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第二十三話 小六の畑

大変遅くなりました。

今後、ぼちぼち書いていきます

「農こそは~国の基と~旗印雄々しく掲げ、技能磨かん~若人われら~」


若干音痴ながらも独特のコブシを効かせた歌をうたいながら、小六はせっせと荒れ地を畑にするべく農作業に勤しんでいた。

既に畑となっているところには、大根、白菜、春菊などの冬野菜が育てられ、畑の端にはソラマメと菜花が育てられていた。

季節は11月の暮れに近い。日差しの良い昼間だが、長袖でなければ肌寒い中、小六は半袖姿で鍬を振る。

一振り降ろされるたびに、固そうな土が掘り返され解されていく。彼のうなじに汗が滴るのが見える。


「なんでこんな辺鄙なところで畑仕事をしておるのじゃ?」


彼は手を止めることなく、背を向けたまま妾の問いかけに答える。


「ここが近場だからさ」


そしてまた一振り。

粘土質の土は掘り返されても簡単には崩れず、鍬を押し当て崩していた。

彼はそのまま黙々と耕し続け、畳10枚分ほど耕す。すると次は畑の隅にあるもみ殻のたい肥を円匙(えんぴ)(スコップのこと)を使いさっさと一輪車に乗せ、耕したばかりの畑に均等になるように撒いていく。

一輪車が空になると、また一輪車にもみ殻を乗せる。


「妾も手伝おう」


「良いよ。俺の趣味だから」


「妾が、小六の手伝いをしたいだけじゃ」


「ならこのもみ殻を一輪車に乗せてくれるかな」


「わかった」


椅子代わりにしていた丸太の皮屑(かわくず)が、腰を浮かせたときに一緒に引っ付いてくるのを手で払いながら畑に足を入れる。

畝を立てている畑の土はまだ柔らかいが、今まさに耕されたばかりの荒れ地は粘土質な土が足裏にへばりつき歩きにくい。


「耕したばかりの畑は歩きにくいから、通らないほうが良いよ」


「いうのが遅い」


既に時遅しの忠告に怒ったふりをしながら言い返すと、軽い雰囲気で「ごめんごめん」と帰ってくる。

彼の機嫌が良いのは、昨日から与えた休暇に起因しているのだろう。

前から休みを与えようとしていたが、クーデターのごたごたもあり、先延ばしになっていたからだ。

とはいえ、執務時間外でも魔研や軍研に顔を出し、農研にまで顔を出しおきながら、さらにそのあとや早朝にこっそりこの畑を作っていたというのだ。真っ黒な隈もできるはずであった。

だがそれも一昨日までのようで、昨日は丸一日食事もとらず私室で眠りこんでおり、このまま目が覚まさないのかと心配したら、今朝は日の出よりも早く起きており、妾と朝食を一緒にとった。

十分な休養をとった彼は、召喚してすぐのころのやさしさが戻ったようだった。やはり休養は重要である。

妾自身も今日は休務にした。理由は単純に、書類の裁可権を信頼できる臣下に権限移譲したからだ。

今後は本当に皇帝の裁可が必要な書類のみの裁可が妾の仕事になる。

前々から小六にも言われていたのだが、ようやく移譲することができた。

尤も、御前会議にて臣下全員を説得するには骨が折れたが……。

権限の委譲とはつまり、責任の移譲でもある。

だれもが責任を取りたがらないのだから当然だ。と思っていたがそうではなく、「我々は陛下の負担を増やすことをしていた。この責任は私共の命で詫びを」などと見当違いも甚だしい誤解をしてしまったので、その誤解を解く説得に苦労したのだ。


