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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-09 『My Snow White』
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Interlude

更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正


 あの雨の日に訪れた、運命と呼ぶにはあまりにも軽い出会いの後、柳井君はたびたび図書室に現れるようになった。


 今と何も変わらぬ、本当に適当極まりない調子で。



『や~、来ちゃった! みたいな感じで。

 どう? 調子の方は。

 図書委員さんは楽しくやってる~?』


 そして特別何をするでもなく、ただただ脈絡の無い話をして帰っていった。

 どういうつもりかさっぱりわからない、と困惑する私を置き去りに。

 つまり出会った当初から、私は彼に振り回されていたのである。


 しかし不思議と、嫌な気分にはならなかった。

 静かな時間を邪魔する厄介な存在、とは感じなくなっていたのだ。

 彼のどうしようもない騒がしさは、以前と何ひとつ変わっていなかったというのに。


 なぜ私の心境が、そういう風に変化したのかはわからない。

 ただまあきっと、人との関わりに飢えていたとか、あるいは自分を覚えていてくれたのが嬉しかったとか、そんなような話だろう。

 元の友人の少なさゆえに、その程度でも舞い上がってしまったわけだ。


 それを図書委員らしく、故事成語を引いて解説するのなら、『飢者甘食』というところだろうか。

 お腹が減っていれば何でも美味、という意味の熟語だ。

 我ながら呆れるほど単純な反応だが、とにかくそういう心持ちでいたのである。


 だから最初に会った時、彼に頼まれた仕事――『読めそうな本を選ぶ』というあれだ――にも、少ない知識を総動員して取り組んでみた。

 自分の個性を活かした作業が、誰かに認めてもらえるかもしれない、という可能性に心を踊らせながら。


 もっとも残念ながら、そうして選んだ本で、彼が喜んでくれることはなかった。


『え、本……?

 あ、ああ~、そういやそんなこと頼んでたね~。

 ありがとありがと』


 その話題を持ち出した時の、向こうの曖昧な反応から、それは明確にわかった。

 おそらくは、頼み事自体を忘れていたに違いない。

 私の努力は、完全な空回りに終わったと言っていいだろう。


 それでも私は、十分に満足していた。

 他人のために働く、というこれまでにない体験が、日々の生活に張りを与えてくれていたから。

 要は柳井君のおかげで、珍しく充実感のようなものを得られていたのである。


 無論、彼はあんな人だから、相手をするのが面倒になることも多かった……が、それ以上の満足感があった。

 普段は静かで、たまに柳井君というスパイスがある毎日を、私は楽しく過ごしていたのだ。

 最終的にはむしろ、その来訪を心待ちにしてしまうくらいに……


 ただし、そのゆるく穏やかな日常は、ある時またもや劇的に一変した。

 その発端は、いつも通り図書室で喋っていた時、突然柳井君が――


『そういや~さ~。図書委員さんって、いつもここで独りで本読んでるけど――』


 全くの予想外な上、私にはどこまでも縁の薄い、とんでもない質問をしてきたことだ。


『彼氏とかいないの?』


 それに私は、当然のように慌てふためき――


『は!? え……? か、かれ……し……?』


『え? いるの? 意っ外~』


 続いた彼の確認に、つい正直に答えてしまった。


『い、いません! そんな人!』


 すると彼は、妙に含みのある口調でそれに応じた。


『ふーん……そうなんだ』


 その瞬間、私の頭の中では、勢い良く妄想が渦巻き始めていた。


 これはどう考えても、告白される流れなのでは?

 朝倉さん、実は俺あなたのことが……みたいな話が、これから始まるのでは?

 そういう期待が、胸の中で一気に膨らんでいったのだ。

 

 なぜならこの状況が、おそろしくメジャーなシチュエーションだったから。

 今まで無数に接してきた、あらゆるフィクションにおいて、さんざん触れてきたやり取りだったのである。

 ついつい愚かな予測をしてしまうのも、まあ無理からぬ反応と言えるだろう。


 とは言え無論、心のどこかではわかっていた。

 あれはあくまで作り話であり、現実にはそうそう起きたりなんかしない、と。

 いくら夢見がちな私でも、そのくらいの分別はあったのだ。


 よってすぐその妄想を振り払い、私は冷静さを取り戻したのだが。

 しかしそんな努力は、次いで呆気なく無駄なものへと変わった。


『じゃあさあ、じゃあさあ……いっそ俺達、付き合っちゃう?

