Section-7
更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正
「へえ……いったい、どこに行く気なんだ?」
その突然割り込んできた声に驚いて、私は急ぎそちらを振り向いた。
あまりに予想外の事態に、心臓が口から飛び出すのでは、と思ってしまうくらい動揺しながら。
結果として目に飛び込んできた、その呼びかけの主は――
(斉川、君……)
教室で話し合いをしているはずの、斉川雅幸君だった。
彼は少し離れた場所から、無表情でじっとこちらを見つめている。
何の用事でかはわからないが、どうやら私と満君が話し込んでる間に、その声が聞き取れる距離にまで来ていたらしい。
そう認識した瞬間、当然頭の中には――
(ひょっとして……今の話、聞かれてた?)
先ほどから満君と交わしていた、他人には知られたくない話――ここから逃げる算段についての相談――を、彼に聞かれたのではないか……という危惧が生まれた。
だとしたら非常にまずいことになる、とその現実に恐れおののく気持ちと共に。
そう不安がるこちらへ、彼は次いで、抑揚の無い口調で追い討ちをかけてくる。
「どうした? 黙ってないで答えろよ。
お前らいったい、どこに行く気なんだ?」
ただそれに、満君は全く応じない。
呼びかけてくる斉川君を、同じく無表情で見つめ返しながら、緊迫した表情で押し黙るのみだ。
またその際、振り返らせたのは首だけであり、体は先ほどと同じ方を向いたままである。
この場を離れたがっている、というのは明白な事実だった。
そんな様子を見て取ってか、斉川君はちらりと満君の向く方に目をやってから、またも静かに問いかけてくる。
「そっちは……レクリエーションルームだよな。
今から出撃する気なのか?
でもそれはおかしいよな、敵襲は確認されてないんだから。
お前らいったい、そこへ何しに行くつもりなんだ?」
その声には感情が込められておらず、目も一切笑っていなかった。
寒気がする、と言えそうなほどの冷たさを感じさせるのだ。
話を聞いていたかは不明だが、私達に疑いを抱いているのは確からしい。
だからか満君は、斉川君の質問に対し、慎重に言葉を選んで答えていく。
不安を紛らすためなのか、不自然に胸の辺りを手で押さえながら。
「……倉田に言われて、ちょっと偵察にな」
どうやら、斉川君に真実を話す気はないようだ。
この場はとりあえず、嘘をついて切り抜けるつもりなのだろう。
まあ後ろめたい事情しかない現状では、それも当然の選択なのだが。
その回答に斉川君は、やはり無表情のまま応じ、満君と腹の探り合いのようなやり取りを始める。
「偵察、ねぇ……。そんな話は全く聞いてないんだが?」
「そりゃあそうだろ。
あいつがお前の許可を求めるわけないんだからな」
「……ま、それもそうか。
ところで、偵察ってのは具体的に何を?」
そこでの斉川君の発言内容から、先ほどの会話は聞かれていない、と判断したらしい。
満君は落ち着きを取り戻した様子で、厳しく斉川君を突き放し、再び歩き出そうとしたのだが――
「それを話して良いとは言われてない。
気になるんなら、本人に確かめてみればどうだ?
詳しく聞かせてくれるだろうよ。
じゃあ、俺達はもう行くからな」
そんな私達を引き止めるように、斉川君は鋭く声をかけてきた。
「……物資が不足してるんだよ」
そしてそれに反応し、足を止めた満君を、真綿で首を絞めるように追い込んでくる。
「母艦に貯蔵されてる、弾薬や補修用の資材が足りてない、ってことだ。
それも満足に戦闘ができなくなるくらい、深刻に。
まあ俺らが事情を把握してから、ずっと補給を受けてないんだから、それが当たり前なんだがな。
そんなわけで今は、物資の無駄遣いは絶対に禁止、という状況なんだよ。
さてさて、いくらあの男でも、そんな状態で偵察なんかさせるかねえ……」
満君はその指摘に対し、明らかに動揺しつつも、何とか言い訳を絞り出していった。
「……あいつの考えなんて、俺にはわからない。
今までだって、ずっとそうだっただろ?
気にするだけ無駄なんだよ、そんなのは……」
結果として、辺りに不穏な空気が漂い始める。
斉川君の追及を、徐々にかわしきれなくなってきたからだろう。
私はその息詰まるような雰囲気に、何ひとつできぬまま、苦しみ喘ぐのみである。
ただ次いで、それに耐えかねたかのように、満君が行動を開始した。
もう一度同じ言葉で、斉川君に別れを告げてから、大きく一歩を踏み出したのだ。
「……じゃあ、俺達はもう行くからな。
後は全部、あいつに聞いてくれ」
しかしまさにその瞬間、彼が進ませた足を止め、驚きに満ちた声を上げる。
「……っ! お前!」
私がそれにつられて、満君と同じ方へ視線を向けると――
(橘君……!)