「そういえばさ、これって初めてのデートになるのかな?」


「デートとは…?」


「えっと、女の子と一緒に出掛けたり遊んだりすること」


もみ殻が畑に撒かれる。

風と共に発酵したもみ殻のわずかに甘い匂いが漂う。


「これをその、出かけたり、遊んだりに含めてもいいのか?」


「うーんどうだろうね。でも、俺はリンレンがこの畑に来てくれたから、デートってことにするよ」


また風に乗って甘いにおいがする。ただし、今度はもみ殻が数粒、足に当たる。


「お主がそれでもいいなら、これはデートだな。妾も体を動かすのは久しいゆえに、楽しいからな」


円匙をもみ殻の山に突き立て掬い、空の一輪車に入れる。

少し湿ったもみ殻は、見た目に反して少し重い。


「それに、兵器には興味はないが農には前から興味があったからの」


まだ数度しか掬ってないのに腕が重い。


「ありがとう。けど、そのやり方じゃ疲れるよ」


こうしてやるんだ。と、小六は円匙をもつと、そのままもみ殻の山に片足を突っ込む。


「腕だけで持とうとすると疲れるんだよ。こうやって体ごと円匙に近づけて、腰に柄を着けてやると楽だよ」


言われた通りやってみると、確かに楽だった。


「本当じゃ。全く違う」


「農業は体力勝負だけど、こうやって工夫しないと疲れるだけだからね」


そう言うとさっさと一輪車がいっぱいになるまで載せ、また撒く。


「そっちの空いてる一輪車に積んでおいて」


「わかったのじゃ」


空の一輪車に積む。山の中ほどに足を突っ込むと温かかった。


「小六! このもみ殻温かいぞ!」


「発酵してるからね。発酵すると熱を持つんだよ」


「知らなかったのじゃ……」


そしてまた円匙を振るう。もみ殻の中心に近づくにつれ、甘い匂いが濃くなる。と同時に、湿り気が増して重くなる。


「表面の乾いてるやつだけでいいよ」


「うむ。そうする」


妾が四苦八苦しているのに気付いたのか、ありがたい助言をいただく。

そうこうしているうちに、既に何杯目かの空の一輪車も、いっぱいになった。


「これでおしまい。ありがとう」


「これしきなんてことはない」


虚勢を張ってみるも、既に腕も足も震えていた。

間違いなく明日は筋肉痛であろう。いや、既にもう痛い。

その場でぺたりと座り込む。


「にしてもお主、なんでトラクターを使わないのじゃ? あれを使えば早いじゃろう」


「うーん、こだわりかな」


「こだわりか」


「うん。こだわり」


そして今度は手曳き式(てびきしき)の3連犂《3れんすき》で畑を鋤く。

地味極まりないが、なぜか見ていて飽きなかった。


「俺がもと居た世界での農業ってさ、機械を使う農業ばっかりだったけど、婆ちゃんがさ、先祖代々守ってきた小さな畑で、こうやって地道に畑仕事してるのを見てたんだ」


彼は鋤きながら話す。

妾はそれに耳を傾ける。冷ややかな風が吹く。

重労働で火照った体が冷やされていく。


「でさ、俺もこういう農業をやりたいなって思ってたんだけど、ずっとできなかったわけで、今、こうやって自分で一から畑を作ってみたくなってさ、先人の苦労ってやつを俺も知りたくなったんだ。それが理由かな」


