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第十二話 農こそは国の基

体調不良で倒れ、休養をとった翌日。

快調した体で昨日の遅れを取り戻そうという日に限って、朝からの雨だった。

強い雨で気象占い師によれば明日の朝までが雨らしい。鬱屈する気分にもめげず、とにもかくも働くしかない。

テーブルには水の張られた皿。その上には昨日の蓮が浮かぶ。

中心部が白く淵は淡い桃色。皇族を示す蓮華の花弁が一枚、水面に落ちる。


蓮の片(はすのひら) 浮かぶ水面に(うかぶみなもに) 乙女の顔(おとめのかお)……字余りか。我ながら下手くそな句を詠む」


自嘲気味に鼻で笑い、執務に戻る。

相も変わらず、対合衆国同盟としての各種書類への裁可を行う。

既に同盟参加国の大使を招いての皇国内の式典及び祝賀会は終了しているから、とりわけ急ぐ仕事もない。

書類の裁可が終わり、昼までかなり時間がある。それまでに考えを巡らせる。


この対合衆国同盟に参加するの主だった国はアルヴァン帝国、ゲルマ王国、フラン共和国、そして扶桑皇国の4か国で、残りは欧州列強の庇護下にある中小国が名を連ねた。

ロマノ連邦は幸いにも自活できるだけの資源と技術を有するらしく、参加を見送ったらしい。

尤も、共産主義国家と馴れ合うつもりは毛頭ない。そもそも共産主義は権力者。ことさら王や貴族というものを忌避し、宗教を禁じていると聞く。

八百万の神々を崇める数多神教(あまたがみきょう)を国教に定め、2000年以上も脈々と続く扶桑皇国からすれば、不倶戴天の敵ともいえる。

加盟した国々の多くが、王制や皇帝制を敷く国であり各国ともに国教がある。ハナからロマノ連邦は外されているようだ。


「問題は戦力……か」


だが、同盟を組んだところだが、全同盟国の軍事力と合衆国単一の軍事力は拮抗しているという見方もある。

軍人数だけでなく、その国力を背景にした先進的な近代軍をそろえている。またその国民の考えが極端で、小六曰く「合衆国はニコニコしてるけど一度キレたら、相手の息の根が停まるまで絶対に殴るのをやめない国家」らしい。

彼の国の歴史を紐解けば、アルヴァン帝国からの独立戦争時、そして南アルト大陸のブラル国との戦争。どれも凄惨を極め、戦時捕虜は強制労働され、抗う敵兵には一切の躊躇なく様々な戦術や新型兵器を用いて虐殺する。どの戦争も大勝を収め、いまや領土は世界一となっている。


「問題は純粋な合衆国人が5億だが、戦争で手に入れた属領地を含めれば10億人近い国家なのが問題。か」


軍事には滅法疎い妾はそこで考えを切り返る。

本日は農業庁の会議に臨席することとなっていた。

それは農業庁長官ヤマデラと小六による先進農業会議というものである。

皇国各地の農業指導所の所長や職員が招かれ、各農業指導所の指導要領のすり合わせや、農業研究所の成果発表も含まれている。

その中で、妾はそれを観閲するだけでなく、一人の消費者としての意見を求めたいということだった。

なにせ出席者は皆、農業に精通する人間ばかりで、消費者視点を持ち合わせている人間がいないからだという。

今日は小六は忙しいらしく、来れないと聞いていたので、少し早めの一人での昼食となる。

昨日を除く、ここ1週間ほどは常に昼食をともにとっていたためあまり感じなかったが、皇帝の食すものの味も、一段と不味くなっていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


