第二十四話 甘味と密談
大変おそくなり申し訳ありません。
様々なアイディアが浮かび、プロットの修正を行いつつの執筆ですので、ご容赦ください。
「そんなに怒らないでよ。さっきのは悪かったからさ」
「怒ってなどおらぬ。少し機嫌が悪いだけじゃ」
そう返すものの、ふんとそっぽを向く。
街に出て、妾はすぐに小六が「町に行くの初めてで」というのが方便というのがわかったからだ。
考えてみれば彼を召喚してはや半年近い。彼がいままで一度も街に来ていないというのが嘘なことくらい、すぐにわかるはずじゃ。
せっかく甘党の小六が好きそうな、オススメの甘味処や洋菓子屋を思い出せる限りメモに書きなぐり、それらを廻る経路まで脳内に描いておいたのに、一軒目の茶くみ坊主が「山本さん、おひさしぶりでさぁ」と言ったのだ。
よくよく考えてみれば、指輪の宝石だって、この町で買ったものなのだろう。
その証拠に宝石商の前を横切るときに、店主がわざわざ出てきて小六に大きく一礼したほどだ。
そんなこんなもあって、妾はいま、機嫌が悪い。
「それにしても、案外ばれないものだね」
「まぁ、皇帝の跡を継ぐまでは、よく抜け出して町で遊んでおったからの」
小六がおどけた様子で驚いて見せる。昔もよく今のように変装して城を抜け出しておった。
近くで見られれば気づかれるやも知れぬが、遠目では町娘にしか見えまい。
いま流行りの矢絣模様に濃い藍染めの袴である。巷ではハイカラなどと呼ばれておる。久々に袖を通して町に出てみたが、やはりまだまだハイカラ姿は多い。あのときはこの姿で町娘と一緒に遊んだことも多かった。
しかし、それも出来ぬようになって1年と6カ月。
よく通っていた茶屋が2軒ほど潰れて一つは更地に、一つは別の店がやっていおることが時の流れを良く物語っている。
「昔に比べて、侘しいの」
「……これでも、俺が前来た時よりも賑やかになってるよ」
「そうかも知れぬが、妾が前来た時よりも、ずっと人が少なくなっておる」
辛気臭いため息が漏れ出る。
これもまた妾の責任かとおもうと、漏らしたくなくても漏れ出る。
「そんなことないよ。次は俺のおすすめの店いこう。あそこのケーキは美味しいんだよ」
「うむ」
気を取り直して次の店に向かう。
砂糖の供給が制限されるなか、多くの店が創意工夫を以て甘い菓子を売っている。
それでも限度がある。いくら甘くすると言っても限度がある故、やはり昔に比べて先ほどの店は甘さが控えめであった。
小六に案内されて入った店は洋装であり、中は小洒落た造りをした洋菓子店である。
「ベイクドチーズケーキを二つと、珈琲で」
「わら……、わたしも珈琲で」
給仕の者に注文を済ませる。
危うく、普段の言葉遣いを出すところだった。
1年以上も街に出ておらぬせいで、皇帝としての言葉遣いが身に沁みついてしまっていた。
給仕は手早く伝票に書き込み「少々お待ちください」と言って、カウンターに向かう。
色鮮やかなガラス細工のランプが煌めく、落ち着いた雰囲気のカフェだった。
「さてここで真面目な話です」
唐突に小六が話し出す。
「この国の歴史書とかを読んでいろいろ勉強したんだけど、やっぱり、俺がもと居た世界と酷似してる」
「ほう」
「ただし、違う部分は大きく違う。この世界では魔法があって、それを基に国家の基盤が成り立ってる。けど、俺の居た世界は科学が基盤で、魔法というのは幻想の話だった」
「ふむ。確かにこの世界は魔法を基盤となっておる。だが、科学が無いわけではないぞ」
「そう。それなんだよ。魔法で発展しいるのに、科学が存在している。それは矛盾している」
「いわれてみれば確かにそうかもしれない。じゃが、妾が生まれ育ったこの世界ではそれが常識じゃ。矛盾と言われてもピンと来ぬ」
言わんとすることは理解できるが、いまいち要領の掴めない話だ。
しばしの沈黙を見計らってか、珈琲とケーキが運ばれてくる。
まずは珈琲を一啜りするが……味に関しては何も語ることはない。
小六も同じらしく、一口含んで顔をしかめた後、そっとソーサーに戻し、テーブルに備え付けられた砂糖を無言でいくつか放り込む。
