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第十一話 皇帝の休息日

対合衆国同盟の祝賀会を終え1週間余りが過ぎる。


「合衆国は軟化せず、さらに強硬となる……か」


状況は悪化の一途を辿り、合衆国は全世界への全品の輸出禁止を宣言した。


「これは貿易戦争だな……」


「貿易戦争?」


聞きなれない言葉だった。


「小六よ、貿易戦争とはなんじゃ?」


「貿易戦争とは、貿易において戦争すること。つまり各国との貿易摩擦……すなわち、自国が赤字により損し続ける時などに、こうした強硬策で相手の譲歩を待ち、自国の貿易を有利に進めるものだよ。その証拠に、ここ5年ほど、皇国は合衆国から輸入した鉄鉱品を、魔導車や魔導兵器にして他国に輸出して多くの利益を上げてる。特に合衆国は鉄鉱品の輸出が強みなのに、安く売ったものを高く買わされている状況にご立腹ってところかな」


「それは仕方ないじゃろ。合衆国には魔導機関を作る技術がないのじゃから」


「だけど、合衆国はそうは受け取ってないようだね。こちらとしては、その利益のほとんどが兵の賃金や維持費で消えるけど、向こうからしたら損しているとしか考えていないから、今回の禁輸出措置に踏み切ったんじゃないかな」


小六は資料を片手に説明してくれる。

確かに、そういう風に見れる。


「合衆国は間違いなく、魔導車の核心技術。つまり魔導機関を欲してる。今は、輸出する魔導機関すべてに封印を施してあるそうだけど、あと数年もしないうちに、合衆国も魔導車を開発して、自国で製造できるようになると思う」


「……そうなると、厄介じゃな」


「もしかしたら、既にその技術を持っているからこそこんな強気に出たのかも」


扶桑皇国のみが持つ魔導機関の秘部を、資源大国である合衆国が開発している。

それは完全なる質的優位の現状を瓦解させる非常事態に他ならない。

頭が痛くなってくる。


「魔導機関をアルヴァンにライセンスとはいえ作らせるのは、やはり失敗ではないか?」


「いや、このおかげで逆に合衆国が魔導機関を自力で開発したときのメリットが消えたね。開発した魔導機関を自国で製造して、アルヴァンやフランに、皇国製よりも安く売りつける。それだけで皇国の優位性は瓦解する。それと、他の国々も最初に禁輸出指定された物品の多くが、その国で加工して他国に売却してるものばっかり。アルヴァン帝国であれば鉄鉱を船舶に。フラン共和国は魔石を加工して魔導士用の術法強化装置に。ゲルマ帝国は鉄鉱を良質な鉄鋼製品に。ロマノ帝国は小麦を長期保存可能な乾麺や兵糧に。どの国もそれで合衆国に対し多くの利益を上げています。我が国の場合は、魔石は潤沢に取れるため、魔石の輸出制限をしなかったのだろうけど、やはり鉄鉱が痛手だね」