 俺も今、彼女いないし。

 それに俺、図書委員さんのこと結構好みだしさあ。

 意外にいいと思うんだよね~、どう? どう?』


 なんとあり得ないはずの妄想が、突如現実のものとなってしまったのだ。

 フィクションの世界が、そのまま本の中から飛び出してきたかのように。


 もちろん理想とは遠くかけ離れた、ひどく軽々しい上に、ひと欠片の誠意も感じない口説き文句ではあったのだが……

 とにかく、好意を伝えられたことに違いはない。

 つまりは男性から、生まれて初めて愛の告白を受けたのである。


 ただし当然、全く経験の無いことゆえ、私は激しく動揺した。

 そのせいでつい、彼の告白に対して、何とも曖昧な答えを返してしまった。


『……き、急に言われても、困ります……』


 すると彼は、それにひどく暗い口調で応じた。


『あ、そう……ま、そうか……そうだよねぇ……』


 予想以上に落ち込んでしまった、というわけだ。

 私に告白を断られて、彼なりに結構ショックだったらしい。

 せっかくの気持ちを無駄にした上、心を少なからず傷つけた、と言い換えても良いだろう。


 その事実に、私は心の底から怯えた。


 だってこの一件のせいで、二人の関係が悪化するかもしれないから。

 それにより彼が、もう図書室へ来なくなってしまうかもしれないから。

 そういう未来に対し、自分でも驚くほどの恐怖を抱いたのだ。


 それはきっと、偶然得られた希少な友人を、どうしても手放したくなかったからだろう。

 充実感のある生活、という得難い幸福を失いたくなかったのだろう。

 そう、私は自分でも気づかぬ内に、独りには戻れない精神状態になっていたのだ。


 ゆえに慌てて、彼を引き止めるため、その場を取り繕おうとしたのだが――


『あの、いえ、ですから……』


 結局は、いかにも私らしい、おそろしく煮え切らない返事をしてしまった。


『……急じゃなかったら、その……そんなには、困りません……けど……』


 ただ意外にもその瞬間、柳井君は急に表情を明るくして――


『マジで?』


 私の度肝を抜く、あまりにも彼らしい、ポジティブ過ぎる回答を返してきた。


『じゃあこれから、毎日言うわ!』


 そしてそれから、本当に毎日、会う度に告白をしてきた。


『図書委員さ~ん、俺と付き合おうよ~』


『まだダメ? 今日もダメ? ざんね~ん』


『愛してるぜ、雪子。……なんつってな~。どう? どう? 今のカッコよかった?』


 もっともその言い方が軽く、真面目さが全く無かったので、容易に信じることはできなかった。

 やっぱりからかっているだけなのかな、と思ってしまうことの方が多かった。

 彼の言葉は、私の心に全く響いていなかったのだ。


 それでも、邪険にはできなかった。

 単純に、そう言ってくれること自体が嬉しかったから。

 他人の好意を感じる、という体験に心揺さぶられていたから。


 要はこれほど言うのだから、柳井君も本気ではあるんだろうな、と思うようになっていたのだ。

 言葉は響かずとも、行動の方は強く響いていたのである。

 これはそろそろ、告白を受け入れてたっていいかもしれない……なんて、心境が変化してくるくらいに。


 もちろん彼は、私の理想の王子様なんかではなかったけれど。

 夢に描いていた相手とは大違いの、何やらひどく薄っぺらい人だったけれども。


 しかし変わり映えの無い私の生活に、新しい風を取り入れてくれたのは事実である。

 私はそんな柳井君を、自分に新鮮な何かを与えてくれる人として、いつしか強く求めるようになっていた。

 最終的には、騒がしい厄介者から、側にいて欲しい人に変わっていたのだ。


 だからさんざん、優柔不断に迷い抜いた挙げ句、私は――


『ようし! 今日こそだ!

 図書委員さん、俺と付き合おうよ!』


『……はい、お願いします』



 彼の三十四回目の告白を受け入れた。








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