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2人で1人なうちら  作者: つつじ ももか
7/42

夢から覚めて…

---------07----------



 ピピピピッ、ヴーヴー、ピピピピッ、ヴーヴー。

 2台のスマホが鳴っている。彼らは指定された時刻に正確に音を出すようにプログラムされている。オーナーがどんな状態であっても、それを知って気を利かして鳴らさない。そんな機能は備わっていないし、そういう機能がある事さえ知ることも出来ない。


 出窓から降り注ぐ朝陽の光がカーテンを通して柔らかく調光されて、眠る2人の姿を映し出している。ぐっすりと眠っている様だったが、何回目かのスヌーズ機能に1人だけオーナーが無意識に反応した。画面をタップされて、その情報を処理してスマホはプログラム通りに音を出すのを停止した。ただ、それだけ。


「ん…………」


 まだ目を閉じながら、手探りでスマホを探そうとする。あれ、どこにあったっけ?

 両手を広げて辺りをワサワサしてスマホを探そうとしたら、何か柔らかく、温かいものに触れた。目を開いてその方向を見ると理恵果が私の隣で寝ていた。くーくーと寝息を立てて丸く身体を曲げながら寝ているその姿は、赤ちゃんみたいで可愛かった。

「うん? どうして理恵果が……?」

 天井を見ながら目をパチパチさせて考える。寝ていた時の記憶があいまいだ。

 もう一度理恵果の顔を見つめる。よく見ると、目から何かが流れてる感じがした。その閉じられた目に触れると、少し湿っていた。

 泣いていた……?

 どうしたんだろう?

 そして、自分も目の辺りが少し腫れぼったいような、泣いた後みたいな名残があるのが触ってみて分かった。

 あっ……。思い出した。確か怖い夢を見た後に、お母さんに優しく抱かれて心地よかったっけ。お母さん? でも、隣にいるのは理恵果だし。

 私、まだ寝ぼけているのかな。


「理恵果。ねぇ理恵果。起きて」

「……」

「ねぇってば! 起きてよぉ」

「んー……。みかりちゃん……よしよし」

「うん? 呼んだ?」

「……」

「おーい。理恵果、起きなさーい」

 ほっぺをぷにぷに押してみる。まだ起きない。

 何か夢でも見てるのかな。私の名前を呼んだから、私の夢とか?

 なんの夢だろう? よく寝ているし……。あれ? 今何時?!

 敷き布団に手を置いて、がばっと上半身を起こす。辺りを見回すと、理恵果の足が私の足に絡みついてる。あっと、スマホスマホっと。

 ……あった。枕の上のほうにひっくり返ったスマホを手に取る。時間を見ると、なんと8時を過ぎてる。ヤバい! 遅刻だ!

 っていうか、そんなに眠ってたの、私……?

 絡み付いてる理恵果の足から抜け出すと「ううーん」と声がした。起きるかな?


