第九話 御前会議 後編
手洗いと化粧直しを済ませ会議室に戻る。
みなはまだ戻っておらず、サクヤに換気するよう指示を出す。新しい空気が入ってきて、紫煙渦巻く部屋は清浄な空気になっていく。
その空気を胸いっぱい吸い込み、ふぅっとため息のような深呼吸をすると小六が戻ってくる。
「陛下……先ほどのは?」
「あまり敵を作るでない。お主を認めぬ者もこの会議では多いからの」
「忠告、感謝します」
小六はそのまま席に戻ろうとするので呼び止め、こちらに来させる。
耳を貸すように指で仕草して、耳元で囁く。
「さっきはかばってくれて……その、ありがとう」
妾はきっと今、赤面しているだろう。
この場には誰もいないとはいえ、誰が聞いているか分からない場所。故に顔を近づけさせたのだが、なかなかに恥ずかしいものだ。
「こちらこそ、ありがとう」
そう言い返され、小六は席に戻っていく。
充足感が体を駆け巡り心を満たす。
小六が席に着くのと時を同じくして他の者達も帰ってくる。
全員が着席するのを確認し、サクヤに再開を促す。
「では御前会議を再開します。小六氏への質疑応答の時間とします」
まずヒラガ財務長官が挙手し、発言する。
「小六氏の言う新兵器の有用性は理解しました。ですが、どれも本年度の予算では……国債発行を行っても間に合ないというのが財務省の見解です。できれば、飛行機などの新工廠の建造と操縦士の育成用の飛行機の製造のみに留めて貰いたい。これではいかがでしょうか?」
「それで十分です。また新工廠の建造はいかほどまで可能でしょうか?」
「それは……トラクター製造用の新工廠との兼ね合いもありますので、限界として5工廠が建造可能です。問題は用地の確保であります」
「用地確保の問題は国土保安庁の管轄ですな。あとで確認しておきます」
国土保安庁長官フルタが言葉を挟み、ヒラガは質問を終える。
「ほかに質問は?」
サクヤが促すとスルガが挙手し、質問を始める。
「大変すばらしい兵器群であり、どれも目を疑う兵器ばかりだ。そこで聞きたい、もし貴君の言うこの兵器群が実用化され実戦配備されれば、現状、どこまでやれる?」
スルガの質問はこの場を震わせる。
直接の言葉を避けているが、この男が言っていることが理解できない者はいないだろう。
スルガからすれば、対民中のために今まで育成してきた兵士だ。対民中を掲げ、結束して鍛え上げたという自負と行き場を失ったその戦意。それをぶつけたくてうずうずしているのは、誰が見てもわかる。
「……それについてはこの場ではお答えしかねます。ただ、一つ言えるのは、どこと争っても、兵站が持たず瓦解します」
「つまり、引きこもれと?」
「引きこもれば、少なくとも負けることはありません」
冷や汗が流れる。妾は眺めるばかりではあるが、その緊張を肌で感じる。
「ふぅ……わかった。今は、そういう事にしておこう」
スルガが引き緊張が薄れる。
この場で幾度となく起こる衝突というのは、戦場のそれとは違った緊張がある。尤も、妾は一度も戦場に行ったことすらないのが……。
「皇国軍海軍大将のエチゼンが質問します。我々海軍の主力艦艇はその多くが新鋭艦でありますが、陸軍と比べ、欧米列強の艦艇よりも、質糧ともに優位とは言いかねるのが実態です。そこで小六氏の言う『航空母艦』や『新型戦艦』の開発建造予算の試算はいかが程かお尋ねしたい」
「はい。まず、航空母艦と新型戦艦の艦体そのものは、おおむね同じものを使用する予定です。もちろん、戦艦のほうは重装甲でありますが、これにより予算をカットいたします。他の部分である艦橋部や機関部も同じものを使用することで建造価格の大幅な削減を企図します。建造費は戦艦1隻あたり1000億円、空母1隻あたり750億円を目標とします。問題としては空母はこれに艦載機などを載せるため、実質的には1隻900億円相当になります」
「ふむ。空母は戦艦と戦えばどうなるのだね?」
「はい。もし、戦艦1隻と空母1隻が距離500㎞の位置で互いを認識した状態で戦闘を開始すれば、空母の圧勝となります。それは先ほど説明したとおりです」
「つまり、戦艦を国威の象徴として海外への圧力として配備し、空母で実際の戦力を整える。というわけだな」
「はい。戦艦は抑止力。空母が実際の打撃力という認識です」
海軍大将エチゼン……この男は保守護国派であり皇帝派の筆頭である。スルガとのバランスを海軍のエチゼンが握っている状況だ。
人の優しそうな顔をしているが、妾が即位して直後の売国奴どもの粛正時には海軍陸戦隊を派遣し、粛正を手伝い、捕縛した売国奴の首を自らの刀で斬り飛ばすなどしている。
このとき、陸軍はなにもしなかった。むしろ、クーデター寸前までになっていた。それを戦艦を海沿いの駐屯所に派遣し威嚇したのも、またこの男の指示だった。
もしも海軍まで陸軍のようにクーデターを画策したときのことを考えると、打つ手はない。
少なくとも、今はまだ、この男が現役でいる限り問題ないはずだ。もちろん、定年延長という裏技もある。
「あいわかった。素晴らしい回答ありがとう。君がよければ、いつでも海軍は君を特別待遇で迎えることを確約しよう」
「あはは、心に留めておきます」
冗談もほどほどに、机越しにエチゼンは手を伸ばし握手を求める。
