は、極めて大きかったわけだが。
そう心に重荷を感じながらも、俺はそのわだかまりを振り払って倉庫に突入し、そこで首尾良く目的の物を発見した。
(あった! 調べた通り!)
それはやや太めのミサイルに、大きな取っ手を付けたような形状の物体だ。
これこそ俺達が生き延びるための鍵、例の長距離移動用ブースターである。
余計な邪魔が入らぬ内に、早速利用させてもらうとしよう。
そう決めた俺は、素早くそれを持ち上げると――無重力なので抵抗は感じない――慎重に抱えて格納庫の方へ戻る。
そしてそこで、周りに視線を走らせ――
(……よし! まだ動いてない!)
斉川や橘の機体が、未だに動き出していないことを確認した。
ひょっとしたら戦闘になるかも、と考えていただけにありがたい。
これでまたひとつ、障害が取り除かれたわけだ。
そう安堵しつつ、今度は雪子に声をかけ、進むべき方向――外部へ続くハッチの方へ誘導する。
「ユキコ! こっちだ!」
次いで先ほどと同じように、備え付けの制御盤を操作してハッチを開放し、二人一緒に宇宙空間へと飛び出した。
またそれと同時に、改めて雪子へ、ブースターに掴まるよう指示する。
「この取っ手に掴まれ!」
彼女がそれに従い、取っ手部分を握るのを確認してから、俺はブースターを起動した。
直後、ブースターの尾部から大量の推進剤が噴射、徐々に本体ともども加速していく。
その進む先にあるのは、例の『アヴァロン』とかいう月面都市だ。
こいつには予め、そこだけが目的地としてセットされているので、自動的に連れて行ってくれるはずである。
もちろん自分でも、ある程度の操作は可能なのだが、まあその必要も無いだろう。
後は目的地まで一本道、何も考えなくてよい旅なのだから。
そうわずかにプレッシャーから解放されつつ、俺は体へかかる強烈な加速に身を任せた。
するとみるみる内に、母艦が遠ざかっていく。
あっという間に距離が開き、目に見えるその姿が急激に小さくなっていったのだ。
まるでそこへは二度と戻れぬ、という現実を突きつけてくるように。
そして次第に、目視では捉え切れなくなり、果てはレーダーの索敵圏外にも到達した。
母艦を認識する手段自体が、完全に無くなったわけだ。
周囲にも何もないので、もはやこの広い宇宙に二人きり、と言った雰囲気である。
当然その孤独感には、内心かなりの不安をかき立てられたが、しかし表に出すわけにはいかない。
なのでそいつを打ち消すため、俺はあえて力強く、隣の雪子を励ます。
それによって、自分自身をも鼓舞するために。
「これで後は月まで一直線だ!
もう大丈夫、心配はいらないからな!」
そんな俺に、雪子は訴えかけるような声で、何か言おうと……していたのだが。
『ねえ、ミツル君……』
なんとその瞬間、俺達の行く手を遮るように、進行方向で異変が発生した。
(なっ……これは!)
すぐ目と鼻の先の空間を、巨大な光の束が撃ち貫いたのだ――




