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第四話 雲上の寛ぎ

自らが実際に空を飛ぶのを、今の今まで一体いつ想像しただろうか。

幼き頃に、鳥になって空を自由に飛んでみたい。などと夢想することはあったが、現実は少し違うようだった。

それでも、いま、妾が空を飛んでいるこの現実こそが、事実なのだ。

なによりも眼下に雲を眺められるというのは、一生無かっただろう。

至福。まさにその一言が似合う時間である。

この狭いながらも快適な空間には妾と侍女長、近衛兵の2名の計四名しか居らぬ。

あとは扉を隔てた操縦席に小六と副操縦士がいるだけだ。


「飛行機……これは素晴らしいものだな」


「陛下。感嘆されるのもよろしいですが、皇帝であらせられることをお忘れなきよう」


侍女長の指摘を受けるが、ここは空の上。一体どこの誰がその皇帝が空を飛んでいるなど想像できようか。

例え、重たい着物の一重を脱ぎ、肌着同然だとしても、なにも問題ない。そして素足を伸ばしソファに寝そべっていても、問題ない。


「良いではないか。いまこの場に居るのは、気心の知れた者ばかり。そちも堅苦しくせぬよう」


「……はぁ。全く、陛下……いえ、リンレン様は変わりませんね」


そういうと侍女長は予備のカップを3つ並べ、冷たい珈琲を注ぎ、その一つを手に取り口にする。

さらには懐から煙草を取り出し唇に咥え、指先に灯した火魔法で火をつけた。

その紫煙でウサギやハトを創り遊び始めた。


「お主もな、サクヤ。アイシャとムツキも、ゆるりとせい」


近衛兵のアイシャとムツキにも促す。


「陛下、よろしいのでしょうか?」


「ムツキよ……妾とお主らの中。子供のころから茶飲みの相手や共に遊んでくれたではないか。何をいまさら遠慮する?」


「やったぁ! リンレンが皇帝になってから、全然遊ぶ機会なんてなかったもんねぇ」


言われてみればここ半年ほどは、こんな時間はなかったことを思い出す。


「アイシャ、自重しろ……といっても、サクヤ近衛隊長までこれじゃダメか」


「ムツキ様。今は『侍女長』とお呼びください」


そういうと紫煙で槍を作りムツキに投げる。当たる寸での所で煙の槍は霧散しただの煙となる。

こんな三人の応酬を見るのは、はや半年ぶりになる。久々に気を張らないで済む時間である。


「そういやぁー、なんでアイ県に視察なんていくのぅ?」


アイシャは口元に指をあて小首をかしげる。そのわずかな動きで、胸元が揺れる。何を食べればそこに栄養がいくだろうか。昔からの疑問である。

それは兎も角、問われた疑問に答えるのが礼儀だと自らに戒め、返答する。


「アイ県は国内でも屈指の農業県であり、皇都近傍の県のほぼすべてが、アイ県産の米や小麦を使用しておる。今回はその農業視察だそうだ」


表向きは、だがな。

実際のところは、県を挙げて脱税に勤しんでいることへの査察である。

5日前の決済は税金がらみの決済ばかりで、国税庁や国税査察局の設立、税金関連の法案の可決要求などだった。もちろんどれも可だが、人員のやりくりが大変であろう。だが、それは妾の管轄でない。

その中にアイ県査察の決裁も入っていた。内容は農業視察となっているが、その実は脱税の査察となっていたのだ。だが、こればかりは口にできない。


「自分はそれよりも、後ろをついてきてる、あの大きな飛行機の積み荷が気になるな」


ムツキは鋭い目を光らせる。

妾の乗る飛行機の2倍近い図体をした飛行機のことだ。小六曰く「輸送機」だとかで、物を運ぶための飛行機だそうだ。

それが2機ほど、妾の乗る飛行機の後ろに続いておる。


「あれには農用魔導車『トラクター』というのを載せているそうです。なんでも、今回はあの輸送機で運べるサイズの小型のものだそうけれど……リンレン様、お代わりはいかがです?」


「いただこう」


珈琲のお代わりを注いでもらい、クッキーを人かじりする。

いくら食うものがないとはいえ、皇帝が口にする物があまり甘くないクッキーとは。

このままでは遅かれ早かれ、白いパンが茶色っぽくなり、白米が玄米か雑穀米になるだろう。

今ですら、食事の際の品が白米と汁と主菜と一つの副菜。前は副菜が三品ほどあった。さらに言えば、今のたったの1つの副菜も漬物であることが増えた。妾がこれだから、民草は一体どのような暮らしをしておるのか。想像するだけでぞっとする。