一応は会議ということもあり、簡易礼服に着替え、化粧して、送迎用の魔導車に乗る。

普段は装甲魔導車だが、今日は普通の魔導車だ。

とはいえ、真っ白な車体に蓮紋のシルエットが光る皇帝用の魔導車。乗り心地も良い。

魔導車に揺られること30分。目的の国立農業研究所に着く。いつものように魔導車から降り、大会議室に案内される。

既に始まっており、中から御前会議とは比較にならない舌戦が漏れている。

この中に入るの嫌だな。

とは言えず、近衛の二名が扉を開け、大声で「陛下臨場ぉ!総員起立!!」と言う。

だが、中は鎮まる気配なく、「邪魔するな!」「いま重要な話をしとんじゃ!」などと罵詈雑言が聞こえてくるではないか。

絶対中に入りたくない。

そんな心情をぐっと飲み込み、会議室に入る。

すると見えたのは、まるでゴロツキみたいな男たちが口角泡を飛ばし、胸倉をつかみ合いながら言い合っている惨状だった。

妾が視界に入ったのか、男たちは黙ってこちらをギロリと睨みつける。

もういや。今すぐ帰りたい。

泣きそうになるのを堪える。いくら皇帝と言えど、まだ16なのだぞ。しかも女なのだぞ!こんな賊の集団の中に放り込まれて、泣くなという法が無理じゃ。もう一瞬。いや、一刹那(ひとせつな)もいたくない。

そんな中、頭をそり上げ、頭に古傷をいくつか負った、がたいのすこぶるいい男が一歩前に出る。

さすがの近衛も、腰の剣に手を伸ばし剣を抜く。妾は腰が抜けた。


「野郎ども! 気を付け! 陛下に対し、敬礼!!!」


その男の号令一貫、ゴロツキ共も姿勢を正し敬礼する。


「この度は失礼しました。私、国立農業研究所所長のヤマグチと申します。陛下の御前での不始末、あっしの首で収めていただければ幸いです」


そういうと懐から短刀を出し首に当てるではないか!


「待て! ただ、ちょっと驚いただけじゃ。なかなか熱した舌戦であった。気づかぬのも無理なかろう」


こんなところで、それもこんなことで人死にが出られては困る。


「陛下のありがたきお言葉、肝に銘じます。野郎ども! そういうわけで陛下の御前である! 今までのような議論はなしでいこう」


このヤマグチという男、まるでヤクザの(かしら)のようである。この男の号令の下、みな席に戻る。

ん? 待てよ。よく見れば、さっきまで言い合っていた相手は小六ではないか!


「小六! 何をしておるか!?」


「陛下、お見苦しい所をみせました。少々議論に熱が入りすぎたもので」


「……あれは熱が入ったという範疇を逸して居ったぞ。お主を心配する者も居る。自重、するのだぞ」


「ありがたきお言葉」


そういうと小六も席に戻り、妾も指定された席に着く。


「では改めて、先進農業会議を行います。先ほどの内容としては、農が先か、民が先か。という討論です。これは一人一人の農業への考え方を深めるもので、農が先派、民が先派に分かれて討論してもらっていました」


ヤマデラ農業庁長官の司会はほぼ意味をなしていない。なぜなら既に舌戦が始まりつつあったからだ。

口火を切ったのはヤマグチであった。


「わしは農が先派だ。農なくして国はならんからな」


小六も負けじと言い返す。


「いいえ、民が先です。民なくして農はありません。ですから民が先です」


農業というより哲学に近い。どの分野も最後は哲学の門を叩くという。既に数学や魔導学は哲学の域に昇華し真理に近づいたと聞くが……よもや、農業までもが哲学の門を叩く現場に居合わせるとは思ってみなかった。だがしかし……。


「農業は国の基なり。これこそが真実だ」


「いいえ。農業を為すには人手がいります。つまり民が先です」


「民が先というが、民ならば国なくして民と呼べず。つまり農があったからこそ、国ができた」


「それは詭弁だ!」


どんどん熱を増しているが、そこで挙手する。


皆が注目する中、こういってやった。


「鳥が先か、卵が先かみたいな不毛な議論、どちらでもいいわ! それよりも、さっさと研究成果の発表をせぬか!」


皇帝の一喝により、その後は粛々と研究の発表が進められた。

いくつかの発表が終わり、面白いと思った発表には賛美を送り、わからないところは質問した。

その中でも特に気なったのがあった。


「魔導石を用いた夏季・冬季の作物栽培方法の確立」


夏は冷気を発する氷結石という魔石で温度を下げ、冬場は熱を発する火炎石と呼ばれる魔石で部屋を暖めるという技法だ。

高価なガラス製の建物が必要であるが、これを使えば夏の暑さに弱い作物を夏にも研究でき、冬の寒さに弱い作物を冬に研究できる。つまり通年で研究を行える。研究効率の向上を図るための研究だそうだ。

