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第二十二話 戦車と侍女長(後編)

全身に張り巡らされた魔法を取り敢えず解除させ、妾は速やかに治癒を司る二木葉乃男(にきはのお)を呼び寄せる準備をする。

神の御業なくして、さすがに戦車の前に立たせるわけにはいかない。

それが例え、戦技において常勝不敗の近衛師団長であるサクヤであってもだ。


だが、サクヤの今の服は侍女長のもの。


「皇帝陛下の最強の剣であり矛であり、懐刀としての存在意義の証明のために馳せ参じた次第です」


「本心は?」


「近衛師団長として動くと部隊が動きますので、単独行動ができる侍女長として来ました」


「……本心は?」


「……幕僚陣に『師団長がいると仕事がなくなる』と司令部から追い出されました」


なるほど。優秀すぎるのも考えものであるな。

なまじっか戦技だけでなく内務までできすぎる余り、部下から顰蹙(ひんしゅく)を買うとは……かける言葉が見つからず、紅茶を啜る。

既に茶卓と椅子、それらを覆う大きな日傘が用意されていた。

茶卓にはわずかながらも甘味が並び、双眼鏡まで置かれている。


「陛下、速射試験が終わりました」


「もう終わったか」


気づけば戦車は後退を始めており、ほどなくして一両を残して射場から姿を消した。


「ではサクヤさん、出番です」


「わかりました」


言い終えたと思ったら、侍女長服を脱ぎ捨て、袖無し濃緑色の上衣に濃緑色の下衣を履き、黒色の安全靴を履いていた。その鍛えぬかれた体と、女性らしい抜群の凹凸が目を引く。


「小六。鼻の下が伸びておるぞ」


「そ、そんなことはありませんよ」


小六は背筋を正すが、鼻の下を伸ばし切っただらしない顔をしかと目に焼き付けておる。

妾だってもう少しすれば……いや、もう既に時遅し。成長期など、既に終わっている。

残念ながら同性の目から見ても羨ましい限りの体型である。

あれほどの筋肉は要らぬが。

目を話した隙に、また小六の鼻の下が伸びていたので頬をつねっておく。

男とは隙あらば目の保養などと抜かすが、見られる側の気持ちを斟酌してほしいものだ。

それに見るなら妾を見ておれば良いものを。


「では陛下、ヤってきます」


言葉の意味がかなり怪しい挨拶を残して、サクヤは的が置いてある方向に駆け出していく。

その疾風の如き速さで砂塵が舞い上がるほどだ。

運良く風上に妾等はいたため、今度は砂を被らずに済んだ。

彼女が的に到着した時、太陽が頂点に達した。


「これより非公式ながらも御前評価試験を開始する。総員、陛下に対して敬礼!」


戦車兵は下車しており、判定員ともども並び立ち、最上敬礼を行う。

それに合わせて答礼する。

妾が見に来てることなど周知されていなかったためか、兵子どもはかなり慌てた様子だったが、致し方がないだろう。


「直れ! では、評価試験の準備を各自実施せよ」


小六の言葉により戦車兵は乗車し、機関を始動させる。

溢れ出た魔力が青い煌めきと共に風に漂う。

双眼鏡で見る限り、サクヤの方は魔法の展開中のようだ。


「サクヤ近衛師団長は身体強化系と防御系のみの魔法の使用とする」


開始の合図の前に、小六が無線を片手に釘を指す。


『問題ない』


程なくして準備が整ったようだった。

彼我の距離は約1㎞。

戦車の主砲の有効射程ギリギリである。


「では……試験開始!」


ドォォォン!!!


