ブロートーク
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洋室に戻った2人は、パジャマ姿でまだ濡れている髪をハンドタオルで巻いている。ドライヤーの置いてある勉強机にまず理恵果が座る。私が最初に乾かしてあげたいから。
「それじゃあ、まずはタオルで髪の水分を吸っちゃおう」
「分かった、美香里。タオルは衣装ケースの下の引き出しに入ってるから、そこから適当に出してきて?」
「はーい。んーと、これかな?」
引き出しに3つ折りに畳まれたタオルが数枚並んでいたので、そこから1つ取り出す。
「おっけー。それそれ。ん、ありがとう」
タオルを手渡すと、理恵果は巻いていたタオルを外して勉強机に置いた。
机には鏡が置いてある。ごく普通の長方形の鏡に座っている理恵果と私の姿が映る。お風呂から出たばかりなので、髪もまだ少し濡れていて、まるで縮毛矯正したみたいにペッタンコになってる。私はまだタオルを髪に巻いたままだ。
あ、そうだ。スプレーとか出さないと。
私は一旦自分の勉強机に歩いていって、通学バッグから何本かのボトルを取り出した。
「美香里、それって?」
「うん。お家から持ってきたヘアケアのとか、化粧水とか、あれこれ」
両手に持ったボトル達を理恵果の勉強机にトンと置いた。
「ほぉほぉ。なにこれ? キューティクル形成薬用成分増量タイプ? 何これサロン専売品って書いてあるけど? どこで買ったの?」
「あー、それはね、私の通ってる美容院の人に薦められて買ったものなの。ネットでも買えるよ? それ、髪にすごく良いんだよ~」
「サロン専売品って所で、もうすごい」
「私みたいにくせっ毛だと広がりやすいんだけど、それをカバーしてくれるんだよ、それ」
「へぇぇ……。そうなんだ。さすが未来美容師みかりん」
「あはは。美容師になるかは、まだ決まってないけどね。あと私はみかりんなの?」
「うん、なんとなく呼んでみた。私はー……りえりん? ぷぷっ。果がどっかに行っちゃったよ」
「じゃあ、りー」
「だんだん名前が無くなってくよ!」
「うそうそ。理恵果お姉さま」
「よろしい」
「「あはは」」
外はもう日が暮れていて、時計を見れば午後7時を回っていた。これから髪を乾かしたりしてから、ごはんだ。
「理恵果ー、そろそろタオルドライ終わった?」
「あ、話に気をとられてて途中だった」
「うん、いいよ。優しく髪を押さえるようにするの。バサバサってしちゃあダメだからね」
「口の減らない美容師さんですこと」
「私はもう美容師なんですね、お姉さま」
「まあ、今はそういうことで」
「でも、同じことを理恵果も私にするんだから覚えてね?」
「はーい」
タオルドライをしている理恵果の髪は、黒くて直毛だ。ほんと羨ましい。そんな事を思いながら鏡の中の理恵果と目が合うと、自然と笑みがこぼれる。
「何にやにやして。みかりん、何を企んでおるのじゃ? 正直に申せ」
「なんで急にお殿様みたくなるの?」
タオルドライが終わったらしいので、私はまずはコームを取り出した。半乾きの理恵果の髪の流れを整え始める。前は自分1人でしていて何も気づかなかったけれど、こうして自分ではない他の誰かの髪にコームを通すと、理恵果の言われたように美容師になったような気持ちになる。
「何だか、色々ボトルが置いてあったり、こうして座ってると美容院にいるみたいだよ、みかりん」
「私もそう思ってた、うん」
一通り髪の流れを整え終えると、先ほどの青色のサロン専売品のボトルを手に取る。そして、3プッシュくらい手のひらにしてから両手で馴染ませて、毛先から順に髪に馴染ませていく。もう2プッシュして同じように両手に馴染ませてから、えりあしや頭頂部のあたりにも軽く触れるように成分を付けていく。これでドライヤーの熱からも髪を守れるし、キューティクルの補修もしてくれる。オッケー。
「それじゃあ、ドライヤーつけるよ?」
「うん、お願い。はぁー良いなぁ、誰かにやってもらうのって楽でいいね」
「ほんとほんと。理恵果の髪が終わったら、今度は理恵果が私の髪をしてくれるんだよ?」
「まっかせなさーい」
「大丈夫かなぁ?」
「大丈夫かも?」
「うぅ、なんか不安になりそう」
ゴォー……。
ドライヤーの音が洋間10畳くらいの部屋に響く。ドライヤーの音で声が聞きづらいので自然と2人とも無口になる。
頭皮を中心に風を当てていく。毛先には風は当てない。それは先に毛先が乾くと、枝毛になりやすくなるし、乾燥しすぎてパサつくから。
理恵果の毛束を下に向けて撫でる様に整えながら頭皮にドライヤーを当てていく。きちんとトリートメントされた髪は柔らかくて手触りが気持ちいい。時々鏡を見ながら毛束の状態を確認する。
何度目かに鏡を見た時、理恵果の目がとろんとしていて、時々頭がかくって下がってる。
眠たいのかな?
