表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-09 『My Snow White』
106/173

Section-7

更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正


「へえ……いったい、どこに行く気なんだ?」



 その突然割り込んできた声に驚いて、私は急ぎそちらを振り向いた。

 あまりに予想外の事態に、心臓が口から飛び出すのでは、と思ってしまうくらい動揺しながら。


 結果として目に飛び込んできた、その呼びかけの主は――


(斉川、君……)


 教室で話し合いをしているはずの、斉川雅幸君だった。

 彼は少し離れた場所から、無表情でじっとこちらを見つめている。

 何の用事でかはわからないが、どうやら私と満君が話し込んでる間に、その声が聞き取れる距離にまで来ていたらしい。


 そう認識した瞬間、当然頭の中には――


(ひょっとして……今の話、聞かれてた?)


 先ほどから満君と交わしていた、他人には知られたくない話――ここから逃げる算段についての相談――を、彼に聞かれたのではないか……という危惧が生まれた。

 だとしたら非常にまずいことになる、とその現実に恐れおののく気持ちと共に。


 そう不安がるこちらへ、彼は次いで、抑揚の無い口調で追い討ちをかけてくる。


「どうした? 黙ってないで答えろよ。

 お前らいったい、どこに行く気なんだ?」


 ただそれに、満君は全く応じない。

 呼びかけてくる斉川君を、同じく無表情で見つめ返しながら、緊迫した表情で押し黙るのみだ。


 またその際、振り返らせたのは首だけであり、体は先ほどと同じ方を向いたままである。

 この場を離れたがっている、というのは明白な事実だった。


 そんな様子を見て取ってか、斉川君はちらりと満君の向く方に目をやってから、またも静かに問いかけてくる。


「そっちは……レクリエーションルームだよな。

 今から出撃する気なのか?


 でもそれはおかしいよな、敵襲は確認されてないんだから。

 お前らいったい、そこへ何しに行くつもりなんだ?」


 その声には感情が込められておらず、目も一切笑っていなかった。

 寒気がする、と言えそうなほどの冷たさを感じさせるのだ。

 話を聞いていたかは不明だが、私達に疑いを抱いているのは確からしい。


 だからか満君は、斉川君の質問に対し、慎重に言葉を選んで答えていく。

 不安を紛らすためなのか、不自然に胸の辺りを手で押さえながら。


「……倉田に言われて、ちょっと偵察にな」


 どうやら、斉川君に真実を話す気はないようだ。

 この場はとりあえず、嘘をついて切り抜けるつもりなのだろう。

 まあ後ろめたい事情しかない現状では、それも当然の選択なのだが。


 その回答に斉川君は、やはり無表情のまま応じ、満君と腹の探り合いのようなやり取りを始める。


「偵察、ねぇ……。そんな話は全く聞いてないんだが?」


「そりゃあそうだろ。

 あいつがお前の許可を求めるわけないんだからな」


「……ま、それもそうか。

 ところで、偵察ってのは具体的に何を?」


 そこでの斉川君の発言内容から、先ほどの会話は聞かれていない、と判断したらしい。

 満君は落ち着きを取り戻した様子で、厳しく斉川君を突き放し、再び歩き出そうとしたのだが――


「それを話して良いとは言われてない。

 気になるんなら、本人に確かめてみればどうだ?

 詳しく聞かせてくれるだろうよ。

 じゃあ、俺達はもう行くからな」


 そんな私達を引き止めるように、斉川君は鋭く声をかけてきた。


「……物資が不足してるんだよ」


 そしてそれに反応し、足を止めた満君を、真綿で首を絞めるように追い込んでくる。


「母艦に貯蔵されてる、弾薬や補修用の資材が足りてない、ってことだ。

 それも満足に戦闘ができなくなるくらい、深刻に。

 まあ俺らが事情を把握してから、ずっと補給を受けてないんだから、それが当たり前なんだがな。


 そんなわけで今は、物資の無駄遣いは絶対に禁止、という状況なんだよ。

 さてさて、いくらあの男でも、そんな状態で偵察なんかさせるかねえ……」


 満君はその指摘に対し、明らかに動揺しつつも、何とか言い訳を絞り出していった。


「……あいつの考えなんて、俺にはわからない。

 今までだって、ずっとそうだっただろ?

 気にするだけ無駄なんだよ、そんなのは……」


 結果として、辺りに不穏な空気が漂い始める。

 斉川君の追及を、徐々にかわしきれなくなってきたからだろう。

 私はその息詰まるような雰囲気に、何ひとつできぬまま、苦しみ喘ぐのみである。


 ただ次いで、それに耐えかねたかのように、満君が行動を開始した。

 もう一度同じ言葉で、斉川君に別れを告げてから、大きく一歩を踏み出したのだ。


「……じゃあ、俺達はもう行くからな。

 後は全部、あいつに聞いてくれ」


 しかしまさにその瞬間、彼が進ませた足を止め、驚きに満ちた声を上げる。


「……っ! お前!」


 私がそれにつられて、満君と同じ方へ視線を向けると――


(橘君……!)


