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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-10 『Dear my prince』
109/173

Section-2

更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正


(急げ……急げっ!)



 走る、走る、走る、走る。


 軋む廊下を踏み鳴らしつつ、一切振り返ることなしに。

 絶対に離してはいけない手を、固く握りしめながら。

 自分達が生き延びる、ただそのためだけに。

 俺は力の限り、前だけを見て走り続けた。


 その最中、俺の胸に去来していたのは、ひとつの根本的な疑問だ。


(……なんで、こんな事になったんだろうな)


 どうして自分は、『クラスメイトから逃げる』などという、おそろしく馬鹿な事をしているのか。

 何が理由で、そうしなければならなくなるような、切羽詰まった境遇に追い込まれてしまったのか。

 そんな感情が、突然胸の奥から湧き上がってきたのだ。

 まるで目の前の異常な現実から、心が逃避したがっているかのように。


 そこで思い出されたのは、今の事態をもたらしている元凶――この戦いが始まって以降、俺の身に降りかかったあらゆる災難のことである。


(そうだ……あれは……)


 そもそもの事の発端は、例の『順化調整』とか言うやつが解除されたことだ。

 より厳密に言えば、その後に戦いへ赴くため、初めて宇宙空間に出た時の経験だろうか。


 その時に俺は、否応なく思い知らされたのだ。

 自分が今までやっていたのは、とてつもなく恐ろしい行為だったらしい、と。


 だって、飛び立てなかったから。

 母艦の格納庫を出て、眼前に広がる、底深い漆黒の宇宙空間へ。

 そこへ今にも吸い込まれてしまいそうだ、と激しく恐怖したがゆえに。


 今までにないその心の動きが、『順化調整』の解除による現象、と知ったのは少し後のことだ。

 恐怖を鈍らせる洗脳が解けて、感情がまともに戻ったせいでそうなった、という話である。


 要は目の前の光景を、ゲームではなく現実と認識した瞬間、すっかり怖じ気づいてしまった……ということらしい。

 その圧倒的な恐怖により、俺はようやく、自分が戦争をしていると実感したのだ。

 