その気持ち分かるよ、私だって美容院で時々気持ちよくて寝てしまうことがあるから。きっと理恵果も気持ちよくて、うつらうつらしてるんだろう。
頭皮全体が7割くらいまで乾いた時、私はドライヤーを一旦止める。送風口にアタッチメントを付けて冷風で髪の形を決めたいから。勉強机に置いてあったロールブラシを片手に取って、もう片方の手でドライヤーを持ってから冷風で髪をブローして乾かしていく。
理恵果はすっかり寝てしまったみたいで、こくんこくんと頭が揺れてる。
それを見て、私はくすっと笑って「おつかれですね」と心の中で呟く。
ロールブラシと縦に細い風が出るアタッチメントで、上から下へとゆっくりとドライヤーを動かす。キレイになるように気持ちを込めて1つ1つの毛束をブローしていく。
よしっ、出来た。
「お客さーん、終わりましたよー」
「……」
「おーい、理恵果ー。終わったよ?」
「…………」
「んもう。しょーがないなぁ」
なかなか起きないので、どうしようと考えていると不図ある考えが頭に浮かんだ。
ちゅっ。頬にチューをしたのだ。
「んぁ……?」
「お目覚めですか? お姫様」
なるべく低い声を出して耳元で囁いてみた。
「……みか、り? あれ? ここどこ?」
「これはこれは。まだ夢うつつのようですね、理恵果姫」
「あ……。私、いつの間に寝てたの? って言うか、今チューされたような?」
「理恵果がなかなか起きないから、魔法を使ったんだよ」
「魔法って……。なんだ~美香里だったのかー。イケメンだったら良かったのに」
「なんか、色々と傷つくんだけど?」
「うそうそ。美香里のチューなら嬉しいよ、うふ」
「もう、調子いいんだから。ほら、ドライヤー終わったよ? 髪、触ってごらん?」
理恵果は自分の髪に触れると、目がまんまるになった。もう海に映る満月のように目がキラキラしてる。
「なにこれ!? めっちゃつやつやで柔らかい!」
「うふふーん。でしょでしょ。どお? 感想とかは」
「いやいやマジで、美香里すごいよ! ありがとー……。ホント美香里は美容師になるべきだよ」
「えへへ。嬉しいかも。でも、途中で寝ちゃってたって事は、私のドライヤーの仕方を見てなかったって事になるよね?」
「だってさ、あんまりにも気持ちよくて寝ちゃったんだもん」
「分かる。それは私も美容院でよく経験したことだから」
「うん。でもホント髪がつやつやだと気持ちいいね!」
「ね! テンション上がるでしょ?」
「ほんとだよー、ルン」
「で、嬉しい余韻に浸ってて悪いんだけど、今度は理恵果が私の髪を乾かしてよね」
「分かった! 美香里に教えてもらいながらするよ」
「あらら、なんか素直なのね」
「なんか嬉しくてテンション上がってるからかも」
「それじゃあ、よろしくー」
「らじゃー!」
今度は私が椅子に座って、理恵果がドライヤーをする番だ。今までで20分くらいは経って髪もけっこう乾いてきてるから、タオルドライはそんなにしなくてもいい。
「それじゃあ、櫛を通してから、さっきの青いボトルのを髪に付けてね」
「おっけー」
「……痛っ!」
「あ、ごめん美香里。櫛が髪に絡まったから、そのままでもいいかなって」
「えっとね、そういう時は、一旦櫛を寝かせてから優しく梳くんだよ?」
「分かったー」
その後、何回か私がダメ出しをしたけれど、理恵果は覚えるのが早くて段々と上手に出来るようになっていた。手先の器用さは、私よりもあるかも?
