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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-10 『Dear my prince』
108/173

Section-1

更新履歴 21/10/20 文章のレイアウト変更・表現の修正


「無理やりにでも、押し通るしかないな!」



 レクリエーションルームへと向かう道に、テコでも動かぬという様子で立ち塞がる橘に対し、俺――柳井満はそうはっきりと宣言した。

 いつもの学校の廊下には似合わぬ、漆黒に染まった無骨な拳銃を、まっすぐその顔面に突きつけながら。


 そしてすかさず、この銃についての情報を、後ろの斉川にも聞こえるよう大声で叫ぶ。

 それを伝えることによって、二人を脅迫するために。


「この銃は倉田の物だ!

 俺達の機体とリンクしていて、弾が当たった奴の生命維持装置を停止させる!


 要はこいつで撃たれたら死ぬってことだ!

 それが嫌なら、お前ら二人とも、そこを動くんじゃないっ!」


 すると橘の瞳が、驚きで大きく見開かれ、次いですぐ訝しむように細められる。

 いつものどこか無感情なそれとは違った、戸惑いのようなものが垣間見える眼差しだ。

 きっと斉川も、俺の後ろで同じように混乱していることだろう。


 実際その俺の発言――突如告げられた強行突破宣言と、後に続いた暴力的な脅迫――を聞いた斉川が、ひどく面食らった口調で、呆然とした呟きを発する。


「銃……? 生命維持装置……?

 いったいなんだってお前がそんな物を……まさか!」


 しかしいかにも奴らしく、すぐさま事情を察したようで、直後に激しく俺を糾弾してきた。


「倉田の差し金か!

 さてはお前、元からあいつのスパイだったな!」


 俺はその後方から届いた鋭い指摘に、一切の動揺なく応じる。

 非難され罵倒される覚悟は、とうの昔に決めていたから。


「だったら何だ! それがどうした!」


 その返答を受けて、斉川はいったん黙り込んだ。

 それはおそらく、こちらの発言に気圧されたせいではなく、俺への対処を考えているからだ。

 その証拠に後方からは、奴が発しているのであろう、溢れんばかりの怒気が漂ってきていた。


 また橘の方も、眼前に立ちはだかったまま、厳しい目で俺を見据えている。

 こちらは斉川と逆に、底知れぬほどの冷え切った眼差しだ。

 きっと彼も事情を把握し、俺の行動や言動を、心から軽蔑したに違いない。


 そんな二人の圧力に負けまいと、必死で自分を奮い立たせる俺に、また斉川が呼びかけてきた。

 激情をたっぷりと含んだ声音で、憎悪のこもった言葉をぶつけてきたのだ。


「……妙な情報を持ってたのもそのせいか。

 そしてそれを俺らに黙ってたのは、裏切り者だと知られたくなかったから。

 要はずっと騙してたってわけだ……やってくれたなこの野郎!」


 同時に後ろから、一歩踏み出すような音が響く。

 俺を捕まえるためか、あるいは銃を奪うためか、とにかく奴が近づいてきたのだ。

 動けば殺す、と脅されているにも関わらず。

 どうやら怒りのあまり、感情の抑えが利かなくなっているらしい。


 そこですかさず、俺は斉川を牽制するため、再度大声で警告を発した。


「動くなって言ってるだろ! 俺は本気だぞ!」


 すると即座に、次の足音が聞こえなくなる。

 さすがにこのまま近づくのはマズい、と冷静さを取り戻したのだろう。

 となれば何か、別の手を打ってくるかもしれない。


 その予想通り斉川は、次いでわずかに声を震わせつつも、ゆっくりと語りかけてきて――


「……こんな事をしてどうする気だ?

 本当にうまくいくと思ってるのか?」


 先ほどの俺の話を取っ掛かりに、理路整然とこちらの説得を始めた。


「さっきの話じゃ、『月の連中は脱出の準備で手一杯だから大丈夫』……なんて言ってたけどな。

 仮にそれが事実だとしても、殺されない保証はあるのか?


 いやそもそも、敵前逃亡してきた兵士を、連中が快く迎え入れてくれると思うのか?

