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2人で1人なうちら  作者: つつじ ももか
34/42

話し合い

---------34----------



「はぁ……なんか疲れた」

「りえりん、途中から不機嫌そうだったもんね。私だって途中で質問攻めされて疲れたもん」

「また、聞きに来るのかな? あの人たち」

「川口さんだっけ、警察の女の人。あの人は割りと優しかったね」

「うん。みかりんの受けた傷害について色々と聞いてたね。千和達の事を調べてくれるとか」

「そう。いつトイレでされたとか、状況はどうだったとか、その時の頭皮は治療したのかとか、他に何か証拠はないかとかね」

「中学では携帯持ち込みダメだったから、証拠の写真は撮れなかったんだよね」

「でも、中学の時の汚れた制服は、ちゃんとタンスにしまってあるよ」

「洗ったりとかしてなかったけ?」

「そのままだよ。少し変色してるかもね」

「それに、こないだみかりんが頭を掻き毟った時の傷跡も証拠だよね。私自身がこの目で見たんだもん」

「あの時……トイレでの時、髪の毛に付けられたナプキン、ベタって付いてたから剥がすとき痛かった……。頭皮の焼けるような感じもすごかった」

「……なんか思い出すだけでイライラしてくるね」


 中学校のトイレで見た、あの惨状を思い出すと怒りがこみ上げてくる。散乱した掃除用ホースやトイレ用ブラシ、床に落ちて濡れてしまった無残な姿のナプキン入れのポーチ。ゴミ箱に入っていた、美香里の髪が付いている、くしゃくしゃに丸められたナプキン。美香里は嫌がって捨てたけど、実はもしかしたらと思って、ゴミ箱から拾って帰って離れの洋間に隠してあるんだよね。


 私たちは母親や中学での事を、訪ねてきた大人の人たちに必死に訴えた。児童相談所の人も副校長先生も、話の内容の惨さに眉をしかめてたっけ。それから、私の受けたDVが原因で幼児退行してしまう事。そのせいで、日々の暮らしに支障が出てしまっている事に同情はしてくれた。思わず感情が高ぶってしまって、泣き出しそうになるのを見て、青木さんが話を中断させたっけ。大人たちが帰ると、どっと疲れが出てしまってベッドに横になっていた。



「ふう……私、いつ退院出来るのかな?」

「どうなんだろうね。あっ、そういえば学校のプリントを持ってきたんだっけ。宿題が出てるんだけど」

「ええー……宿題だるい」

「今日はしょうがないけど、勉強もしないと遅れちゃうよ?」

「わかってるー。みかりん、ジュース買ってきて? 何か甘いの欲しい」

「いいよ。私もチョコとか食べたいし。りえりんは何でもいい?」

「うん、適当でいいから」

「じゃあ、プリントとか机に置いとくからね」

「ありがとう、お願い」

「うん」


 美香里が病室から出て行くと、辺りは静かになった。あの人たちの匂いが残ってる……。病室の空気を換気したくて、窓を少し開けた。窓って言っても、握りこぶしが入るか入らないか位しか開かないけど。窓の下を見ると、地面がけっこう遠い。ここって割と高い所の病室?

 ベッドに腰掛けて、窓に映る景色を見ながら色々考えた。藤堂……その苗字になれる日が来るのは期待していたけど、こんなに早く事が進むとは思わなかった。出来れば美香里と一緒に同じ苗字になりたかったけど、仕方ないのかな。


 私はつかおじのやり方には、別に怒ってないし責めてない。逆にああいう風にしてくれなかったら、心に閉ざしていたものは永遠に外に出なかったと思う。でも、どうして私の母……理名子という名前を知ってたんだろう? 児童相談所の人とかと話し合ってたのかな?

