第十三話 アルト合衆国の言い分
遅くなり申し訳ございません。
微睡みの中、目に差し込む光が意識を呼び起こす。
「陛下。朝でございます」
サクヤの声が聞こえる。だが、まだまだ寝たりない。そう脳が叫ぶも、残念ながらその抵抗は布団を取られることであっさりと負ける。
体にヒヤリとした初秋の朝風が撫で、否応なく覚醒する。
「サクヤおはよう」
「おはようございます。陛下」
そう言いながら、手早く寝巻きから着替えさせられる。
「陛下。本日の午前中は執務の予定でしたが、変更となりました」
「変更? 急じゃな」
急な変更とは珍しい。
祝賀会より、一月ほどは予定通り進んでいたのだ。
ここ最近の仕事は書類の裁可といった執務や視察などが主だったものだった。視察も基本的に近くの工厰や農家への激励を兼ねたもので日帰りであり、最低でも1週間前から予定に組み込まれている。それに、執務も重要な仕事であり、それをこなさずに視察などということは、誰よりも、小六が許さなかった。
それにも関わらず一体、なんなのだ?
「はい。それが、アルト合衆国大使が、陛下にお目通りしたいとのことです」
「アルト合衆国が? いまさら何用なのだ」
既に対合衆国同盟結成から一月が経つ。
同盟内で資源を融通しあい、合衆国抜きでの自活が出来るようになっている。鉄鋼も南大平洋にあるアルヴァン帝国の植民地より買い上げることになった。もともと、アルヴァンから遠い植民地で、合衆国から輸入した方が安くつくため、この植民地は予備用の鉄鋼採掘所だった。そこで、皇国が買いたいと言った時には、二つ返事で輸出を許可した。
また、各国の魔導機関製造工厰も量産を始め、本年中だけのライセンス料による収益は1000億円を越えるという試算すらある。
この状況で、合衆国が今さらなんのようだ。
「我々も合衆国の意図を読めずにいます。ただ、このところ合衆国大使館からの秘匿魔導通信が増えており、また出入りも激しくなっております」
「不穏だな」
「いま小六様が皇帝直属補佐官権限で、軍への非常呼集準備令と、外務省担当官には非常呼集をかけております。また近衛師団と陛下直轄騎士軍団は、即応体制にあります」
「えらく大事になっていないか」
「……確定情報ではありませんが、合衆国が国家総動員令を発布したという情報もあります」
「まさか……」
「まだ確定ではありません。ですが……有り得ます」
「わかった」
この状況は想定よりも不味い状況だ。合衆国からすればただの禁輸出による貿易戦争の予定だったはずだが、あろうことか合衆国抜きでの貿易圏を構築されてしまい、自分の首を絞める結果となった。それは予想しえた結果であろう。だが、あの合衆国がそのまま窒息するわけがない。死ぬなら絞めてきているいる紐を切ればいい。と考えたとすれば、その紐とは対合衆国同盟でしかない。だが我々としては、合衆国が手を離せば済む話である。全くもって道理が通らない。
「エチゼン海軍大将に即応艦隊を臨戦態勢にするよう通達せよ。あくまで極秘にである」
「畏まりました」
そういうとサクヤは部屋を出ていく。さすがの手際である。
話をしながらでも、妾の纏う布は既に寝間着から普段着になっている。
その後、朝食を食べるため食堂に移動する。
とはいっても、朝食をとるのは妾一人だけ。皇帝に即位するまでは、父上と二人きりだった。そして、父上が自害してからは、妾一人だけの食事。
だが、いまはだだっ広いこの部屋での食事にも慣れた。
諸問題で頭を悩ませるものの、まずは1日の活力源を得なくてはならない。だが、やはり気分は重くあまり食欲もなかった。
しかし、運ばれてきた朝食を見て、気が変わる。
なんと、副菜が一品多いのだ。普段なら漬物と汁物、そして主菜である焼き魚だが、今日は小松菜の煮浸しが副菜として追加されている。
さらに、米は純白の新米である! その高い香りが鼻腔をくすぐり、食欲が沸いてくる。
いざ一口。この純白の新米を箸で掬い、口に運ぶ。新米独特の甘い芳香が鼻孔を抜け、自然な甘さが口に広がる。
ようやく、古米の玄米から解放された。妾は幸せじゃ……。
そして二口、三口と食べすすめる。
久々の白米に歓喜し、結局、妾は2度のお替りをしたのだった。
食後に、また着替える。
10時に合衆国大使との謁見がある。そのため、簡易礼服に着替える。
着替えさせられる間に、アルト合衆国が何を目的に謁見を申し入れたのか考える。