言葉が聞こえると同時に戦車からの砲撃。

同時に全力で後退を開始した。更には後退しながらの機関銃による牽制射撃。

実戦さながら……いや、戦車兵からすれば実戦よりも怖いのかもしれない。

無線から漏れ聞こえる中には

「追い付かれたら死ぬと思え!」

「機関が焼き付きます!」

「焼き付いても構わん」

「動きが速すぎて照準できません!」

「親の仇と思って照準しろ」などと聞こえてくる。

だが、その戦車が後退するもサクヤは右に左に跳ね飛びながら距離を詰めている。

戦車を量産するよりサクヤを量産する方法を考えた方が良いかもしれん。

幻想を抱くもサクヤほどの逸材がゴロゴロしているわけではない。

近衛兵が全員が一騎当千と言われる兵なら、サクヤはそれらを纏めて相手取って楽に勝ってしまうほどの化物だからだ。

そんな化物は更に距離を詰め、砲弾をかわし、機銃の弾を防御魔法で受け止める。

そして距離が300mまで詰まった時、砲弾がサクヤに直撃するも弾き飛ばした。……小六が口をあんぐりと開け、死んだ魚のような目を見開き、臓腑から絞り出すように「そんな馬鹿な」と呟く。


50mmの鉄板を貫通する砲弾を弾く……妾も驚愕する。

これで戦車の矛と、サクヤの盾との決着は着いた。と思ったが、

「演習弾では効果認められず……次弾、徹甲弾!」

「車長! それでは余りにも威力が……」

「黙れ! さっさと装填せよ」

どうやら戦車の本気の一撃ではなかったようだ。それを聞いて俄かに小六の目に生気が戻る。

まだまだこれからだということだろう。

サクヤはそれを察してか、立ち止まり防御魔法の多重展開を始めていた。

そして戦車もそれを理解し、停止すると57㎜砲を照準。間髪なく咆えた。



ガギィーン!



着弾と同時に、異音が聞こえる。双眼鏡でよく見れば、見事に砕け散った「砲弾」が確認できた。

隣で何かが大地に倒れる音がしたが、見ないでおくのが慈悲であろう。

一方でサクヤは残り1つの防御魔法が残るのみであった。

この矛盾の対決では、サクヤの盾に軍配が上がる。

「戦車長! て、徹甲弾効果認められず!」

「機関を限界まで上げよ。こうなれば戦車ごとやつにぶつける」

不穏な言葉が聞こえたと同時に、今度は急加速での前進。ありったけの火力をサクヤに集中させながら、ひたすら速度を上げていく、

そんな中、サクヤも銃弾も砲弾もさらに硬くした防護魔法で弾き飛ばしつつ、一直線に突き進む。互いに土煙を上げ、互いが優れていることを証明するための奔走。そんな中、戦車は発煙弾を発射し、少しでもサクヤの一撃を軽減させる努力する。

だが、このままでは例えサクヤの拳が戦車の装甲を貫通したところで、戦車はそのままサクヤにぶつかる。

いくら防御魔法でどうにかした所で、轢かれて潰されるのは目に見えておる。


止めねば。


席から立ち上がり止めようとしたところで、無線から声が出力される。


『問題ありません』


その声で僅かな躊躇。

だが、そのごく僅かな時間で、戦車はサクヤに衝突する。



ドガァァァン!!!



土煙が天高く舞い上がる。

速やかに呼び出しておいた二木葉乃男に呼びかける。

だが、二木葉乃男は応えない。


「二木葉乃男!妾の願いに応えられたし!我が血では足りぬのか!?」



   必要ない


その言葉が聞こえると大きな風が吹き、視界が晴れる。

双眼鏡でよく見ると、サクヤは戦車の装甲に拳を突きだして止まり、戦車は泥を巻き上げながら履帯を空転させていた。


一体何が起こったのか。


自体を掌握する前に、状況終了を知らせる小六の声が会場に響いた。




後日、委細が綴られた書類が一枚、公務机に置かれていた。

内容を確認する。


「新型戦車対超高位魔法師との模擬戦闘試験に関する報告書   報告者山本小六


新型戦車の生産するにあたり、試作戦車と超高位魔法師(魔導師)との戦いを想定した模擬戦を実施した。その結果の詳細を以下に記す。


緒言

新型戦車は試製三七式戦車改であり、現行の先行量産型三七式戦車の課題を克服するために再設計を施した戦車である。先行量産型三七式戦車でも、非魔法(魔導)師との戦闘にあっては無双することは既に先の事件で証明された。だが、対魔法(魔導)師との戦闘においては、1輌対1人であっても苦戦が強いられる場面もあった。また非常に優れた魔法師との戦闘では、1個戦車中隊が1人の魔法師により壊滅されるという事態が発生することが確認された。このため、戦車の攻撃力、防御力、抗体力、機動力向上を主眼に置いた新型戦車の研究が必要になったため、魔法・魔導研究所と軍事研究所により再設計を行い、その試作車両の評価試験実施のため、本試験を実施した。


