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ムーン・セイヴァーズ  作者: 白洲ヨム
Chapter-09 『My Snow White』
103/173

Section-5

更新履歴 21/10/16 文章のレイアウト変更・表現の修正


「朝倉……? どうしたんだ?」



 私がその、密かに待ちかねていた呼びかけに、心底歓喜しつつ振り向くと――


(来てくれた……!)


 眼前に、不思議そうな顔でこちらを覗き込む、柳井満君が立っていた。

 限界まで精神的に追い込まれた私の元へ、これ以外ないというタイミングで駆け付けてくれたわけだ。

 まるでおとぎ話に出てくる、非の打ち所のない王子様のように颯爽と。


 それゆえ私は、すぐさま彼に、自分の抱えている問題を伝えようと……したのだが。


(……いや、待って)


 その寸前で、志藤さん達から口止めされていたことを思い出す。

 この話はしばらく秘密にしておく、と二人に約束したわけだし、いくら何でも即座に破るのはまずいだろう。

 せめてもう少し、最低限の格好がつくくらいまで我慢しなくてはならない。


 そうしてギリギリで自制心を発揮し、紙一重のところで踏み止まった私に、柳井君はもう一度呼びかけてきた。

 きっと返事をしなかった上、表情がさらに強張ったので、いったい何事かと思ったのだろう。


「朝倉? 本当にどうしたんだよ?」


 しかも私が、自らの失態に気づき、慌ててそれに応じると――


「え? あ……ごめん。何?」


 彼はさらに訝しげな風を強めて、ひどく心配そうにこちらを気遣ってくる。


「いや……なんか……ほら。ちょっと様子がおかしかったから。

 ひょっとして、何か心配事でもあるのか?」


 彼にしては珍しい――と言ったら失礼だが――その優しさは、私の理性を大きく揺らした。

 いったんは抑えた、『全て話してしまいたい』という衝動が、また勢いを増してきたのだ。

 このままだと体が震え出すかも、と感じるくらいに強く強く。


 それに触発されたのか、次いで頭の中では、あまりにも都合の良い言い訳が乱れ飛ぶ。


(いいんじゃないかな……一人くらいは)


 例え隠さねばならぬ秘密でも、一人に話すくらいなら許されるのではないか。

 そんな甘い考えが、弱った心を蝕み始めたのである。


 だって志藤さんも、あれを本来は隠さなくてもいいことで、近々みんなに話すと言っていた。

 なら今ここで聞くのも、後で彼女らから聞くのも、実際のところ大した違いはないだろう。


 ならば必死になって秘匿し、私だけが苦労を背負い込むのも理不尽だ。

 ちょっとトラブルがあってね、くらいの軽い感じで、さっさと話してしまえば良いのである。


 それにこんな重いもの、どうせ私なんかには抱えきれない。

 そのうち我慢しきれなくなって、自然と吐き出してしまうに決まっているのだ。


 それならいっそ、彼にだけ伝えて重荷を減らす、というのもひとつの手だろう。

 より致命的な事態を防ぐための、小さな犠牲ということであれば、ある意味賢い選択とさえ言えるのかもしれない。

 そう、全部、全部ぶちまけてしまえ……


 そんな弱気に流されるまま、私は彼に秘密を打ち明けるため、早速口を開いたのだが――


「う……うん、えっと、その……

 ちょっと、考え事してただけ。大丈夫、何でもないから」


 結局、真実を告げることはなかった。

 柳井君の気遣いに対し、態度を明確にしないまま、曖昧なごまかしを返したのだ。

 表面だけは、まるで何事も無かったかのように装いながら。


 それは別に、志藤さん達との約束を守ったから、というわけではない。

 ごく単純に、自分では責任が取れないと思ったからだ。

 彼に全てを話すことで、より事態が悪化し、結果としてみんなに責められるのが怖かったのである。


 だからこそ、何もしないことを選んだ。

 そうすればとりあえず、致命的な失敗だけは避けられるから。

 あまりにも消極的な振る舞いだが、それが私という人間なのだ。


 そうして事態の収拾を図った私に、柳井君は――


「そうか……なら、いいんだけど」


 何ら特別な反応を示さず、そんな一言だけを残し立ち去っていった。

 まあ当然だろう、だってああもわかりやすく、私は話を逸らしたのだ。

 聞かれたくないことがあるんだな、と察し、それ以上は突っ込まぬのが普通だろう。


 ただ、そんな彼の後ろ姿に――


(そのまま……行っちゃうんだ)