「理恵果。理恵果! 起きてよ、もう8時過ぎてるの大遅刻なの!」

「ぅぅーん? ……ぅん?」

「あ、起きた」

「んー……ふあぁ……」

「理恵果、おはよう。朝だよ? 学校だよ?」

「ん……。学校……。美香里……?」

「えっ?」

「美香里!!」

「わっ! どうしたの? 急に抱きついたりして?」

「良かったぁ……居てくれて」

「何を言ってるの? 私はここに……」

「美香里ぃ~~」

 私の首に腕を絡ませながら抱きついて、子供に対してするように頬にチューしてきた理恵果は泣いている。

「理恵果、何か夢でも見ていたの? 私はここにいるよ?」

「……。美香里が居なくなっちゃう夢」

「私が……? 居なくなる?」

「……。美香里。美香里! 大丈夫? あなた夜中に怖い夢に(うな)されていたから……」

「うん。怖い夢を見たのは思い出したの。その時、別れたはずのお母さんが傍に居て……」

「そのお母さん、私だよ? 覚えてない?」

「えっ? 理恵果がお母さん?」

「美香里。あなたがベッドで怖い夢を見て魘されていたから、急いで美香里のベッドに行って、あなたを宥めていたんだよ?」

「んー……。夢の中で誰かに抱かれていて。私、子供の様に泣いたようだったんだけれど」

「だから、その誰かが私なんだってば」

「……。理恵果が私を? 宥めてくれてた?」

「そうだよ? あの取り乱しようだと、かなり怖い夢みたいだったから、記憶があいまいなのも……。ううん、なんでもない」

「うん? んー……。あっ! そういえば私『みかりちゃん、いい子』って言われてて、すごく嬉しくて安心してたような」

「それ言ったの、わ・た・し」


 理恵果が自分の顔を指差す。お母さん代わりをしてくれた? 理恵果が?

 お母さんみたいに思っていたのは理恵果だった?

 その意味を知ると、目がうるうるしてきて、涙が零れた。


「りえかぁぁ……」

「よしよし。だいじょうぶ、だいじょうぶ」

「ありがとうぉ……私に優しくしてくれて。大好きっ!」

「わっ!」


 あまりにも感極まってしまって、勢いよく理恵果に抱きついてしまった。そしてそのまま理恵果に覆いかぶさって、首に腕を絡ませてながら押し倒すような感じになってしまった。


「美香里……ちょっと首が苦しいよ」

「あっ、ご、ごめん。つい嬉しくって」

「ふふっ、美香里は甘えん坊さんだねえ」

「ぶぅぅ……。だって、嬉しかったんだもん」

「……。昨日は、ごめんね? 美香里」

「うん? どうして謝るの?」

「昨日さ、私、美香里の事を美容師美容師って褒めてたけど」

「うん」

「美香里が髪の手入れとかを始めたのって、あの虐めの時からなんだよね?」

「うん……。あの頃は私も頭皮とか髪がめちゃめちゃで、元通りにするのが大変だった」


 私は自分の髪を触る。くせっ毛だけど、つやつやで滑らかだ。頭皮もあの頃のように荒れてはいなくて健康的だ。


 私がトイレで虐められてた時に、理恵果が一緒にいてくれて、一緒に先生たちに報告して……それでやっと担任の先生たちも気づいて、ようやく私は虐めから解放された。その後、私は皮膚科に通って頭皮に赤外線を当てられたりして、けっこうな頻度で治療を受けた。色々な薬を飲んだりもした。元通りになるまで、時間がかかった。


 母には私は虐められたことは話さなかった。同情してもらいたくもないし、病院の治療費だけもらって理恵果と皮膚科へ通った。そのお金は、勿論、あの虐めた2人の保護者からのものだった。私に治療費を渡しながらの保護者の気持ちは私には届かなかった。

 保護者が謝ってくれても私の心には何も響かない。直接、本人たちからじゃないと受け入れられなかった。でも、結局最後まで、あの2人からの直接の謝罪はなかった。まあ、謝られても許せるはずはないけれど。

 