試験内容

本試験では、既に才能を発揮している皇帝陛下直属騎士軍団の戦車隊の精鋭が操縦する試製三七式戦車改(以下 戦車)と、近衛師団の精鋭魔法師(以下 魔法師)が模擬戦闘による試験を行った。

以下は各評価項目ごとに記す。


機動力に関して

彼我の距離を約1㎞に設定し、試験開始と同時に戦車は全力後退を行う。時速約40㎞での後退であるが、魔法師は約5分後に彼我の距離300mまで切迫する。これが魔法師の最大速度と計算するならば魔法師は約48㎞で疾走した計算になる。しかしながら、魔法師は戦車からの反撃を回避しながらだったため、実際の速度は時速50㎞を超えている。沼地に侵入した際には、走破能力が著しく低下したことも確認した、このため機動力に関しては、実戦闘に即した相対した状態では、魔法師には敵わないことが証明された。また実戦では敵空戦魔法(魔導)師も多く存在するため、戦車のこれ以上の機動力向上は必要であるものの、費用対効果が望めないため現状維持とする。


攻撃力

戦車の主砲は57㎜砲であり、貫徹能力は50㎜の鉄板を500mで貫通する。この主砲による砲撃で、模擬弾が魔法師に命中したが、防御魔法により簡単に阻止された。事後、300mの距離で双方が静止した状態で徹甲弾を発射。だが、防御魔法にこれも阻まれ、砲弾は砕けた。

砲弾の硬度の向上の必要性もあるが、これ以上の向上は費用対効果が薄く、また実戦闘において魔法(魔導師)への主砲命中は極めて困難なため改善は行わない。むしろ費用対効果に乏しいことが証明されたため、対人・陣攻撃に特化した先行量産型三七式戦車の主砲に戻す。ただし、技術力維持・向上のため、今後は歩兵が運用する曲射砲として、本主砲を量産・運用したい。


防御力・抗魔防御力

戦車は全力前進(時速60㎞)で、魔法師も全力前進(およそ時速55㎞)で、衝突。

戦車は衝突寸前に沼地に落ち込み、車体部が土中に埋まりながらでの衝突だった。

魔法師は筋力強化、身体自動治癒、拳部分の3層の防御魔法を展開した状態で、正拳突きを行う。拳は戦車の正面装甲に命中するも、装甲を破壊できなかった。一方で戦車は沼地で速度が減衰していたことと、魔法師の拳の衝撃により推進力を失った。

模擬戦闘試験終了後、無人の戦車に対し火炎魔法、氷結魔法、電撃魔法を浴びせる対魔防御試験を行った。こちらに関しては、当初の予想以上に高い防御力を発揮したものの、電撃魔法においては内部に通電し、魔導機関が故障するなどの問題も発覚した。

防御力に関しては、再検証の必要性や改善点があるものの、大部分で必要条件を満たす結果となった。


2枚目以降の資料にさらに詳細な記録を示す」


極めて事務的な内容に嘆息する。

2枚目を見ようとめくると、ひらりと一枚の紙片が舞う。

床に落ちたそれを拾い上げ、そこにかかれた内容を一瞥して、鼻で笑う。


「近衛師団長は人の姿にありて、人に非ず。彼女は、人ならざる者の末裔である可能性高し」


その走り書きを両掌でくしゃくしゃに丸めて屑籠に投げ込む。

放物線を描き、見事に籠に収まった。


「負けたのがそんなに悔しいのか」


少し幻滅しつつ、妾は次の執務に取り掛かった。

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