 ただその感覚のせいで、為す術なく硬直する俺をよそに、他の皆は次々と飛び立っていった。

 橘も斉川も春日井も、比較的臆病そうな栗原や望月さえも。

 ある者は平然と、ある者は苦しみながら、見事に成し遂げていったのである。


 またそこには、なんと雪子も続いた。

 いかにも彼女らしく、さんざん逡巡はしていたが、それでも最終的には飛び出していったのだ。

 何ひとつ自らを支えるものの無い、不安定な宇宙空間へ。

 未だ動けぬままの、情けない俺を置き去りにして。


 そんなクラスメイト達の背中を見ながら、俺は独り思っていた。


 嘘だろう、と。


 何でそんな事ができるんだ、と。


 頭おかしいんじゃないかこいつら、と。


 信じがたい気持ちで、仲間達の後ろ姿を眺めていたのだ。


 だって、そうだろう。

 果ての見えない暗闇に、自ら飛び込んでいくなんて、飢えた猛獣の口に頭を突っ込むようなものではないか。

 素人の学生が、命懸けの戦場に赴くなんて、死神の鎌の前に首を差し出すようなものではないか。


 しかも敵は、人類を滅ぼせるほどに強大な存在なのだ。

 それに挑もうなんて、タイムリミット寸前の時限爆弾を抱き締めるような、無謀で狂った行為でしかない。

 普通の人間であれば、怖くてできないのが当然である。


 なのに皆は、それをやり遂げてしまった。

 俺が怯えてすくみ、行動を起こせないでいる内に。

 自分には到底成し得ない、身震いするほどの恐ろしい難行を。

 だからこそ俺は、そんなクラスメイト達の姿に、激しく驚き動揺したのだ。


 そしてその衝撃と同時に、残酷な現実を突きつけられることになった。

 それは俺こそが、このクラスで一番臆病な人間、という事実である。

 みんなが出来ることを一人だけ出来なかったのだから、やはりそう解釈するのが妥当だろう。


 つまりはそこで、自分が強くもなければ勇敢でもなく、ましてや特別なんかであるはずがない……と、はっきり自覚してしまったのだ。

 男として底辺と証明されたも同然であり、俺が猛烈なショックを受けたのは言うまでもない。


 それでもその時は、遅ればせながらクラスメイト達に続けたので、何とか事なきを得た。

 自分の臆病さを知られるのが怖い、という一心で踏ん張り、どうにかごまかすことに成功したのだ。


 しかしもちろん、それで万事解決、というわけにはいかなかった。


 だって戦いはその先も続いたのに、俺はそこへ参加できなかったから。

 全身を縛り付ける、己の恐怖心に打ち勝てなかったせいで。


 つまりは結局のところ、弱い人間だということは露見してしまったのである。

 みんながそういう俺をどう思ったのかは、今さら言及するまでもないだろう。

 俺は自らのそんな立場が、ただただ情けなく、また何よりも辛かった。


 そんな風に追い詰められ、すっかり精神的に不安定となった俺に、次いで再び厄介な事態が発生した。

 あの悪魔が突然、俺が一人悩んでいるところへ、妙に気安く話しかけてきたのだ。


『やあ、柳井君。

 実はちょっと話があるんだけど、少し時間いいかな?』


 そしてあたかも、先生が生徒へ軽い雑用を頼む時のように――


『実は君に、少し頼み事があるんだ。

 いや、そう身構えなくてもいい。本当に、本当に簡単な事だから。

 それが具体的に何かって言うと――』


 悪辣にもほどがある、恐ろしい提案をしてきた。


『クラスのみんなの様子を、こっそり私に教えて欲しいんだ。

 私はどうも、生徒達に嫌われてるみたいだからね。

 君を通じて知った方が、より真実に近い姿がわかるはずなんだよ。


 それでクラスに変化があるたび、その内容を報告して欲しい、と思ったんだけど……

 どうかな?』


 つまりは――


『それって……俺にスパイになれ、って言ってるのかよ?』


 内通者――いわゆるスパイへの誘いである。

 洗脳が解けて管理が難しくなったから、今度はスパイ行為でそれを補おうとしたのだろう。

 いかにも倉田らしい、卑怯で卑劣な発想である。


 当然俺は、そんなふざけた申し出、すぐに断るつもりだったのだが。

 しかし奴は、次いでやたらと白々しい言い訳をしてから――


『おやおや、人聞きの悪いこと言うなあ。

 これは先生と生徒の橋渡しをして欲しい、っていうただそれだけの話だよ?


 言うなればそう、学級委員みたいなものかな?

 みんなのためになる、すごく素敵な仕事だろう?』


 ふと思いついたように、ひとつの取引を持ちかけてきた。


『ああ、そうそう。

 もしこの仕事を引き受けてくれるんなら、ひとつ君に、みんなの知らない特別な情報を教えよう。

 学級委員の特権、みたいなものだね。


 どう? 知りたくないかい?