小六もそれに応じるが、素直に喜べない顔をしていた。
まぁ小六は渡さない。
そう胸中で毒づきつつも、会議は進行する。
その後もいくつかの省庁同士での意見のぶつかり合いが度々起きるが、滞りなく進行していく。
いくつかの舌戦も収まり会議も終盤となったころ、外務省長官代行であるササキ長官補佐が起立する。
「キリヤマ長官に代わり私ササキが外務省より、質問ではありませんが問題提起を行います。現在アルト合衆国の新大統領であるフランクリン・ブッシュ氏が、世界的な禁輸出措置の実施を宣言しております。これには皇国だけでなく、欧州列強であるアルヴァン帝国やフラン共和国、ゲルマ王国。さらには皇国の北に位置するロマノ連邦に対しても禁輸出を宣言しております。主に鉄鉱品、魔石、魔導兵器、食糧の輸出の制限、もしくは禁止を宣言しており、扶桑皇国は鉄鉱品の輸出禁止といわれております。外務省としても、本日午前9時30分にアルト合衆国大使館へ陳情書の提出をしておりますが……今後、どうなるかわかりません」
「今はその案件については出方がわからない以上、棚上げをせざるを得ませんな」
国土保安庁フルタの発言に皆同調する。
「近衛師団長として発言しますが、現在は米国にある扶桑皇国領事館及び大使館の部下と連絡を取っている状況です。あまり芳しくはありませんが、まだ議会承認の前ですので、水面下でロビー活動を行ってもらってます」
サクヤの発言にみなどよめく中、スルガも負けじと発言する。
「陸軍も情報局に動いてもらっているが、どうなるかわからない。というのが実情だ」
「海軍も同じく」
エチゼンも負けじと発言する。
やはり陸軍と海軍の仲は、双方の不仲も相まって芳しくない。
変な張り合いをしないでほしいが、それで双方が頑張れるならば、口出しするのは野暮というものだ。
「では、引き続き、その方向で各部署願います。近衛師団、陸軍、海軍の各情報機関は可能な限り情報を外務省に提出するようお願いします。これは国家を揺るがす事案です。総力を以て、解決にあたります」
ササキの言葉で締めくくられ、御前会議の締めにはいる。
広い会議室とはいえ、30人近い人間が入れば熱気もこもる。天井付近は紫煙と蒸気で白い煙で覆われてる。
「最後に陛下のお言葉を頂戴したいと思います」
サクヤの言葉で、妾は立ち上がり、皆を見る。視線が全て集まるというのはなかなかに緊張するが、ここが見せ場である。
「この度、諸君らを久方ぶりに見たが、皆、健勝そうでなによりである。議論も熱し、実に聞きごたえのある舌戦であった。本日の会議の内容を各部署で検め、皇国のために、臣民のために尽くしてほしい」
「総員、起立! 陛下に対し、敬礼!」
サクヤの号令で皆が立ち上がり、深々と頭を下げる敬礼をする。
数秒後に、「直れ!」の号令がかかる。
「以上を以て、本日の御前会議を終了します」
サクヤの言葉とともに扉が開かれ、近衛兵2名が入室し、妾は二人に護衛されながら席を出る。
様式美とはなかなかに面倒くさいが仕方がない。
そのまま私室に向かい、普段着に着替える。
「肩がこるのぅ。なぜ簡易とはいえ礼装はこんなに重いのじゃ」
「儀礼ですのでそうぼやかないでください」
そうサクヤに言われながらあっという間に脱がされていく。
楽な普段着に着替え終わり、珈琲を一杯飲む。
至福のひと時である。
「あと1時間ほどで夕食になります。小六様ととられますか?」
「うむ。頼む」
そういうとサクヤは退室していく。
「しかしながら、これほどまでに御前会議で疲れるとは……」
緊張から解放され、疲労感がどっと押し寄せる。
少しだけ。そう思って椅子に腰かけたまま浅き眠りに着く。
だが、ようやく国家の再建が目前に迫っていることを感じる議論だった。
うとうとと、船を漕いでいると乱暴に扉をノックする音で目が覚める。
「何事だ!」
「失礼します。アルヴァン帝国が扶桑皇国の対合衆国同盟への加盟を呼び掛けております」
「な、なんじゃと!?」
寝耳に水とはこのことだ。
「また、再来月引き渡し予定であった新型戦艦2隻ですが、同盟に参加しなければ引き渡しを無期限延期するとのことです」
「……緊急御前会議を実施する。外務省、陸軍、海軍、近衛は出席せよ。小六にも出席するよう言え」
「はい」
今までで、一番大きな問題が発生した瞬間だった。
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「以上を以て、緊急御前会議を終了します」
本同盟を蹴るということは実質的に合衆国側の国と見られ攻撃される可能性。そして参加すればほぼ間違いなく合衆国との戦争になるという二者択一の中、どちらかを選ばねばならないという苦渋の決断を迫られた。
結論でいえば対合衆国同盟への参加を表明することになった。
問題としては、合衆国からしてみれば大平洋側には扶桑皇国のみであり、その他の国は植民地を置くのみである。
すぐさま開戦にはならないだろうが、戦争の準備を進める必要があるの間違いなく、兵員削減計画と農地整理計画は棄却され、また兵士の農耕も現状維持となり、拡大する案は見送られた。
国債の大発行も余儀なくされ、新兵器群のための工廠建造や兵器量産体制へと移行する。
貧乏だった我が国は、ますます貧乏となる。