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第八話 御前会議 前編

妾は会議室に向かう。

御前会議では普段の動きやすい普段着である丈の短い着物に代わり、簡易礼服であるしっかりと裾のある白を基調とした着物に身を包み、靴も下駄である。

廊下に下駄の音をわずかに響かせつつ、定刻10分遅れで入室する。

妾が入室すると既に皆着席しており、妾に気付いたのか誰かが「気を付け」と号令を掛け、立ち上がり一礼する。

それを手で制しつつ「遅れてすまぬ」と、一言告げ下座の席へ向かう。

妾の着席を確認するとサクヤが立ち上がる。


「では、御前会議を開始します。議事進行を、僭越ながら、近衛師団長であるサクヤ・オオバが務めさせていただきます」


サクヤが今日は侍女長としてではなく、本職である近衛師団長を名乗り開会を宣言した。


「では、財務省長官からお願いします」


「財務省長官ヒラガです。まずお手元の資料通り、皇国の財政は圧迫されております。現状としましては、特に軍人数の過多による軍事費が最大の圧迫要因であります。これは皇国の国家予算の20%を占めております。また、アルヴァン帝国より導入予定の新型戦艦2隻の調達費や先進的な軍艦の建造やその維持にも、莫大な予算が掛けられている中、さらに陸軍の兵器を刷新しようとする動きも相まって折ります。このような動きが加速する中、さらに軍隊を用いての農地の区画整備まで。さらに先の旧民中国南部地区。現扶桑皇国中華県へのインフラ投資なども、この予算不足に拍車を掛けている状況です。この自体の具体的な解決策を提示願いたい」


ヒラガの言葉はまさに正しい。

だがそれに反応し、元財務省管轄税務局。現国税庁長官オキタが挙手し応酬する。


「国税庁長官オキタです。まずその前に、こちらの資料をお読みください」


資料が侍従などにより配られる。妾もその資料を一瞥し、怒りや驚きを通り越し、呆れがでてくる。

同時に国税庁の優秀さに驚かされる。


「これは我々国税庁が税務局時代より調べ上げていた、財務省職員の脱税や所得隠しであります。およそ2兆円。これほどの額があれば、国民は今頃、ひもじい思いをせずに済んだでしょう。特に先月のアイ県での査察において、年間100億円以上の脱税を裏付ける証拠を入手しました。脱税開始は10年以上前からであり、この総額は1000憶円を悠に超えます。他にも多数の脱税や横領、汚職が見受けられます。このことについてお答え願います」


「このことはすぐに監査委員会で討議し、然るべき処分を下そう。しかしながら、それとこれとは別問題のはず。話をすり替えないでいただきたい」


小六の予想とは少し離れた形相を呈し始めた。そこで、小六は立ち上がり、何をするのかと思えば財務省長官に耳打ちする。

その瞬間、顔が一瞬青ざめた。すぐさま元通りの顔を装うとするものの、明らかに様子がおかしい。


「ま、まぁ、職務の怠慢であったと言わざるを得ない。先の通り然るべき処罰を下すが、私にも責任がある。この場で陳謝したい」


ヒラガは一礼する。

妾は眺めるだけの立場故に、なかなかにもどかしい部分はあるが、今はそれで良しとする。


「では次によろしいですかな?」


「どうぞ、ヤマデラ農業庁長官」


サクヤが促されてヤマデラ農業庁長官は立ち上がる。


「ヒラガ財務省長官。予算として計上している農用魔導車『トラクター』の量産計画のための人員確保、及び工場新設についての是非を問いたい。ヒラガ殿も承知の通り、いまや我が国では国民はその日の飯にも窮する事態です。幸いにも次の米の収穫まで1か月です。その次の収穫でも来年までなんとか持つでしょう。ですが再来年までは持ちませぬ。そのため、トラクターの大量生産を早期に始め、食糧を確保せねば、この国は自滅します」


農業庁長官の言葉に重みを感じる。

そう、もう今すぐにでも食の大量生産のための準備、つまりトラクターの大量生産を始めなくては間に合わないのだ。

今は20か所あるうちの5か所の魔導車製造工場で作らせているが、それでも1日に各工場で1台のペースだと聞いている。

結局のところ、小六がアイ県へ持って行ったトラクターと同型のを量産している。理由としては開発予算と時間の不足だ。

現状は製造費用が国が持ち、各農村単位で1台貸与という形にしている。しかし、皇国は狭いようで広く、なかなか普及に手間取っていると、小六が言っていた。


「その件については、やや予算を縮小するものですが承認する方向です。理由としては、試算として次の収穫からはそこに居られる小六殿の援助が農業指導により、明らかに今年の米は出来がいいだろうという声をお聞きしております。ですので、要求された予算は過大であると評価しました」


「予算は国債で補填する。よって問題ない」


妾が口を挟む。

基本的には口を出さないようにしているが、出してはならないという法はない。


「……ですが、今回は国債の発行を為されると、本当に国が傾きかねません。」


ヒラガが反発する。当然である。

もともと、国際発行は計画していたが、国債はいわば借金。それもいままでその累積国債は年間の国家予算の半額。25兆円にも達する。

だが小六はそれを聞いてこう笑って答えた。「私の祖国は1000兆円以上の国債を抱えているがいまだに潰れてません」とな。しかし、我が国の場合はアルヴァン帝国やフレン共和国などの欧州や合衆国からの買いが多く、それと同じにされるわけにはいかない。

