第十七話 地上と雲上(前半)
残り数百メートル。爆走する装甲車ならものの数十秒だが、そこで問題が発生する。
この爆走していた装甲車も、海軍基地に着くまで酷使されていた物に他ならない。つまり、ここにきて故障する。おそらく門を突き破った衝撃が止めを刺したのだろう。駆動系が完全に止まり、車は速度を急激に落とし停車した。
そして妾は慣性の法則に則り、体は大きく前へ引っ張られ壁に激突する。
「いったぁ……くない」
壁を見れば、小六が壁に挟まるようにしていた。本日二度目のクッションとなってくれたわけである。
「陛下、お怪我は?」
「それよりも、追ってです」
小六の言葉を遮り、サクヤが銃を片手に下車する。
「小隊! 車両を盾に横陣!」
サクヤの言葉一つですぐさま近衛が動き出す。
「アイシャとムツキは陛下と所長とパイロットを護衛し、飛行機まで急げ!」
「「了解!」」
二人の声が合わさり、下車後、すぐさま二人が前と後ろに付いて走り出す。
後方からは銃声が聞こえるが、いまはそれよりも我が身を優先しなくてはならない。
「陸軍と海軍の結託か。糞食らえ」
汚い言葉でムツキが悪態をつきながらも、ひた走る。
銃撃の音はより密度を増しているのが聞こえるが、そんななか車両の音が大きく聞こえる。
「せ、戦車!!!」
後方からの叫び声と同時に、大きな砲声が轟く。
それに続く爆発音。
「振り返るな! 前へ、いまはとにかく前へ!」
小六の言葉でどうにか振り返らずに済んだ。振り返れば、きっと、もう前へは進めないだろう。
後方の声も銃声も爆音も聞こえないふりを決め込んで、ひたすらに走る。
モカはいち早く駆け抜け、飛行機の魔導機関に火を入れる。
「エンジン始動! 機関出力上昇……安定確認! 左フラップ、良し! 右フラップ、良し! 垂直尾翼、良し! プロペラ回転始めぇ! 回転数……良し! 全員乗りましたか?!」
「良し! 飛ばせ!」
小六の言葉にモカは勢いよくスロットルレバーを押し込み、飛行機は短距離を滑走し、離陸した。
そのまま高度をドンドン上げていく。
そこでようやく一息付けたころ、モカが操縦を小六と変わり、こちらに歩いてくる。
「今更ながら正しい自己紹介をさせていただきます。私は、皇国秘密調査室の調査員であり、帝国『空軍』準備隊のモカ・キリュウ大佐であります、此度の陸軍のクーデターだけでなく、海軍との結託を見過ごしたのは我々の落ち度であります。弁解の使用がありません」
「秘密調査室、空軍準備隊……なるほど。」
秘密調査室。
皇国内外の機密情報を収集し精査、皇国内部の反乱分子の炙り出しなど多岐にわたる任務をこなす諜報機関である。アイ県査察の件や、対合衆国同盟などの各国を取り巻く情報を収集したのも調査室だ。
「なぜ、海軍との結託を見抜けなかった?」
「はい。それは、海軍と陸軍とのやり取りが全て、我々の監視を掻い潜る方法で行われていたからだと考えられます」
「というと?」
「古典的ですが、おそらく伝令や低機密文書に紛れさせるといった方法です。陸と海が不仲といえ、全く連絡のやり取りがないわけではありません。その中で他の書類や手紙に紛れて運ばれていたとすれば……いえ、すべては言い訳です」
モカは苦渋の表情で頭を下げる。
その表情から悔しさが滲み出ているのを察し、それ以上の追求は避ける。
「もうよい。このことは不問に伏す。それと……空軍準備隊とな? 海軍航空準備隊ではなかったのか?」
「はい。海だけでなく、陸にも飛行隊が創設されることになっておりまして、それならば陸・海とは違う軍を創設することで双方のいがみ合いを減らすことを目的にする……というのが創設理由で、当初は海軍航空隊として創設し、時機を見て独立する予定でした。ですが、今回の一件で前倒して空軍を発足させることになるでしょう」