「そうだったのか」


彼が耕す畑は皇城の裏手にある空き地だ。

昔は籠城戦に備えて畑だったらしいが、数十年以上も昔に作られなくなってそのまま荒れ地になっていた。

雑草は生い茂り、野生の鳥が運んだ種から木まで生えていた。

だが、今やそこは開けている。それは彼が地道な努力をしてきたからであろう。


「リンレンはまえ落花生に興味を持ってたね?」


「あぁ。あのときか。うむ。あれには驚いた」


「育ててみる?」


小六は手曳き犂を肩に担いでいる。

額から汗をたらし、それが日差しに照らされ光る。


「この畑で?」


「うん。と言っても種を植えるのは来年の春だけどね」


「……来年の春が待ち遠しいな」


「けど、その前に一仕事終わらせないといけないけど」


「合衆国じゃな」


「それもあるけど……」


寒風が吹く。落葉樹の枯葉が舞う。

小六はそれを見ると手曳き犂を物置小屋に片付けて、笹箒を取り出し、落ち葉を集める。

そして大きな山を作ると、物置小屋に箒を仕舞い、代わりにさつまいもが詰まった木箱を出してきた。


「何をするかわかる?」


「まさか……」


「そう、そのまさかだよ」


落ち葉の山の中に芋を数本放り込み、火を着ける。

始めは勢いよく燃えたが、全体に火が廻ったと思ったら、すぐに火の勢いが弱まり白い煙が高く昇る。


「おい。火が弱くなったぞ。これでは芋が焼けぬではないか」


「そう焦らないで。中心の方には湿った落ち葉を多く入れあるから燃えるのに時間が掛る。だからこそ、美味しい焼きいもが出来るんだよ」


そういうとそこらに落ちていた木の枝でかき回す。すると新鮮な空気が送り込まれて、わずかに火の勢いが戻る。

しばらく火を眺めながら暖を取る。

寒風が吹くが、焼き芋のためならば我慢することもやぶさかではない。


「なんですかこれは?」


突然思いもしない方向から声を掛けられびくっとしてしまう。


「サクヤさんこそどうしたんです?」


「どうしたもこうしたも煙が昇ってるのが見えてきたのです」


サクヤのきつい視線がこちらにも向けられる。

そんな目で見ないでほしい。


「すみません。実は落ち葉を焼いておりまして……」


「で、そこの芋の箱は?」


「……サクヤもどうじゃ?」


「……今回だけですからね」


懐柔に成功して3人で芋が焼けるのを待つことになった。

そして追加で5個ほど芋を焼くことにした。

もちろん、先に入れたのと混ざらないように別の落ち葉の山を作った。


この調子であれば、あと数人は来ることが予想できる。と小六がいっておる。


「合衆国との問題もこの焼き芋と同じです」


唐突に小六が訳の分からないことを言い出す。


「時間を掛ければ美味しく出来上がるけど、急ぎ過ぎれば……」


一つの芋に棒を突き立て、それを掲げて見せる。

それは真っ黒に焦げていた。


「こんなふうに、食べるところがなくなる。事を急いては事を仕損じる。ってやつだよ」


「なるほどな」


「お、これならもう食べごろだな」


そういって小ぶりの芋を灰の中から取り上げる。


「熱いから少し冷ましてから食べるといいよ」


そういって小六が妾の膝に芋を置く。分厚い服越しに芋の熱がじんわりと伝わる。


「それで暖を取ってる間に食べごろになるよ。はいこれはサクヤさんの分」


「ありがとうございます」


熱々の焼き芋を割ってみると、中から黄金色に輝く実が覗く。

それに数度、息を吹きかけ冷ましてからがぶりと食べる。


「甘い……とても美味しいのじゃ!」


「うん。確かにうまいな」


小六も焼きたての芋に頬を緩めていた。

サクヤは猫舌なので念入りに冷ましてから食べるそうだ。


「陛下。何をしておられるのですか?」


「この匂いはぁ、焼き芋だぁ!」


匂いに釣られてか親しき友が二人、やってきた。


「ムツキもアイシャも良い時にきましたね。そろそろ第二陣が焼きあがりますよ」


「やったぁ!」


アイシャが小躍りするように飛び跳ねる。


「アイシャ。まだ勤務中」


「で、でも……」


「目の前でお主らの上司も勤務時間内に油を売っておる故、不問にしてくれるだろう。な?サクヤ」


「……今回だけですからね」


そういってサクヤは芋を食べる。

十分に冷ましたはずだがまだ熱かったらしく、口から白い湯気を吐きだす。

彼女もなかなかに甘い。だが、そういうところもまた彼女が慕われる理由なのだろう。

アイシャは今度こそ小躍りを始め、ムツキは小さくガッツポーズを決めていた。

その様子を眺めていると、小六が耳打ちする。


「リンレン。合衆国に行くのに空母を使うって言ってたの覚えてる?」


「覚えておるぞ」


焼きあがった第二陣の芋を渡され、懐炉替わりに腹に抱え込む。その温もりに癒されながら、1個目の芋を食べきる。

自然な甘さがそのねっとりとした舌ざわりとともに、いつまでも口内を満喫させてくれる。


「でさ、飛行戦艦のことも、覚えてるかな?」


「覚えておるぞ……」


ここまでいわれれば理解できないわけではない。


「で、空母よりも飛行戦艦のほうがすっごく早く合衆国に着くんだけど、どうかな?」


「そりゃ飛行戦艦で行くに決まっておろう」


「だよね」


風が吹いて、たき火の火力が強まり炎が上がる。

だが、それもまた一瞬で、もとの勢いに戻った。


「この芋、とてもあまぁい!」


「うん。確かにこれは美味しいね」


アイシャとムツキが嬉しそうに頬を綻ばせながら、金色の芋を食していく。

サクヤは手に持った2個目の焼き芋を、恨めしそうに睨んでいた。今すぐ食べたいのに熱くて食べられないからだろう。

この賑やかな時間だが、皆が忘れていることを思い出した。

懐中時計を取り出し、時刻を見れば『11時19分』。


「みんな、昼食は必ず取るのだぞ。残してはならぬぞ」


この言葉に全員が顔をしかめる。

サクヤに関していえば、ちゃっかり第3陣を焼き始めていた。


「この芋の品種は冷えても美味しいので、お昼のあとの甘味として食べてください」


小六の一言が無ければ、皆が昼食を残すことは目に見えたことだった。

平穏無事な一日を妾はようやく過ごすことができたが、明日がどうなるかなど、妾には知りようもない。

だが、小六はまだまだ元気らしく、昼からは街に買い物に行くそうだ。


「陛下。今更なのですが、一つお願いが……」


「なんじゃ? 改まって」


「召喚されて今まで一度も街に買い物など行ったことがなく、誰か案内役が一人いてくれたら心強いのだけど」


「なら、アイシャかムツキを案内に……」


「陛下。ちょっとこちらへ」


サクヤに服を掴まれ立たされ、そのまま引きずられるように建物の陰まで連れていかれる。

壁際に立たされ、見下ろされる。

まるで芝居にでてくるチンピラが町人から銭を巻き上げるような状態だ。


「さすがに、無礼であ__」



ドン!!



凄まじい音と衝撃波が襲う。顔を動かし左を見やれば、妾の顔と同じ高さの石壁に、サクヤの平手が突き刺さっている。

今ので鼓膜が裂けたようなので、黙って治癒魔法で治す。

今、下手なことをいうと殺されかねない剣幕が彼女にあった。


「さっきのは、リンレンが案内するところでしょ。せっかくの逢引のチャンスなんですから!」


「はい」


首がもげるのじゃないかと思うくらい大きく、何度も首肯する。


そして、たき火のところに戻って、妾が案内することを伝えることにした。


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