自分がブサイクだと認識させられた日
話し合いの場は俺の家になった。両親は気を利かせてくれたのか、家には今俺しかいない。
肝心のエクシアはあと数分もすれば来るだろう。それまでに、俺自身の考えもある程度は纏めておかなければならない。
エクシアの考えを素直に認めるか、それとも自分勝手のクソ野郎になるか。
どうしようかと頭を悩ませているとドアがコンコンと、ノックされた。
……あぁ、やっぱり、嫌だ。動きたくない。ドアを開けたくない。
しかし、そんな俺に追い打ちをかけるようにドアを更にノックされる。
……もう、無理だな。
「ゴメン、ちょっと考え事をしてた。今ドアを開けるよ」
声に出してしまった以上、もう腹を括るしかないだろう。それに、エクシアが勇者の仲間になるとは、まだ決まったわけではない。
自分を鼓舞しながら、俺はドアを開ける。
ドアを開けるとそこには、美少女の幼馴染がいた。
そうだ。少しでも可能性があるのなら、なんとか説得が出来るかもしれない。
そんな俺の僅かな希望は、開口一番に放たれたエクシアの言葉によって、粉々に打ち砕かれた。
「ルディごめんね。私、やっぱり勇者様の力になりたい」
◇◆◇◆◇
そこから先は、もはや話し合いにはならなかった。
いや、最初の方はまだ良かった。この時はまだ冷静になれていたし、会話のキャッチボールも出来ていた。
しかし途中から、俺が何を言ってもエクシアは「勇者様の仲間になりたい」の一点張りで、聞く耳をもとうとすらしなくなったのだ。
そのことに不安と焦りを覚えた俺は、必死に言葉を探し紡いでいる。もしここで喋るのをやめたら、エクシアは勇者の元へ行ってしまうのだろうから。
「だから、言ってるだろ。あの勇者の仲間には奴隷がいたんだ。エクシアが奴隷にされる可能性だってあるんだぞ?」
必死になって問い掛けるが、エクシアからの返答は無い。代わりに可哀想な人を見る目で、ただ黙って俺を見ている。
泣きたくなるのを必死に堪えて、俺は続ける。
「それに、エクシアだって見ただろ? あの勇者の身勝手な態度を。きっとアイツは碌なやつじゃない」
こんな事を言ったところで、ただの時間稼ぎにしかならないのだろう。だけど、悔しいじゃないか。何年も一緒にいた幼馴染が他の男に奪われるなんて。
「なあ、エクシア。どうか考え直してくれないか?」
返答は無い。しかし、今まで黙り込んでいたエクシアがふいと横を見た。
「?」
俺もつられて、エクシアの視線を追う。
すると、そこには窓から見える真っ赤な夕日があった。その夕日が今、山に隠れようとしている。つまり――
ガタリと音を立ててエクシアが椅子から立ち上がる。
「それじゃ、時間だしもう行くね」
もうそんなに時間が経っていたのか?! マズい、このままだと本当にエクシアが……!
考えるよりも先に体が動いた。
急いでドアの前に立ちふさがる。こうなったらもうヤケクソだ。
俺は最後の足掻きをする。
「ちょっと待ってくれエクシア! 俺の話を聞いてくれ! あの勇者は――」
エクシアに、ただひたすら感情をぶつける。
そんな俺をエクシアは何も言わずただ見ている。
エクシアには、今の俺の姿はどのように映っているのだろうか。
哀れだとは、自分でも思っている。しかし、今俺に出来ることと言えばこれくらいしかないのだ。
「――だから、あの勇者と俺は何がそんなに違うんだ! 俺の方が、エクシアとの付き合いは長いはずだろう! なんで俺じゃ駄目なんだ!」
荒い息を吐きながら、エクシアを見やる。
これで、言いたいことは全て言い切った。一気に喋ったせいで体が熱い。
体の熱を冷ますために荒くなった息を整えていると、エクシアが一つため息を吐いた。
「なんでって……。ルディだって自分で分かっているんでしょ? ……私とルディとじゃ釣り合わないことに」
「なっ!?」
エクシアの言葉を聞いて、俺は絶句する。
そして、更に続くエクシアの言葉に俺はトドメを刺された。
「それに、私はブサイクって嫌いなの」
もはや言葉が出なかった。
エクシアはそれだけ言い残すと、固まっている俺を無視してそのまま部屋から出ていった。
……ブサイクか。
ふと横を見ると、近くの窓に俺の顔が映った。窓に映る俺の顔は、別段ブサイクというほどのものではない。どこにでもいる至って普通の少年の顔だ。
では何故エクシアは俺にブサイクなんていう嘘を……いや、もう現実逃避はやめよう。自分が辛いだけだ。
もう一度、窓に映る自分の顔を眺める。
やはり、窓に映る俺の顔は至って普通の少年だ。そう、普通なのだ。しかしそれは俺の前世、地球での話だ。
この世界アースと地球とでは、顔面偏差値の平均が全く違うのだ。つまり、地球では普通の顔だとしてもこの世界だと俺はブサイクという分類に入るのだ。
……この世界はイケメンが多過ぎる。この事実を知ったのは、俺が五歳になった時に、教会がある近くの街に行った時だった。
初めて見る異世界の街にはとても多くの人間がいた。そして、その多くの人間全員が美女にイケメンだったのだ。……ふざけているだろう。
その時は、全員がエルフかなんかなのだろうと思っていたのだが、それが普通なのだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
その時から薄々と嫌な感じはしていたのだ。そして十五歳になって、自分の顔がブサイクという分類に入ることも自覚はしていた。
だけど、それを認めたくなかった。
前世でブサイクと罵られ、まさか異世界でもブサイクになるなんて。
俺は、どうすれば良かったんだ……?
漫画やアニメでは幼馴染と主人公が恋仲になる話は多くあるが、現実はそうはいかない。どちらか片方がブサイクだった時点でもう終わりだ。つまりこれも「ただしイケメンや美女に限る」というやつだ。
幼馴染はいる。だが、いるだけだ。これは前世でもそうだった。だから、ブサイクにはどうすることも出来ないのは経験上よく分かっていた。
だからこそ、俺はどうすればよかったのか未だに判らない。
「はぁ……」
大きなため息を吐きながら、座っていた椅子に戻る。
もう直、日も暮れる。恐らく明日、エクシアは勇者と一緒に旅立つのだろう。それを止める術は、もう俺には無い。いや、最初から無かったのかもしれない。
……こんな初期値が最低な無理ゲー、どうすればいいんだ。
俺にとって、異世界の住人は全員が美男美女。逆に、異世界の住人にとって、俺はただのブサイク。そんな俺を見て、ずっと異世界の奴らは嘲笑うのだろう。
まるで終わらない悪夢を見ているようだ。いや、もしかしたら本当にこれは悪夢なのかもしれない。
起きたらいつも通りの日常で……この異世界なんかより全然ありえる話じゃないか。
ああ、そうだ。きっとそうに違いない。そして、生きて、俺に告白をしてくれた後輩と一緒に幸せな家庭を築くんだ。
「……夢からさめてくれ」
そんな俺の願望は、誰にも聞かれることなくそのまま虚空に消えていった。