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2人で1人なうちら  作者: つつじ ももか
9/42

保健室へ

---------09----------



 私たちは学校の敷地内のバス停にいる。これから職員室に行って報告してから授業に出たいけど、少し体調が悪いので保健室に行きたい気分だ。理恵果も寝不足だし、保健室で休めたらいいな。

 私たちの家の事情は先生達も知っているので、部活動をすることを免除されている。実際、離れに帰ったら2人で生活しなければならない。つまり部活動に時間を使っている余裕はない。


 昇降口まで歩く。あだ名は、人前や学校では言わないようにしよう。

 右手に見えるグラウンドには体育の授業だろうか。サッカーをしている男子生徒達が見えた。そう言えば最近運動をしてないなぁと思う。でも、今の私の体調は見ているだけで倒れそうな感じだ。

 それにしたって、どうしてセーラーの襟を見ただけで、あんなに気分が落ちたんだろう? 自分でもよくわからない。


 昇降口あたりに来ると、学校特有のざわめきがかすかに耳に入る。先に職員室に行って報告をしないと。私たちは靴を脱いで上履きに履き替えた。 

 職員室へ向かう間に理恵果の様子をみると、やっぱりまだ眠そうだ。


「ごめんね、理恵果。こんなに眠たくさせちゃって」

「ううん、大丈夫。って言いたい所だけど……眠い」

「夜中に見た私の夢に付き合ってくれてありがとうね。先生には私が事情を話すから、今日は授業よりも体調を大切にしよう?」

「……ん。そうだね」

「もうすぐ職員室だからね」

「うん。美香里、ありがと」

「どういたしまして」



 カラカラ……。私は職員室の扉を開けて、その場で挨拶をする。

「1年4組の長谷川美香里です。今、登校しました。担任の加藤先生は、いらっしゃいますか?」

「加藤先生は、今授業中でおらんよ。この時間に来たという事は、遅刻かね?」


 私の問いかけに答えたのは、学年主任の今井先生だ。少し白髪の目立ち始めたくらいの年なのかな。いぶかしむ様にこちらを見ている。


「はい、遅れてすみませんでした。今朝は体調が良くないので……。それで、出来たら保健室で休みたいんですけれど、良いでしょうか?」

「おやおや。来たと思ったら、今度は寝かせてくれかね。学校に眠りに来たのかな?」


 ちょっとカチンときた。皮肉っぽい事を言ってくれちゃってさ。

 でも、そんな事はおくびにも出さない。


「あの、本当に体調が良くなくて。それに、理……、高梨さんも具合が良くなくて寝不足でふらつきがあるんです。保健室を使うことを許されないのでしたら、私たちは自宅に帰らさせていただきます」


 理恵果の寝不足の原因は私にある。だから理恵果を守るように、語気を強くして抗議するように言い放った。学年主任の今井先生は、そんな私の言い方に良い印象を持たなかったみたいだけど、保健室の利用を認めてくれた。


「そういう理由なら、仕方ないな。保田先生には、こちらから連絡しておくから保健室へ行きなさい」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 こんな人に尊敬礼なんて、とは思ったけど私は渋々と礼をして「理恵果、行こう?」と言って職員室を後にした。尊敬礼じゃなくて会釈礼で充分だよ、今井先生には。


「ごめん、美香里。私のせいで」

「理恵果のせいじゃないよ。元はと言えば私が原因なんだし。それに私も少し体調よくないから」

「え? そうなの?」

「うん。ちょっとね」

「そうなんだ。美香里、また我慢してない? 私には素直に何でも言ってね」

「ありがとう。そうするね。さあ、保健室までもう少しだから行こう?」

「うん」


 私は理恵果の手を握って、連絡通路を渡って教室のある建物へ向かう。保健室は1階の奥にある学食の手前の所にある。時々、よろめく理恵果を支えてく。


「大丈夫? 理恵果?」

「うん。眠たいだけだから」

「ひょっとして、貧血もあるんじゃない? 理恵果の手、いつもより冷たいもん」

「貧血は、割とあるかも。美香里の手があったかく感じる」

「もう少しだから。ね?」

「美香里ってば、優しい」

「ふふ、お互い様だってば」

「うん」


 

 保健室に着いた。保田先生には、学年主任から連絡があったはずだ。

 コンコンとノックをすると「どうぞ」という返事があった。

 保健室のドアを開けると、保田先生が机に向かって何かの書類を書いていた。


「今井先生から聞いているわ。どうしたの?」

「もうお昼ですけど、おはようございます。ちょっと体調が悪くて遅刻しました。高梨さんもふらつきがあるそうなので、ベッドを借りても良いでしょうか?」


 かけていた眼鏡を外して、私たちの方を見たのは(やす)()(きょう)()先生だ。眼鏡を取ると30代とは思えないくらい若く見える。あんな美人さんな大人になりたいな、と私はちょっと思った。

