勇者との初めての出会い
「――ディ、ルディ!」
「え?」
エクシアの声で俺は我に返った。
「ぼーっとしてどうしたの? 大丈夫?」
エクシアが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、ああ。ごめん、ちょっと考え事してた」
「そう? 最近いつもそんな感じだから、気をつけてね」
エクシアはそれだけ言うと、いつもの魔法の練習に戻った。
危ない危ない。エクシアの言う通り、本当に気をつけないと。
エクシアが魔法を発動させる様子を俺は静かに眺めながら考える。
あの変な夢、もとい【未来視】のアクティブスキルが初めて発動してから、約五年の月日が経った。
あの日以降【未来視】のアクティブスキルは発動出来ていない。あの後何度も試してみたが無理だった。
何か発動する特殊な条件でもあるのか、それともただの夢だったのか。それすらも分かっていない。だが、あの夢に出てきた二人は間違いなく俺とエクシアだし、用心するに越した事はないと思っている。
というのも、あの夢が本当に【未来視】のアクティブスキルによって見せられたものだとした場合、未来にあの夢と同じようなことが起きる可能性があるからだ。
さて、ここからが重要で、俺はあの時「大人になっている俺とエクシアの関係はどうなっているんだろうか」と思いながら【未来視】を発動させたわけだ。そして、あの夢を見た。
つまり、あの夢と同じことが起きるのは俺とエクシアが大人になってからの可能性が高いというわけだ。まあ、そもそもあの夢で見た俺たちの外見からして分かることなのだが。
ちなみに、これは最近エクシアが十五歳になった時に知ったことなのだが、この世界では十五歳で成人とされているらしいのだ。そして俺は明日十五歳の誕生日を迎えるので、これで俺とエクシアは大人になった、ということになる。
あの夢が現実になるかもしれないのは、まだまだ先のこととは思わず明日からはより一層気をつけないといけない。
そんなことを考えていると、少し焦った様子のエクシアが俺に駆け寄ってきた。
「どうかした?」
俺が問いかけると、エクシアは村の入り口に向けて指を差した。
「なんか、村の入り口の方が騒がしいけど……。どうしたんだろう?」
言われてみると確かに村の入り口が騒がしい。
……なんだろう。何か、嫌な予感がする。
「うーん……取り敢えず、行ってみようか」
「そうだね」
胸にモヤモヤとしたものを抱えながら、騒ぎの原因を探るべく俺とエクシアは村の入り口に向かって駆け出した。
◇◆◇◆◇
村の入り口には人だかりが出来ていた。何かあったのだろうか。
「何かあったんですか?」
近くにいたオジサンに、心に浮かんだ疑問をそのまま問いかける。
「おや、カカルド君とエクシアちゃんかい。今この村に勇者様がいらっしゃっているんだよ」
「勇者、様?」
「うん。何やら神託があったそうで、この村に人探しにいらっしゃったんだと。……この村には老いぼれしかいないんだけどなぁ」
オジサンの言葉を最後まで聞かずに、俺は目の前の人だかりに突っ込んだ。
「あ、ルディ待って!」
エクシアの声を無視して、更に進む。
勇者? 神託? 人探し? 意味が判らない。勇者と言えば、俺と一緒にこの世界に来たはずのあの学生のことだろう。だけどなんでここに? エクシア?