まず一つ目に禁輸出の解除があげられる。だが、それは可能性としては低い。確かに経済的な面ではアルト合衆国は、禁輸出のために自らの首に縄を絞めたわけだが、現状としては、アルト合衆国とその属国や植民地との貿易で国内への経済的打撃というのは僅かな物だからだ。いまさら解除したところで合衆国の利益は薄い。
二つ目に解除をチラつけせての魔導機関の輸出。もしくは技術供与を得たい所だろうが、それは皇国としてはお断りである。既に対合衆国同盟に加盟する各国はライセンス生産を開始し、我が国としては資源に困っているわけではない。
最後に、一番可能性が高いのは、合衆国が外交における切り札を切ること。つまりは、『戦争』である。
合衆国の大平洋艦隊は3個艦隊。巡洋艦以上の主力艦艇だけで100隻を悠に超える。さらに言えば、合衆国民中属領地には1個艦隊、40隻近い艦隊である。対して皇国は主力艦80隻。戦艦は10隻に満たない。
対決すれば、我が国なんぞひとたまりもない。
最悪の事態に頭を悩ませている間に、着替え終わる。
合衆国の不穏な動きも相まって、最悪の事態が最も可能性が高いと考えざるを得ない。
願わくば、平和裏に終わることを祈って、謁見の間に向けて歩を進める。
こうも様々な問題を抱えては妾の身が持たない。頼むから何事もないことを祈りつつ、遂に、謁見の時間が来てしまった。
「アルト合衆国大使、ダニエル・ジャクソン。入ります」
扉が開かれ、金色の短髪の男が入って来る。
「この度は急な謁見の申し入れ、誠に申し訳ございません」
流暢な扶桑語で述べている男だが、その言葉には不安や困惑といった感情が乗っている。
一体、どうしてそこまでこの男はこんなに委縮しているのだろうか。
「それはよい。それよりも、なにごとであろうか?」
「はい。まずはこちらをお読みください。大統領から陛下に宛てた親書になります」
「よい。其方が読み上げよ。もちろん、扶桑語で、なおかつ一切の忖度抜きの翻訳で」
その瞬間、大使の顔色が青ざめる。よほど読むのが嫌らしい。
だが、不承不承といった様子で親書を広げ、読み上げ始めた。
「親愛なる扶桑皇国の皇帝へ。我が国は貴国との貿易摩擦を解消すべく、幾多の手段を講じるととも、抗議を行ってきたが、改善されず、禁輸出で対抗することとした。だが、貴国は欧州諸国と徒党を組み、我が国、合衆国に対して敵対的な行動を取る道を選んだことに猛烈に抗議するとともに、我が国との貿易再開を望む。また関税についても互いに見直し、互いが納得のいく税率や貿易物品の選定を行い、以前より増して、我が国との密な関係を望みたい。この貿易協定の締結にむけて、我々は首脳級会談の用意がある。返答の期限は本親書を読んだその場とする。ただし、この会談を断わる場合は、こちらとしても最悪の対応をとる用意がある。 合衆国大統領フランクリン・ブッシュより。以上になります」
一番の可能性は、一応、回避できそうな情報にホッとする。だが、この場での返答とは、合衆国の長もなかなかに小賢しい。
「なんともまぁ……お主も本当に忖度抜きで読んだものじゃな」
「陛下のそういう指示でありましたので」
ハンカチで額の汗を拭いながら、大使は視線を落とす。
そんなに緊張したのなら、多少は言葉を変えて表現すれば良いものを。なんと実直な男だろうか。おそらく、これ以上の出世はしないだろう。
「小六、どう思う?」
だが、この手の外交事は妾には不得手である。わかる人間に聞くのが手っ取り早い。
「これは……首脳級会談の時期はこちらで決めても良いのでしたら、行うべきです」
「ふむ……合衆国大使殿。日にちはこちらで決めて良いのか?」
「は、はい。そう仰せつかっております」
「場所はどこでしょうか?」
小六の指摘は尤もだ。日時を決めたところで、場所が分からないでは会談のしようがない。
「場所は……合衆国の首都です」
「……なんだと」
椅子から立ち上がり、大使を降ろし見る。
男は小さな悲鳴を上げ後ずさる。白いはずの男の顔は、土気色をしていた。
「陛下。大使が委縮しております。お気を静めてください」
小六の言葉で冷静になり、椅子に座る。
だがなかなかに癪に障る話だ。妾にわざわざ合衆国まで来いと申すわけか。
「では、合衆国の首都まで行きましょう。陛下」
「そうじゃ……え?」
「え?」
一瞬の沈黙も妾の咳払いで払う。
「よし、わかった。行こう。行けばよいのじゃろ? 期日は追って伝える。これでよいか?」
「十分です」
合衆国大使はそう言うと立ち上がる。
顔色には生気が戻っていた。そんなに緊張したのだろうか?