 どうして年齢を知ってるのかって? 実は前に聞いたことがあった。私たち2人は、よく保健室でお昼を食べることがある。その時に年齢をちょっと小耳にはさんだのだ。


「長谷川さん、おはよう。うん? 高梨さんは、何だか眠そうね」

「はい、ちょっと色々あって寝不足で。私も駅前で少し体調が悪くなってしまいました」

「よく学校まで来れたわね。ちょっと熱を測らせて、長谷川さん。高梨さんは、そこの椅子に座っていて待っていて。あなたも検温するからね」


 私は保田先生から体温計を借りて口にいれる。婦人用の(ぜっ)()で測るタイプのだ。小数点2桁まで正確に測れるみたい。普段と違う口に入れるタイプの体温計って何か慣れないなぁ。


 ……ピピピピッ。予測検温が終わった音が口の近くで聞こえた。もう口から出しても良いと言われたので、持ち手のほうを先生に向かって手渡す。


「ん……。37.32ね。長谷川さん、咳はある? それから、胸が張ったような感じはあるかしら?」

「あっはい。咳はないです。胸の張りは、おとといあたりから、ちょっと」

「分かったわ。もしかしたら、もうすぐ来るかもしれないわね。顔色が悪いみたいだけど、何かあった?」

「えっと、あの……実は夜に怖い夢を見てしまって。それが真夜中だったので、それからあまり眠れてもいなくて。理……高梨さんに介抱してもらっていて、彼女も寝不足とふらつきがあるみたいなんです」

「そうなの。長谷川さん、高梨さんと椅子を交代してちょっと待っててね。高梨さん、熱を測りますから、長谷川さんが座っていた椅子に座ってね」

「……。あっ、はい。あっと……」

「あら? ふらつきが結構あるわね。熱を測り終わったらベッドで休みなさい。長谷川さんも無理しないで、辛かったら一緒にベッドで休んでいいわよ」

「ありがとうございます。助かります」


 保田先生は体温計をアルコール消毒してから、私と同じように理恵果の体温を測る。平熱だったみたい。でも、ふらつきがあるので授業中に倒れでもしたら危ない。保田先生は、書類に私たちの体温の数値を書き込みながら口を開いた。


「うん。それじゃあ、2人ともベッドで寝ていなさい。上着のブレザーはハンガーに掛けておいてね。先生も時々、様子を見に来るから。安静にしてらっしゃい」

「ありがとうございます」

「ありが……とごじゃます」

「あらあら、高梨さん、大丈夫? 無理して登校することは無かったんじゃない?」

「いへ……らいじょうぶれす」


 理恵果ってば、バスに乗っている間に寝たり起きたり、そして歩いたりで(せわ)しなかったから。余計に眠気が来たのかな。ろれつが回ってない。きっと半分夢の中だ。

 保田先生が仕切りのカーテンを閉めると「お大事に」と声をかけて、また机に向かって仕事を再開したみたいだ。うちらは休まないと。


「理恵果、寝るのはブレザーをちゃんと脱いでからだよ?」

「ん……。美香里、ちょっと後ろで受け取って?」

「分かった。本当に眠そうだね。無理してた?」

「えへへ……ばれたか」

「無理はしないでね」

「美香里もだよ~」

「わかってるぅ」


 理恵果の寝るベッドの傍には、通学リュックが置いてある。私も通学バッグをベッドの傍に置こう。

 理恵果の脱いだブレザーを後ろで受け取って、ハンガーに掛ける。それから私もブレザーを脱いでハンガーに掛ける。

 ブラウスとベストになると、ちょっと寒い。

 私は地味ながらも、このベストがかわいいと思う。6つボタンのダブルのベストは、プリンセスラインでウエストが絞られている。ちっちゃなポケットが左右に付いてるけど、小さいのでメモくらいしか入らない。


 保健室のベッドは3つあって、それぞれ白いカーテンで仕切られている。

 理恵果は大丈夫かな? ちゃんと眠れたかな? 小さい声で囁くように声を出す。


「ぉーぃ。理恵果ー。ちゃんと寝れてる?」

「ぅん。横になったら、急に眠くなってきた。おやすみぃ」

「ゆっくり寝るんだよ?」

「……」

「あれ、もう?」

「……」

「ごめんね、理恵果。私も寝るからね」

「……」


 理恵果は寝不足、私は怖い夢と駅前のセーラーの襟の事と、もう1つの理由で、ベッドに横になると吸い込まれるようにして眠りに入っていった。

 寝入りばなに思った。確かにうちら何しに来たんだろう? 今井学年主任のいう通り、寝に来たと思われても仕方ないかな……。


*****


「高梨さん? 具合はどう?」

 白いカーテンを開けて顔を覗かせた保田先生は、優しい笑顔を浮かべている。

「あっ、はい。よく眠れたみたいです」

「うん。今、何時だと思う?」

「ええっと」

「もうすぐ夕方になるわよ。今、3時半」

「えっ? そんなに寝てたですか?」

「えぇ。うん……。顔色も良くなってるわね。ちょっと長谷川さんの様子も見てくるから。あなたは上着を着なさい。下校の準備をしてね。たとえ授業を受けなくても、登校した事は変わりないから。そこは気にしないでね」