心の中が疑問で埋め尽くされる。
そうして人だかりから抜け出し、視界が開ける。
急いで騒ぎの元に目を向けると、そこには高そうな装飾に身を包んだ三人の姿があった。男性が一人、女性が二人だ。
三人は何やらかを話し合っている様子で、こちらには見向きもしていない。
……よし、取り敢えず、落ち着け俺。まだ俺は大人にはなっていないんだ。それに、勇者がこの村に来たのは恐らく自分と同じ転生者の俺を探しに来たのだろう。エクシアは関係ないはずだ。
荒くなった息を軽く整えながら、俺は少しでも情報を得るために、三人を注意深く眺める。
男の顔は、あの時の学生の顔とは全く違うが、転生したということを考慮すれば何もおかしくはないはずだ。見た感じ歳は、俺と同じ十代半ばくらい。日本人を思わせる黒髪黒目で爽やかなイケメン、といった感じだろうか。
そのイケメンに付添っている二人の女性も歳は十代半ばくらい。一人は金髪碧眼のとても美しい女性だ。みると一つ一つの仕草がとても上品で、もしかしたら貴族のお嬢様とかだったのかもしれない。
もう一人の女性は、この世界でいうところの獣人というやつだろうか? 頭には二つ並ぶ猫耳が付いており彼女のものであろう長い尻尾が、後ろでユラユラと揺れている。髪型はショートで、イケメンに笑顔で何かを話し掛けている様子から元気や活発といった印象を受ける。
そしてそんな彼女の首元には……何故か厳つい首輪が付いている。もしかして、奴隷とかなんだろうか? しかし、彼女には一切そんな様子がないが。
そして今気付いたが――勇者たちの陰になってよく見えなかった――どうやら他にも四人の冒険者らしき女性の姿も見える。何故だろうか。ひと目見ただけなのだが、彼女ら四人全員から冷徹や無慈悲といった印象を受ける。
「うん?」
黙って眺めていると、いきなり勇者がこちらを振り返った。そして、喜々とした様子でこちらに駆けてくる。
なんで!?
突然の行動に、俺は思わず身構える。
しかし勇者は、そのまま身構えた俺の横を通り過ぎる。
え?
横を通り過ぎたことに小さな驚きと安堵感を覚えながらも、俺は振り返る。
「ずっとアナタを探していました! 一緒に魔王を倒す為に、僕のパーティーに入ってくれませんか?」
「えっ?」
振り返った俺の視線の先には、エクシアの手を両手で固く握る勇者と勇者に手を握られ頬を少し紅くしたエクシアの姿があった。
その光景を見た瞬間、俺は察してしまった。
……ああ、なるほど。
五年前に見た夢の中の俺とエクシアの口論をしていた理由が分かった。恐らくこのあとエクシアは、勇者のパーティーに入りたいとでも言い出すのだろう。そして、それを俺が止めるのだ。
「どうだろう?」
勇者が爽やかな笑みを浮かべながら、エクシアに問いかける。
「で、でも……」
エクシアの目線が俺と勇者の顔を行き来する。
なんだよ、比べているのか?
「?」
エクシアの視線が忙しなく動いていることに気が付いたのか、勇者が後ろを振り返る。
「あっ」
エクシアが小さく声をあげるが、もう遅い。
「……」
俺と勇者の視線が互いにぶつかり合う。俺に出来ることと言えば、勇者を睨みつけることくらいだろう。
「……なるほどね」
勇者は、全てを察したとでも言わんばかりにそれだけ呟くと、腕組みをして目を閉じ、考え込むような仕草をする。
沈黙が舞い降りる。
周りを見ると、村のみんなは静かに俺たちの様子を窺っていた。
そうして考えがまとまったのか、勇者はエクシアに向き直り
「それじゃ、こうしましょう。明日の今と同じ時間にもう一度アナタに聞きます。それまでにアナタの考えをまとめていて下さい。それでは」
勇者はそれだけ言うと、仲間の美女たちのもとへ戻っていく。
なんだコイツ、身勝手すぎるだろう。自分の名前すら名乗らないのか? それとも、それくらい知っていて当然だとでも思ってるのか。
すれ違いざまに一瞬だけチラッと目を向けられたが、気付いていない振りをした。
「ルディ……」
エクシアが困ったように、俺の名前をボソリと呟いた。
どうすればいいんだよ。
俺が黙り込んでいると、今まで様子を眺めていた村長が
「勇者様方には私の家に泊まって頂きます。それにもう日も暮れますし、話し合いは明日の朝にしましょう。……カカルド君もそれでいいね?」
「はい」
俺が素直に頷いたのを見て村長は明らかにホッとした表情になった。
いつも迷惑かけてすまんね。
そうして、今日のところは取り敢えず解散といった形になった。
問題は明日の朝だ。
もしエクシアが、自分の口で勇者の仲間入りをしたいといった時、俺はなんて答えればいいのだろうか。
……分からないし、分かりたくなんかない。そもそも、エクシアが自分で決めたことに俺が止める権利なんてないのだ。エクシアにとって俺はただの幼馴染に過ぎないのだから。
俺はだんだんと沈んでいく夕日を充分に眺めてから、帰路についた。