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第十八話 地上と雲上(後半)

大変遅くなり申し訳ございません.

轟音と衝撃と共に、砲弾が飛んでいったのだろう。

といっても、あまりの速さにそれを目視で確認することは叶わない。

というよりも、あまりに衝撃で艦が大きく揺れるというより、壁が床になるくらい傾いたためそんな余裕はなかった。

それ自体は一瞬のことであったが、さすがに肝が冷えた。

こんな天高いところから落っこちれば、いくら船が頑丈だろうと、確実に「死」しか待っていない。

それにはおそらくこの艦にいた全員が同じ気持ちだったのだろう。

一重に、この傾斜が一瞬で済んだのは操舵長の的確な舵取りがあったからこそである。

艦の傾斜が元に戻ると、あたりは固定していない備品や書類が床を覆っていた。


「初段発射。弾着まで45秒」


そんな中、観測手の男は平然と報告する。どんな神経をしているのやら。

手隙の者がそそくさと備品や書類を片付けはじめた。

負傷者の報告が相次ぎ、それが一段落したころ、いままで黙していた魔研の所長が口を開いた。


「この馬鹿者共が!艦姿勢制御術式と砲弾加速術式の作動を忘れとらぬか!?さっさと起動させろ!!」


魔研の所長もさきほどの傾斜で頭を切った。その血を頬に伝わらせながらの一喝にはかなりの迫力があった。すぐさまハシヤ大将が術式起動の命令を出すとともに所長に額が床に付かんばかりの謝罪を始めていた。

漸く数名の人間が何やら文字盤を叩き「両術式、作動開始」と今更な報告をあげる。


「弾着5秒前、3、2、1、今。初段、全弾超近。も、目標よりも20㎞手前の洋上に弾着を確認」


その声は淡々としていた。まるで機械のようなもの言いだが、その観測手の額に一筋流れる大粒の汗が、人間であることを教えてくれた。


「次弾装填急げ」


再度発射の準備が進められる。


「しっかりせんか空軍さんよ。この艦はまだ艤装が97%までしか済んでおらぬ。これ以上無茶な扱いをされては、自壊しかねんぞ!」


所長の御小言をハシヤ大将とモカはたっぷり浴びせられながら、ひたすら謝り倒していた。

そんな光景も「装填良し」の報告により書き消えた。


「姿勢制御術式、及び砲弾加速術式の作動を確認せよ!」


「両術式正常作動中」


「各砲塔へ、射角同じで射撃後速やかに装填。 操舵長、高度・速度・目標までの距離を何としても維持せよ」


「砲雷長、了解」


「操舵長、了解】


先の砲撃よりも入念な確認を行ってから、モカが小さく深呼吸するのが見えた。

この男、緊張しているのが僅かに見て取れるが、それを隠そうともしているのもわかる。いきなりの大任で緊張してるのだろうが、それを隠そうとするだけの度量をこの若い男は持っていた。


「射手、発射用意……ってぇ!」


ためにためた後の射撃の号令。それとともに轟音が轟く。

しかし、衝撃はごく僅かしかなかった。


「各部報告」


「各種武器、異常なし」


「格納庫、異常なし」


「術式、異常なし」


「主基、異常なし」


各部からの報告があがり、そんな中でモカは、ほっと肩を撫で下ろしていた。


「第一、第二砲塔にも榴弾を装填」


「了解。第一、第二砲塔に榴弾を装填せよ」


モカが素早く指示を出し、それを副長が復唱する。

妾といえば、初弾のときこそ壁に叩きつけられたくらいで(今度はクッションの代わりになるものはなかったが……)それからというものは、ただそれを眺めるだけであった。ただ、いまこの場の最上位者として存在するだけで()()がある。願わくば、さっさと降伏してほしいところだ。