「はい、ありがとうございます」


 保田先生が隣のベッドの様子を見に行った。私ってば、大分寝ちゃったなあ。でも、何だかスッキリしたかも。美香里は……大丈夫かな。そんな事を思っていると、隣から声が聞こえた。保田先生のだ。


「長谷川さん? どう? 眠れた?」

「……」

「長谷川さん?」

「……」

「顔色があまり良くないわね。体調があまり良くないのかしら?」


 美香里、まだ寝てるのかな。あの夜の夢のが残ってるのかな?

 なんか心配だ。ちょっと美香里の所へ行こう。

 私は美香里の隣に掛かっている自分のブレザーを着ると、寝ていたベッドの崩れをちょっと直した。自分の通学リュックを手に持ちながら、保田先生と美香里の居るベッドに顔を出す。


「保田先生、美……長谷川さんは?」

「ああ、高梨さん。長谷川さん、まだ寝ているの。それに体調が悪そうなのよ。あなた、何か心当たりはない?」


 先生がピンポイントで聞いてきた。心当たりはアリアリだよ。どうしようかな? 保田先生になら、言っても良いかな。


「あの、保田先生。美香……長谷川さんは」

「いいわよ、いつもの呼び方で構わないから。ここではね」

「すみません。えっと、美香里は夜に酷い夢を見たんです。それが夜中の3時くらいで。夢の中の光景に、かなり取り乱して泣きじゃくっていたんです」

「……。そう。あなたたちが離れで一緒に生活してるのは、保護者の方から聞いてるわ。それで、長谷川さんは、酷い夢を見たって言ったわね。取り乱すほどの夢って言ったら、きっと何か心を抉られるような強烈な体験をしたのかしら?」


 どうしよう? あの事、美香里が中学2年生の時のトイレでの事。話しても良いのかな?


「あの、保田先生」

「うん、なに?」

「実は私、心当たりはあるんですけれど……話すと長くなりそうで」

「あぁ、そうね。それじゃあ、その事は後日にでも保健室へ来てもらって本人から聞くことにするって事でどうかしら?」

「いえ……。出来たら手紙の方が……。たぶん美香里は話せないと思うので」

「そう……。何か事情がありそうね。分かったわ、今はとりあえず長谷川さんの容態を第一に考えましょう」


 その時、寝ている美香里の口から弱々しく「セー、ラー、襟……」という言葉を発した。何か、夢をみているのかな? 魘されていないといいけれど。


「セーラー? セーラー服の事かしら?」

「……。保田先生。美香里には昔、辛いことがあって。それがセーラー服の襟と結びついてるんです。今は、それしか言えません」

「セーラー服の襟が結びつく何か……ね。分かったわ。今はまだ話さなくても良いから。ありがとう高梨さん」

「いえ……」


 美香里。あなた、もしかして学校に来る途中で、何か嫌なものを見たの? 何でも話してよ、親友じゃん……。

 私は、まだ起きそうにない美香里がバスで下校するのが無理と感じた。つかおじか、おばさんに迎えに来てもらったほうが良いかもしれないと思った。


「保田先生」

「どうしたの?」

「私、家に電話をして迎えに来てもらうようにしたいんですけど、いいですか?」

「ええ。長谷川さん、体調悪そうだし、自転車で帰るのは無理そうね」

「あ、私たち今日はバスで登校したんです。私は夜中に起きていて寝不足で、美香里も私を学校まで引っ張ってきてくれたんです。この子は我慢するのが上手だから……」

「そうだったの、分かったわ。高梨さんに長谷川さんの事は任せたわ。傍にいてあげて」

「はい! 美香里は私の一番の親友ですから!」



 私はスマホで本宅へ電話をかけて「おばさん、迎えの車をお願い」と電話に出たおばさんに事情を話した。そうしたら「分かったわ。私が今から学校まで行くから。それまで美香里さんをお願いね」と言ってきた。おばさん、ありがとう!


 その後も美香里は、おばさんの車が学校に着くまで眠っていた。

 ……美香里のばか! へんな我慢なんてして。心配するじゃん……。

 涙目になりながらベッドに眠る美香里の顔をじっと見つめた。

 あの酷い夢の中から、どうやったらあなたを救い出せるの?

 眠る美香里の顔を見ながら、早く目が覚めるようにと祈った。

 保田先生は内線を使って、職員室の教諭に私たちが保護者の車で下校する旨を伝えていた。

 

 他の生徒たちは、運動部の部活の生徒たちを除けば下校している時間だ。学校の教室は消灯されて、保健室だけ明かりがついている。スマホの時計を見ると6時を過ぎている。おばさん、はやく来て。美香里を早く安心させたいの。

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