 色んなことをを考えていると、病室の扉が開いた。あれ、美香里早いね……なんて思って、入ってくる人を見たら、つかおじとおばさんだった。


「理恵果、具合はどうかしら?」

「あ、おばさん。来てくれたの? つかおじも」

「千津とは別々に来たんだ。私は仕事の途中だから少ししか居ないが」

「そうなんだ。じゃあ、車2台ってこと?」

「私も家の事があるから、長い間は居られないけど。出来るだけ傍にいるからね」

「うん」

「理恵果。あの人たちは来たのか?」

「うん。2時間くらい質問責めされて疲れた」

「まぁ、あの人たちにも都合があるからな。だからと言って、入院中の子供の病室に大勢で入り込むのは感心出来ないな」

「そうなの、あのね……」



 私は病室での話し合いの事を2人に話した。児童相談所の人たちの話した事、警察の人から聞かれた事、それから副校長の嶋田先生と養護教諭の保田さんの言ってくれた事。私を虐待した母親の刑罰の事や美香里の母の病気の事や、千和たちから受けた傷害についての調査の事。藤堂という苗字についての事。


「それは、疲れたでしょう。具合は大丈夫だったの?」

「私が疲れてきたのを見て、青木さんが中断させたの」

「そう。色々と嫌な事を思い出したりして、辛かったね」

「ねぇ、おばさん。私はいつ退院できるの?」

「始業式の頃には退院できればいいけれど、通院もしないとね」

「その通院だが、美香里もこの病院の心療内科に通院する事になっている」

「そうなんだ」

「ああ。そうすれば、一緒に居られるだろう?」

「それは嬉しいけど……どれくらいの間隔で通院するの? 学校あるし」

「医師との診察で色々変わってくるかもしれん。最初は2週間に1度くらいだと聞いている」

「それって、学校の帰りとかなの?」

「そうだ。千津が送り迎えしてくれるから心配ない」

「そっか、みかりんが一緒なら安心」


 病室の扉が開いて美香里が入ってきた。手にはジュースが2つ、それにお菓子を持っている。お菓子……病院のごはんは味気がなくて、ちょっと退屈してたんだ。


「みかりん、おかえり。ありがとう」

「ただいま。あれ、お父さんとお母さん」

「美香里、ありがとうね。理恵果の傍に居てくれて」

「ううん。私もりえりんがいないと不安だったから」


 美香里からジュースとお菓子を手渡される。お菓子、懐かしいな……。学校でほーちゃん達と楽しくお昼ごはんを食べてたのを思い出す。学校、早く行きたい……。私が入院している事って学校のみんなは知ってるのかな? 病室の名前のプレートには「藤堂理恵果」と書いてあったみたいだし。もし、知佳やめぐっち達が知ったら驚くかな。色々説明しないといけないのかな。



 ジュースを飲んでお菓子を食べていると、少し気分が和らいだ。美香里にもお菓子を分けてあげた。つかおじにもバタークッキーを勧めたら、意外にも食べてくれて嬉しかった。 

 こうして4人で寛いでいると、自分たちが本当の家族って思える。病室にはテレビもあったけど、別に見たいものもないから使ってない。学校の宿題はだるいけど、退屈な入院生活では意外に役に立ちそう。



「あ、みかりん。さっきの話の中での証拠のことなんだけど」

「証拠? 中学のセーラー服の事とか?」

「それもだけど、実はみかりんが髪につけられた、あの抜けた髪の付いたナプキン……離れのベッドの下の小箱にしまってあるの」

「えっ?!」


 美香里は食べていたお菓子を飲み込むと、ごほごほっとむせてしまっている。急に話題を変えたから、びっくりさせちゃったかな。


「見たらすごい嫌な気持ちになると思うから黙ってたけど、警察の人が言ってた証拠っていうのになるかもって思って」

「けほっ……りえりん、もう、急すぎるよ」

「ごめん、話さないほうがよかった?」

「そうじゃないけど……ふぅ。アレを小箱に入れてたなんて知らなかったよ。いつから?」

「みかりんが、離れに来る前だよ」

「うわ……それ、早く警察の人に渡して。私、見たくない」

「理恵果。それは本当なの?」

「うん、ベッドの下の奥の方にあるの。もし警察の人に会う時があったら、おばさんから手渡して欲しいんだけど」

「分かったわ。美香里は嫌がってるみたいだから、私から早めに渡しておくから」

「みかりん、ごめんね。ずっと隠してて、気持ち悪いものなのに」

「ううん……聞いたときはビックリしたけど、でもりえりんは私の事を思ってしたんでしょ?」

「あんまり思い出したくないかもだけど。私だってお腹やお尻の傷の事は思い出したくなかったもん。でも今はこうして病院で治してもらってるし、青木さんも私のDVされた写真とか見たって言ってたし、向き合うしかないのかなって」

