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第五話 農民と愚政者

目的地につくまで30分。

舗装された道から外れ、今は田畑しかないこの農村にやってきた。

廃領置県より30年。それでもまだまだ民草は知事のことを領主と呼ぶ。

このことを頭に留めつつ、今回の表の仕事である農業視察を開始する。


「米が一反あたり6俵(約360kg)、小麦が4俵半(約270kg)。肥料は糠や落ち葉を漉き込んでおります」


「1反当りの作業時間はどうですか?」


「大体ですが、えぇっと……米なら約260時間ほどの時間をかけております」


「小麦はどうです?」


「小麦はまだはやいですぁ。丸っと200時間ほどです」


小六は農夫に直接聞いて回っている。

この忙しい時期にも関わらず、農夫達は快く質問に答えておる。


「ところで、あちらのお嬢さんは?」


農夫がこちらを指さしていた。


「不敬であるぞ! このお方は……」


「よい。控えよ」


ムツキが反論しようとするも制す。


「おじいさん。妾はリンレン・イワノミヤである」


「リンレン……? へ、陛下でありましたか!!」


おじいさんは曲がった腰をシャキッと伸ばし、目を見開き気を付けの姿勢をとる。

その声は大きく、回りで作業していた農夫等も田畑から顔を出す。すると続々と集まり、皆が頭を垂れだす。

こうなるから名乗りたくないし、あくまでお忍びということにしたかったのだ。


「皆の者、面を上げよ。今日はただ、労いと視察に来ただけである」


そういうと感嘆の声を皆あげる。

見れば、女子供や、男は年寄りが多く、若い男手はあまり見られない。

軍隊ばかりに人手を取られた結果だろう。それが分かっている妾として、申し訳なさが先に立つ。

されど、その弱音を民草に見せるわけにもいかぬ。それが、皇帝なのである。


「ついでじゃ。小六。トラクターとやらの実演展示もここで済ませよ」


「と言われましても、どの畑がよろしいのですか?」


小六がそういいつつ、トラクターをトラックから降ろしに掛った。


「皆の衆。聞いてほしい。今から畑を馬や牛よりも早く綺麗に耕す魔導車の、実演展示をしたい。誰か、空いておる畑か田があれば貸してくれまいか?」


妾の言葉に一瞬驚いた様子を見せるも、皆が手を上げ使ってくれと言いだす。

そこで、ここから近い道に面した畑を貸りることとなり、その畑に向け歩みを進める。


皆が妾の5軒ほど後ろをぞろぞろと付いて歩く。近衛の者等は少し不服そうだが、関係ない。

道を行く最中、脂汗を滾らせ滴らせながら横を歩いていたタカツが急に、「席を外させていただきます」と行って列から抜けていく。

横目で見やれば懐から魔導通話機を取り出すのが見えた。


「アイシャ、2名ほど連れて後を追え」


小声で指示を下すと、アイシャは2人連れて駆けていく。

さて、すべては計画通りのようだ。

そこからさらに10分ほど歩き、目的地の畑についた。それは草だらけで、今年は休ませている畑だと、農夫は言っていた。

広さはざっと見て4反ほどあるだろうか。馬耕なら丸1日以上はかかる広さである。


「では、農用魔導車『トラクター』の実演展示を行います」


小六はそういうと、いくつかあるレバーを操作し、ハンドルの下にあるレバーを動かす。

すると今までは普通の魔導車よりも静かだった魔導機関が、唸りをあげる。

その音は装甲車の魔導機関音とよく似ていた。


「危ないので少し離れていてください」


そういうとトラクターは畑に進んでいく。

前の普通魔導車並みの前輪に比べ、異様に大きな後輪が大地を踏みしめる。

少し進んだところでまたレバーを動かすと、鉄の爪が並んだ後部の鉄塊がゆっくりと降りていく。

そしてまたレバーを動かすと、その爪が回転を始め、大地を叩き割り、掻き混ぜ、大地は均されていく。

幅にして5尺ほどであるが、馬耕などよりもはるかに早く、遥かに綺麗である。


「な、なんという……」


農夫達は驚きと同時に少年のように目を輝かせていた。

中には「これ欲しい」と、言葉にする者もいた。


そして瞬く間に端に付き、折り返してくる。

先に耕したところの端を前輪が踏むようにして耕すことで、ムラなく耕せると小六が言っていた。

わずか15分ほどで幅約3m、長さ80mを耕すと、小六はトラクターを停め、降りてくる。


「今回はあくまで実演展示のためこれで終了させていただきます。ちなみにこの速さですと、4時間ほどでこの畑が引き終わります。ただ、今回持ってきたトラクターは試験用の小型のものです。今後、トラクターは皆さんに供給するころには、大型のトラクターでもっと早くこの畑を耕すことができるでしょう」


