第六話 農と軍
アイ県の視察から皇都に戻りはや1月が経った。
横領の罪によりタカツは即刻牢屋にぶち込み、いまは背後関係の尋問を行わせている。
アイ県にある第20諸兵科師団駐屯所の駐屯所長も今回のタカツの脱税に関わっており、皇都に戻ると同時に、輸送機に完全武装の近衛師団二個中隊を載せ送り込んだ。
近衛兵の多くが剣聖や大魔導士に並ぶ実力しかおらぬ。諸兵科職種師団とはいえ、二個中隊を以てすれば容易い。
さらに折り返してきた輸送機に装甲車や装甲魔導砲車を載せ、さらに一個中隊を送り込む。
反抗したとしても確実に殲滅するためだ。
だが、あっけなくと言ってはなんだが、第一陣が駐屯所に乗り込んだ時点で、各兵科長に取り押さえられた駐屯所長を引き渡され、クーデターの発生を回避できた。
そして財務省の官僚共も牢屋にぶち込むことで、どうにか本件の決着がついた。
「小六よ。お主はアイ県でのこと、どう思う?」
しばし黙した後、小六は口を開く。
「端的にいうなら、今までのツケの清算と氷山の一角に過ぎません」
端的に淡的な回答が執務室に響く。
珈琲の氷がカランと音をたてた。
「……そうじゃな」
今後、より財務状況を洗いだせば洗い出すほど、不審な使途不明金や帳簿の合わない県や商人が出てくるのは想像に難くない。
「ただ今回のような軍部と財務省の癒着といった、悪質なものはほとんどないでしょうが、それよりも危惧すべきことがあります」
危惧すべき事。それは薄々感じていたが、いまはそれが目下の課題である。
「……アルト合衆国、か」
「はい。皇国時間の本日午前9時に、タカ派のフランクリン・ブッシュ氏が大統領に就任が決まり、同時に禁輸出政策を打ち出しました。その中には扶桑皇国も含まれています」
「……そうか」
アルト合衆国……皇国から海を東に渡った大陸の国家。世界でも歴史の浅い国家でありながら、世界最列強であり、世界有数の国土を持つ国家。
総人口は5億人を超える、超大国だ。
「皇国の場合は、現状は鉄鉱品の輸出のみが上がっております。国内備蓄はまだ10年分ほどありますが、かなり不味いです」
「外務省には禁輸出措置を撤廃させるよう働きかけておるが、今の状況ではなかなか不味いな」
「おそらく、魔導車の核心技術を引き出させる魂胆でしょう。あれは現状、扶桑皇国のみの技術ですから」
内政に一通りの目途がようやく立ってきた矢先に、これだ。
内憂外患。いまこの国にはその言葉がピッタシである。
「兎にも角にも、外交交渉でどうにかせねばな。今、皇国には合衆国とやりあう余力はない」
「民中……いま扶桑皇国中華県のことがありますからね」
「そうじゃ。どうにか風土病に対しての対策がとれるようになったというのに」
民中風土病と言われる高熱を発する病も、その民中の漢方の中の『八角』という漢方により、対策が取られていた。
これも小六が言い出したことだが、原料は分かっても薬そのものは門外漢だというので、薬師に試させ、実際に風土病患者10名に投与して、回復し始めたという。
「ようやっと中華県のインフラ整備が始まったところじゃ。あの地には莫大な魔導石があることは確認しておる。もしや中華県が狙いやもしれん。中華県の北は欧州列強の植民地。さらには合衆国の属領地まである」
考えれば考えるほど、周辺国に恵まれておらぬ。
「いまはそれよりも、軍の近未来化と農業について勧めなくてはなりません」
「まぁ、それが尤もだ。して、軍に畑をさせるあれはうまく行っておるのか?」
「はい。現状は地域農民と協力して、力仕事を兵が、技術が必要なものは農民がしています。農家出身者の兵を筆頭に、農地の集約について農家との折衝を執り行わせています」
「ふむ……国家百年の計というが、この事業が完成すれば農家はより豊かになるだろうな」
「間違いなく。あと、民中に移民し国家返納された農民の農地を、軍主導の農園として耕させています」
「今年はあまり期待しないほうが良いの」