疑問に思うも頭を振り、とりあえず威厳を正し、男を見送ることにした。
扉が閉ざされた瞬間、妾は小六を呼びつけ抗議する。
「なんで妾の意見を聞かなかったのだ」
「陛下に任せられたと思ったのですが、差し出がましいことをしたならば謝ります」
「そういうことではない。合衆国の首都。つまりは敵国の本丸に行くのだぞ。さらに言えば、皇国から合衆国までいったいどれほどの距離があると思って居る!?」
「それに関しては問題ありません。まぁ、今はそれよりも、関税や貿易物品について我々も考える必要があります。そして合衆国内の動向も精査しなくてはなりません。そのことをまずは考えましょう」
「うーむ……わかった。ただし、今後はあのような直截な発言は気を付けよ」
「はい。畏まりました」
納得はいかぬが、いまは納得いったようにするほかあるまい。
ここ最近はこういった我慢が増えているような気がする。
願わくば、平穏な日々だが、それは遥か彼方のようだ。
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3日ほどかけて、会談日時を決め、合衆国大使に連絡する。
あとは合衆国大使と我が方の外交官とのすり合わせ作業だ。妾の出る幕はしばらくない。
その日時というのは5か月先の2月15日となった。
随分と先になったはいまからの時期は忙しく、年末年始は国教である数多神教の祭祀が連ね、その祭祀には妾が取り仕切ることとなっているためだ。そのため5か月後となった。というのは建前で、実際のところは違う。それは、現地に行くための手段の確保に他ならない。
直線距離にして1万2000㎞。
だが実際のところは皇国からアルト大陸大平洋西海岸の玄関口であるサンフレンまで9000㎞。そこから合衆国首都まで直線距離で4000㎞と遥か彼方である。最低でも10日の船旅である。もし陸路を避けるなら、2万キロ以上も船旅をする羽目になる。
「そこで、海軍の新造艦である『空母』で移動しようとおもう」
そう、その空母の建造完了のために、半年近く先延ばしにしたのだ。
尤も、合衆国がこれに合意しなければ話にならないが……。
「なるほどのぉ。して、空母とはなんじゃ?」
「……先月の書類の裁可や御前会議で説明したはずだけど……まぁ、いいか。明日がちょうど進水式だから、その時に改めて説明するよ」
小六のやれやれといった口調にムッとくる。妾が覚えていないのが悪いのは分かっておるが、なかなかに腹の立つ言い回しをしてくる。
「それじゃ、おやすみ」
そういい帰ろうとする小六の肩がやけに下がっているように見えた。
というよりも疲れ切っているようだったのだ。
「ま、まつのじゃ」
「なにか?」
「……小六、一つ聞いても良いか?」
「なんでしょうか?」
にこやかに笑いながら小六が妾を見る。
「無茶や無理はしとらんか? お主、休んでおらんじゃろう」
一瞬。一瞬だけ、顔を曇らせたように見えたが、小六は変わらず笑ったままだ。
だが、顔を近づけると、その目元にはクマが浮かんでいるのがわかる。遠目にはわからないよう、クマの上に肌色の粉を塗していたのだ。いまのいままで気づかなかった。
「お主ばかりに、無理させてすまぬ」
「気にしないで。俺が好きでやってるだけだから」
そういって小六は今度こそ部屋を出ていく。
彼は明らかに疲れ切っていた。だが、妾はそれを止める手立てがわからなかった。
少々、筆が進まず、自分でもわかるほど駄文気味になりました。
今後もローペースですが、連載しますので、お読みいただければ幸いです。