 少なからず内心で、不満と未練を感じてしまったことにより、私は否応なく気づかされる。


(あっ……)


 自分が本当は、それをこそ期待していたということに。

 多少強引でもいいから、どうして落ち込んでいるのかを聞き出して欲しかったのである。


 なぜならそれが、言い訳になるから。

 自ら喋ったのではなく、無理に聞き出されたのであれば、裏切りの罪が軽くなるから。

 そういう展開になることを、実は腹の底で願っていたのだ。

 なんと卑しい考え方か、と自分に対して呆れずにはいられない。


 そんな風に私は、己の腹黒さを再確認し、改めて自虐に塗れていたのだが――


(はあ……私って、なんでこうなんだろ)


 そこで突然、その悩みをあっさり吹き飛ばす事態が起こった。

 漂う空気を完全に無視した、脳天気と言えるほどに明るい声が聞こえてきたからだ。


「ユキちゃ~ん」


 栗原さん――マキちゃんからの呼びかけである。

 彼女はそう声を上げながら、勢い良くこちらへ駆け寄ってきて、いつものように早口で喋り出す。


「ねえユキちゃん! 聞いて聞いて!

 私ね、実は今、すごいことに気づいちゃったんだけど……」


 そしてその途中で、急に声をひそめて、何ともマキちゃんらしい話を始めた。


「……全然お腹が減らないんだよ!

 もうずっと、ご飯食べてないのに!

 すごくない?」


 どうやら彼女、未だに事情が良くわかってないようなのだ。

 ここは仮想空間だから、お腹が減らないのなんて当たり前だと言うのに。

 今後のためにも、ここはきちんと説明しておいた方がいいだろう。


 そう考えて私は、やや億劫に感じながらも、それを彼女に伝えようとしたのだが――


「マキちゃん、それはね……あれ?」


 その直後、自分だって詳しい事情は把握していない、という事実に気がつく。

 あの機体の中で、体にどう栄養が供給されているかなんて、ほとんど見当もつかぬのだ。

 要はマキちゃんと同じく、私もまた何もわかっていない人間なのである。


 なのですぐさま、偉そうな説明はやめ、素直に彼女の意見に同意しておいた。


「……そうだね、すごい。何でだろうね」


 するとマキちゃんは、私の返事に嬉しそうな顔で応じた後――


「でしょ? ホントになんでだろうね……

 あっ、そうだ! これミッキーにも言ってくるね!」


 即座にまた動き出し、橘君の元へ駆けていった。

 彼もああ見えて優しいので、きっと呆れながらも、私と同じような対応をするはずだ。

 さっぱり噛み合ってはいないわけだが、実に平和な世界である。


 ちなみにこれは、マキちゃんと付き合う上ではいつものことだ。

 彼女の暴走に巻き込まれたり、話が全く通じなかったり、一切こちらの心情を察してくれなかったり。

 振り回されてばかりと言うか、常に迷惑かけられている、とも言えてしまうだろう。


 ただ私は、そんなマキちゃんのことが嫌いではない。

 むしろ明確に好き、と表現したって良いくらいだ。


 だって彼女は、どんな時も明るいし、ネガティブな発言は一切しない。

 他人の悪口とか、不平不満の類いも、ほぼ聞いた記憶が無い。

 悪意そのものと、まったくもって無縁の人なのだ。

 私はそういうマキちゃんに対し、全然そんな柄ではないけれど、実は友情のようなものを感じていた。


 でも、そういう相手にでさえ、私は――


(……羨ましいな)


 結局、嫉妬はしてしまう。

 その眩しいばかりの笑顔を、直視するのが苦しくなるくらいに。


 なぜなら彼女が、みんなに可愛がってもらっているから。

 みんなに注目され、優しく扱ってもらっているから。

 自分の方は基本、人から見向きもされない上、雑に扱われる人間なのに。

 だから皆に愛され守られる、というその境遇が、どうしようもなく妬ましいのだ。


 それに加えてマキちゃんは、私と正反対の性格をしている。

 友達に嫉妬したりとか、姑息な言い訳を考えたりとか、そういう卑劣な行動を取らない人なのである。


 つまり私が嫌っている、私の嫌な部分を、ひとつたりとも持っていないわけだ。

 その大きすぎる落差に対し、『いいなあ自分もそうなりたい』と、切に願わずにはいられなかった。


 もちろん向こうは、そんな私の思いなど知る由もないだろう。

 単純に仲の良い友達、と認識してくれているはずだ。

 だからこそ友人でいられる、と解釈すれば、有り難い話でもあるのだが……


 ……という考えに至ったところで、私はいつものように自覚する。


(なんだか……また、変なこと考えてる)


