Prologue
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結局、何がしたいんだろうなあ、俺。
柳井満は、自分という人間に対して、たまにそう思うことがあった。
なぜなら自分の人生に、明確な目的――将来の夢とか叶えたい願いとか――を見出したことがなかったから。
これまで十数年生きてきて、本当に本当にただの一度も。
基本は毎日、友達と遊びほうけてばかり。
努力や苦労とは縁遠く、達成感や充足感も希薄で、面白おかしくはあってもどこか空っぽ。
常にそういう、薄っぺらいこと極まりない生活を送っていたのだ。
だから自分が何をしたくて、どうなりたくて、何のために存在しているのか――それがずっと、わからないままで生きていた。
芯とか柱みたいなものが無い、クラゲのような精神構造だった、とも言えるだろう。
そのせいなのか、俺は一人になるのを極度に嫌っていた。
孤独を感じるとすぐ、不安や寂しさがとめどなく湧き出してくるから。
誰かしら側にいないと、普通に落ち着いていることさえできなかったのだ。
それゆえいつも誰かと一緒にいて、しかもそいつらと共に延々騒いでいた。
互いにくだらない冗談を飛ばし、些細なことでも共感し合って、テンションが落ちないよう維持し続ける。
そんな馬鹿騒ぎを、寝ている時以外は全て、ほとんど絶え間なく繰り返していたのである。
おそらくそれは、胸の内にある、形の無い不安を紛らすためだったのだろう。
楽しくお喋りしていれば、難しい事や嫌な事を考えなくて済むから、無意識の内にそういう行動をとっていたのだ。
マグロは常に泳いでないと死ぬと言うが――新鮮な酸素を取り込むため、動き続けていないとまずいらしい――まさにそんな生き方であった。
当然それが原因で、あまり世間的な評判は良くなかった。
軽薄で脳天気な奴とか、どこまで本気かわからない奴とか、とにかく散々に言われてたのだ。
人望など欠片も無い、と表現したっていいだろう。
本来ならそういう状態を、自分なりに改善するため努力すべきだったのかもしれない。
しかし俺は、自分のその欠点について、特別深刻に考えたことはなかった。
そんなに大した問題じゃないさ、と軽く捉えたまま、呑気な毎日を送っていた。
いやここは、むしろ考えずに済んでいた、と言うべきか。
いつだってすぐ側に、気の合う仲間がいたおかげで、不安に囚われることがなかったのだ。
そう、俺には友達がたくさんいた。
どんな時も一緒にいて、話しているだけで笑い声が絶えない。
一生このまま過ごせたら、どれほど自分は幸福なのだろう。
心からそう思える、本当に気の良い連中がいてくれたのだ。
無論、彼らといる時は孤独を感じることがなく、また怖いことだって何ひとつ無かった。
それで結局、俺は自分の悩みと真剣に向き合わなかった。
今が楽しければそれでいいじゃん、という感じで、ずっとずっと目を逸らしていたのである。
近い将来、その甘い考えによって、重い代償を支払うことになるとも知らずに。
そして、そんな時だ。
まだまだ好き勝手、自由気ままに過ごしていた頃のことなのだ。
俺が、『彼女』に出会ったのは。
『おっ、貸し切りじゃ~ん』
俺はその時、たまたま予定の合う友人がおらず、大いにヒマを持て余していた。
それでちょっとした気まぐれを起こし、軽い探検気分で、図書室なんぞに立ち寄ったのだ。
いつも行かない場所に行けば、何か面白いものが見れるかも、と期待して。
ただし当然のように、すぐ飽きた。
だってそこは異様に静かで、ほとんど人の姿も見えず、また特別興味を引くようなものもなかったから。
まあ本になんて元々関心が無いわけだし、それがごくごく自然な流れではあった。
なので間を置かず、俺は図書室を立ち去ろうとしたのだが。
しかしその直前、受付に気配無く佇む、一人の女の子を発見した。
その子はいかにも図書委員、と言った風情の、ひどく地味な見た目の女子生徒だった。
もちろん惹かれるようなところは一切無かったし、話が合うとも思えなかった。
普段の自分であれば、気にかけることなく無視しただろう。
しかし当時は、さすがにこのまま帰ったのでは来た意味が無い、と思っていた。
なので無駄足になるくらいなら、軽く喋ってみるのもいいか……と即座に翻意し、俺はその子に話しかけた。
『なあなあ、あんたって図書委員?』
そしてそれに、やたら挙動不審に応じた彼女と、しばらく会話を交わした。
『は……はい。そうですけど』
もっともその内容は、正直よく覚えていない。
常日頃から考えて会話する方ではないので、ほとんど記憶に残らなかったのだ。
少し本のことなど喋った気はするが、印象としてはせいぜいそれくらいである。
だから彼女との関わりは、当然のようにその場限りで終わった。
別れを告げて立ち去った後は、お互いさっさと自分の生活に戻ったのである。
そして以降は、決して再び交わることがない……
……はず、だったのだが。
結局のところ俺は、その図書室をもう一度訪ねることになった。
大した間を空けることもなく、すぐと言っていいくらいの早いタイミングで。
自分がそういう行動に出た理由は、やっぱりよく覚えていない。
また雨にでも降られたか、あるいは暇つぶしにいいと思ったか、実は密かに図書委員さんを気に入ってでもいたのか……
そのいずれなのかは不明だが、とにかく俺は、再度図書室を訪れた。
深くは考えることなく、本当に本当に軽い気持ちで。
『おっす~、元気してた~? 図書委員さ~ん』
そんな俺に対し、図書委員さんは突然、一冊の本を差し出してきた。
『あの……これ。頼まれていた物です。どうぞ』
そしてその言葉の意味がわからず、少しばかり呆けてしまった俺に、事情の説明を始めた。
『……自分でも読める本を選んでくれ、という話でしたから。
一応、読みやすくて娯楽性の高いものを用意してみました』
そう言われてようやく、確かにそんな事を頼んだ気もするな、と俺は思い出した。
きれいさっぱり忘れていたが、前回訪問時の別れ際、自分から依頼をしていたらしい。
つまりは彼女、きちんとそれを果たして、俺のことを待ってくれていたわけだ。
その瞬間、俺は直感した。
あっ、これ友達いないパターンだ、と。
交友関係が狭いから、ちょっとした関わりでも重要な相手になっちゃうやつだ、と。
そう図書委員さんの心理状態を、素早く的確に把握したのである。
その辺の察しの良さは、わりと人並み外れていたから。
だから少し、彼女と関わることにした。
その数少ない友達になってやろう、と思ったのだ。
彼女の境遇に同情し、また自分ならそれを解決できる、と考えていたがゆえに。
そう、俺は『コミュニケーション能力』ってやつに自信があったのだ。
誰とでも気兼ねなく話せるし、またすぐ友達になれていたから。
どんな相手でも楽しませてやれると自負していた、と言ってもいい。
それで彼女に対しても、ちょっと付き合ってやるかな、なんて気分になったのだろう。
その人を小馬鹿にした、失礼千万な選択が――
自分の運命を大きく変えるとは、全く知る由もないままに……




