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2人で1人なうちら  作者: つつじ ももか
18/42

誕生日 その2

---------18----------



 お昼ごはんの食べ終わった私たちは、次の売り場へと向かっている。さっきリュックを買った袋を片手に持って肩にトートバッグをかけているので、ちょっと重たい。これから下着やタイツなどを買おうと理恵果が言ってきたので、私も欲しかったので同意した。


「りえりん、上下セット買うの?」

「うん。誕生日だから、ちょっと良いものが欲しいかなって」

「良いものかー。私も一緒に選ぶの手伝うよ」

「え? みかりんは買わないの?」

「そりゃあ、あったら嬉しいけれど、お金は大丈夫なの?」

「おばさんが奮発してくれたんだ。ほら見てみて、私のお財布の中!」

「……わっ! お母さん、すごい出してくれたんだね」

「うん。多分、つかおじからも出してくれてると思うよ」

「お父さんとお母さんからのじゃあ、その金額も納得かも」

「だから、遠慮しないでさ。みかりんも上下セット買おうよ」

「うん、分かった。後でお礼言わないとだね」

「私も。つかおじもおばさんもホント優しいよね」

「そして、私には新しくお姉ちゃんも出来る。なんか幸せすぎて怖い」

「そうだよ? うちらは、これから、幸せになっていくの。今までの分も含めて、ね」

「うん、そだね」


 私はまだ実の母からの手紙を読んでいない。もしも読んで気分が沈んでしまうことがあったら、今日という日が台無しになっちゃう。だから、理恵果の誕生日には読まないようにしてる。



 そうこうしている間に、目の前に下着売り場が見えてきた。2区画に分かれていて、1つは普通な感じのが並んでいて、もう1つの方は高そうなブランドもののコーナーになっている。理恵果は良いものが欲しそうだったから、ブランドの方かな。

 思ったとおり、前を行く理恵果はブランドもののコーナーにまっすぐ向かっている。


「着いた着いた」

「りえりんが先に選びなよ。私は店員さんに荷物を預かってもらってくるから」

「うん、重そうだもんね。いっといで」


 私は売り場コーナーの品物の整理をしている店員さんを見つけると、商品を選びたいので預かってもらえるか相談をした。快く承知してくれた店員さんは、20代くらいかな。綺麗な人で笑顔で私の荷物を預かってくれた。所々に置かれている電飾された白く輝くランジェリーマネキンは、オススメらしい高価そうなランジェリーが付けられていて、男性を立ち入れさせない見張り番のような佇まいをしている。


「おまたせー、りえりん。あ、選び始めてる」

「うん。これなんか可愛いかなって」

「どれ? あ、可愛いじゃん。へー……お値段が良いと素材とかも良いんだね。デザインも可愛いし」

「でしょー。あと2つくらい選んでから試着してみようかな」

「何セット買うの?」

「んー……お財布見ながらね。みかりんのナイトブラも買うんだからね」

「あ、そういえばそうだったっけ。なるべく着け感の柔らかいのがいいかなあ」

「そうだねー。肌に優しいのがいいよね」


 それから理恵果は沢山ある中から3つほど選んで、試着室に入っていった。私は黒色にチェック柄の入った上下セットを見つけて手にとり、縫製の所を入念にチェックする。特にホックと肩紐の縫製は目を凝らして見る。ずれてたり斜めになっていると、着ける時に合わない事があるから。肩紐の留める金具も縫製が良くないと早々に外れてしまうことがある。大きなお店ではないので自分に合ったサイズの品物がいくつもあるわけではない。選べるといっても数は少ないのだ。