 その話だけでも聞いてくれると、こちらとしては助かるんだけどなあ』


 それはまさしく、悪魔の囁きだった。

 だって皆の知らぬ情報を持っていれば、それを利用して自身の立場を確保できるから。

 例の一件ですっかり自信を失っていた俺には、決して抗えぬ誘惑だったのである。


 それで俺は、喉から手が出るほど欲しいその情報のため、奴の言葉に乗っかり――


『……まあ、話を聞くだけなら』


 そのまま倉田と共に、職員室を訪ねたところで、とんでもないものを見せられることになった。


『それで情報って言うのは……これだね。

 スプリガンの内部構造だよ』


 それは俺達の搭乗する機体、『スプリガン』を映した映像だった。

 奴の机の上に置かれた、やたら古臭いデザインのノートパソコンの画面に、そいつが表示されていたのである。


 その映像には倉田の言葉通り、機体の内部が透けて見えていた。

 ロボットを撮影したレントゲン写真、と例えればわかりやすいか。

 何となくだが、コンディションチェックのためのシステムか何か、という風に見えた。


 中でも特に目立っていたのは、機体の上半身中央に収められた、卵型の物体だ。

 ほのかに輝くその内部には、うっすらとだが、膝を抱える人間のようなシルエットが見えていた。

 そいつの正体は、詳しい説明がなくとも容易に察しがついた。


 そう映像へ注目する俺に、倉田は言わずもがなの説明をしてきた。


『それが何なのか気になるかい?

 もうわかっているかもしれないけど、機体のコックピットだよ。

 君達はみんな、そこにおとなしく収まっているわけだね。

 そして、こうすると――』


 それから次に、軽く何らかの操作をした後、何気ない仕草でキーボードを叩いた。

 するとその瞬間、突如先ほどの卵型の部分が暗転、同時に中の人間も見えなくなった。

 まるで電気が届かず停電してしまった、マンションの一室のように。


 その謎の現象の意味が、すぐにはわからなかったので、俺は倉田に訝しげな視線を送ったのだが。

 奴はそれに対し、普段通りの軽い口調で応じた。

 本当に何でもないことのように、人の命を左右する重大な話を始めたのだ。


『実はあの機体、ここから遠隔操作が可能なんだ。

 今みたくワンタッチで、君達の生命維持装置を止めてしまうこともできる。

 いやあホント、便利なシステムだよねえ』


 とてつもなく恐ろしいその話の意味に、驚愕し怯えた俺は、慌てて奴の行動について問い質した。


『じ、じゃあ、今のは……まさか!』


 すると倉田は、乾いた笑いを上げてから、その疑問をあっさりと否定した。


『ハハハ。いやいや、今のはあくまでデモンストレーションだよ。

 そんな事、本当にやるわけないじゃないか。

 ……理由もないのに、さ』


 ただし最後のところだけ、意味ありげに低く声を落としながら。

 理由があればやるぞ、とはっきり宣言したに等しい言いようである。

 実質的な脅迫、ということだ。


 そしてその威圧に対し、震えながら真意を問い返した俺に――


『お……脅す気かよ?』


 かつての昼行灯っぷりを、表面上だけは取り戻しながら、自らの意図を説明し――


『ああ、ごめんごめん。

 君をおどかすとか、そういうつもりはなかったんだよ。


 ただほら、こういう状況になってしまった以上、何かトラブルが起きたっておかしくないだろう?

 それはこちらとしても、すごく困るわけだよ。

 みんなの命がかかっているわけだからね。

 私はそれを、何とかして防ぎたいんだ』


 その最後に、いつもの白々しいまとめを付け加えつつ、再度自身の依頼を伝えてきた。


『だから君には、そのトラブルを未然に防ぐ働きをしてもらいたい。

 彼らの動向を、こっそり私に報告することでね。


 そうすれば皆が戦いに集中できるから、生存確率も自然と上がる。

 ほら、クラスのためになるいい仕事だろう?』


 それはあまりに厚かましいと言うか、都合の良い表現をしていると言うか。

 とにかくまあ、到底受け入れがたい申し出だったわけだが。

 しかし当時の俺には、その要求に抗うという選択肢は無かった。


 なぜならこいつに、完全に命綱を握られている、という事実が判明してしまったから。

 その気になればすぐこちらを殺せる相手に、真っ向から逆らえるわけがなかったのだ。

 であればどれほど不満があろうとも、唯々諾々と従うより他はない。


 そう現実を認識し、心身共にすっかり縮こまってしまった俺へ、倉田は最後の一押しをしてきた。

 こちらの肩に手を乗せながら、余裕たっぷりに、断られることなど微塵も想定していないような口調で。


『頼むよ。これも君達のためだから、さ』


 その瞬間、俺は――


(やるしか……ない……!)



 静かに密やかに、クラスメイト達の敵となった。








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