幾度かの砲撃音と微細な振動が艦を揺さぶったころ、嬉しい報告が聞こえた。


「陛下直属騎士軍団の再集結完了。駐屯所からの補給物資と戦車大隊の到着待ちとのこと」


「近衛師団第3連隊は現在、皇居防衛部隊と合流し、ヨコス海軍基地に1個空中魔導大隊を派遣したとのこと」


陸上の動きも活発であり、思っていたよりもことが早く進んでいく。

ムツキとアイシャの報告に満足し肯きつつも、一抹の不安が胸を曇らせる。

まだ、サクヤ救助の報が入っておらぬのだ。

腕に付けた時計を見やれば、既に小六が発艦してから30分は経過していた。

飛行機の速度であれば、ものの10分で到達し、救助活動に5分、そして帰還に10分と見積もっても、帰って来て良い頃合いのはずだ。

だが、それからしばらくの砲声が聞こえたあとも、彼らが帰ってくるどころか、何の音沙汰もない。

アイシャやムツキも気づいているだろうが、二人は気づかぬふりをして、近衛師団と騎士軍団との調整を執り行っている。ある意味、忙しいからこそ、知らぬふりを決め込んで、仕事に没頭して、忘れた「ふり」をしているのだろう。

二人が二人して、一切こちらを見ようとしないのがそれを十二分に語ってくれている。

そのまま少しばかりぼーっとする。


「皇帝陛下。ヨコス海軍司令部は完膚なきまでに粉砕しました!」


ハシヤ大将の大声でハッとするも、そんな素振りを露ほども見せないように努めた。威厳というものは、いとも簡単に崩れ去る。それを崩すわけにもいくまい。


「よろしい。だが、妾の知る限り、ヨコス海軍基地の地下はもともと迷宮となっていた。確か、現在は緊急脱出路や隠蔽倉庫として利用されておる。地上部隊を投入する故、しばらくは支援砲撃を実施せよ」


付け焼刃の知識も、上っ面の指示を出すときには役に立つ。

はっきり言って、支援砲撃が何たるかも理解していない。数日前に行われた近衛師団の訓練検閲の際には、「歩兵の突撃前に支援砲撃を実施」と説明を受けた。とりあえず、知った風を装ってその場を濁した記憶がある。いま思えば、夜にでも小六に聞いておけばよかった、などと後悔したが既に時は遅い。


「陛下、間もなく現場に空中魔導大隊が到着します。支援砲撃は彼らの観測と誘導により、精密支援砲撃にすれば、より効果が高まるかと思われます」


ムツキが席から立ち上がり意見する。

あくまでも妾の面子を潰さないように言っているが、「いま好き勝手に砲撃されると空中魔導師にとっていい迷惑ですよ」とその鋭い眼光が語っていた。


「それもそうだな。ハシヤ大将。ムツキ近衛兵が現場との橋渡しをしてくれる。いつでも撃てるようにだけ準備してほしい」


その指示で両名が敬礼をするので返礼する。すると二人は慌ただしく指示を出したり、各部からの情報のをすり合わせていく。

後のことは両名に任せ、アイシャに近づき、耳打ちする。


「小六と連絡は取れないのか?」


「はい……さっきからぁやってるんだけどぉ、いっさい連絡がつかないのぉ。それもぉ、護衛機全部とですー」


護衛機全てと連絡が取れない。

一体全体、何がどうなればそうなる?

少なくとも、小六が作り出した戦闘機などは、速度は空中魔導師では追いすがることすら敵わず、ましてや上に向かって飛べば、空中魔導師の倍以上の高度を悠裕と飛び回ることができる。武装に関しても、魔力を必要としない「銃」により、軸線上に7.62㎜弾をばら撒く空飛ぶ鉄船。それが、もしや連絡する間もなくすべて落ちたというのか?

