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第二話 昼食会議

侍女に入室を許可し、数名の侍女と侍従がテーブルにクロスをかけ、食器を並べていく。

普段ならそれを仕事をしながら見るだけなのだが、そこで異変に気付く。


「待て。なぜ2人分用意しておる?」


「はい。それは小六様が陛下と昼食会議をすると仰せられておりますので」


侍女はしれっとしたものだ。あくまでも自らは間違っていないという意思の表れすら感じる。


「妾の許可はどうした?」


「はい。小六様は『既に許可を取っている』と仰るので、陛下のお時間を割くのも悪いと思いまして、割愛させていただきました」


この侍女がまだ新人なら怒鳴りつけるところであるが、なんせこの侍女は、妾の幼少のころからの教育係で母代わりの者。そんな侍女に、怒鳴りつけることがだれができようか。


「ま、まぁ丁度、小六と話さねばならぬ案件もあったので良しとしよう。だが今後は必ず、許可をとるように」


「はい。仰せのままに」


そういうと侍女はまたテキパキと準備を進めつつ、新人の従者に食器の配置について指導をしていた。

その間に最後の書類、『軍の近未来化』という書類に目を通す。

これにもメモがある。それに目をさっと通す。


近い将来的に兵士数の削減は避けられない。この場合、現状の装備では純粋な軍事力の低下につながるため、他の列強よりも優越した装備の質を確保することにより軍事力の均衡を崩さないようにする。

まず、魔導や魔法などの魔導・魔法適正に影響されない兵器の開発(以下、非魔導・魔法兵器)。これにより魔導、魔法を苦手とする兵の戦力が向上し、兵の質の均質化にもつながる。非魔導・魔法兵器の開発のための本格的な研究の許可を求める。


本当にメモには要点だけをまとめられている。『軍の近未来化』の裁可のための資料を見ると優に20頁は超え、内容はより言葉をこねくり回して、わざわざ小難しい言葉を使ったりしている。おそらくこの資料は、この妾の裁可に来るまでの家臣会議をねじ伏せるための物だろう。

そう考えると、妾の脳みそが薄っぺらいといわれているような気がするが、いまは気にしないでおこう。尤も、既に小六の要望で研究棟は貸してある。事後承認に近いが、よもやこのようなことを研究していたとは……最も話し合わねばならない。


「陛下。お食事の準備が整いました」


従者の言葉にテーブルを見る。中央にサンドイッチが並び、冷えた珈琲がグラスに注がれ、席の前にはサンドイッチの取り皿と冷製スープが置かれている。

季節は既に梅雨空けが近い七ノ月の始め。暑さが体力を奪いに来る今日のような日にはピッタリのメニューである。

尤も、サンドイッチも冷製スープも、小六が持ち込んだレシピで作られている。

あの男は内政や軍事、農業だけでなく料理にまで知恵が及ぶらしい。


「ああ。小六を呼べ。すぐにでも食事をとりたい」


「陛下。私ならここにいます」


扉の前には既に小六が来ていた。いつからいたのかなどとは考えない。

もう、今すぐ食事と出鱈目な決裁の内容について議論を交わしたいのだ。

なによりも、このスープとサンドイッチを頬張りながら、冷えた珈琲で流し込みたいのだ。


「席に着くよう。すまぬが、二人にしてくれぬか?」


「はい」


そういうと、侍女たちは一礼して部屋を後にする。

残されたのは妾と小六。

市井の者らが読む読み物であれば、この後は燃え上がるような禁断の愛とかが書き連ねられるのだろうが、存外に現実は何もない。

何かを期待するわけではないが、さすがにこうも淡々と日々が過ぎると、異世界人にも慣れてしまう。


「では、まずは食するか」


「はい。では、いただきます」


小六は緊張した面持ちでいる。

妾は気にせずサンドイッチを手にして食べ始めてから、小六もサンドイッチを手にした。


「なぜそんなに緊張しておる? 普段はあんなにも不躾なのに」


「いえ……改めて考えますと、陛下は百代目の皇帝。それも2000年以上続く国家の皇帝でありますので、そう考えると……もと居た世界の、天皇と食事している気分になりましてね……」


「天皇? それは小六の国のことか?」


「はい。その通りです」


(……そういえば、召喚して一月近く経つが、小六のことを禄に聞いてなかった)