「そうね、理恵果は自分の過去の傷を写真に残していたり、先を見る目みたいなのがありそうね」

「中学が携帯持ち込みOKだったら、色々写真を撮ってたと思うよ」



 私の突然の打ち明け話を聞いて過去を思い出したらしく、美香里は俯いてしょげかえっている。その様子を見て、つかおじが口を開いた。


「美香里、お前はどうして欲しい?」

「え?」

「自分を虐めた──怪我をさせた人間に対して、何を望む?」

「望むって……」

「例えば、謝って欲しい、治療費を払って欲しい、二度と近づかないで欲しい、色々あるだろう」

「それは……謝って欲しい」

「千和と中村に直接、面と向かって言って欲しいか?」

「直接は怖いけど……でも、りえりんが傍に居てくれたら、大丈夫かも」

「そうか、分かった。それでは、その子供と両親に対して訴えることも辞さないという意思を記した文書を作って、警察にも話を持っていく事を考えよう」

「美香里、自分が受けた事を訴えたい? それとも示談──簡単に言えばお金で済ます事だけど──という形を取りたい?」

「うーん……」


 お金だけ払って、それでおしまい……それで、今まで苦しんできた美香里は治るの? おばさんの言う示談っていうので解決されても、きっと納得できない気がする。


「お金でみかりんの受けた傷が治るとは……私は思わない」

「お母さん。訴えると、りえりんのお母さんみたいになるの?」

「起訴されて、有罪って事かしら?」

「うん」

「相手はまだ18歳未満だから、そこまでは難しいかもしれないけど……私達は出来るだけの事はするつもりよ」

「私は、どうしたらいいのかな? 自分じゃあ分かんない。りえりんは、どうしたらいいと思う?」

「うーん……私も分かんないけど」


 私と美香里は考え込んでしまった。千和や中村は罰せられて当然だと思う。だって、あれだけ酷い事をして謝りもしないで、今もどこかで生きてるんでしょ? そんなのおかしいよ。


「おばさん、その訴えるっていうのは法的措置って聞いたけど、それってどうなるの?」

「訴えるなら、まず警察に行って被害届を出すの。それが受理されて立件されれば警察の人が捜査を始めるの」

「捜査……」

「美香里がいつ、誰に、どこでどんな事をされたかをまとめて、証拠を出したりするのよ。その時に皮膚科や心療内科でもらった診断書が証拠となるの。もちろん写真やセーラー服、さっきの小箱などもね」

「相手が未成年だから、千津の言う刑事事件にするのは確かに難しい。上手く事を運べられればいいが。理恵果の母親の場合は、既に刑事事件として扱われ、有罪となっているのは先ほど伝えた通りだ。執行猶予がつくかは、まだ結果は出ていない」


 刑事事件とか、何だかよく分からないけど……私や美香里はただ普通に生活が出来て、学校に行きたい。それだけ。私の母親は有罪になったって聞いたけど、執行猶予って何だろう?


「おばさん、執行猶予って?」

「理恵果の両親は、有罪になって親権を奪われた。その後に刑罰を言い渡されるのだけど、すぐに執行されないで時間をおくのよ」

「うーん……何かよく分かんない」

「よく懲役何年ってニュースとかで聞くでしょう?」

「うん」

「美香里もだけど、母親に対して気持ちがあるでしょう?」

「それは……あるけど」

「今日来た人たちは、実刑判決か執行猶予付き判決かの、最終的な判断を決めたくて理恵果に聞きたかったのよ。警察の人は多分、検察に資料を提出して、それを裁判所が判断するのよ」

「うーん……ますます分かんないよ……」

「理恵果の母を思う気持ちを考えて、裁判所が執行猶予をつければ、両親はお家で生活が出来るの。そして猶予期間が終われば、刑罰を受けなくても大丈夫になるの。つまり刑務所に入らなくても済むの」