「良いものは確かにできないでしょうが、彼らは1年目で確実に農業の虜になります。私が保証しましょう」
自信に満ちた表情で小六は言う。一体どこからそんな自信があるのやら。
「ともかく、今日の予定はその軍主導の農地の視察じゃな」
「はい。場所は皇都近傍になりますので、今回は魔導車移動です」
「うむ。あい分かった」
珈琲を飲み干す。氷が解けたにしては、いささか薄すぎるように感じる。
皇帝の食事事情も、ますます悪くなってくるのを感じつつ、部屋を後にする。
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車中において、妾はやはり暇である。
内装こそは皇帝用の寛げる空間だが、外装が緑色の装甲車で移動している。
僅か20分ほどで目的地に到着する。
いつものように小六がハッチを開け、妾は階段を降りる。
畑仕事で汚れた兵士たちが道をはさむ様に並び、捧剣で出迎える。
甲冑こそ着ておらんが、その一糸揃った挙動は錬度の高さを妾に見せてくれる。
「諸君、ご苦労」
労いの言葉一つを口にして、兵を作業に戻すよう伝える。
「陛下。ご無沙汰しております」
「そのようだな。妾の目には更けたように見えるぞヤマベよ」
ヤマベ皇帝直轄騎士軍団長は敬礼を解くと、口角を上げてニコリと笑う。
「陛下も美しく立派になられました」
「よせ。まだまだ若輩の身じゃ」
世辞と分かっていても、嫌なものではない。
ただ、ヤマベは妾が幼きころからの仲。それも、娘は近衛のアイシャである。女を見るというより、娘を見るような感覚なのだろう。
「アイシャはご迷惑をおかけしておりませんか?」
「迷惑などない。いつも助けられておる。お主の教育が良いのじゃな」
世間話もほどほどに、本題に入ることにする。
「さてヤマベ騎士軍団長。軍に農夫をやらせることを思いついた男を連れてきたぞ」
傍で兵の作業風景を観察していた小六の服を掴み引っ張る。
小六はそれに気づき、ヤマベに一礼する。
「私が考案者です。軍人の方に農夫の真似事をさせ、誠に申し訳ない」
「気にするな。そうせざるを得ないほど、事が深刻なのだろう?」
「その通りです」
小さく肯くとヤマベは楽しそうに笑い、小六の肩を叩く。
ヤマベは軽く叩いたつもりだろうが、2mを超える大男に肩を叩かれて小六がガクガクと揺れる。
平均よりも背の高い小六だが、ヤマベの前では小さく見える。
「で、では、早速、畑のほうを案内いただけますか?」
「おう分かった。陛下、足元にお気を付けください」
「わかった」
そういうとヤマベはドスドスと歩き、畑に向かう。
「こうやって農業をし始めてから気付いたのですが、野菜を作ることはなかなかに楽しいものですな」
「そ、そうであるか。い、今は何を植えておる?」
ヤマベの速度は体の丈にあったコンパスで、更にかなり早い歩速なもので、妾は走っているに近い状態となった。
呼吸するのがキツイ。
「今はトマト、茄子、トウモロコシなどの夏野菜と秋に収穫するジャガイモを植えております。夏野菜は植えるのが少し遅かったらしいですが、何とかなるでしょう」
「なるほど」
息が切れる。
やはり普段から運動しないと、体への負担はなかなかに大きいようじゃ。
「ヤマベさん、ゆっくり歩いてもらえませんか。陛下が追い付けておりません」
小六が助け船を出す。
そこでヤマベが立ち止まり、妾は膝に手をつき肩で息をする。
「これは申し訳ございません」
「よ、よいのじゃ。妾の(ゼェ)運動不足が(ハァ)原因じゃ」
「では陛下の息が整うまで質問いいですか?」
「なんでも」
小六は時間を稼ぐようにいくつかの質問をヤマベにしていた。
妾はその間に幾度か深呼吸し、息を整える。
息を整い終え、横を見れば見たことのない野菜があった。
白い花弁が地に落ち、花弁から茎のようなものが大地に伸びていた。
「これは、なんじゃ?」
「それは落花生という豆です」
「ほう、これが落花生か」
時折、菓子に入っておるあの香ばしい豆が、よもやこんな風にできるとは!