現状としては張り子の虎以下の財務状況である。

しかし、小六は笑ってこう言ったのだ。


「でしたら、私が返済できるよう国家再建の舵取りを行いましょう」


あのときと同じ台詞だった。

立ち上がり発言した様は、とても毅然としていた。


「陛下の御前だから我慢しておったが、なんだその態度は! 先ほどから偉そうに……不愉快極まりない」


この態度にヒラガは激昂しておる。


「ヒラガ財務長官、静粛に願います」


サクヤが喚起するが、ヒラガは収まらぬ。


「いいや黙らぬ! この小僧はこの私を愚弄するではないか。それどころか、国家の行く末を自分が行うとまで抜かすではない、っ!」


「静粛に願います」


カーンと高い音がする。音の方を見れば壁にナイフが突き刺さっている。

ヒラガは頬から血を流し、恐怖の表情を表す。

サクヤは何事もなかったようにナイフを抜きに行き、自らの腰の鞘に戻した。


「さて……五月蠅いのは妾は嫌いじゃ。次は心臓に突き立てることを許可する」


「仰せのままに」


「……(この『粛正皇帝が)」


「なにか言ったかヒラガ?」


「いえ、なにも……お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


粛正皇帝か……聞こえておるぞ。確かに即位してすぐに大粛清を行ったが、あれは仕方がない。聞かなかったことする。

だが、小六の発言には感心するものの、敵を作る愚策である。あとで釘を刺さねばと心のメモに書き留める。


「次は皇国軍陸軍スルガ大将殿、質問願います」


「はい。皇国陸軍大将を預かるスルガが、皇国魔導兵器研究所兼軍事研究棟代表、山本小六氏に質問します。魔導兵器研究所、略称『魔研』。軍事研究棟、略称『軍研』が開発中の新兵器に関してです。装甲魔導車は既に皇帝陛下の直接裁可により、予算が通っておりますが、他の兵器群は我々には認知しがたく、理解しがたい。そこで魔研と軍研の代表である小六氏にご説明願いたい」


煌びやかな勲章を胸に下げるも、その制服は質実剛健を旨とする陸軍らしい制服に身を包んだ初老の男。この男が皇国軍の実質トップであるスルガ大将である。

スルガ大将とは正直、あまり仲が良くない。それは、皇帝直轄軍としての近衛師団と騎士軍団の2個戦闘団が妾の直轄軍としてあるためだ。

さらに言うならば、この男こそが軍備拡張を声高に叫び、総兵数200万の軍に育て上げた張本人である。

おそらく、あわよくばクーデターなりなんなりで妾を蹴落とそうとしていたのだろうが、近衛師団や騎士軍団の精強さも相まって、事を起こしていない。頼むから何もしないでくれと切に願う。


「魔研兼軍研代表山本小六がお答えします。まずお手元の資料にある『新軍事兵器群』をご覧ください」


手元の20枚ほどの厚さのある資料に目を通す。

紙留め針では留まらなかったのだろう。冊子のように端に2個の穴があけられ、黒紐が通されている。

手が込んでいるあたり、かなりの力作なのだろう。


「では1パージ目の装甲魔導車は既に周知の方も多いですので割愛します。3ページ目の飛行機について詳しく説明します。まず飛行機とは魔石を用いた魔導機関の回転によりプロペラという翅を回転させ推力を得て、空を飛ぶ乗り物です。細かい原理は資料を参照ください。そして飛行機は要人輸送型、物資輸送型、戦闘型の3種を開発しております。要人輸送型、及び物資輸送型の2種は開発完了し、既に試験も終了しております。あとは量産計画が開始されればいつでも量産できます。次に戦闘機型は、欧米列強の保有する空中魔導騎士団や空戦魔導兵を撃破するのを主軸に開発中です。これは……」


非常にありがたい説明なのだが、わずかに意識が飛ぶ。

いかんいかん。いまは御前会議である。しっかりとせねば。

サクヤに耳打ちし、すぐさま珈琲を淹れてもらう。

妾だけでなく、他の出席者も同様に出された。

今やしっかりと起きているのはスルガ大将と頭を抱えているヒラガ財務長官くらいである。

他の人間からすれば意味の分からない言葉の羅列でしかない。妾は特にその術中に嵌り、いまや陥落寸前である。


珈琲に手を付ける。

そして聞いている者たちに手振りで喫煙を許可すると、皆すぐさま気づき、懐をまさぐり煙草を取り出し、火をつける。

よほど、限界だったのだろう……。

会議室に紫煙が渦巻く。


「そして17ページ目の新型戦艦ですが、これはアルヴァン帝国より導入する戦艦よりもはるかに強力な艦砲を有しつつ、さらに速力と防御力を向上させることが主軸であります。現在は試験用の100分の1スケールの模型を作成し、各種試験を実施中です。この戦艦は他国を圧倒する口径35㎝クラス、最大射程40㎞級の戦艦で、速力は30ノットを目指すものです。アルヴァン帝国より導入予定の戦艦は32㎝砲であり射程はわずか20㎞未満。速力は20ノット未満と聞いておりますが、他国では現在、25ノット級の戦艦建造が主流となっており、このままでは海軍の質的優位の確保は困難になります。最後に19ページです。これは先に上げた飛行機、戦闘機を海上でも使用できる兵器。その名も航空母艦です。いまあくまでも要素研究段階ですが、かならずや50年……いや10年以内には世界の覇権を握る兵器です。以上が開発中及び研究中の兵器の説明です。ご質問どうぞ」


部屋は静かな空気が張り詰める。

荒唐無稽。不可能だと笑い飛ばしたいのだろうが、、既に装甲魔導車や飛行機を作成した実績のある小六を罵倒できないようだった。


「ごほん。質問の前に休憩にしたい。みな手洗いを済ませておくように」


そういうと素早く扉が開き、雪崩を打って退席する。

同じように退席しようとする小六の服を掴み止める。


「自重せよ」


一言釘を刺し、妾自信も手洗い場へと向かった。

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