小六の言葉にみな沸き立つ。

馬よりも早く、そして綺麗に引くとなれば、それは魅力的だろう。


「なにか質問は?」


「これは耕すこと以外はできないのでしょうか? なにせ最近は田植えと稲刈りが一番つらいですじゃ」


最初に小六の質問に受け答えしていたおじいさんが、いの一番に質問する。


「残念ながら、この機械は耕すことがメインとなっており、重さの関係上、水田には入れません。ですが、今後は田植え用の魔導車や稲刈り用魔導車も開発する予定です。また、この耕している機械は付け替えができ、耕して畝を立てる。肥料を均一に撒く。牧草を刈り取る等、多様な補助装置の開発を進める予定です」


「ですが、これは高いのではないか?」


「国を挙げてこのトラクターを普及させるための方策を立てています。皆さまが不利益にならないよう、善処します」


それからも質問が相次ぎ、それから小六は質問攻めにあっていた。

妾は日傘の下で椅子に座してそれを眺める。

それから1時間ほど経ったころ、一人の幼女が母親に連れられて妾のところにやってくるではないか。

近衛が反応するが、制して下がらせる。


「陛下、お目にかかれて恐悦至極でございます」


幼子の母は深々と頭を垂れる。


「母殿、顔を上げよ。その子が妾に用があるのであろう?」


顔を上げさせると緊張しているのか、妾の顔をあまり見ないようにしていた。

幼女はニコニコと笑い、目を輝かせ、手に持っていた包を差し出す。


「へいかに、うちのつくったおいもをたべてほしいの」


受け取ると中には味噌が塗られた蒸かし芋が入っていた。

まだ出来立てなのかホカホカと湯気が立つ。味噌は刻み山葵が練り込まれ、なかなかおいしそうではないか。


「どれどれ……」


「陛下。口をつけてはなりません」


ムツキが制止する。


「この子の気持ちを無碍にするつもりか」


「ですが」


「わかった。なら母殿、この蒸かし芋を少し食べてもらえないか?」


手で割り、かけらを手に乗せ差し出す。


「そ、そんな恐れ多きこと……」


ここで違和感を覚えた。この母殿、今までは緊張していると思っておったが、様子がおかしい。

明らかに敵意のようなものを感じる。


「よいから食せ。妾の命に背くのか」


少し声音を強める。


「おっかあをいじめないで。うちがたべるけん」


幼女がそういい食べようとするのを、母親は突き飛ばす。


「ミキは食べたら駄目なんや! この女に食わさな、意味がないのよ!!」


突然泣きながら喚き散らす。

それをムツキが取り押さえながら、母殿はさらに続けた。


「おっとうは、おっとうは軍隊に連れていかれて、訓練中に死んでまった。お前の、お前のせいやー!!!」


その形相と言葉に、妾は固まった。

皆がこの国を愛してくれていると思っていた。だが、実際は違った。

騒ぎを聞きつけた農夫たちがあつまり、他の近衛も取り押さえる。


妾がこれほどまでに恨まれている。そんなこと、誰も教えてくれなかった。

だが、これが現実。そう、これこそが、現実なのだ。

亡き父、先帝の愚政の尻拭いをしているだけでは、どうやら妾を皇帝とは認めてくれないようだ。

それが、よく、分かった。


「近衛。車を回せ。車が着き次第、ここを発つ。皆の衆、騒がせてすまない」


それから数分としないうちに真っ白の装甲魔導車が着く。


「妾の車が出たら、その女を離せ。決して今は罰するな」


「ですが……」


「この女の怒りは尤もじゃ。そして罪は償ってもらわねばならない。しかし、幼子に罪はなかろう」


幼くして母が不在。そんな辛い思いは、この幼子にさせるわけにはいかない。


「その幼子が成人したときに、審判を下す。それまでは猶予である」


装甲車に乗り込む。ハッチを閉じられ、中は静かな物である。

故に考えてしまう。



「妾は皇帝に相応しいのか」