「ふむ……そんなに不味いのか?」


「10年分の備蓄と言われていた鉄鉱の備蓄だけど、この使用量のまま推移していくと持って7年。早くて4年になる見通しだそうだよ」


「なるほど……南方の同盟国の植民地では鉄が豊富に取れると聞く。そこから買い付けるのが良いかと思う」


「まぁ、まだ早くても4年あるし、それまでに国内を安定化させないとね……」


「ところで、お主、今日は農業指導のために農業庁へ行くのではなかったか?」


「あ、忘れてた。すぐ行きます。では陛下、ご自愛を」


そういうと小六は慌てて部屋を飛び出していく。


「さて……今日は暇じゃな……」


決裁案件もなく、特にこれといってやることはない。

久々の休息日。何週間、いや何カ月ぶりの休息日であろうか。思いだそうとするも思いだせない。


「待てよ。むしろ今までで休みの日などあったのか?」


考えてみれば、皇帝に即位してからというもの休んだことがなかった。

それまでは毎日が休みのようなものだったが、即位以来、激務が重なった。

それに、最近は居眠りなども増えている気がする。


「サクヤはおるか」


声をかけるとサクヤがすぐに入室する。


「暇じゃ……なにか、することはないか?」


その言葉にサクヤが目を見張り驚く。

何をそんなに驚くことがあるのだろうか。


「陛下。ご自愛ください」


「そういわれても、暇なのじゃ。仕事をしておらんと、不安になる」


我ながら、いつからこんな仕事人間になったのかわからないが、働いていないとすこぶる不安になる。


「……わかりました。でも陛下は本日は休務。仕事をさせるわけにはいきません。ですので、一つ、お願いを聞いてほしくございます」


「おう、なんじゃ。なんでもいえ」


「はい。では、しっかりと食事を取り、療養されてください。まだ熱が御座います」


そういうと額のタオルを変えられ、氷魔法で冷やされたタオルをまた額に乗せられる。

それはひんやりしていて、体の火照りを沈める。

そう、妾は昨日、熱を出して倒れたのだ。


「と、いわれてもな、暇なのでせめて執務室の書類を持ってきてくれぬか? まだまだ連合から輸入できそうな物品の掌握も済んでおらんしな」


「ご・じ・あ・い!ください。暇なのでしたら、話し相手くらいはします」


「う、うむ、わかった」


サクヤの剣幕に押され、ベッドにおとなしく潜る。

仕事人間には辛い。


「じゃ、どんな話題がいい? やっぱり小六様のこと?」


「ゴッホゴホ!」


いきなりすぎて咽る。せめて、ワンクッション置いてほしい。

だが、やはり話題はそれに行きつくのは目に見えている。


「まぁ、そうじゃな」


「青春してるわね。羨ましい」


「そういうお主とてまだ若いじゃろ。そろそろ浮いた話もないのか?」


仕返し代わりに言うてみるも、サクヤは「私のことはいいから」と受け流される。


「あれから進展したの?」


「あ、あれからというと?」


「御前会議の前に私に相談してきた時からです」


あの後のこと……思いだしただけで顔が真っ赤になる。

あんな台詞を言われ、あんなことをしでかしたことを思い出すと、体温が上がっていくのがわかる。


「リンレン様ったら顔が真っ赤。進展はあったみたいですね」


「う、うむ」


「ちなみにどこまでしたんです?」


どこまでという下世話な表現だが、妾とサクヤの仲では咎めるわけにもいかない。

それに相談に応じてくれた手前、答えないわけにもいかない。


「せ、接吻した」


布団を寄せ、口元を隠し小声で言う。


「え?なんて?」


聞こえただろうに、わざとらしく耳元に手を当て聞き返してくる。


「接吻した!」


今度は大きな声で言ってやる。


「まぁ……それは、小六様から?」


「妾からじゃ」


こうなれば開き直る。


「まぁ、あらあら。まぁ、そう」


頬に手を当てニコニコしているサクヤに婆臭いと言ってやりたいが、ぐっと飲みこむ。


「小六様は?」


「……事を為したら正式に言うからそれまで待っていてくれ。と言われた」


「あらあら、小六様も臭い台詞を……けど、良かったわね」


「うむ」


祝賀会でのことは伏せる。

あのときの胸の高鳴りを思い返すだけで、自分が下賤な者に思えるからだ。

何より、サクヤが接吻のこと以上に根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。


「あと、小六様が陛下に食べさせてほしい、って渡されてるの。食べる?」


サクヤは冷却魔法のかかった包から2個の金属のカップを取り出す。片方は円、片方はハートをしている。


「それはなんじゃ?」


「プリンという生菓子だそうよ」


そういうと皿にそれを落とす。

綺麗なハート型で、底面だったところが上を向き、ピンクのムースが垂れる。


「こちらを陛下にって。隠す気ないわね小六様は」


「うむ……ちと恥ずかしいの」


それを受け取り、匙で一掬い。口に運ぶと口いっぱいに木苺の甘酸っぱさと、牛乳と卵の味わいが広がる。

なんと美味しいものか!

それを平らげると、サクヤは皿を片付ける。


「では陛下、もう一つは氷冷庫に入れておきます。体調が良くなられましたら、お召し上がりください」


そういうと退室する。

そして暫くしないうちに猛烈な睡魔が妾を襲い、妾はそれに身を任せた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


目が覚めると、丸椅子に小六が腰かけ、船を漕いでいた。

今朝よりもやや黒く焼けて見えるのは、外で農業指導を行ったためだろう。

頭を撫でたいという衝動に駆られ手を動かそうとすると、手が上がらない。

見れば、小六の手と妾の手が握りあっているではないか。

妾にはその記憶がない以上、小六が握ったのだろうか。

まぁ、いまはその手を握ってみる。ごつごつとした手の感触が、伝わる。

確かに今日は体調不良により不自由な一日だが、いま、この瞬間だけは最高の一日である。

願わくば、この安穏とした時間が続いてほしい。

そう思いながら再度、手を握ると小六が起きる。

咄嗟に目を瞑り寝たふりをする。全くもって寝たふりをする必要はないのだが……。


「あれ、俺寝ちまってたのか……」


小六の声が聞こえてくる。今、目を開けるわけにはいかない。


「……必ず、君を幸せにするから待っててくれよ」


小六はそういうと手を放し、枕元に何かを置いて部屋を出ていく。

最後の言葉にドキドキしながら、扉が閉まる音を待ち、しばらくしてから起き上がる。


だがそこには、サクヤが丸椅子に座って此方を見ていた。


「陛下、どうされました?」


「夢、だったのか?」


一人呟くも、それは虚空へと消える。

今のが夢だったのだろうか。つまり妾自信の願望なのだろうか。

これ以上にない幸せな時間だった。だが、今の現実を見れば夢としか思えない。


「小六を見なかったか?」


「いいえ。見ておりませんが」


「そうか……」


「あらこんなところに花束が」


サクヤはそういうと枕元に置かれていた花束を妾に見せてくれる。


「これは蓮の花ですね……花言葉をご存知で?」


「馬鹿にするな。国花じゃぞ。花言葉は神聖で清らかな心。そして休養……」


「今の陛下にピッタシです」


そういって蓮の花を花き皿に活けてくれる。

だが、言わなかった花言葉が一つある。


「離れ行く愛。か……」


その花言葉を、持ってきた当人が知らなければいいと切に願いつつ、さきほどの夢が夢じゃなかったこの『幸福感』を胸に秘め、今日中にこの熱を冷ますことを決意した。

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