Section-3
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スパイになって最初の仕事は、よりにもよってあのクーデター計画への対処だった。
『倉田を捕縛して主導権を握りたい、だから全員自分に協力しろ』
斉川が突然そんな事を言い出し、皆を扇動したあの一件である。
あれこそ俺が、初めてスパイとして行動した機会だった。
ちなみにその時の俺は、当然のように死ぬほど焦っていた。
だってどれほど立派な計画を立案し、どんなに上手にそれを実行しようとも、必ず失敗すると知っていたから。
例のシステムがある限り、抗おうと考えること自体が無意味なのだ。
なのですぐさま、見張りに出る風を装って、倉田へ報告に行こうとしたのだが。
その直後、奴にこんな話を知られたらマズイ、ということに気がついた。
反乱を企てた報いに、何らかの罰が与えられるかもしれない、と危惧したのである。
だから散々迷った挙げ句、俺は倉田への報告をいったん中止し、みんなの動向を探ることにした。
廊下からこっそり、教室の中へ聞き耳を立てることで。
議論がうまくいかず、計画が自然と立ち消えにならないかな、なんて甘い期待をしながら。
しかしその願いも空しく、長い話し合いの結果、全員が斉川の意見に賛同した。
クーデター計画の実行は避けられぬ、という状況になってしまったわけだ。
そこで俺は、クラスメイト達が具体的な相談を開始する頃になってから、慌てて議論へと介入した。
遅まきながらも皆を説得し、事が露見する前に処理しようとしたのだ。
『……マジで言ってんのかよ、お前ら』
『何がクーデターだよ……無謀すぎる。
普通に失敗して、普通に殺されるだけだろ、そんなの。
本当にやる気なのか……?』
もちろんその際、自分がスパイだと知られるわけにはいかない。
だから俺の発言を受けて、反論してきた斉川に――
『お前だって話は聞いてたはずだ。
戦力はこっちが上だし、母艦の外なら機体の遠隔操作もできない。
十分に勝ち目はあるんだよ。
いったい何が不満なんだ?』
倉田から得た情報を、さも自身の考えであるかのように装って、あいつの計画を非難した。
自分の頭で考え、立派な作戦を立てた斉川に、他人から与えられたもので対抗したのだ。
『……ただの推測だ。確実な話じゃない』
『それに向こうだって、クーデターに対策をしてるかもしれない。
誰かが反乱を起こした瞬間、ボタンひとつでその反逆者を殺せる、みたいなシステムを作っておくとか。
普通に考えれば、そういうものがあったっておかしくはないだろ?
お前はそいつに、どう対処する気なんだ?』
だが斉川は、突きつけられたそんな現実に負けることなく、しっかりと明日を見据えていた。
『……じゃあどうするんだよ。
このままあいつに従うのか?
その命令を聞いて、終わりの見えない戦争を続けるのか?』
それゆえ俺は、自身の考えの浅さから、満足な返答ができなくなってしまった。
『……仕方ないだろ。
それしか生き延びる手段が無いんだから』
だからこそその直後、あいつにそんな弱みを突かれて――
『それこそ不確実な話だ!
それで生き延びられる保証なんて、何ひとつありゃしないだろ!
お前はそんな甘い見通しで行動してんのか!』
激しく苛立ち、子供じみた口論をするばかり、という状態になってしまったのだ。
『そんなの、お互い様だろうがよ!
お前だって甘い考えしてたじゃないか!
自分だけ根拠あるみたいな顔するな!』
『お前の話よりはマシだ!
お前はあんな奴の、あんな適当な話を信じてんのかよ!』
『それなりに筋は通ってる!
事実だって含まれてるはずだ!』
『ああそうさ! 筋の通った嘘なんだよ! 俺達を体よく戦わせるためのな!
要は使い捨ての手駒ってことだ! わかるだろうがそのくらい!』
『だとしても希望はゼロじゃない!
反乱起こしてすぐ殺されるよりはずっとマシだ!
利用されていようといまいと、このまま戦い続けた方がいい!』
そしてその挙げ句に、触れられたくなかった真実を指摘され――
『お前は! お前は戦ってないだろうが!
安全な場所にいただけだろうが!
自分も参加してました、みたいに言ってんなよ!』
『だいたいお前、ちゃんとこれからのこと考えて、そういうこと言ってんのか?
本当は怖いから、俺の計画を否定してるだけじゃないのか?
そうだよな、クーデターを起こすとなったら、また命懸けで戦わなくちゃならないからな!
怯えて何もできないチキン野郎には大問題だ!
だからお前は俺を非難してる!