 うん、これ可愛いかな。サイズも合っているし。チェック柄と肩のストラップの所がレースになっていて可愛いし、ショーツの横幅も浅すぎなくていい感じ。

 そんな風に選んでいると、私をあだ名で呼ぶ声が聞こえる。きっと試着室にいる理恵果かな。さっき自分が選んだものを手にしながら声のする試着室に向かう。


「りえりん、どうしたの?」

「みかりん? ちょっと中に入ってきて」

「うん。どお? あ、黄色いの可愛いじゃん」

「着け感も良いし、やっぱりブランドものは違うんだね」

「たしかに。しっかりホールドしてそう」

「みかりんの持ってるそれ、けっこう可愛いね」

「あっ、うん。ちょうどサイズが合ってたのを見つけたの」

「私はこれに決めた。あと2セットくらい探そうかな。そのみかりんのと同じのもいいなぁ」

「ブラまでおそろにするの? あはは」

「サイズは違うもん」

「なんか、苛立ってきたんだけど?」

「あ、ごめんごめん」

「うっそー」

「みかりんが珍しく強気になってる」

「まあまあ。じゃあ、次は私が試着するから」

「わかった」


 入れ替わりに私が試着室に入って上下セットを付け始めた。なんとなく理恵果の視線が胸に集中している気がする。


「やっぱり、みかりんはもう少しふっくらしたほうがいいね」

「しーっ、声が大きいよ、りえりんは」

「別売りのパッドつければ、きっと豊かになるね」

「りえりんのいじわる!」

「みかりん、元をがんばって大きくしよう!」

「おっぱいマッサージしてくれるエステとかあったらなぁ」

「それなら私がしてあげよっか?」

「りえりんって、詳しいやり方知ってるの?」

「こないだ動画でみた。マッサージ後は1~2cmくらい大きくなるんだって」

「……!? そんなに効果あるんだ」

「うん、らしいよ。続けないといけないみたいだけど」


 パッドかぁ……。あれを付ければ、もうちょっとはいい見栄えしそうだけれど。試着したブラは心配していたホックもしっかりしていて良かった。お肉を寄せ集めたら谷間が前よりはっきりしていて、これにしようと決めた。



 決めたものを買い物カゴに入れていく。理恵果のが3セット、私が2セット。それから……くやしいけど別売りのバッドも。

 それから、ナイトブラをみようという事で、理恵果に選んでもらったのを試着してみる。ブラよりも少なめだけれど、やっぱり着け感はある。ただ生地が肌に優しいので続けられそうかも。青色のナイトブラも買い物カゴの中に入れてから、お会計をしにレジに並ぶ。

 お会計をしたら一万円札が何枚か飛んでいった。質の良いブラはお値段もそれなりに高いのを思い知らされた。お父さん、お母さん、ありがとう。


 

 時間を見ると2時過ぎ。下着を買い終わって、預かってもらっていたリュックの袋をお礼を言って受け取る。学校用の靴下の換えとタイツをお互い3本くらい買った後に、理恵果がお母さんにメッセージを送って車で来てもらうように頼んでいた。


 私たちは、車が来るまでフードコートでソフトクリームを買って、食べながら待つことにした。ベッキンロビのように豊富は種類はないけれど、私はチョコミント、理恵果はクッキークリームを食べている。ベッキンロビというのは外国で人気のアイスクリーム屋さんで、日本にもお店を出しているらしいけれど、あいにくと田舎の私たちの町にはお店が無い。今日は純粋にアイスを味わいたかったので、カップに入れてもらってスプーンですくって食べている。


「みかりん、チョコミント少しちょうだい?」

「うん、いいよ。はい、あーん」

「あいがと。んふ、おいしい。私の食べる?」

「うん、食べる」

「はい、あーん」

「あ、おいしい」

「どうかその脂肪分がよき所へ行きますように」

「あはは。アイスくらいで大げさな」

「ささやかな祈り。なんちゃって」

「はいはい、よき所に行きますように」


 

 日曜の午後はゆったりと時間が流れる、そんな風に思っていたけれど、何かに夢中になっているとあっという間に時間って流れる。子供連れの人たち、1人で穏やかな喧騒に包まれながらコーヒーを傍に置いて勉強をしている男の子。夫婦やカップル、私たちのように友達同士で楽しそうに食べ物に手をつけている子達。

 夫婦の人や子連れの人を見ると、何となく不思議な気持ちになる。

 母のことを想う。あの手紙、予想はつくけど何が書いてあるのかな?