「けど、俺が持ち込んだ別世界での軍事や農業における知識ってのは、結局は、知識だけなんだ。戦車や装甲車、小銃に飛行機。トラクターや肥料成分について……けど、この世界にはそれらの発想がなかっただけで、アイディアを出すだけですぐさま物にできる技術を既に持っていたんだ。いくらこういう原理でこうなりますよ。と言ったところで、実際に作ってすぐに実用化できるわけがない。だけど、その技術を設計者から現場の工員までもが既に持ってる。こんなのおかしいと思わないか?」
「……考えうるのは、たまたまの偶然か、それか神々が世界へ干渉しているか、じゃな」
「神々が干渉?」
「うむ……いま言われてみてようやくお主の言いたいことが分かった。これは神々からの干渉により、世界の理を歪められいるのやも知れぬ」
「理を歪めるだって」
「そうじゃ。その最もたる象徴が、小六。貴様の存在じゃ」
「なるほど。確かにそれなら納得できる」
珈琲に手を伸ばしまた一啜りする。
冷えたせいかさっきよりも一層味が酷くなっている。はっきり言って、不味い。
「……寿命を犠牲にして召喚したのがお主だったが、そうか、なるほど。これを秘技と呼んで封印されとった理由がよく分かったぞ」
珈琲には目を瞑り、ベイクドチーズケーキを食すことにする。
ケーキの上には木苺のジャムが掛かっていた。風邪で寝込んだ時に小六がくれたプリンのソースを思い出す。
それを口に運び、やはり、小六の作ってくれたあのソースを思い出す。
「うむ。これは美味しいの」
「それはよかった。実はここ、俺がレシピを提供した店なんだ」
「なるほど……」
道理で既視感を覚えたはずだ。だが、美味しいことには間違いない。
むしろプロが作っただけあってより一層洗練された味になっている気すらした。
「砂糖が足りないなら、他の刺激でより甘さを感じるようにすればいい。餡子に塩を入れるように、酸味や苦みを加えることで、より甘さが引き立つ」
「うむ。確かに。じゃが……この珈琲は……」
「この店、これでも一応高級カフェなんだけどね……南方からの輸入も今は減っているしね」
「あぁ。それも良く分かる。あまりにも、酷い」
そういいつつ、カップを手に取り、また啜る。
やはり砂糖などでは誤魔化しきれない程、不味い珈琲。普段親しんでいる珈琲がどれだけ上質で、ごく限られたものなのか良く理解できた。
「前の戦車対近衛師団長との試験結果の報告書は読んでくれた?」
「あぁ読んだぞ。最後につまらぬ戯言が書かれた紙きれもあったがな」
「近衛師団長が人ならざる者である。……本当に戯言だと思うのかい?」
「なに?」
小六の挑発的な物言いに腰を浮かせる。
しかし瞬時に冷静になり周りを見渡すが、我々以外に客はいなかった。それどころか給仕の者も、店の奥に行ってしまっている。既に人払いを済ませていたようだった。
「改めて聴こう。その真意とやらはなんじゃ? 戯言を抜かすようなら、お主でも容赦せぬぞ」
顔を凄めて見せる。
しかしながら彼には通じないらしく、不味い珈琲を一啜りする余裕があった。だが、珈琲の不味さを忘れていたらしく、若干顔を顰めながら口を開いた。
「……俺の知る世界では科学が発達してるってのは言ったけど、それを支える様々な分野の学問も発達してて、質量保存の法則とかエネルギー保存の法則。生物学の進化論における必要選択による進化論……そのどれに当てはめてもサクヤさんは『人類』という枠では測れない、人を超越した人と言わざるを得ないんだよ」
急に小難しい話なので頭の中にメモ帳にすばやくメモを書き込む。小六は構わず話しを進めていく。
「サクヤさんの場合、まず魔力量がおかしい。人間一人がどんなに魔力をため込めても精々が自動車を50㎞で1時間走らせる程度の魔力が限界。どんなに凄腕の魔法使いでもこれは変わらない。だけど、サクヤさんの場合、理論上、魔導機関が壊れるまで走り続けることができる。というのが、一つ目。次に彼女の中で生産され貯蔵される魔力は、人間の身体構造上、自壊するレベルだと言える。魔導機関だって許容量以上の魔力を魔石から抽出しようとすれば壊れるのと一緒のことなのに、彼女の場合、それがないってこと。三つ目に、彼女は体内で生産された魔力を魔法として行使するときに、使用する魔力と実際に消費される魔力が全く同じだってこと。つまり消費する魔力と行使する魔法の魔力量が全く同じだってこと。変換効率が優れた魔法師でも80%が限界という研究発表もある」
「なるほどな。しかし、それだけではサクヤが極めて突出した稀有な魔法師である。というだけでしかないやも知れぬぞ」