2個目のサンドイッチを皿に取り、スープを一掬いし口に含む。甘くトロリとした舌触りが食欲をそそる。

今後の円滑な公務のためにも、ここで聞いておかねばならない。


「今更だが、お主の生い立ちを聞かせてくれぬか?」


「生い立ちですか? あまり面白いものではありませんが、よろしいですか?」


「構わん。妾が聞きたい」


小六は珈琲を一啜りし嚥下する。


「私は、日本という国の徳島県という田舎の辺鄙なところで生まれ育ち、高校……ここでいう高等学院を卒業したあと、陸上自衛隊に入隊しました」


「じえいたい? とはなにじゃ?」


妾の疑問に小六は少し驚き、そのあと、納得したように頷く。


「自衛隊というのは、軍隊のことです。大きな戦争に負けたために、軍と名のつく物を保持できなくなったから、こんな名前なんですよ」


「なるほど……その後は?」


「はい。まぁ、同期ぶん殴ったりして結局2年で辞めてしまいました。そのあと、農業をしたいと思い、農業大学に進学しました」


「なるほど。そこでお主の農業知識が身についたのか」


「はい。同時に経済や経営についても学びました。それからは農家に就職したのですが……」


「農家に就職?」


農家に就職というのは初めて聞いた。職の自由がある国なのだろうが、自ら農夫になるとは……。


「はい。農家といっても農業法人。つまり農業の会社です。私の国では食品を他国からの輸入しており、国内の自給率は39%という低いものなので、農家というのはかなり重要な仕事なんです。無論、扶桑皇国も、ですが」


「それもそうじゃな。なるほど、それで農家に就職したは良いが、その最中で召喚されたわけじゃな?」


「いいえ。違います。実は召喚される数日前に……大きな地震が発生し、その津波で畑が水没して、雇い主も津波に巻き込まれてしまって……私が召喚されたときは『無職』だったわけなんです」


朗らかにそう言って見せているが、小六の眦が潤んでいるのが見えた。


「せっかく、やっと、一人前になってきた。やっと、この会社に、社長に恩返しできるって時に、地震のせいで……」


「男の涙などみとうない。と言いたいが、すまぬ。嫌なことを思い出させたな」


こちらの身勝手で、こちらの我儘で、突然召喚されたのだ。この男にとってすれば、泣く暇もなかったのだろう。

小六は涙を隠そうとするものの、その涙は頬を伝っていた。

父上が言っていたことを思い出す。


『男にも泣きたいときもある。女はそれを受け止めてやるのが女としての【器】というものだ』


席を立ち、そっと小六の頭をなでる。


「泣きたいときは泣けばいい」


しばらく頭を撫でてやる。

これが【器】というものだろう。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


小六はひとしきり泣いた後、急に我に返ったのかハンカチで目元をぬぐい、普段通りの顔をしてみせる。

残念なことながら、目の下が腫れ、目が真っ赤に充血しているが。

それをいちいち指摘するのも可哀想なので、そっとしておく。


「陛下。お見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません」


「構わん。男にも泣きたいときがあるだろう。それがたまたま、今だっただけじゃろ」


「……感謝(ズビ!)します」


鼻をすする音を上げなければ満点だったのだろうが、聞こえなかったことにしよう。


「早く食べてしまおうぞ。スープやコーヒーがぬるくなってしまう」


「はい」


その後、無言で食べた後、ようやく本題に入る。

この頃には、小六の顔も鼻も小マシになっていた。


「陛下と今回の昼食会議の場を設けたのは、おそらく、決裁でいくつか納得できないことがあるだろうと思ったためです」


実際は食後会議になったわけだが、それは言わないでおこう。


「うむ。その通りだ。特に『軍の近未来化』というのがよくわからん。非魔導・魔法兵器の開発とは具体的に何じゃ?」


「この世界にも火薬があります。それを用いて、鉄の弾を打つ『小銃』や『大砲』のことを指します」


「魔銃や魔導砲ではだめなのか?」


「書類に合った通り、それらを扱えるのは魔導や魔法を扱えるごく一部の人間だけ。軍隊の9割近くは魔導や魔法を扱えない者です。もし『銃』や『大砲』を実用化できれば、現在の200万人の兵士数を4分の1まで圧縮しても問題ありませんが、他国との均衡をとるために120万がベストでしょう」


「よ、4分の1!? たった50万人か?」


「50万人でもまだ多いくらいです。わが祖国の日本では総人口1億2000万人に対し、自衛隊の総人員は約25万人。事務官などを含めても26万人もいません。それは非魔導・魔法兵器を扱っているからです」


「な、なるほど……その「しょうじゅう」や「たいほう」とやらは、すぐできそうか?」


「最低でも1月ほどあれば、物にできるかと」


「わかった。では、それを含め、全案件は可とする。それでは……約束の乗り物を見せてもらおうか」


「はい。すぐにご案内いたします」


席を立ち、扉に近づく。


「小六よ」


「はい。なんでしょう?」


「妾と二人きりの時くらい……敬語は止めぬか?」


「よろしいので?」


「妾がよいといっておるのだ。気にするな」


「なら……わかった。そうするよ」


この男は出来過ぎる。だが、なにかほっておけない感じがするのだ。

淡い得体の知れない感情が胸を焦がす中、小六はさっと扉を開けにこりと微笑む。

ドキッとしたこの感情の正体を掴めない。その感情もすぐにアイ県まで行く乗り物を見ることの高揚感と期待が上塗りする。


「さ、早く行くぞ」


「はい。陛下」


いつも通りの返事で、小六は案内をしてくれる。

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