「りえりんはさ、前に自分のお母さんに会いたいとか思わないって言ってたよね?」

「どうしたの? 急に」

「なんかさ、夫婦とか子連れの人を見ていたら色々と……ね」

「気持ちは分かるよ?」

「あっ、ごめん」

「いいってば、みかりん」

「私は幼児退行していて、よく覚えてないんだけど、あの時どうだった?」

「お母さんとお父さんが母と話している間は、私とりえりんで車で待ってたの」

「みかりんは、自分のお母さんと会わなかったの?」

「うん。その時は車の中で色々考えていて、不思議なことに自分の家での記憶が夢に出てきたり」

「夢?」

「そう、父の事や、母の事、あと……くろりんのこと」

「くろりん?」

「私が小さい時に家で飼っていた黒猫のくろりん。りえりんは、覚えてないか」

「うーん、みかりんのお家に遊びに行ったことはあったけど、あんまり覚えてないかも」

「きっと、自分が住んでいた家の近くまで来ていたから、色々と無意識に思い出してたのかなぁ」

「そっか……」

「私さ、やっぱり怖いけれど会いたいって思うんだ。今すぐじゃないけど」

「会ってどうするの?」

「分かんない。でも、会ったらもしかしたら色々話せるかもしれないって」

「みかりんが行くっていうなら、私は止めないけど……でも一緒に付いていくからね。私もみかりんのお母さんに言いたい事あるし」

「たぶん、りえりんの事は覚えてると思う。幼稚園の頃からの親友だし、私の家でよく遊んだりしてたもんね」

「そうだね。そう考えるとなんか、懐かしいね」

「うん。そういうのも全部ひっくるめて会いに行こうと思う」

「みかりんのしたいようにすればいいよ」

「うん。ありがと、りえりん」

「……。あっ、おばさんからだ。みかりん、駐車場についたって」

「うん。じゃあいこっか」


 私たちは、少々重たい買い物袋を持ちながらお母さんの待っている車に向かって歩き出した。



*****


 

 藤堂家の本宅で4人そろって理恵果の誕生祝いをしている。ケーキを灯しているろうそくの明かりをふっと消すと3人がお祝いの拍手を贈る。


「おめでとう、りえりん」

「おめでとう、理恵果。もう16か。早いものだな」

「お父さん? この子はまだ16よ。でも、私たちの家に来た時は、まだ小さくて可愛らしかったわね」

「えー、過去形? 年頃の女の子の成長を間近で見れるんだよ? おばさんってば」

「それはもう。自分の娘だと思っているから。まさかこうして育てることが出来るなんて、その上に美香里という可愛い2人目の子供まで現れてくれるなんて。ねぇ、お父さん?」

「まぁ……そうだな。美香里も着て、こうして4人でいられて、自分の子供を祝えるのは千津にとっても良い事だ」


 千津お母さんがケーキを楽しそうに切り分けて、めいめいのお皿に盛り付ける。理恵果は主役なので他より大きめになっている。シンプルでいて一番美味しい、いちごの5号のワンホール。生クリームの上に大粒のいちごがたくさん乗っていて、16歳を示すピンクと黄色のナンバーキャンドルの1と6がある。プリントクッキーには理恵果の文字がデコレーションされていて、見た目はとても賑やかで楽しそうだ。それと理恵果の席だけにあるプリンとゼリー・フルーツの入った季節限定のプリジュレの小瓶は、黄色いリボンで可愛く装飾されている。

 1袋2枚入りのリーフパイは4人に1袋ずつ配られていて、私は理恵果の嬉しそうな横顔を見て安心している。フランス製の紅茶を入れたカップがそれぞれの席に置かれて、いい香りを辺りに漂わせている。


「つかおじ、おばさん、みかりん、ありがとう。私、嬉しい。あと、お祝いのお小遣いありがと。みかりんと一緒に買い物出来たよ。ね、みかりん」

「うん。お父さん、お母さん、通学リュックと色々なの買ってもらって私も嬉しい。ありがとう」

「それは良かった。美香里の誕生日はいつだったか?」

「3月22日だよ?」

「そうか。まだ日があるな。ほぼ来年度の子に近いじゃないか」

「うん、そうだね。それから、えっと、その……」

「どうした?」

「りえりんには言ったんだけど、私……母に会いに行こうと思ってるんだけど」


 私の言葉にお父さんとお母さんが反応して、お互いの顔を見て何かの意思の疎通をしている。理恵果は「私は付いていくから」と言いたげに涼しい顔で切り分けられたケーキをほおばっている。


「美香里、それはよくよく考えた結論なのね? 確かにあなたは、あなたのお母様との協議の時にはその場にいなかったわ。自分の目で見て、話すことになるけれど不安は大丈夫かしら?」