「確かに。そうかもしれない。そう言われたら、必要選択による進化論でも、ただのイレギュラーな存在ともいえるかもしれない。俺もそう思ってた。それも、彼女の経歴を調べるまでは。の話だけど」
「サクヤの経歴なら疑う余地はあるまい。妾の乳母であり近衛師団長であるぞ」
自らの言葉に若干の怒気が孕める。小六の言葉が僅かに妾の琴線に触れたからだ。
だが一方で、小六がこれから何を話すのか。それに興味がそそられた。
「実はそうじゃないかったんだ。彼女の経歴は1年半前からのことは一切、わからなかった。いや、わからないようになっていた」
「……それは、どういうことじゃ?」
皇国籍を有する者全員に、その個人の家族関係と出生から学歴、職歴、賞罰についてが自動的に専用の魔法紙に記録される仕組み――『国民管理魔法』――となっておる。
それを偽造すること、隠ぺいすること、抹消することなどは何人たりとも不可能だ。
これは徴兵や志願兵の家族構成などの背景を明らかにするのに役立ち、人民を統治するために数代前の皇帝が作り出した魔法だ。
彼もまたそんなことは知っているはずだからこそ、それが真実であると表情を強張らせて、語りだす。
「彼女の経歴が1年半前から以前が完全に抹消されていた。こんなの、この国で起こりえることかな? ましてや、君の記憶にあるはずの10年以上も昔の経歴がないなんて、人で成しえるのか」
「そ、そんな、まさか……」
妾は、言葉を失う。
止めの証拠と言わんばかりに懐から封印された封筒を机に置かれる。
それを恐る恐る開封し、中を検める。それは間違いなくサクヤの出生から現在までを記してあるはず魔法紙による写しだった。だが、その経歴の大部分が空白で、1年と半年前より唐突に始まっていた。
「もともとは彼女の強さの根っこを調べるために、勝手に調べさせてもらった。すまない。国家機密クラスの書類のため常に持ち歩いていたんだ。まさか、こんな形で見せることになるとは思わなかったけど」
小六の言葉も耳に入れず、妾はその魔法紙を食い入るように見る。
家族関係、空白。生年月日、空白。賞罰、空白。学歴、空白。あるのは氏名と、1年と半年前から突然始まる『皇国軍近衛師団長』『皇帝陛下侍従長』の肩書のみである。
なぜ今の今まで気づかなかったのだろうか。いや、なぜ疑問にすら思わなかったのだろうか?
確かもサクヤはいたのだ。妾がこの世に生を受けすぐ亡くなったという母上に変わり、乳母として妾を育ててくれたというのに。
だがこの瞬間、自らの頭が揺らぐような感覚を覚える。
視界が霞み、辺りが激しく揺れているような。
「だ、だいじょうぶか」
慌てた様子で小六が支えてくれた。お陰で椅子から転げ落ちるのは避けられたようだ。
「あぁ。大丈夫じゃ。ははは……確かに、これはサクヤが人であるとは考えられぬ証拠じゃな」
椅子に座りなおし、状況を整理する。
サクヤが乳母だったという記憶もあるし、共に長年を過ごしてきた記憶もある。さらに言えば、妾が幼きころより、彼女は近衛師団で師団長を務めていた記憶もある。
俄かには信じがたいが、この紙が現実だ。
こんな紙切れ一枚だが、写しとはいえその魔法効果は変わらない。間違いなく、この紙に記された内容が嘘偽りのない内容なのだ。
だが、1年と半年前という時期。これになにか違和感を覚える。そのころと言えば、父上が自刃し崩御した時分だ。
妙である。
そのことを伝えると小六自身も同じことを考えていたようだった。
「さっき言ったよね。神々の干渉により、世の理を歪められている。これも、そうなんじゃないかな?」
既に冷え切った珈琲を互いに啜る。もう、顔を顰めたりはしない。
「サクヤの存在が神々により歪められている。というのか?」
「可能性としてはそれが一番高いと思う」
「それは妾の父上が自刃するときに、八百万の神々に願えば、確かに可能かもしれぬが……」
熟考するもそれが答えとして正解なのかわからない。
だが、サクヤの存在そのものが謎に満ちてしまった今、それを解き明かさねば今後は彼女を重用するわけにいかない。
視線が自然と左下を向く。そこは床である。なにもない。はずだった。
だがそこには見覚えのある軍靴とロングスカートの裾が目に入る。
視線を上に移せば、いま話題の只中にいる人物がそこにいた。
「呼ばれた気がしたので出てきましたが……」
いつも通りの嫋やかな笑みを浮かべるサクヤがそこに居た。




