第二十六話 震地動天
前回に比べ、緩いノリでお届けします
意識が戻った小六に何の話をしていたか、を聞くと要所、要所は覚えていた。サクヤが神の一柱であることや、なぜ『国民管理魔法』に記録が消去されていたかなど……だが、彼の自分が何者であるかに関しては、一切合切を忘れていた。
それは禁書庫に、隠し部屋となっていた機密調査室統括室に自分が案内したことや、サクヤの話の一部、自らが語ったことを忘失……いや、そもそもやはり彼は小六ではなく、扶桑照天神であったのだろう。その証拠にサクヤはその神力にて小六の言葉一つ一つを真贋に掛け、全てが真であると耳打ちする。
小六は「さぁ話すぞ」と意気込んだ途端に猛烈な睡魔に似た何かに捕らわれ、意識を一瞬失った。と考えているようだった。これらすべては彼の中の神が為した小六を守るための措置なのだろう。だが、時間の経過を灰皿が証明……いつの間にやらサクヤが処理したようだ。誤魔化すのは容易くなった。か?
何はともあれ、小六自身が語りだす。山本小六という個人が、その口で自らの正体を語る。
「では改めて……俺が異世界人で、リンレンには俺の生い立ちとかをすべて話した。だけど、まだ話していない秘密がある」
「秘密とは?」
何となく言わんとすることを察する。既に聞いてしまった後なので然程も緊張せずに尋ねる。
妾の問いに緊張した面持ちで小六は口を開く。
「俺には子供のころから、もう一人の私がいるようなんだ。平たく言えば乖離性障害……二重人格のようなもので……幼いころ、道に飛び出して車にひかれそうになった時、俺は気が付いたら道の端に戻っていた。高校生の頃は暴走族……破落戸に絡まれて、気が付けば絡んできた破落戸が気絶してた。そして、俺ががこの世界に召喚される少し前、津波に襲われた、って話したのを覚えてる?」
「あぁ、覚えておる」
それからしばらく、彼の身に起きた奇跡的な出来事が語られる。
飛行機や装甲車を作るときに概念こそ脳内にはあったが、図面が引けなかった中、急にすらすらと図面を引けるようになった。
軍艦を作るときに1/100サイズの試験模型を作るときに難儀していたら、魔導製錬式魔法を思いついた。
クーデターが起きたとき、妾を抱えて階段を昇るときに急に魔法(身体強化限定)を使えるようになった。
サクヤを飛行場まで迎えに行くときに、敵機と遭遇したが敵機はすぐに機関部の故障かなにかで墜落した。
聞く限り……かなり介入しておるではないか!?
何が「神のことなどどうでもよかった」じゃ。バンバン使いまくっているじゃないか!
それもその神力をただ個人のために行使するなど……いや、神の座に興味がないだけなのかもしれない。
そう考えれば、今までの小六のある意味、凄まじい幸運ともいうべき偉業の数々は扶桑照天神の支援あっての物種であろう。だが、同一の魂を持つといえど、その神力を用いるに相応しい働きを小六は為してきた。
寸暇を、寝る間も、ましてや遊ぶ間などもない努力を、労働を。彼は元の世界でも、そして今も続けている。故にその神力を以て、彼を助けていたのだろう。それが彼の中の神が、小六を認めている証左であろう。
そう考えると一瞬、少しだけ小六の神力が膨らむ。
まさか、妾の心を覗いているのか?
すると今度は大きく神力が漏れる。
……食えぬ神じゃ。じゃが、小六と違って、馬鹿が付くほどの正直者であるようだ。
「以上が、リンレンに話していなかった……話すことができなかったことの数々です」
「うむ……」
返答に困る。
妾は答えを知ってしまっているわけで、またサクヤもそれは同じ。
彼女に関しては我関せずとばかりに煙草を吸っている。最速、呆れているといった様子である。
それはそうだろう。自分が食らったとはいえ、食らわれたはずの神が輪廻転生の果てに好き勝手やっているのだから面白くないのだろう。
気持ちはわからんでもないが、お主が言い出したことだ。なにか言え。と視線を送ると渋々と言った様子で口を開いた。
「小六様のの幸運がそれらを招いたでけですよ。きっと強力な守護霊かなにかでも憑いてるのでしょう」
ぶっきらぼうに言うとまた煙草を一吸いし、幽霊のようなものを紫煙で作る。
小六の中に隠れた神のことを臭わせる言葉だったが、小六は何のことはない。「案外そうかもしれませんね」などと呑気に笑っておる。彼の神が言っていた言葉が事実ならば、小六の精神が崩壊するやもしれぬのに……。
その思いの丈を視線に込めてサクヤを睨む者の、どこ吹く風とばかりだった。
だが妾のみに見える角度に紫煙で何やら文字らしきものが形作られていく。
『小六様が自分が神の力を宿すと自覚しても、なんら問題ありません』
それを読み、サクヤの顔を見る。彼女は愛煙する手製代用煙草の新作を一本、小六に味見させていた。
気を逸らしてくれているようじゃ。
『それが事実なら、私が自我を保てているわけありませんので』
言われてみれば、なるほど。至極当然であった。
では何故秘密にするのか? それが解せぬ。
そのことを視線で訴えるものの、サクヤはこちらに一瞥を寄越してまた紫煙で文字を描く。
『自分で考えてください』
手厳しい。まぁ……何でもかんでも人に訊くのは思考停止と同じ。時には自らの頭で思考せねばならない。
悠久の時を異世界にて過ごし、その中で数多の転生を繰り返した。そして異世界での神としての地位を獲得するもまた輪廻に飛び込んだ。
もしや、彼の神は本当に「観察者」として過ごしたいだけなのではないか?