 自分が性懲りもなく、つまらぬことに気をとられている、と。

 どれほど他人を意識したところで、自分が変わるわけではないのだから、こんな事いくら考えていたって仕方ないのに。

 それは人を羨むばかりの私自身が、一番良く知っているこの世の真理だ。


 まあそれでも、何度だって同じ事を繰り返すのが私である。

 本当につまらない話だが、しかしそういう自分には慣れたものだし、いい加減落ち込むこともない。

 そんな風に私は、自身に呆れつつも、さっさと気持ちを切り替えた。


 するとちょうどそのタイミングで、マキちゃんの上げた明るい声が聞こえてくる。


「あっ! 志藤さん! 斉川君!」


 それにほんの少し、心の重さを感じながら振り返ると、教室に入ってくる志藤さん達が見えた。

 例の件に一応の決着をつけて、こちらへ戻ってくることにしたのだろう。


 となると当然、今からみんなにそれを説明していくわけだ。

 そうであれば雰囲気が暗くなるし、説明しないならしないで、私は余計に居心地が悪い。

 どちらにせよ、心安らかにというわけにはいかぬのである。


 それを嫌だな、どうにか避けられないかな……なんて鬱々としながら、再び教壇に立った志藤さんを眺めていると――


「……ちょっと、いいか」


 不意にそこで、柳井君が発言を開始、またも彼にしては珍しい事を口にする。


「実は今、あまり体調が良くないんだ。

 ちょっと保健室に行ってきたいんだが、いいか?」


 志藤さんはその申し出に、一瞬意外そうな顔をしていたが。

 しかし次いで、特にこだわりもない様子でそれを承諾した後、彼の付き添いとして私を指名してきた。


「それは……はい、もちろん。

 じゃあ朝倉さん、付き添いをお願いできますか?」


 私は突然のその事態に、驚き動揺しつつも、すぐさま反応――


「は、はい!」


 柳井君と軽く視線を合わせてから、保健室へと向かうため、二人で廊下に出る。

 これで変に気を遣わなくていい、ひょっとしたらそのために、柳井君はあんな事を言い出してくれたのかな……

 ……なんて、都合の良い妄想をしながら。


 だがそのまま、保健室に向かってしばらく歩いたところで、私は妙な気詰まりを感じることになった。


(なんか……気まずくない?)


 柳井君の纏っている雰囲気が、やたらと重かったからだ。

 無論それは、ここのところずっとではあるのだが、にしても今は特にひどい。

 息が止まりそう、と感じるくらいの張り詰めた様子なのである。


 ゆえに何とかしなきゃ、何でもいいから話題を探さなきゃ、と必死で頭を働かせていたのだが。

 しかしその途中で、私はふと奇妙なことに気づく。


(あれ? こっちは……)


 なのですぐさま、その疑問について彼に尋ねた。


「柳井君、そっち保健室じゃないよ?」


 そう、柳井君の歩いていく方向が、保健室のある場所とは異なっていたのだ。

 むしろ完全に逆の方角と言うか、こちらは確か……


 ……と、私が彼の目的地に見当をつけた瞬間、その当人が突然立ち止まり――


「朝倉」


 すぐこちらを振り向いてから、いつになく真剣な顔で呼びかけてくる。


「実はちょっと話があるんだ。

 落ち着いて聞いてくれないか」


 私は戸惑いながらもそれに応じ、次に続く彼の言葉を待った。


「え……? う、うん。何……?」


 すると柳井君は、なぜかひどく迷っている風に、やたらと曖昧な前置きを開始する。


「急な話で悪いんだが……

 でもここしかタイミングが無くて……

 今でないと手遅れになると言うか……


 ああいや、重要なのはそんなことじゃなくてだな……

 ええい、くそっ! とにかくだ!」


 そして清水の舞台から飛び降りるというか、千年越しの愛の告白でもするというか、とにかくそんな印象を抱いてしまうほどの必死さで――


「俺が言いたいことはひとつ。今すぐに――」


 真に驚くべき、さらにはおそろしく問題のある提案を持ちかけてきた。



「二人でここから逃げ出そう、ユキコ」








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