第三話 異世界軍事
つかつかと歩を進める小六について行く。
時折、こちらを振り返りついてきてるか確認するあたりは紳士然としておるが、歩速が早く、妾はついていくのがやっとという感じなのはいただけない。
そして妾の後ろを近衛兵2人が付いてくる。
軽鎧のカチャカチャなる音が廊下に響く。
「どこにその乗り物はあるのじゃ?」
「はい。先週に陛下から許可をいただいた私の軍事研究棟の倉庫に置いております」
「ほほぅ。そんなところにあったのか……ここからじゃと、8㎞位ほど離れておるから魔導車でも使うのか?」
「お察しの通りです。ですが、その魔導車もついでと言ってはなんですが、ご覧いただきたくロータリーに停めております」
「魔導車は…魔導車じゃろ? 別にそんなに見るまでもないじゃろ」
「では見てからのお楽しみということで」
疑問はあったものの、とにもかくも魔導車に乗らねば軍事研究棟にはたどり着けない。
それに、小六がここまで言うのだから妾の度肝を抜く魂胆であろう。
まぁ、今までの魔導車よりも速度がでます。とか、外装が凄く煌びやかです。とか、そんなところだろう。
そう高を括り、いざエントランスを抜けると、そこには__。
「な、なんじゃこれは!?」
そこには緑色をベースに黄土色と茶色と黒色が斑に塗られ、非常に大きく角ばった魔導車が停まってあった。
いや、さすがにこれは、妾の予想のはるか上を行く代物である。
「これは新しく軍に納入予定の軍用装甲魔導車です。もちろん、内装は皇帝が乗るに相応しいように誂えております」
「いや、そういう問題ではないじゃろ」
冷静に、努めて冷静な指摘をする。
人というのはあまりにも驚くと一周回って冷静になるようだ。そのことを実感しながら、再度、その『装甲魔導車』を見る。
「それにしてもこの面妖な色合いはなんじゃ」
「これは扶桑皇国が山野に富んだ地形ですので、それに合わせた迷彩となっております。この迷彩により、遠くの敵から発見しにくいものとなっております」
「な、なるほど……」
言われてみれば、これを山の中に隠されれば、まず目視で見つけるのは至難の業だろう。だが、
「あまりにも、ここでは目立つのう……」
「今回はお披露目という意味合いが強いので、そのあたりは気になされないでください」
「うむ。で、装甲魔導車というのはどういう魔導車じゃ?」
「はい。装甲魔導車とは敵の魔法や魔導銃、矢などを弾き、中の乗員を保護するための車両です。今後は、非魔法・魔導兵器が完成した際には、装甲車用の兵器を搭載し、装甲戦闘車などを制作する予定です」
聞いておいてなんだが、言ってることの半分も理解できない。
いや理解できるが、理解することを脳が拒絶してる状態である。
この男に軍事研究棟を与えたのは間違いなく正解であったのだろう。だが、まさか軍事ドクトリンを根底から覆すような兵器を作るとは、粉みじんにも思ってもみなかった。
剣や弓矢、魔導銃が小銃に代わり、魔導砲が大砲に代わるのはまだ既存の兵器の範疇なので理解できた。
だが、全くもって新しい兵器をこの男は作ったのだ。
「細部につきましては、物理防御に装甲は厚さ5㎜の鉄板を採用し、矢での貫通はほぼ不可能です。破壊するためには、魔導銃による爆裂魔弾か貫通魔弾を同じところに2発は打込む必要があります。魔導防御に反魔導石の粉を解いた塗料により、中位階魔法なら2発まで防げますし、この魔導防御により魔導銃では完全に破壊不可能となりました。また既存の魔導車の3倍の出力を出す魔導石機関で、速度を向上させ最大速度は毎時120㎞ほどです」
「……も、もういい。早く、行こうぞ」
どっと疲れた。わずかこの数分で疲れた。これが異世界の軍事の常識なのであろうが、妾等にはちと衝撃が大きすぎる。
一緒に来ていた近衛兵の二人も口をあんぐりと空けたまま、棒立ちしておるではないか。
「では、いきましょうか。近衛兵の二名はこちらのハッチにお願いします」
棒立ちしていた近衛も小六の言葉に我に返り、言われた席に着く。
「陛下はこちらに」
そういうと、後部の扉を開ける。それを底部に蝶番が施され、開けられた扉が階段になっていた。
その階段を上がると中には一人の侍女が居た。
「陛下。お待ちしておりました。珈琲をどうぞ」
侍女長……またしても。
「なるほど、確かに妾用に誂えてくれておるようじゃ」
中はふかふかのソファとテーブル。それと簡易な調理ができるようになっていた。
「これはなかなかに快適じゃな……お主はこれを知っておったのか?」
侍女長に投げかけるとニッコリと笑って「陛下の驚く姿が見たい余に……」と言うあたりが、彼女らしい。
そうして、小六の運転で軍事研究棟に向かうことなった。
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軍事研究棟は、皇都守備隊駐屯所にある先進軍事魔導研究所の予備棟である。魔導車や魔導銃、魔導砲などはこの先進軍事魔導研究所の発明だ。