だが、それでも観察者として過ごしたいのだとしても、魂の持ち主にその存在を知られたくないとは……一体どういうことなのやら……。
そう考えたときに、目の前を「動物のようなもの」が横切る。それも一つや二つではなく十ほど……。
それは動物のような紫煙の行進であった。その発生源を見れば、小六がサクヤに手解きを受けて煙人形魔法とでもいうべき魔法を使っていた。
才能の無駄遣い共め……!
普通の魔法は回復魔法しか使えぬ妾からすれば、恨めしい限りの無駄遣いの極み。それも数分もしない間に、明らかに上達し、猫や犬、牛と、なんの動物かがわかるくらいには上達した。
「お主ら。何をやっておるのじゃ?」
妾は決して怒ってなど居らぬ。数多神教の主神を始めとした全ての神々に誓ってもよい。
本当に怒ってなど居らぬ。せっかくの逢引が途中で有耶無耶になった挙句、数多神神話の根幹を覆され、サクヤが本当は神で、小六の魂がサクヤのもつ神が幼子だった時の魂の輪廻転生の果てで、そして神でもあるとか、こんなにも必死に自らを納得させようと色々と考えているのに、二人が仲良さげに魔法で煙遊びに興じておるなど……実に些事であるからな。
「えっと、そうだリンレン。こんなことになってしまったお詫びと言ったら語弊がありそうだけど、お詫びとして夕食を振舞わせてほしい。今からならまだ料理長から許可取れるだろうし……」
「陛下の小六様を盗る気などありませんので、ご安心ください」
両名ともなぜか怯えた目をしていた。
あれ? なぜか火之迦具土之命を呼び出してしまっていたようじゃ。
いかんいかん。用もなく呼び寄せた詫びとして、懐刀で髪を数本切り離し、それでお帰り頂く。
〈……私利私欲に飲まれるべからず〉
前よりもはっきりと聞き取れた。しかし、しっかりと釘を刺された。
神々は常にどこにでもいてどこにもいない存在。姿は見えなくとも、常に妾の傍に居る。そしてどこにもいない。
そんなあやふやな存在の神でも自我はあるようで、妾に対して苦言を呈すこともあるのか。と、一つためになった。
それは兎も角、小六の提案はなかなかに喜ばしい。彼の料理の腕前は皇城の料理長も認めるものだと聞いておる。問題は小六が多忙すぎて、その腕を振るう機会が滅多にないことじゃが。
サクヤに関しては、やや目が泳いでおった。まさかと思うが、サクヤめ。小六のことが……。
だとしても、これは譲れない。ともあれ、こればかりの最終決定は小六の気持ちが次第だが、たとえサクヤが相手でも負ける気など微塵もない。それどころか、妾は婚姻を迫られているという絶対的な優位に立つ。もとよりサクヤが敵うわけがないのじゃ。
「当たり前じゃ。妾の小六に手を出してみよ。もしそうなれば、お主といえども許さぬからな」
僅かに火花が散った。ように見えたが、サクヤは一瞬で目元が笑う。
「うふふふ……陛下ったら、熱々ですのね。火之迦具土之命の炎よりも熱すぎてやけてしまいます」
そう笑って答える彼女に安堵する。
本気だったなら大問題だったが、彼女の笑いははっきりと冗談だと言っていた。
ただし目元に浮かぶ一粒の水滴さえなければ、完璧に妾も騙されたのだろう。その一粒の水滴が、彼女が自らの心を殺す覚悟と見抜けないほど、妾も幼くはない。
「さて小六。それならば急いで調理場に行き、妾達ために、できうる限り最高の料理で妾とサクヤを楽しませてくれ」
「わかりました。リンレンとサクヤさんのために腕を振るいましょう」
そういって小六を送り出す。
小六も先ほどので悟ったようで、その言葉に心の重みを乗せていた。
「陛下…?」
「サクヤ。お主は今まで、そして明日からも妾の家臣であり、育ての母である。だが、一晩くらいは、ただのサクヤ・オオバとして、思いの丈をぶつけてくるのも、良いのではないだろうか」
「……陛下の計らいに感謝、いたします」
彼女もまた、小六に助けられた者。
あの日の飛行場で何があったかは妾は知らない。もしかしたらもっと前からだったかもしれない。
彼女はそれこそ建国以来、長い永い間、ずっと皇国に仕えてくれたている。たとえ神々との契約だとしてもだ。
それに彼女もまた女。ならば思い人の一人や二人、今までも出来たのだろう。されど、きっと彼女のことだ。さっきのように私情を殺してきたのだろう。彼女の苦労を、苦難を、苦渋を労わない理由などあって良いものではない。
それに神々との契約はある以上、彼女が妾の傍に仕え続けてくれる。それならば、これくらいのことは容易いものだ。
それに、小六は妾を選んでくれたという自負がある。踏絵にもならないかもしれないが、少しだけ小六を試してみるのも良いかもしれない。
いや、彼の場合、もしかしたら、妾への恋心が本当なのか怪しい。というのも、彼は負い目に感じている節がある。
妾が寿命を削り召喚したこと。妾が泣き落としに近い……いや泣き落としそのもので、彼を妾に振り向かせたこと。計画を簒奪されたとはいえ、クーデターの際に妾が危険に晒されたということ……。
考え始めればキリがない。故に、小六にもサクヤにも悪いが、踏絵に乗ってもらう。
小六を振り向かせたときには余裕がなかった。前を見ること、時には自らの足元を見る余裕すらなく、ただ彼に甘えてしまっていた。
これでは駄目だ。これでは、彼の気持ちを、妾が踏みにじっているではないか!