「それは、あるけど……。でも、どうせ後悔するなら、会って後悔したほうがいいっていうか……」

「確かにその場におらずに私たちの子供になった場合、心残りが出来るかもしれん。千津、私たちは今度は車の中で待っていようじゃないか。きっと理恵果も付いていくだろう」


「ねぇ、つかおじの言うことは分かるけど、今は楽しもうよ。私の誕生会だよ?」

「ごめん、りえりん。今話す話題じゃなかったね」

「まぁ、みかりんがそう決心したんだったら、私はそれでいいよ」

「こんな風に4人で話せるようになったのも、理恵果と美香里のご両親がいたから。私は2人の気持ちを優先させたいわ」

「それじゃあ、美香里の話は本人の意思を尊重するとしよう。行きたくなったらいつでも声をかけなさい」

「ありがとう、お父さん」


*


 本宅での誕生日祝いが終わって、私と理恵果は離れに戻ってお風呂でゆっくりしている。今日は朝から支度をして色々歩き回ったりしたから、とても充実した感じがする。お目当てのリュックに早速サリサリを付けたり、おそろでちょっとしたキーチェーンを付けたりして楽しい。今まで使っていた通学バッグもまだ現役で使うつもり。買った衣類は、一度洗面器に張った水に浸してある。こうしないと汗を充分に吸ってくれないってどこかで聞いた。


「ケーキ、美味しかったね。ちょっと食べ過ぎちゃったかも」

「いいじゃない。1年に1回のお祝いだもん。みかりんは、もう少しふっくらしたほうが可愛いって」

「りえりんはよくそう言うけど、自分の事はよくわかんないよ」

「そういえば、もうすぐクリスマス限定の新作が出るんだって」

「あのカフェの?」

「そう、飲んでみたいなぁー」

「分かってる、りえりんの誕生日のお祝いにおごるから。あと、コンビニのアイスとかもイートインで」

「みかりんは本当に物分りがいいね」

「まぁ、私も飲んでみたかったし」

「じゃあ、今度学校の帰りに行こうよ」

「そだね。明日は学校行って、帰りに母に会おうかなって」

「気が早いね、みかりんは。家にいなかったらどうするの? まだ手紙読んでないでしょ」

「あー。先に読んでおいた方がいいか……」

「……そろそろお風呂あがろっか」

「うん。髪乾かし終わったら、手紙を読もうかな」

「私は幼児退行した事を保健の保田先生と担任の加藤先生に言わなきゃ」


 お風呂から出て、脱衣所でパジャマに着替える。だいぶ寒くなってきて、もう冬はすぐそこまで来ている気がする。水につけて置いた衣類を洗濯ネットに入れなおして、今日の洗濯物を1枚ずつ入れてから洗濯機にかける。

 洋間に戻ってから髪を乾かした2人は、学校の支度をして勉強机に通学リュックを置く。明日からは自転車で学校まで通う事になるから、少し早く寝ないとだけど母の手紙が気になるので読みたい気持ちだ。


 明日に必要なものを通学リュックに入れる。明日はけっこう朝は寒いかな? そろそろマフラーとか用意したほうが良いかな。不図思いついて母の手紙を手に取る。うーん……やっぱり今日は読むのはやめよう。スマホのアラームを確認して寝ようかな。


「りえりん、私はそろそろ寝るけど?」

「あー。私も寝たいけど、ちょっと待って?」

「なあに?」


 理恵果が少し真剣そうな眼差しで近づいてきた。手に何かを握らされた、なんだろう? 


「みかりん? 今日の夜中にあの怖い夢をみないようにさ、これ持って寝てなよ」

「うん? これ、りえりんのくまちーじゃん。どしたの?」

「代わりにみかりんのサリサリ貸して? 幼児退行しないようにっていうおまじない」

「それは……お互いのぬいぐるみがあれば、大丈夫ってこと?」

「うん。だってもし私が朝起きて子供になっていたら学校行けないでしょ?」

「それは、そうだね……りえりんも不安なんだね」

「みかりんも?」

「うん。だから、お互いのぬいぐるみを寝るときに交換するのは賛成だよ」

「よかった。ありがとう」

「ん。りえりんも安心して寝てね。私はくまちーを抱いて寝るから」

「わかった。それじゃあ、寝よっか」

「うん」


 洋間の電気を消す。そして壁にかかった制服を見て、2人で元気に登校する姿を想像する。うん、きっと明日はいつもどおりの生活が出来そう。

 そう思ってからベッドに入って、理恵果のくまちーを胸に抱いて布団をかぶる。たぶん、理恵果も私のサリサリを抱いて安心しているのかな。ベッドの明かりを消して眠りに入っていった。

 冬が近づいていて夜は冷える。風邪を引かないようにしなきゃ。


 洋間が静かになる。聞こえるのは外の北風の音、時々通る車のタイヤのかすかな音。起床する1時間前にセットされたエアコンも今は静かだ。

 やがて、2人から健やかな寝息が聞こえ始めた。

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