いや、それはない。

自分自身の不安は、自分自身の信じるものによって一瞬でかき消えた。

妾を信じてくれた小六が、そんな下手を打つわけがない。

絶対的な信頼とでもいうべきだろうか、妾自身、根拠がないとは分かってる。だが、不安を否定するには十分なほどの材料でもあった。


「現状は静観するほかに止む無し。か……他に何か異常はないか?」


「現状としてはぁ、今のところ何も……」


アイシャがそう言いかけたところ、突然目を見開き、耳部受信器を耳に押さえつける。

一連のやり取りが終えたころ、アイシャは深々とため息をこぼす。


「陛下、最悪のお知らせです」


急に真面目な口調になったアイシャに嫌な予感がする。頭の中の「危険警報」が唸りを上げているほどだ。

だが残念ながらそれを「聞かない」という選択肢はない。


「何事であるか?」


「騎士軍団がヨコス海軍基地より西に2㎞ほどのところを、南南西に向かって飛翔する飛行機らしき物体を確認。数は6。翼はオレンジ色、識別表示は青地に赤丸だったとのことです」


オレンジ色の翼。それは試験機を指す。そして識別表示が青地に赤丸。これは、「海軍所属」を意味する。

そして報告のあった位置から南南西には……。


「やつらめ、護国艦隊と合流するつもりか」


思いつく限り、最悪の状況だ。結局のところ、司令部を砲撃したけど首謀者は逃がしましたということだ。

それもよりにもよって護国艦隊に行かれるとなると……。

素手で心臓を掴まれているような、奇妙な感覚が襲う。おそらく、度重なる心労による結果だろう。

だが、こんなことで打ち砕かれるわけにはいかない。


「南南西方面に展開する、護国艦隊の規模の詳細はどうなっている?」


「はい。クニツ型戦艦『アワナギ』と、その発展型であるオオワダツ型戦艦『オオワダツ』を中心に、3隻の重巡と2隻の軽巡、7隻の駆逐艦。計14隻の艦で構成されています。イワト型はクニツ型よりも大型な船体で、主砲も3連装36㎝砲3基と連装36㎝砲1基の計11門という高い火力を有しております。両戦艦とも、射程延長のため、仰角を42度まで可能にする改修が完了しております。重巡も火力がやや高いですが、問題は軽巡、駆逐艦です。これらは空中魔導師対策で、主砲のすべてが仰角90度まで取れるように設計されており、本艦との相性は最悪と言えます。もっとも、高度8000mなら、まず当たらないでしょうが」


アイシャが端的に答える中、それらと戦闘状況になったときの最悪具合は、表現のしようがない。

たとえ勝っても貴重な海軍戦力は削がれ、負ければクーデター成功である。

勝つ方が良いに違いないが、いかんともしがたい。

そんなこそこそ話をしていると、またアイシャが耳部受信機を耳に押し当てる。

すると今度は満面の笑みを一瞬浮かべ、すぐに引き締めた表情になるが、口元は緩んでいる。

通話を終え、こちらを見ると晴れ晴れとした笑顔だった。


「今度は良い知らせです」


「なんなのだ?」


「小六さんより、『忘れ物を無事回収。我々はこれより、橙色を追って忘れ物を届ける』とのことです」


その言葉にに歓声を上げたかったが、ぐっと堪え、「そうか」と答えるだけに留める。

下手に口を開けば、悦びを大声を上げて表現してしまいそうだからだ。

この場でそんなことはできないが、なにはともあれ、サクヤも無事で、小六は小六で戦っていて、そして生きている。

あぁ、なんて素晴らしいことなのか。こんなつらい状況であるが、この歓喜を誰かに伝えたい。


「陛下。それと……飛行戦艦で敵の注意を引いてほしい。という要望が」


これに関しては、一切の歓喜が生まれない。それどころか、い絶望というか怒りというか、なんというかわからない感情がどす黒く心の底から湧いてきたのだった。

今後とも読んでいただければ幸いです。

更新ペースは遅くなるかもしれませんが、アイディアの続く限り、書き続けさせていただきます。

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