その先の廊下に、まるで道を塞ぐかのように立ちはだかる、橘君の姿が見えた。
彼もまた無表情で、こちらを静かに見つめている。
どうやら斉川君と話している間に、逆側から回り込んでいたらしい。
彼のそんな姿を見た満君は、何かを悟ったように悔しげな呟きを漏らした。
「斉川の今の話は、全部時間稼ぎか……!」
そして直後、いつになく低い声で、眼前の橘君に呼びかける。
それは恫喝、という表現が自然と浮かんでくるような、敵意に満ちた一言だった。
「……どけよ、橘」
しかし橘君は、ただ黙って首を振るのみ。
通すつもりはない、という意味合いだろう。
そのせいでますます、満君の表情は険しくなっていく。
そんな二人のやり取りと、ここまでの経緯から、さすがの私も事情を把握した。
(やっぱり、聞かれてたんだ……)
先ほどの逃走計画の話は、全て彼らの耳に入っていたのだ、と。
そしてその実行を止めるため、二人はこうして私達の進路を塞いだのだ、と。
要は秘密の計画が露見し、すっかり追い詰められてしまった、ということである。
そんな状況に動揺する私達へ、さらに後ろから斉川君の声がかかる。
ただしその内容は、まったく想定外なものだった。
「柳井。実のところを言うと、俺はお前の邪魔をするつもりは無いんだ。
お前が朝倉と二人で逃げたい、っていうんならそれもいいと思ってる」
満君はそれに反応し、驚きの表情を浮かべつつ振り返ったのだが。
それを見計らったかのように、斉川君がひとつの要求を突きつけてくる。
「だが、このまま通すわけにはいかない。
だってお前にはまだ、俺達に話してないことがある。
どうやって得たのかは知らないが、とてつもなく重要な情報を隠し持ってる。
……そうだろ?」
満君はその指摘を受けて、はっきりと斉川君から目を逸らした。
自分には後ろめたいことがあります、と告白したに等しい振る舞いだ。
そこへ斉川君は、さらに追及の手を緩めず畳みかけてくる。
「なら、それを聞き出すまでは絶対に行かせない。
俺達は俺達が生き延びるために、お前の持っている情報が必要だから。
そいつを話してくれるまでは、何があろうとも通せないんだよ。
わかるよな、柳井? さあ、何もかも話してもらおうじゃないか」
その宣言によって、またも辺りには重い静寂が訪れる。
それを反映するように、私の手を握る彼の掌からは、はっきりと緊張感が伝わってきていた。
きっとどうやってこの場を切り抜けるか、必死に考えているのだろう。
とは言え無論、答えはひとつしかない。
諦めて全てを打ち明け、その情報を元に、皆で今後のことを考えるのだ。
本当はそれこそが、最善の選択なのだから。
まあ当然のように、隠し事の方は責められるだろうが。
ただ事ここに至っては、もはや言い逃れなんて不可能なんだし、それも受け入れるしかない。
今はとにかく、少しでも傷口を広げぬために、一刻も早く謝罪すべきなのである。
そう考えた私は、それを満君に伝えるため、口を開こうとした……のだが。
しかしその寸前で、突然彼が大きく息を吐き出す。
「はー……」
全て諦めたかのような、あるいは何か覚悟を決めたかのような、深く長いため息だ。
ひょっとしたら彼なりに決意して、要求を受け入れる気になったのかもしれない。
しかし私が、そんな淡い期待を抱いた矢先――
「そうかい……そっちがそういうつもりなら――」
満君が突然、素早く懐に手を入れ、何かを取り出しながら叫んだ。
「無理やりにでも押し通るしかないな!」
そのどこまでもらしくない、暴力的な宣言をした彼の手に、握られていたのは――
(え……あれ、は……?)
ドラマや映画でしか見たことのない、ひどく馴染みの薄い物体だった。
その形状はL字型で、サイズは彼の手よりも一回り大きいくらい。
色は純然たる漆黒で、全体に鈍い金属質の光沢を放っている。
そう、満君の手には――
(……銃?)
無骨な拳銃が、しっかりと握られていたのだ。
ここでいったん、『朝倉雪子編』の終了です。
次回からは、『柳井満編』の開始となります。
最初に若干の回想シーンを挟み、その後にこの状況からスタートする予定です。