「サクヤよ。一つ頼まれてくれ」
「なんでしょうか」
「……いまより書く書状を小六に渡してくれ。渡したら、すぐに読む様に伝えよ」
筆を執る。
書状といっても走り書きに近い。
内容は至極簡単にした。
『小六の本心を大切にせよ リンレンより』
その紙を四つ折りにする。
渡す前に一つ思いだしたので訊ねることにした。
結局のところ、小六の口から聞くのを忘れていたからだ。
「そういえば、禁書庫にどうして入れるのじゃ? 今はだれにも許可を出していないはずじゃ。それになぜこの部屋のことをしっておったのじゃ?」
「どうしてって……それは、、、!!!」
サクヤが何かを言いかけていたが、突然妾を押し倒し机の下に押し込む。
急すぎて何事が起きたのか理解できずに、何の反応も出来なかった。
数秒たった気がして、やっと「あ、いま押し倒されて机の下に押し込まれた」と理解したほどだ。
だが理解できた瞬間にはもう、妾は抗議の言葉を上げる暇などなかった。
揺れたのだ。
それもいままで経験したことない大きな地震である。
椅子が床の上を暴れ、灰皿は床に落ちて割れ、天井に張られた木の板が剥がれ落ちて床の上を激しく叩く。
揺れが収まるまで、ただひたすら目を瞑り、机の脚を掴んでいた。
怖い。恐い!
心が叫べど、揺れはなかなか収まらなかった。揺れは一分?はたまた十分か。とにかく長く感じた。
ようやく揺れが収まり目を開ける。机の下から這い出て部屋を見て愕然とする。
さくほどまでは物は少ないながらも調えられていた部屋だったはずだ。だが、いまはどうだ。まるで野盗が部屋を荒らしたよりも酷い有様だ。
その惨状に呆然とする中、サクヤの姿が見当たらない。
後ろを振り返れば、サクヤが机の上に立っていた。
どうやら防御魔法で机を守っていたようだ。お陰で妾は事なきを得た。
「陛下。お怪我は?」
「無事じゃ。お主は?」
「何も問題ありません」
互いに怪我の有無を確認する。
一応、目視で互いに背中とかにも異常がないか確認した。
「では部屋をでて安全なところへ」
「そうじゃな」
そういって扉を開けようとするも、開かない。
妾ってそんなに非力だったであろうか? 今度は体重を込めて思い切りよく開けてみる。
……ビクともしない。
「陛下、ここは私が」
サクヤがそういって扉に指をかけて思いっきり開けようとするも、全く開く気配がない。
それは、彼女が身体強化魔法を使ってることからも、本当に開かないというのが良く分かった。
「どうしましょうか?」
「どうするもなにも……」
どうするもなにも、客観的事実を言うなら、妾達は閉じ込められたという他、言いようがなかった。
こうしてる間に、また揺れが襲う。さっきの程ではないが、揺れは強い。
この城でこの揺れ……。
冷静になった脳は一瞬で城下の、国全体の惨状を容易に想像してしまった。
それを収めるためにはこの扉を開けなくてはならない。にも拘わらず、扉は開かない。
妾達は、絶体絶命に陥ったのである。
作品としては若干、煮詰まり切っていない設定などが御座いますがお許しください。
また、いくつか登場する兵器や農耕具などで、現実の道具とはそぐわない設定もある場合がございますが、詳細にそれを説明できないこと(設定上)も多々あります。
あくまで主人公の一方的な視点で描いておりますので、説明などは多分に端折っております。
何卒ご理解ください。
今後も不定期かつローペースではありますが確実に更新していきますので、応援していただければ幸いです。