これを使えば、夏でも冬でも人も快適に過ごせるのではないかと思い、そのことを小六に伝えると「俺も同じことを思いました」と帰ってきた。

農業に陶酔した狂人しかいないから、こういった発想しか出ないのだろう。

他には米の品種改良の成果発表があったが、その親株や特性から「俺の真似しやがったな!」と躍り出る研究者。しっかりと見比べると全くの別もの内容だったが、互いに一触即発の状態が会議終了まで続く。

あまりにも内容が酷いと、お偉いさん方から畑の土が投げつけられ、泣きながら退場する若い発表者。

土壌中の生物の生態を研究する学者が、誤って大量のミミズが入った小ビンを落として割る。そして一匹飛んできて、妾は悲鳴を上げ足で潰した。すると学者は「ミミイちゃんがああああ!!!」と泣き叫んだ。

小麦の研究者が品種改良した結果できた、収量がいままでの2倍の小麦で作ったパンを食べて、酷い味で、全員が戻しかける。どうにか妾は堪えたが、会議室内の数名が堪えきれず戻した。会議室内が汚臭に塗れる。

小型の魔導機関を用いた液剤散布機の実演展示で、機関の不具合なのか作動せず、ノズルを覗き込んだ際に突如作動。勢いよく噴出した水は研究者の片目を潰す(その後、近衛の回復魔法により完治)。その水で会議室は水浸しになり一時会議中止。10分ほどで再開された。

砕いた魔石を漉き込んだ畑で作った野菜の試食でいざ目の前で着られそうになった瞬間に、植物ではありえない機敏な動きを見せ、会場から脱走を図る(近衛により討伐)。などなどの珍事もあったが、どうにか終了を見せた。


「ああいう研究者たちを何というか存じてますか?」


「なんというのじゃ?」


「狂った科学者と書いて、マッドサイエンティストというのです」


「……本当に狂ったやつらが多かった。妾はこの会議には二度とでぬからな」


「だから私が発表をやめさせるために、あんな不毛な議論ごっこを提案したのです」


そうと分かっていればやめさせなかった。ヘトヘトに疲れた。

いやもう訳が分からない程、疲れた。


「まぁ、あんな研究をやっているからこそ、皇国のいまの農業があるのですがね。中にはなかなか面白い研究もありましたよ。例えば『トラクター導入による作業時間短縮による作物ごとの作業時間研究』や、『ゲルマ王国で普及しつつある化学肥料の各作物ごとの適正使用量調査研究』は、非常にありがたい」


小六は一人ご満悦のようだが、病み明けの妾にはハードすぎた。


「そ、そうか。実りもあった議論で何よりじゃ。そういえば、農が先か、民が先か。あれの結論はあるのか?」


「結論? 結論はありませんよ」


「え?」


「そもそも論で農と人は切っても切れません。どっちが先というのは無いはずでしょ」


言われてみれば、納得する。


「つまりあれは、本当に時間稼ぎだったのじゃな」


「はい。あの後の阿鼻叫喚の地獄は予想できたので」


車が揺れる。

妾の精神はすり減った。


「結局、これは妾が臨場する意味あったのか?」


「……おそらく、なかった。途中から誰一人として、陛下のことを気にすら留めてなかった。それよりも、来年からは軍の中隊を配置したほうがいいですね。来年は死者が出かねない」


車が揺れ、すり減った精神を回復すべくワザとらしく寄りかかり、城に着くのを待つことにした。

私用で次の更新は7月4日以降になるとおもいます。

少し空きますが、何卒、ご理解のほどをお願いします。

また、誤字脱字。文法の誤りや矛盾点を発見した場合は、そのことをお知らせいただければ幸いです。

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