「うむ……空軍の件は妾も前向きに検討しよう。すまぬが、小六と変わってくれないか」
「御意に」
モカは敬礼すると操縦席に行き、小六と話していた。どうやら何かあったらしい。しばらく話し込みそうだったが、ここからではエンジン音と風切り音で聞こえない。
いろんなことが起こりすぎて、頭の中がはち切れそうになる思いをぐっと飲み込み、窓から外を眺める。
かなり速い速度らしく、雲が瞬く間に後方に流れていく。
いくつかの雲が流れた後、小六がやってくる。
「お呼びでしょうか?」
「で、どこにいくのじゃ? 戦艦ではないのじゃろ?」
妾の問いかけに小六は意地汚さそうに笑う。
「いえ。戦艦は戦艦です。尤も、海軍の戦艦ではありませんが」
小六の言っている意味が分からず、しばしきょとんとしてしまう。
そこで所長が口を開く。
「陛下ならご存知でしょう。神話上の空を制する箱舟の話を」
「ああ。知っておる。だが、それと何の関係が?」
「それを作ってみたのじゃよ。魔研と軍研でな」
所長の言葉が聞こえると同時に、窓の先には雲の切れ間に鈍色に光るものがあるのが見えた。
「まさか、あれか……?」
「空中戦艦。陛下が座すべき戦艦ですよ」
所長の言葉に嘆息する。
よもや、こんなものまで作っていたとは。
「飛行石により、高度8000mを丸々2月は浮いていられる空中の城です。全長280m。艦橋後部の最上甲板には航空機甲板があり、戦闘機20機を運用できます。武装として最上甲板前部に32㎝連装砲2基。底部にも32㎝連装砲2基を装備しております。また多数の対空機銃や機関砲を装備しております」
小六の説明も頭に入ってこない。
一体いつの間に作ったのか、とか。一体どこからそんな資源が、とか。妾に知らせず勝手に作りおって、とか。
言いたいことがいくつも浮かび、そして消えていく。
人は唖然とすると言葉を失うらしい。
「本日、丁度試験飛行中だったのが功を奏しました。これが『新予備計画』となります」
小六の言葉が頭に入ってこない。
その鈍色に輝く空飛ぶ戦艦に着艦すると、そのまま昇降機から艦内の格納庫に運ばれる。
あれよあれよという間に、飛行機を降りることになる。
そのままつかつかと歩き進める。急こう配の階段を昇り、行きついた先は前方をガラスで覆われた指揮所だった。
「これより、空軍準備隊を空軍とする!」
指揮所に入るや否や、小六の声が響いた。
その声に皆がこちらを見て、妾に気付いたのか、ここでもまた「陛下に対し、敬礼!」と太ましい声と敬礼で歓迎される。それに返礼する。
「ハシヤ空軍準備隊長!」
「は! ここに!」
小六にハシヤと呼ばれた男は敬礼する。
その男は、皇帝直轄騎士団副長だったハシヤだった。
しばらく顔を見ないと思っていたら、こんなところにいたのか。
「ハシヤ少将の階級を空軍準備隊長の功績と、艤装長としての功績により大将とし、空軍司令長官に任命する」
「ハシヤ大将。大将の階級と空軍司令長官の任を拝命します」
「次にモカ大佐」
「モカ大佐、現在地」
「モカ大佐を皇帝陛下護送の功績と戦時昇進で上級大佐に昇進させ、本艦の艦長に任命する」
「モカ上級大佐。上級大佐の階級と艦長の任を拝命します」
このやり取りが終わると、場に緊張が走る。
「陛下。あとは陛下のお言葉一つです」
小六に言われる言葉が、背筋を凍らせる。
妾の言葉一つで、この艦が戦闘に突入するということなのだ。それに対してどうやってビビらずにおられるというのだろうか。
思えば、本来なら今なお先代皇帝である父上の庇護下で、ぬくぬくと過ごせていたはずだった。父上が自害された後も苦労はあったが、恨むことはいままでなかったと記憶しておる。
粛正皇帝の誹りを受けても、皇国の為にと国家を切り盛りしてきたにも関わらず、かくも残酷な決断を、よりにもよって妾にしろと、この男は抜かす。