自分の安全を守るために行動してるだけなんだ! 違うか!』
それに対して怒り狂い、抱えていた疑惑をぶつけて反撃する、という情けない行動に出た。
『お前だって、自分の都合で行動してるだけだろうがよ!
お前本当は、倉田への対抗心で動いてるだけなんだろ!』
一応その時は、さしたる根拠も無かった憶測が当たり、話はうまく逸れてくれたのだが。
『ずっと気になってたんだ……お前の倉田に対する態度が、普通じゃないって。
やたら反発したり、ことある毎に突っかかったり、はっきりと怒り狂って暴れたりな。
らしくないな、って感じてたんだよ』
『だからこそあいつに対して、クーデターを起こそうと思ったんじゃないのか?
そういう自分勝手な理由で、みんなを巻き込もうとしてたんじゃないのか?
……違うか? 違うなら、そうと言ってみろ!
俺は倉田と知り合いなんかじゃないって、はっきり言ってみろ! 言ってみろよっ!』
無論そんな主張で、俺の臆病さがごまかせるわけではない。
怯えて戦えずにいた、というのは厳然たる事実なのだから。
結局正しいのは斉川の方で、俺はどうあれ卑怯者に過ぎなかったのである。
だから当然、その後に発生した戦いにも同行できなかった。
倉田に命じられて出撃していく、橘や斉川を横目に、自身は教室へ留まったのである。
あれだけ偉そうな主張をしておいて、いざとなったら何もしなかった、というわけだ。
それでも俺は、同じく教室に残った他のクラスメイト達に対し、必死で格好をつけようとした。
『この状況じゃ、そう簡単に動けるわけがない。
だってのに何で、ためらいもなく行けるんだよ。
おかしいんじゃないのか、あいつら……』
怖がっているのではなく、スタンスが違うだけ。
俺はもっと別のものを見ているんだ、というふりをしたのである。
実際には何も考えておらず、また大したこともしていなかったくせに。
我が事ながら、本当に見苦しく浅ましいとしか言いようがない。
そんな自分への侮蔑から、どうにも居たたまれなくなった俺は、すぐ理由をつけて教室から脱出した。
そしてその足で職員室へと向かい、倉田にこの件の報告を行った。
もうスパイの真似事くらいしか、やれることが残っていなかったから。
しかしそこでも、報告を受け取った倉田から――
『ハハ、そんなに怯えなくてもいい。
クーデター計画が君のせいじゃない、っていうのは私もきちんと理解しているから。
君はあれを止めようとしていたわけだし、責任を問うつもりはないよ。
ただ……』
脅迫まがいに釘を刺され、ますます肝を冷やす羽目になってしまった。
『できれば、トラブルが起きた時点ですぐ知らせて欲しかったかな。
報告が遅れたのは関心しない。
こちらとしても、君に妙な意図があるのでは……と疑ってしまうからね。
今後は、そういうことのないようにしてくれ。期待しているよ』
そのせいで以降はもう、ただただ状況に流されるままとなった。
不安や罪悪感で精神が疲労し、何も考えられない状態になってしまったから。
心が摩耗したおかげで、恐怖すらも鈍り、どうにか戦闘がこなせたのは不幸中の幸いだったが。
ただしその裏では、密かに情報を収集、逐一倉田に報告し続けていた。
表向きは、みんなの味方という顔をしながら。
それは当然、卑劣な裏切り行為であり、本来ならすぐに中止すべきものだろう。
だがそうとわかっていても、すでに自分ではどうにもならなかった。
徹底的に自尊心を破壊され、精神がボロボロになったせいで、苦境に抗う気力を奪われていたから。
おそらく端からは、さぞかし落ち込んで見えたに違いない。
もっとも同時に、心のどこかで安堵もしていた。
これはあくまで全員が助かるための行為、俺はみんなを守るためにこうしているんだ、という都合の良い言い訳があったから。
そう自分をごまかして、何とか心の均衡を保っていたのである。
そんな心理状態を見抜いてか、あるいは当初からその予定だったのか。
そうして自分の意志を失った俺に対し、倉田はさらなる追い討ちをかけてきた。
『君に、これを渡しておこう。
なに、信頼の証として受け取ってくれればいい。これからも頼むよ』
掌に収まるくらいの、黒く金属質な光沢を放つ、L字型の物体――要は、拳銃を渡してきたのである。
相も変わらぬ、見た目にだけは人の好さそうな笑みを浮かべながら。
次いでそれを俺の手に握らせつつ、やはり恐ろしい指示を出した。
『もし私の目を盗んで、彼らがまた何かするようなことがあったら、これを使って止めてくれ。
実はこの銃、例のシステムと繋がっていてね。