 その先の廊下に、まるで道を塞ぐかのように立ちはだかる、橘君の姿が見えた。

 彼もまた無表情で、こちらを静かに見つめている。

 どうやら斉川君と話している間に、逆側から回り込んでいたらしい。


 彼のそんな姿を見た満君は、何かを悟ったように悔しげな呟きを漏らした。


「斉川の今の話は、全部時間稼ぎか……!」


 そして直後、いつになく低い声で、眼前の橘君に呼びかける。

 それは恫喝、という表現が自然と浮かんでくるような、敵意に満ちた一言だった。


「……どけよ、橘」


 しかし橘君は、ただ黙って首を振るのみ。

 通すつもりはない、という意味合いだろう。

 そのせいでますます、満君の表情は険しくなっていく。


 そんな二人のやり取りと、ここまでの経緯から、さすがの私も事情を把握した。


(やっぱり、聞かれてたんだ……)


 先ほどの逃走計画の話は、全て彼らの耳に入っていたのだ、と。

 そしてその実行を止めるため、二人はこうして私達の進路を塞いだのだ、と。

 要は秘密の計画が露見し、すっかり追い詰められてしまった、ということである。


 そんな状況に動揺する私達へ、さらに後ろから斉川君の声がかかる。

 ただしその内容は、まったく想定外なものだった。


「柳井。実のところを言うと、俺はお前の邪魔をするつもりは無いんだ。

 お前が朝倉と二人で逃げたい、っていうんならそれもいいと思ってる」


 満君はそれに反応し、驚きの表情を浮かべつつ振り返ったのだが。

 それを見計らったかのように、斉川君がひとつの要求を突きつけてくる。


「だが、このまま通すわけにはいかない。

 だってお前にはまだ、俺達に話してないことがある。

 どうやって得たのかは知らないが、とてつもなく重要な情報を隠し持ってる。

 ……そうだろ?」


 満君はその指摘を受けて、はっきりと斉川君から目を逸らした。

 自分には後ろめたいことがあります、と告白したに等しい振る舞いだ。


 そこへ斉川君は、さらに追及の手を緩めず畳みかけてくる。


「なら、それを聞き出すまでは絶対に行かせない。

 俺達は俺達が生き延びるために、お前の持っている情報が必要だから。

 そいつを話してくれるまでは、何があろうとも通せないんだよ。

 わかるよな、柳井? さあ、何もかも話してもらおうじゃないか」


 その宣言によって、またも辺りには重い静寂が訪れる。

 それを反映するように、私の手を握る彼の掌からは、はっきりと緊張感が伝わってきていた。

 きっとどうやってこの場を切り抜けるか、必死に考えているのだろう。


 とは言え無論、答えはひとつしかない。

 諦めて全てを打ち明け、その情報を元に、皆で今後のことを考えるのだ。

 本当はそれこそが、最善の選択なのだから。


 まあ当然のように、隠し事の方は責められるだろうが。

 ただ事ここに至っては、もはや言い逃れなんて不可能なんだし、それも受け入れるしかない。

 今はとにかく、少しでも傷口を広げぬために、一刻も早く謝罪すべきなのである。


 そう考えた私は、それを満君に伝えるため、口を開こうとした……のだが。

 しかしその寸前で、突然彼が大きく息を吐き出す。


「はー……」


 全て諦めたかのような、あるいは何か覚悟を決めたかのような、深く長いため息だ。

 ひょっとしたら彼なりに決意して、要求を受け入れる気になったのかもしれない。


 しかし私が、そんな淡い期待を抱いた矢先――


「そうかい……そっちがそういうつもりなら――」


 満君が突然、素早く懐に手を入れ、何かを取り出しながら叫んだ。


「無理やりにでも押し通るしかないな!」


 そのどこまでもらしくない、暴力的な宣言をした彼の手に、握られていたのは――


(え……あれ、は……?)


 ドラマや映画でしか見たことのない、ひどく馴染みの薄い物体だった。

 その形状はL字型で、サイズは彼の手よりも一回り大きいくらい。

 色は純然たる漆黒で、全体に鈍い金属質の光沢を放っている。


 そう、満君の手には――


(……銃?)



 無骨な拳銃が、しっかりと握られていたのだ。








 ここでいったん、『朝倉雪子編』の終了です。

 次回からは、『柳井満編』の開始となります。

 最初に若干の回想シーンを挟み、その後にこの状況からスタートする予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