「刑務所……」

「それだけの事をあなたの母親はしたのよ? 失踪していた父親も同罪なの」

「……」

「美香里の母親は精神的な病があるから、理恵果の母親のように有罪までにするのは難しいかもね。でも、親権はとれるかも知れないわ。中学で受けた事については、有罪まではいかなくても……そうね、2つの事を進めるっていうのも色々大変ね」

「ふむ……」


 つかおじは腕組みをして何かを考えている。自分の親が刑務所に行くか行かないか、なんてあまりにも突然すぎて実感がわかない。そうだ……私は母親の事に対してだけ考えればいいけど、美香里は……母親と千和達からの2つの傷を受けているんだっけ。私よりも気持ちはずっと複雑だと思う。2重の苦しみ……その中から答えを出すのは難しいよね。


「美香里。取りあえず中学での出来事と母親の事は別々に考えるとしようか。どっちを先に解決したい?」

「うーん……」


 美香里が困った顔をしている。つかおじは別々にって言ってるけど、そんな急に結論を言えないよねって思った。しばらく考え込んで、美香里はつかおじに向かって口を開いた。



「……母親の事は、あの人は統合失調症みたいだから、後でもいい気がする。先に解決したいのは……中学のこと、かな……」

「それならば、中学で受けた傷害に対して先に向き合おうか。内容証明を作成しよう」

「……それ、何?」

「先ほど言った、訴えることも辞さないという意思を記した文書の事だ。いつ、どこで傷害を受けたか。その詳細を出来るだけ思い出してもらって記し、事の重大さを加害者側に対して、法的措置も辞さない意思をはっきりと伝える。美香里に対して、心と体に深い傷やトラウマを植えつけたという事に対しての謝罪の要求も大事だ。そして、警察に話を持っていく前に示談の交渉もしてみる事、だな。それらを記した物を郵便局から相手側に郵送する」

「お父さんに任せるよ。今言われた事が難しすぎて……よく分からないから」

「そうね。難しい話だけど、あなた達にもきちんと伝えるべきだと思ったのよ、お父さんは」


 まずは美香里の事を最初に解決だよね。私は……幼児退行してしまう事はあるけど、日にちが経てば、こうして普通でいられる。子供の人格の時には迷惑をかけちゃうけど、その時はつかおじ達も分かってくれて優しくしてくれるし……それに今こうして病院で治してもらってるんだから。

 話し合っていると、ノックの音がして病室の扉が開いた。青木さんが手にお盆を持っている。


「失礼しますー。理恵果さん、夕食の時間ですよ」

「あ、看護師の方。いつも娘の理恵果がお世話になっています」

「お母さん方もいらしたのですね。理恵果さんの傷の治りは順調ですよ、あとは心の問題ですね」


 娘……おばさんの口から娘って言葉が聞こえると、不思議な感じがする。もし、本当にこの人が実の母親だったら良かったのに。でも、実の母の事も気になる……うーん……。


「それじゃあ、理恵果。私は会社に戻る。ついつい時間を過ぎてしまったな」

「つかおじ、ありがとう。色々としてくれて」

「うん。また病室へは顔を出すから。その時には、もう1つ大切な事を伝えるから」

「大切な事?」

「いや……今日は色々と話したから、またにしよう。きっと驚くだろうからな」

「……うん?」


 つかおじは手を振って病室から出て行った。なんだろう、驚くって……何を伝えるつもりなの? おばさんに尋ねると、「また今度ね」とはぐらかされてしまった。不思議がる私を美香里が心配そうに見つめている。青木さんがベッドテーブルに置いてくれた夕食を食べ始めた。なんか……お菓子を食べたからか、味気ない。仕方ないけどね。


 夕食を食べ終わると、おばさんと美香里は帰っていった。帰り際に美香里が渡してくれた、くまちーのぬいぐるみを胸に抱いて色んな事を考えた。それから青木さんからもらった薬を飲んで、学校のプリントを見る。ふーっ、早くみんなに会いたいよ……。


 消灯時間が来たので、私は電気を暗くして、くまちーを抱きながらベッドで丸くなる。もう点滴は取られていて、手は自由に動かせる状態。スマホがあったらなぁと思った。

 何だか色々と考えすぎてなかなか寝付けなくなってしまって、暗くなった病室のベッドの中で1人で天井を見上げていた。

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