「今年は種用ですので、数は少ないです。来年は1反ほどの畑いっぱいに落花生を育てる予定です」
「ほう。ぜひその際には食べてみたいな」
妾の言葉に兵たちが活気づく。
「今年はすべて練習用。あくまで農業に慣れてもらうことと、勉強してもらうための栽培ですので、あまり面積が確保できておりませんが……それでも1000人もいると一町くらいの管理は早いものですね。草すら一本もない。来年からは四町ほどに増やしましょうか」
「それはありがたい。もともと農家出での兵が多いから、土いじりができるのが楽しくて仕方ないようだからな。かく言う俺も、農作業にどっぷりだ」
ヤマベは豪快な笑いをあげ、その顎をさする。
小六が言っていたことは的中していた。
「あと、農地整理のほうはいかがです?」
「おう、あれはまだまだだ。どの農家がどれだけの畑を持っているか、とかの調査が済んでいなくてな……はっきり言って手つかずに近い」
ヤマベは頭を振り両手を上げる。
「全国測量を実施する必要がありますね……」
小六はそう呟きメモに書き込んでいく。
「陛下。好きな野菜はなんですか?」
小六に急に話題を振られ、頭の中で何が好きだったのかを考える。
「そうじゃな、夏野菜はどれも好きじゃな。特にオクラが好きじゃ」
「わかりました。ということで、来年はオクラも植えてください。あとオクラは毎日収穫しないと、非常に大きくなりすぎますので、気を付けてください」
「わかった。陛下のために育てようじゃないか」
そうしてまた視察のため、畑の中を歩く。
綺麗にならされているため、畑とは思えぬほど歩きやすい。
「皆さんの動きがキビキビしていますね」
小六の言葉を聞いて、野菜ではなく、兵をみる。
それは班長指揮下、作業を効率的に行っており、誰一人、弛んだ動きをしていなかった。
「今日は普段よりもキビキビしてますよ。なにせ陛下がお見えですから」
ヤマベが苦笑していると、近くの班長が駆け寄ってくる。
器用に畝の上をまたぎ、野菜が傷まないようにだ。
「団長!畑にこのようなキノコが生えております。いかがしましょうか?」
「なに? キノコ? これは……」
その男の手には白っぽく、細長い傘の閉じたキノコがあった。
「これはササクレヒトヨタケですね。毒もなく美味だそうですよ」
「これ食えんのか」
「はい。そのキノコの根元の株を掘りだして、馬糞や牛糞を混ぜた苗床で植えてみてください。きっとたくさん取れますよ」
「まだまだいっぱいあります! いかがしましょう……」
「土壌の有機物を分解してくれているので、放っておいても問題ありません」
男3人がワイワイとキノコ一つで盛り上がっている。
「そうだ。今日はこれを持ち帰って、料理してもらいましょう。食材不足が厳しいので、料理長も喜ぶでしょう」
「うむ。あと、可能であればあれを食してみたい」
妾は気になった野菜を指さす。
緑色をした実がなった野菜だ。その実を、兵が木から鋏で切り離し、籠に入れていた。
「あれ、苦いですよ」
「妾は苦いのも好きじゃ」
小六の心配をよそに、その緑の実をいくつか分けてもらうことにする。
「陛下も収穫してみますか?」
「よいのか?」
兵士は鋏を渡してくれる。それでいくつかその実を収穫させてもらう。
パチン パチン
切り離された緑の実は、思っていたよりもずっと軽く、軽く叩くととても軽い音がする。
「中が空洞なのか?」
「はい。そういう野菜です」
兵に礼を言いつつ、小六らの元に戻る。
「では、本日の視察は以上です。貴重な野菜をお分けしてください、ありがとうございます」
「いやいや、小六さんのお陰だ。兵がこんなに生き生きと仕事しているのは初めて見る」
「次は農業指導として来る予定です。その時は私だけですが」
「おう。その時は頼むぞ」
男二人はすっかり打ち解けたらしい。言いようのない疎外感を感じる。
「小六、今日の昼、一緒にとらぬか?」
「陛下がよろしいのであれば」
装甲車に乗り、また移動する。
この言い知れぬ疎外感の正体は掴めぬまま、皇居へと車は進んだ。
今後、m法に直します。
時間も刻、時から24時間単位で表記します。