「美香里、終わったよ」
「ありがとう。がんばったね、えらいえらい」
「でも、美香里みたいには上手には出来なかった。ごめんね」
「そんな事ないよー。けっこう上手に出来てたよ、ホントだよ?」
「そう? それなら良いけど……」
「まだ、最初だし。これからどんどん上手になって、私が寝ちゃうくらいになってくれると嬉しいな」
「うん。そうしたら、もし美香里が寝ちゃってたらチューして起こしてあげるね、うふ」
「あはは、楽しみにしてる」
「でも、ドライヤーって重いね。腕が疲れちゃうね」
「そうだねー。私の通ってる美容師さんの男の人なんて、時々2つ同時に持ってブローする事があるよ?」
「へぇぇ、やっぱり男の人のほうが力もあるし、そういう時はすごいって思うね」
「ほんと。私は腕も細いから腕の力じゃなくて、なるべく体全体でドライヤーを使う感じにしてる」
「そうなんだ? 美香里は体つきが細いっていうか華奢だよね。なんかスタイル良くて羨ましいって思う」
「そお? 私は理恵果のふっくらした感じのほうが男子ウケするとおもうけどなぁ」
「私は美香里みたいな体つきに憧れるなぁ」
「私は理恵果みたいな胸になりたいなぁ」
「無理だと思うけど?」
「また乳差別だ! ひどーい」
「うそうそ。おっぱいマッサージ、がんばろうね」
「わ、分かったわ」
止まらないトークを一旦止めて、そろそろごはん食べないと。今日は色々あったから、なんか疲れちゃったし。それは理恵果も同じだろう。
私たちは、ごはんを炊いた。途中で「ちょっと」と言って理恵果は本宅まで、ぱたぱたと出かけていった。と思ったら、両手におかずを抱えて離れに戻ってきた。
「美香里ー! おみやげもらって来た!」
「わあ! なんかラッキー。叔父さん達にお礼を言わないとね」
「一応2人分を適当に持ってきたの」
「ありがとう、ごはんはもうすぐ炊けるから、そしたら食べよう?」
「うん!」
離れに来て初日はキッチンを使わなかったけれど、2人で暮らしていくには充分な設備がある。これからは、一緒に料理を作りたいな。
私は理恵果と2人でダイニングであったかい夕ごはんを食べてから、食器を洗って拭いた。そして2人で本宅まで行って叔父さん夫婦にお礼を言った。
「またいつでもいらっしゃいね。うちのおかずで良ければいつでもおすそ分けするからね」
「ありがとうございます、ええと……」
「私の名前は千津といいます」
「千津叔母さま、ありがとうございます。おかず、とても美味しかったです」
「それは良かったわ。理恵果も何だか美香里さんがここに来てから、とても体調が良くなってきてるみたいね」
私が、ちらっと理恵果の方をみると、にっこりと笑い返してきた。体調の事が少し気になるけど、それは少しずつ知っていきたいなと思った。
「それじゃあ、私と美香里は離れに戻るからね、おばさん」
「わかったわ、おやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
「美香里、いこ?」
「うん」
千津叔母さんが手を振ってるのを見て、軽くお辞儀をしていると「ほらほら早く」と理恵果が繋いだ手を引っ張って急かす。思わず躓きそうになって、とっとっと、となる。
「ごめん、美香里。大丈夫?」
「うん。あ、もう空はすっかり夜だね」
「星がいっぱい見えたら良いのにね」
「ほんとだね、秋に見える星座ってなんだろう?」
「知らなーい。美香里のほうが詳しくない?」
「私、星座のことはよくわからないよ」
「そうなんだ、気が合うね」
「この気の合うのって、どうなんだろうね」
「いいじゃん、早く離れに戻っていちゃいちゃしようよー」
「な、なんか身の危険を感じるんだけど」
「美香里、勘違いしてない?」
「さあ、どうだか?」
そんなことをぺちゃくちゃと喋りながら、私たちは離れに戻っていった。