だが、これが皇帝の務め。務めを果たすと、幾度となく近い、今しがた臣下にも言葉を交わし誓った。
その誓いを違えるわけにはいかない。
「総員……戦闘配置! 逆賊逆徒をこの世から滅ぼせ!」
「命令を受領しました。攻撃目標、ヨコス海軍基地司令部!」
ハシヤ大将が命令を下達する。
「了解。目標、ヨコス海軍基地司令部。艦首右回頭。最大戦速」
それに艦長であるモカが応え、副長らしき男が復唱する。
「ヨコス飛行場より入電。『我サクヤ、撃退成功セリ』です」
「戦車を撃退したのか……」
「の、ようですね」
小六も驚きを隠せないのだろう。声が震えていた。
「ヨコス飛行場に打電。『救援ヲ向カワセル。待機セヨ』だ」
「了解」
通信士にそういうと小六が指揮所を出て行こうとする。
扉からでる寸でのところで、袖を捕まえる。
「小六、どこにいくのじゃ?」
「なにって、サクヤさんを迎えに行くのですよ」
「お主が、いくのか?」
「現状として、いまここで私はいても指揮系統を混乱させるだけですので」
「……お主に、小六に居ってもらわねば……」
言葉にするのがもどかしく、恥ずかしい。どんな決断をするときも、小六が傍にいてくれた。
こんな時に小六がいないなんて、妾には荷が勝ちすぎるこの状況では、耐えられる自信が無かった。
「陛下。陛下は、今、『皇帝陛下』なのです。ご自身の立場をご理解ください」
「だが……だが、しかし」
そこで急に小六は踵を返し、耳元で囁く。
「リンレンが自分を信じられないなら、俺を信じて。俺が信じるリンレンを信じて」
その言葉に、ハッとする。
同じような言葉をさきほど投げかけられたばかりではないか。
だが小六らしくない台詞に、微笑する。
「妙に臭い台詞だな。異世界のか?」
「はい。私が好きな活劇のなかの台詞です」
そういうと小六は部屋を出る。
閉まる扉の音。残る小六の微かな匂いと温もり。
あぁ。妾は頑張れる。いや、頑張らねばならない。妾は小六を信じている。だから、小六が妾を神事でくれている以上、小六を裏切るわけにはいかない。
斯くして、妾はこの場に残ることになったわけであるが、妾にできることは実際のところは多くない。
だが、やると決めた以上最後までやり通さなければ皇帝の名折れ。ここが正念場である。
「ムツキは近衛隊に無線で呼びかけ、再結集させよ。場所はヨコス海軍基地。アイシャは直属騎士軍団に同じことを伝えよ。決して、エチゼンとスルガを逃すな」
「「御意に」」
二人に命令を下達し、動き出す。指揮所内は至って静かだった。
『こちら小六。発艦する』
「こちら指揮所。許可する」
小六の声が聞こえたのも束の間で、すぐに数機の飛行機からの発艦許可のやり取りが交わされていく。
それが10回ほどを数えると、収まった。
艦の前で編隊を組むと、急加速して空の点となる。
「陛下。残り2分で攻撃可能空域に達します。命令を」
ハシヤの言葉で意識を艦に戻す。
「うむ。射程に収め次第、司令部を砲火を以て灰塵と化せ」
「承知しました。司令長官より艦長へ。下方火力を以て司令部を破壊せよ」
「命令を受領。下方火力を以て司令部を破壊します。砲雷長へ、弾種榴弾、第3、第4砲塔に装填、目標を補足し指示を待て。航空長へ、直掩機を出せ。航海長へ、戦速を維持しつつ、司令部を中心に円を描くように右旋回で飛行せよ。戦術長へ、下方対地迷彩魔導解除せよ」
モカ艦長の号令により、各長がすばやく動く。
「本艦、司令部との距離50000。目標を射程に収めました」
「こちら砲雷長。各砲、目標を照準中。いつでも発砲できます」
お膳立ては整い、いまかいまかと皆の視線が集まる。
早く言ってくれと目が語る。
そんなに言ってほしいなら言ってやろう。貴様らが言ってほしい言葉とやらを。
「攻撃を開始せよ!」
「攻撃開始!」
「攻撃開始。第3、第4砲塔、発射!」
命令一貫。艦が震えた瞬間だった。