設立当初は実験の失敗などでよく部屋が爆発したため、予備棟をいくつか設けたらしい。
今では安定して実験や開発を進めているため、予備棟が不要になって来ていた。そこで、その予備棟を借り受けたいと小六が言ったのだ。いまでは執務終了と同時に、そこに籠って様々な開発をしているらしい。
そして妾の目の前に、18m四方の白い布に覆われた乗り物が、この薄暗い倉庫の真ん中に鎮座してある。
それは良いのじゃが……。
「現状はまだまだ魔導研究所の諸先生方に手伝ってもらってますが、そのおかげで陛下にお見せすることのできる、新しい乗り物を完成させることができました」
「いやー小六君のおかげで、いまはアイディアが溢れてくるばかりでな、それを物にしたい!と思うのが研究者じゃよ。この乗り物も、なぜ今まで思いつかなかったのだろうと思うよ」
「所長、勘弁してくださいよ。これはあくまで所長や皆さんのお陰ですから」
「そんなことないよ。小六君のお陰だよ!この乗り物だってまさか本当に使えるとは思ってもみなかったんだからさ」
いつの間に魔導研究所の職員どもと仲良くなったのだろうか。
一応は皇帝である妾をそっちのけで、なにやら盛り上がっておるではないか。
「こほん!」
わざとらしく咳払い一つ。
それでようやっと冷静になったのか、小六と職員たちは姿勢を正した。
「陛下、失礼いたしました。では、こちらのロープをこの鋏でお切りください。するとこの布が落ちますので」
「うむ……まさか、今日は昼まで顔を見せなかったが、この準備のためか?」
「そ、それは……ささ、お切りください」
引き攣った笑いを浮かべつつ小六が鋏を渡してくる。この男、今日の昼食会議や装甲車のこと、そしてこの除幕式と書かれた横断幕がかかった倉庫……顔に似合わずこういうサプライズが大好きなようだ。
おそらく、そのくらい完成したことが嬉しかったのだろうが……、いかんせん度が過ぎる。
だが、こういうのは嫌いではない。
「わかった。では、切るぞ」
バサッ!
細いロープを切ると、白い布は左右に分かれるように落ちていく。
……かなり手が込んでいる。というのは、指摘しないのが華であろう。
そして布が落ちるのと同時に照明が点灯する。目が一瞬眩み、目を瞑る。
数秒して目を開けると、そこには見たこともないものがあった。
「これは飛行機というものです。空を毎時約300㎞以上で飛行します」
小六の説明も半ば流しつつ、その『ひこうき』というものに見惚れてしまう。
「これが、飛ぶのか?」
「はい。この翼に付けられたプロペラを回転させ前に進みます。飛行石を内蔵しており、約13mまでを浮上し、その後はプロペラの推力で上昇します」
「飛行石にそんな使い方があったとは……」
飛行石とは魔力を通すことで浮力を得る魔石のことだ。だが、風魔法が使えれば空を自由に飛び回れる。逆を言えば、風魔法を使えぬものが使ったところで、浮かび上がるだけなので、あまり需要がない魔石なのだ。
しかも扶桑皇国はこの飛行石の産出量が多い。
「飛行石の起動は魔導機関からの魔力を使うことで、魔法使いや魔導士でなくても飛ばすことができます。機関部は魔導車と同じ出力ですが、回転速度を速めております。開発自体は研究所の職員の皆様の協力の甲斐あり、ほぼ完成いたしました。ですが、あと数回は試験飛行を行う予定です」
「なるほどな……しかし毎時300㎞以上とは……」
確かに、これであればアイ県までの査察は非常に楽である。
「はい。将来的には、音の速度を超える飛行機の実用化も視野に入れております」
「……う、うむ。精進せよ」
「仰せのままに」
好き勝手にやらせてみれば、かなりすごいのを作っていた。これには驚嘆するほかあるまい。
ぐるぐると、飛行機の周りを歩きつつ細部を見ていく。
鳥に見立てて言えば、翼の下に2つ『プロペラ』なるものが付いており、それは機関部に直結していた。反対側も同じ作りだった。尻尾のあたりには垂直に立つ板と、それをはさむ様に小さな翼が付けられている。
胴にあたる部分は小さな窓が両側に4個ずつあり、頭には操縦席が見えた。
そうして何度もぐるぐるしているうちに、倉庫の奥に、なにかあるのが見えた。
「小六よ。あれは、なにじゃ?」
「あれというと」
「じゃから、あれじゃよ、あれ!」
妾が指を指した先には、先ほど乗ってきた装甲魔導車よりも大きく、なにか大きな筒が突き出ている魔導車らしきものがあった。
らしきと言ったのは、魔導車ならあるはずのタイヤがないからだ。
「あ、あれは……戦車です」
「戦車? なんじゃそれは?」
「装甲車よりも遥かに防御に秀でていて、魔導砲で敵陣を破壊する魔導車です」
「……」
もう、妾には驚くという感情は残っていなかった。
「あれはまだまだ未完成なので、完成してからお見せしようと思っておりまして……」
「……作るのは良いが、体を壊さぬ程度に留めよ。其方に倒れられては、妾は、困る」
「はい。陛下」
呆れが通りこすと、人は哀れむらしい。
今日ほど感情の起伏というか、心が動くのは初めてであった。