生徒達の誰かが、こいつの弾を受けると、自動的に機体の生命維持装置が停止するんだ。
撃たれたら本当に死ぬ、というわけさ。
だからそれをきちんと教えて、馬鹿な行為を思い留まらせて欲しいんだよ。
犠牲者が増えてしまう、という悲しい事態になる前に。
何よりもみんなのために、ね』
つまり倉田は、反逆者がいたらこれで脅せ、と言ってきたのだ。
俺はすでに、臆病で卑怯な裏切り者だというのに、そのうえ殺人鬼になってしまうかもしれないのである。
堕ちるところまで堕ちたな、と絶望に塗れるより他はなかった。
それでも俺は、その過酷な運命を受け入れた。
他には何ひとつ、自分の進むべき道を見つけられなかったから。
これが唯一の生き延びる方法、と自分に言い聞かせ、募る罪悪感に耐えていたのだ。
しかしそうやってしばらく、倉田の手足となって動いたところで、図らずも俺は知ってしまった。
現在この艦が、たいへん追い詰められた状況にある、という事実を。
『これは……報告書? あいつが書いたのか……? 内容は……
え? 物資の不足……?』
上層部に提出するため、奴が書いたのであろう、報告書のようなデータを発見したのだ。
奴の身近で、その使用機器へ触れている時、偶然に。
そこには艦の物資が不足していることと、本部との連携がうまくいかないことについて、長々と記されていた。
そしてそれに対する先方からの返事は、いくら探しても見当たらなかった。
つまり深刻な問題が発生しているのに、本部は一切対処してくれず、あまつさえ救援要請を無視されていたのだ。
いくら倉田とは言え、上層部がそれではさぞかし困ったに違いない。
表には出さぬだけで、あいつもまた、俺達同様追い詰められていたのだろう。
それを知った瞬間、倉田への従属が、生存のための最善の道ではなくなった。
あいつの言うことを聞くのはかえって危険なのではないか、と思うようになったのである。
だからそこで、俺は大いに悩んだ。
ひょっとしたら自分の知っている情報を、クラスメイト達に伝えた方がいいんじゃないのか。
そうやって洗いざらい話した上で、これからのことを共に考えるべきじゃないのか。
事情を把握したことで、心にそういう迷いが生まれたのだ。
だってそうすれば、この閉塞した状況を打破できるかもしれないから。
志藤や斉川なら、いい解決策を出してくれるのでは、と期待したわけだ。
それなら辛い隠し事からも解放される、ということもあって、正直その選択肢には魅力を感じていた。
ただ一方で、強く怯えてもいた。
全ての経緯を伝えれば、必ず裏切り者として責められる、という恐怖が拭えなかったのだ。
まあ自分が今までしてきた事を思えば、至極当然の報いではあろうが。
つまりはどんな道を選ぼうと、リスクを抱え込むことに変わりはなかったのである。
俺はその板挟みの中で、誰にも相談できぬまま、ひたすら孤独に葛藤し続けた。
するとそんな俺の前に、ふと沈んだ顔の雪子が現れた。
教室に現れた彼女が、なぜか妙に暗い表情を見せていたのである。
俺がスパイ行為を始めて以降、苦しむこちらを励ますためなのか、ずっと明るく振る舞ってくれていたというのに。
当然それが心配で、俺はすぐ雪子に話しかけ、その不調を気遣ったのだが――
『……どうしたんだ? 朝倉』
『え? な、何?』
『いや……なんか……ほら。ちょっと様子がおかしかったから。
ひょっとして、何か心配事でもあるのか?』
しかし彼女が、それに正直な答えを返してくることはなかった。
『う……うん、えっと、その……
ちょっと、考え事してただけ。大丈夫、何でもないから』
明らかに普通じゃない様子なのに、自分は大丈夫と強がってみせたのだ。
きっとただでさえ重い荷物を背負い込んでいる俺に、さらなる負担をかけまいとしたのだろう。
雪子はそういう性格だし、おそらくその解釈で間違いはない。
その瞬間、俺は強く自覚した。
他人からどれほど憎まれ蔑まれようと、自分にはやり遂げるべきことがあるのだ、と。
誰かに頼るのではなく、俺が自らの力で助けなければならない人がいるのだ、と。
その想いは、傷つき疲れ果てた心に、かつてないほどの熱をもたらしてくれた。
だからそいつの命じるまま、俺は即座に行動を起こした。
雪子と二人だけで、この学校から逃げ出そうとしたのだ。
自分だけが持っている、誰も知らない情報を利用して。
例えそれが――
(もう……やるしかないんだよ……!)
自分を仲間と信じていたであろう、同じ境遇のクラスメイト達に対する、最悪の裏切りだったとしても……