「……美香里の髪、柔らかいね」

「理恵果のブローが上手だったからよ」

「教えてくれてありがとうね、美香里」

「いえいえ。お互い様だよ」

「……信じられないよ、まったく。洗剤を髪にかけて、あんなもので美香里の髪や頭皮をズタズタにするなんて。髪は女の命なのに」

「あの時、私にとっては、あのトイレでの出来事は生き地獄だった。今、生きているのが不思議なくらい」

「本当に辛い思いをして、悲しかったね」

「……ぐすっ」

「思い出しちゃった? 泣いてもいいよ?」

「ん……。辛い思いもそうだけど、理恵果の優しさがすごく嬉しくって、私……」

「よしよし……」

「ぐすぐす…………」

 私は理恵果の胸の中で泣いた。あの頃の記憶が蘇ってきて、感情が溢れてきてしまった。



 しばらく泣いたら、だんだん気持ちも落ち着いてきて、私は理恵果の隣に仰向けに寝転がった。

「気が済んだ?」

「うん。ありがとう。なんだか安心しちゃった。理恵果、ありがとう」

「ふふ、よかった」


 自分を気遣ってくれる、大切な親友が傍にいてくれる。こんな嬉しいことはないよ。安心したのか、あだ名で呼び合い始めた。


「大丈夫そうだね、みかりん。良かった。私、夜中にみかりんが泣き出してから1時間くらい、ずうっとみかりんの事を宥めて、いい子いい子ってあやしてたんだよ?」

「そっかぁ。それで何か、あの時りえりんにお母さんを感じたんだ」

「私はこんなに若くして、こおんな大きな子がいるって事かしら?」

「こおんな若いお母さんだったら、私は嬉しいなぁ」

「私は、こおんな大きな子供はいませんよ?」

「分かってるー。でも、ありがと。りえりん」

「うん、目元もそんなに隈も出来てないね。みかりん」

「あ……。りえりんの目、少し隈が出来てる」

「うーん……。確かにあんまり眠れてなかったかも」

「それで、私を宥めた後はちゃんと眠れたの?」

「まだ、少し眠たいかも。でも、起きられるよ?」


 私が理恵果から身体を離すと、理恵果は上体を起こそうとするが、くらっと横にふらついた。あわてて抱きとめる。


「大丈夫? りえりん?」

「あはは……まだ寝たりないみたい」

「うぅ……。ごめんね、私のせいで」

「そんな事ないよ。私も嬉しかったから。何か、みかりんのお母さんになったみたいで」

「……」

「あっ、ごめん。思い出させちゃった?」

「ううん。あの人は、あの人だから。今はりえりんの方がお母さんだったら嬉しいって思う」

「そう……。私が本当のみかりんのお母さんだったら良かったのにね」

「そうだね。本当にありがとう、りえりん」


 そう言うと、私は理恵果を抱き寄せながらベッドにぱたんっと倒れ込む。


「もう少し、横になっていようよ」

「分かった。それじゃ、みかりん。もうちょっと横になって楽にしてようか」

「うん。りえりんはいい子、いい子」

「あはは。真似っこしたりして」

「自分で言ってて何だけど」

「なに?」

「いい子ってなんだろうね?」

「えっ?」

「何が良いといい子なのかな?って」

「うーん。考えたこともなかった」

「いい子って、誰に対してのいい子なんだろ?」

「そうねぇ。……なんかよく分かんないけどさ」

「うん」

「いい子っていうのは、ただ勉強が出来たり、親の言うこと守ったりしたりとか、そういう意味のいい子じゃあ無いって気がする」

「と言うと?」

「だから、例えばテストで100点取ったり、学校の成績が良かったり、そういう頭の良い子って意味じゃないって事」

「ふぅん。何となく分かってきた」

「みかりんみたいに、苦しい事や悲しい事があっても髪とかを大事にしたり、がんばって前向きに生きようとしていたり。そういうのを本当のいい子っていうんだよ、きっと」

「私、いい子なの?」

「もちろん!」

「ほんとに?」

「本当に」

「嘘じゃあなくって? 冗談でもなくって?」

「あはは。そういうのをいい子って言うの」

「そっか。良かった。私ね、本当はお母さんの事は嫌いじゃあないんだ」

「知ってる」

「えっ?」

「ううん。話し、続けて?」

「うん。でね、確かに私はお母さんに捨てられた。もう、あんたは私の子供じゃない。そう言われた。でもね、それでも好きだったんだ」

「うん。今も好きなんでしょ?」

「そうなの。私、お母さんの事が大好き。本当に。でもね、時々は嫌いなんだ」

「心は不安定になっちゃっても仕方ないもんね、うちら、まだ子供だもん」

「でも、半分は大人なんだよね」

「アンバランスだよね」

「そうだね。少しずつ、大人になっていくね」

「うん……」



 理恵果がまだ寝足りないみたいなので、もう少しだけ寝ることにした。学校に連絡するのは……いつだって構わない。今、ここで、こうしている事が幸せなんだと身にしみて思う。どんな気持ちだって、持っちゃいけない事はないんだって思った。感じた事を素直に言えば、それで良いんだ。私は再び眠りについた理恵果の顔を見ながら強く、そう感じた。


 結局、それから2時間ほど眠ってた。学校は午後からで良いし。軽く朝ごはんを食べようかなと思った。

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