 月に到着すればそれでいい、ってわけじゃあないんだぞ?」


 俺はその的確な指摘に、思わず息を吞む。

 自分には考えの足りない部分がある、という事実を突きつけられ、激しく動揺してしまったのだ。


 確かに今こいつが言った通り、俺は月の連中の動向を掴み切れていなかった。

 月へ到達できればそれでいい、と思い込み、そこで殺されるなんて想像すらしていなかったのである。

 見通しが甘過ぎる、と言うより他はない。


 しかも現状、その問題の解決法は、いくら考えを巡らそうとも思いつかぬまま。

 要は一瞬の内に、自分の計画を根本から崩されてしまったのである。


 そうして自らの至らなさを、逃れようもなく思い知らされた俺は、つい冷静さを失ってしまう。


「わかってるよ、そのくらい! 俺にだってわかってる!」


 なぜなら、自分はこいつらとは違うんだ、という現実を痛感してしまったから。

 己との間にある大きな落差を、改めて自覚させられてしまったから。

 問題を起こした俺に対する、この二人の反応に接して、強くそう感じたのである。


 実際斉川は、俺よりもずっと賢い。

 ほんのわずかな情報から、瞬時に俺が裏切り者だと察した上、その計画の欠点を指摘できてしまうくらいに。


 そして橘もまた、俺よりもずっと強い。

 道を譲らねば殺すぞ、などとはっきり脅されても、ほぼ動揺する様子を見せないくらいに。

 いずれも俺では、到底不可能な行いと言っていい。


 であればきっと、俺ではどうにもならぬこの苦境さえ、二人ならどうにかしてしまうのだろう。

 情けなさ極まる俺のように、卑怯で卑劣な方法を使わずとも。

 すでに胸の内は、そんな彼らに対しての劣等感で溢れ返っている。


 そう俺が態度を変えたことに、一縷の望みを見出したのか。

 さらに斉川は、譲歩を交えつつ、諭すような口調で説得を続けた。


「だったらもう、こんな馬鹿げた事はやめろ。

 今なら俺も橘も、この件のことは大きな問題にしない。

 だから……」


 だが俺は、声を限りにその提案を拒絶する。


「駄目なんだ! それじゃ駄目なんだよっ!」


 それは別に、こいつの提案の妥当さがわからなかったからではない。

 また劣等感に苛まれた挙げ句、感情的になったわけでもない。

 むしろ、本当はそうした方がいいのだろう、とさえ考えているのだ。


 だと言うのに俺が、ここまで頑なに申し出を拒む理由は――


(だってお前らにとって、あいつは『一番』じゃないだろうがよ……!)


 朝倉雪子のことを、一番に考えているわけではないから。

 彼女を何と引き換えにしても助けたい、最優先にすべき存在と捉えてはいないから。

 斉川にも橘にも、各々大切な人はいるはずだし、それはごく当たり前の姿勢だろう。


 であれば当然、雪子の危険は増える。

 彼らの大切なものを守るため、非情に切り捨てられかねないのである。

 先ほどの戦闘で、志藤がそう判断したように。

 要はいくら困窮していようと、雪子を守り抜くためには、こいつらに頼るわけにはいかぬのだ。


 となればやはり、俺の選択肢はひとつしかない。


(いい人ごっこなんか、してられないんだよ……!)


 仮に計画が不確実なものであろうと、必死に突破口を探し、細い生存への道をこじ開けることだ。

 例えその過程で、どんな悪に染まり、どれほど仲間達から軽蔑されようとも。

 雪子とこれからも一緒にいる、というたったひとつの目的を果たすために。


 そう意固地になる俺へ、斉川は理解できないという口調で、その真意を問いかけてきた。


「なんでだ……何が駄目なんだよ……?」


 そんな彼に向け、俺は溜まった鬱憤を吐き出すように、突き放した言葉をぶつける。


「……もう、話すことは無い」


 こっちはお前らみたいなすごい奴じゃないから、こんなやり方しかできないんだよ、と心の中で呟きながら。

 そうすることで、より深く自分が傷つくとわかっていても、抑えることができずに。

 元々後戻りするつもりはなかったが、これでもう決別は確定である。


 ゆえに改めて、俺は橘へと警告を放った。

 身の内に潜む鬱屈を振り払うように、できる限り力強く。

 邪魔をすれば今度こそ撃つぞ、という意志を、声にはっきりと込めながら。


「どけっ! 橘!」


 しかしそれでも、彼は全く動かない。

 内心のうかがい知れぬ表情で、じっとこちらへ視線を注ぐのみなのだ。

 命を狙われた状態で、そうも豪胆に振る舞える精神力には、やはり心から感嘆せざるを得ない。


 とは言えこちらも退けはせぬ、と俺はその迫力に気圧されつつも、銃の引き金に力を込める。

 そして最後は、あたかも懇願するかのように、悲鳴じみた声で自分の要求を叩きつけた。


「頼む! どいてくれ! どいてくれよっ!」


 するとその瞬間、橘がふと目を伏せてから、無言で横に移動する。

 おかげで廊下には、俺達が通り抜けられそうなスペースができた。

 相変わらず考えは読めないが、とにかくもう、邪魔をする気は無いらしい。


 そこで俺は、警戒は解かぬまま橘の脇をすり抜けると、そこで二人に再度警告を放ち――


「追ってくるなよ! 動かずにそこにいろ!」


 次いで銃を突きつけながら、彼らとしっかり距離をとり、それから一気に走り出した。

 雪子の手を引いて、脇目も振らずレクリエーションルームへと。


 そんな俺に対し、彼女は必死に歩調を合わせながらも、何か言いたげに呼びかけてくる。


「や、柳井君……!」


 だが無論、聞いている暇はない。

 と言うか、会話を交わすこと自体が怖い。

 色々幻滅するようなところを見せた後だし、どう思われているか不安でならなかったから。

 否定的なことを言われでもしたら、きっと精神的に立ち直れなくなるだろう。


 だからそれには応じず、謝罪だけして走り続けた。


「すまん! 今は走ってくれ!」


 そして一切後ろを振り向かず、全速力で廊下を駆け抜けていく。

 共に苦難を乗り越えてきた、本来仲間であるはずの者達を置き去りにして。


 まるで――


(早く……早くっ!)



 飢えた獅子に獲物として追われる、哀れでか弱い野兎のように……








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