サクヤは珈琲をグラスに淹れる。


「陛下。あの蒸かし芋一つが、いまの農民一人の昼食です」


「そうか……」


妾は答えを出せぬまま、来た道を戻っていった。


県庁につくと、またタカツが出迎える


「お腹が空かれましたでしょう。昼食を用意しております」


「うむ。ご苦労」


先ほどのことに後ろ髪をひかれるが、いまは切り替えなくてはならない。

そう自分に言い聞かせ、案内されるままに昼食会場につく。

10名掛けのテーブルの端に妾が、その逆にタカツが座る。


「いやはや、わが県も決して潤沢ではありませんが、陛下のお口に合うようにどれも極上の品でございますぞ」


そうタカツがいうが、正直、いま何を食べても美味しいとは感じないだろう。

それでも愛想だけよくして、並んだ料理を一瞥する。

ほうれん草の胡麻和え、人参や大根などの根菜の煮しめ、小松菜と油揚げの炒め物、揚げ出汁豆腐、菜花の御浸しが副菜として並んでいた。

汁物は吸い物。そして鯛の塩焼きと鮎の唐揚げがある。

白米は非常に白い。

妾が普段口にする物よりもはるかに豪華である。


「此度はこれだけではありまぬぞ。料理長、お持ちしろ」


タカツが言うと、皿を持った男が入ってくる。

それが妾の前に置かれた時、驚きを禁じ得なかった。


「驚かれましたでしょう。わが県自慢の牛肉でございます。3日前に視察に参られるとお聞きして、急いで1頭〆させたのですよ。ささ、お召し上がりください」


「……一つ良いか?」


沸々と何かが沸き立つ。


「はい。なんなりと」


「貴様は普段、どのような食事をとっておる?」


「普段でありますか。そうですね。今日のような肉を口にするのはあまりありませんが、今日のより2品ほど副菜が少ない程度であります」


民草が、今、どんな食事をしているのかと。

あの幼子がくれようとしたのが、今日の昼飯と同じなのだ。


「……わかった。ではいただこう。ただ、妾にはちと量が過ぎるようじゃ」


「それはいけませんね。陛下はまだお若い。たくさん食べられませんと」


こ奴はそれをわかっておらぬ。


「妾も食べたいのじゃがな。貴様の普段の食事ほど豪華な物は、ここ2年ほど、妾は祝賀会などを除いて出されたことがないのじゃ」


「……!」


やっと妾の言外の言葉を理解したのだろう。タカツは固まる。

皇帝よりも豪華な食事を普段から食べているというのを聞いてしまっては、さすがの妾も黙って居れなんだ。

それも、あんなに民草が食い詰めているのに!


「タカツよ。一体どこからそんな金が出ておるのじゃ?」


「そ、それは……どうにかやり繰りしてですね」


「戯け! この俗物が! アイシャ!!」


「はい。陛下。こちらに」


「物は出たか?」


「はい。それはたくさん。税務官が頭を真っ赤にして怒るほどでございました」


渡された書類を一読し、それを小六に渡す。

小六はそれを読み、ひとしきり唸ったあと「これは酷い」とつぶやいた。

その書類を空いている机に叩きつける。


「これほどの脱税、許しておけぬ。この男をひっ捕らえよ!」


タカツが席を投げ出し逃げるより先に、近衛が素早く行く手を阻み、あっさりと捕縛した。


その書類は財務省との癒着や、県民に国指定の課税以上の税を強いる一方で、国には指定課税分の半分以下を国に納めていることを示す裏帳簿だった。

年間にして約100億円以上。この金は協力した官僚や自分で豪遊するのに使ったり、私兵集団を雇うのに使っていた。また私兵の数は5000人を超え、謀反を狙う一部の軍にも金が流れていた。

今までは流れにまかせて国政をやってきていた。だがこの瞬間、この国を妾が救わねばならない。そう、固く、このときに誓った。


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