一刻も早い農業改革を為さねばならないのは間違いない。

唯一の救いは珈琲豆は南方の友好国から、魔導銃などの兵器と引き換えに手に入れられていることだろう。


「陛下、あと2時間ほどで付きます」


運転席の扉を開け、小六が報告に来る。

すると今のこの状況を見て、戸惑っておるようじゃった。


「操縦はいいのか?」


「今はモコさんに代わってもらっています。というより、彼が操縦槓を離しませんので」


「なら楽にせよ。この場は気心の知れた者しかおらぬからな」


「なら、そうさせてもらう。それはそうと女子会の途中だった?」


「じょしかい? また異世界の文化か?」


「女性が集まってお茶することを女子会というんだ。にしても、陛下がこんなにリラックスしてるのは初めて見るな」


「ん? そうか?」


「えぇ。では、折角だからこちらのお菓子をどうぞ」


小六がカバンから小袋を取り出しテーブルに置く。


「俺の手製だけど、感想を聞かせてほしい」


そういうと小六は恥ずかしそうにそっぽを向き、首をかく。

袋の中には茶色をしたまん丸のものがあった。それには砂糖が掛けられているのか、表面はやや白い。

恐る恐る手に取り、口に運ぶ。


「ふむ……これは、うまいな!」


表面はカリっとしていて、なかはフワフワとしている。そしてほんのり甘く、柑橘のような香りが鼻孔をくすぐった。


「皆も食べよ。これは妾だけで食べるのは気が引ける」


「皆さんもどうぞ」


小六の勧めもあってか、皆も手に取り、口に運ぶや否や目を開き全身で『美味しい』を表現した。


「これは何という食べ物ですかぁ?! こんなに美味しいお菓子はぁ、久々に食べましたぁ」


「これはドーナツと言ってね、(みんな)がよりおいしく食べれるよう工夫したんだ」


アイシャは感動のあまり泣き出しそうである。そんなに甘味に飢えていたのか。


「だが、もう砂糖は潤沢にはないはず。小六さんはどうやってこんな甘味をだされたの?」


サクヤの指摘は尤もだ。皇室料理人ですら砂糖がないことを嘆くほど、扶桑皇国の食糧事情は悪い。


「それはね、『塩』を少し加えただけ。砂糖は国家推奨使用量を遵守してる」


「塩を加える? 甘味にですか?」


「そうすると甘さが引き立つんだ」


サクヤは感嘆すると同時に手早くメモを取っていた。


「あとサクヤさん、1本、分けてもらえません?」


「構いませんが……結構、私のは強いですよ?」


小六は大丈夫だと言ってタバコをもらって意気揚々と火をつける。

一息吸った瞬間、彼は咽た。


「こ、これタバコ…?」


「これは私が調合した『代用』タバコ。いまではタバコですら、なかなか買えないご時世ですからね。薬草やハーブなんかを混ぜて作りましたの」


「そういわれてから吸うと……なかなかイケる」


「良ければ小六様の分もお作りしましょうか?」


「ぜひ」


スモーカー二人が談笑しているが、こちらとしてはさすがに煙たくなってくる。


だがこんな雰囲気を壊すのも悪いかと思い黙っておくことにした。


そしてこの和やかで煙たい時間もいつのまにか流れ、アイ県の県庁までくることになった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


貴族制度における廃領置県がなされてから30年。されど、結局のところは貴族は貴族的な仕事しかしたがらぬあまり、元の領地の首長を治めさせていた。

ただ、それもここ10年ほどでほとんどの貴族は代替わりし、ほとんどの県では民間人の首長が治める。

だが、このアイ県は違った。まだまだ傲慢な貴族が居座っているのだ。

今では貴族とは名ばかりの屋号を後生大事にする貴族も減り、起業したりするものも多い中、アイ県知事ヒデキ・タカツ伯爵は今、我々を出迎えておる。


「皇帝陛下。よくぞこのアイ県にお越しくださいました。乗り物はこちらで用意しております故……」


タカツの後ろには絢爛豪華で実用性のなさそうな飾りや、金ぴかのホイールを履いた、真っ白の魔導車が停まってあった。

下品極まりない。


「それには及ばぬ。小六!」


妾の声に反応し、素早く小六は輸送機から1輌の魔導車に乗って出てくる。

それは皇帝用装甲魔導車だ。

色は皇国色の白を基調に、皇帝を表す蓮の花をあしらった蓮紋のエンブレムが煌めく。その大きさと厳めしさはなかなかに威圧感があった。

その装甲魔導車に続き、同じく装甲魔導車が2台と、トラックの荷台に乗せられた農耕魔導車「トラクター」が続いた。

聞いてはいたが、なかなかにド迫力である。


「此度は自前の魔導車がある故、無用の配慮じゃ」


そういい捨て、さっさと道を案内するよう促すと、タカツは脂汗を滴らせて地味な魔導車に乗り込む。


それと同じくして、飛行機から数名の人間が県庁へ入っていく。

このタカツが居らぬ間に、脱税を探ってもらう国税庁準備室の職員だ。

もともと、国税管理所の職員だ。さらに今回の査察は妾も居る以上、必ず物的証拠を持ち帰れるだろう。


妾も装甲車に乗る。

戦闘をタカツ、その後方に警護用、皇帝用、警護用装甲魔導車。最後尾にトラクターを載せたトラックが続く。


「陛下が此度の視察で『装甲魔導車で行きたい』と言われた時は驚きましたが、なんとかなるものですね」


「うむ。妾はこれが気に入ったのじゃ」


サクヤが緑茶を淹れてくれる。温かい湯気が車内に満ちた。

すっかり侍女長としての仕事状態に戻っておる。


「もともと、トラクターやトラックを運ぶためだけでなく、装甲魔導車を運ぶ軍用輸送機として開発しておったようじゃし。護衛用の魔導車も運ぶ計画だったらしいからの。小六のやつは嬉々として喜んでおった」


緑茶を口に運びつつ、先週の飛行機のお披露目の時のことを思いだす。

あの後、さらに装甲車や戦車を運べる飛行機。つまり輸送機も見せてくれたからこそ、無理を言えたのだ。

さすがの妾も無茶は言えないからの。


「左様でございましたか」


それからは妾もサクヤも黙して、ただただ移動を終えるのを待つのみだった。

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