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2人で1人なうちら  作者: つつじ ももか
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ようこそ離れへ

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「おじゃまします……」

 少し緊張気味に言いながら、理恵果の開けた玄関のドアを通って中に入っていく。

「美香里ー。そんな気を使わないでいいってば。これからうちらが一緒に住む所なんだからさ」

 そうは言っても、緊張するよ……。理恵果の向こうにいる叔父さんが、そんな私を見ながらにこにことしている。私って顔見知りするんだよね。それに(つかさ)って名前だっけ、叔父さん。どことなく亡くなった私の父に面影というか雰囲気が似ているような気がする、気のせいかもしれないけど。


「ああ美香里さん。自分の家だと思ってまったく構わないからね。私は本宅の方に妻と一緒に住んでいるから、何かあった時は遠慮なく相談してください」

 司叔父さんは、そう言ってくれている。ふーん、優しそうな人だな。私は「ありがとうございます」とお礼を言った。



 玄関土間でローファーを脱いでから、式台にのぼって横向きになる。それから靴を壁に対して縦向きにして寄せた。

「そんな丁寧にしなくってもいいのに」

 笑いながら理恵果は言うけど、一応初めてお邪魔するんだし……これからお世話になるところだから、ね。

「よろしくね、お家さん」

 そう囁きながら式台を手で軽く触れる。そんな私の仕草を司叔父さんは見ていて

「ほうほう。美香里さんはなかなかの撫子さんだね。感心感心」

 褒められた。ちょっと嬉しい。

 私の家は躾とかそういうのが結構厳しかったから、物心ついてから作法のようなものを日頃から父に教わっていた。あの頃はイヤイヤ習っていたけど、こうして褒められる日が来ると父に感謝したくなる。


「ありがとうございます。父から教わっていたものですから、自然と……」

「なるほど、君の父親はいい人のようだね。後で電話で伝えとかないとな」

「あ、いえ。私の父は……」

 その時、理恵果が口を出した。眉を寄せて(たしな)める様に言う。

「つかおじ! 美香里のお父さんは亡くなってるんだよ、癌で。私、伝えてなかったっけ?」

「いや? 聞いてなかったと思うが? 美香里さん、余計なことを言ってすまなかった」

 司叔父さんが頭を下げるのを見て、私は少し伏し目がちだった目線を上げて微笑んだ。

「いいえ、大丈夫です。気にしていませんから」


 そんな私を見ていて理恵果は少しばつが悪そうにしていたが

「ほらほら、いつまでも玄関先にいないで遠慮なくあがってよ」

「あ、うん。こういうのは最初が肝心だと思って」

そう言いながら理恵果が差し出してくれたスリッパに履き替えようと、上がり(かまち)をまたいだ。


 水色のドットの柄が入ったスリッパ。理恵果、私の好みに合わせて用意してくれてたのかな、ありがと。ちなみに理恵果の履いてるのは薄いピンク色だ。

「それでは後は2人に任せるとして、叔父さんは家に戻るからね」

 司叔父さんは、そう言うと手を振って玄関を後にして行った。私はその姿を見て、微笑みながら尊敬礼をした。



「さあさあ、美香里。うちらの家を案内するよ? 来て」

 にこにこしながら私の手を引っ張っていこうとする理恵果の手は、ひやりと冷たかった。私の手も冷たいけど、理恵果の手もけっこう冷たい。


「さーて、うちらのマイスイートホームへごあんなーい」

 陽気に言いながら左手を奥に向けて、右手で私を家の中に引っ張っていく。長い廊下がまっすぐあって、左側に、そして目の前にドアが見える。木目調で温かみのあるデザインのドアに、清楚な感じの白い壁紙。天井にはおしゃれな照明が廊下を照らしている。その廊下に飾ってある額縁の付いた絵画に私は興味をそそられて足を止めた。離れというより立派な1つのお家だと思う。

「わぁ……。この絵いいなぁ。私好きかも」

「あー。それ叔父さんの趣味らしいよ。クロード=ロラン? とかいう外国の人だっけ」

「そうそう、クロード=ロランの港の風景のだよね。司叔父さんって、なんか知的だね」

「うん、私もその絵は好きなんだ。贋作とかよく分かんないけど、それだけこっちの離れに飾らせてもらってるんだ。ほら、こっち入って?」

 理恵果が左手のドアをあけて手招きしている。もう少し見ていたかったけれど、これから見られるし、いいか。


 招きいれられた部屋を見て私の頬が緩む。

「わあ、広い! ベッドが2つあるね!」

「うん! 左のが私のベッド。右のが美香里のだからね。ベッドの間仕切り代わりの本棚は、右側は使っていいからね」

 そう言うなり理恵果は制服姿のまま自分のベッドに飛び込んで、お気に入りらしいぬいぐるみを抱きしめてモサモサとしている。

 2つのベッドがそれぞれ枕側に壁があるように置いてあって、丁度ベッドに陽が当たる感じに出窓がある。出窓には瀟洒なレースのカーテンが付けられていて乙女な感じだ。その手前に勉強机があって廊下側に背の高い衣装タンスがある。同じように私のほうにも勉強机と衣装タンスがあった。


「けっこう広いんだね! それに何ていうんだっけ? 左右対称っぽいの、って理恵果、黒パン見えてる」

 ぬいぐるみとモサモサしている理恵果がこっちを見ないで答えた。

「別にいいじゃん……それってなんて言うんだっけっか」

「たしか、シンメトリー? あと、ぬいぐるみかわいいね。もしかしてあのテーマパークで買った?」

「うん。私のお気に入り。んー、かわゆゆ~~な、くまちー」

 くまちーという名前らしいぬいぐるみを見て、ああ私も持ってくればよかったな、と自分の持っていたぬいぐるみを想像した。

「私もサリサリ持ってくれば良かった。あれあると寝つきがいいんだよね」

 言いながら、私は自分のベッドまで歩いてポスンと座った。感触が柔らかくて確かに飛び込んで布団に包まりたいのが分かる。


「あ、理恵果。私トイレ行きたい。どこにあるの?」

「えーとね、部屋を出て左のドアを開けたら、突き当たりのドアがトイレだから」

「分かった、ありがと」

 さっきの挨拶の時に緊張してたのかな。私は言われた様にトイレに向かう。えっとドアを開けて、と。

 格子状の曇りガラスのデザインのあるドアを開けると、左手にも同じデザインドアが見えた。さすがにトイレのドアは普通の白いものだった。ほんとお洒落な離れだなあと周りを見て感心しながら、トイレのドアを開けて中に入ると、私はちょっと眉をひそめた。ずっと1人で住んでいたのか、人目がないからか、便座の横にある大きめの黒い袋から生理用ナプキンがこぼれそうになってた。あと、替え用のトイレットペーパーの上に無造作に伏せられたマンガがあった。

 まあ、1人だったら仕方ないか。そう思いながら袋からはみ出ているナプキンの袋を見えないように中に整頓して黒い袋の口を結んだ。

 ふー。これからここで暮らすんだなあ……。一瞬、私を追い出した母を思い出した。どうやって手に入れたか知らないけど、育児放棄みたいな書類を渡されたっけ。



 ちょうど更年期の年齢に差し掛かっていた母は、もしかしたらホルモンバランスとかが崩れるんだっけ、心の均衡も崩れてしまっていたのかもしれない。それにお父さんが死んだ事も重なって、色々あったんだろうか……。

 それにしたって、私に対してあんな事を言って家を追い出すなんて、やっぱり酷いよ。そんなことを考えて少しイラついた私は、用が済んだのでトイレから出て理恵果の居る洋間へと戻っていった。

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