レイラと冒険
翌日、俺はレイラを連れてギルドに来ていた。理由はギルドの仕事をするため、ではなくレイラとの約束を果たすためだ。結局、あのあと何度もブルースさんからの勧誘を受けた俺は、条件付きでギルド職員となることにした。
条件というのは、今日のようにレイラとの約束があった場合はそっちを優先するというものだ。ブルースさんも監視の仕事は一週間に一回の頻度でいいと言ってくれたのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。
それに、俺もバーバランさんとはもう一回改めて話さなければいけないと思っていたので丁度よかった。
「はい、お待たせ致しました。こちらが冒険者カードになります」
考えていると、いつの間にか出来たようで職員さんから冒険者カードを手渡された。
「ありがとうございます」
職員さんから新しく作ってもらった冒険者カードを受け取り、レイラに手渡す。
「これがレイラの冒険者カードだ。失くさないようにポケットに入れた方がいい」
「……これが私の」
レイラは渡された冒険者カードを大事そうに両手で持つと、そっと自分のポケットの中にしまい込む。
よし、あとは何の依頼を受けるかだが……。
俺はギルドの掲示板に貼られた依頼にザッと目を通す。
……ふむ。見た感じだと、まずはDランクの「シビレ草の採取」がいいだろう。
シビレ草とは、口にすると名前の通り体が痺れる薬草だ。草原に多く自生しており、少量なら問題はないが大量に口にすると本格的に体が動かなくなる。
安全を考えるのなら魔物の討伐依頼よりは薬草の採取依頼の方がはるかにいい。
俺は掲示板に貼られたDランクの依頼を一つ手に取る。
「レイラ、最初はこの依頼からでいいか?」
「はい、大丈夫です」
レイラに確認をとって依頼の貼紙を受付に持っていく。
「すみません、この依頼受けます」
「はい、シビレ草の採取依頼ですね。シビレ草はノアの森近くの草原に多く生えていますが、ノアの森には危険な魔物が多く生息しているのでお気をつけ下さい」
「分かりました」
基本的に不壊狼を始めとする強大な魔物はノアの森から外に出ることはない。つまりノアの森の中にさえ入らなければ襲われることはないのだ。レイラもいることだし、それには注意しよう。
注意点を頭の中に留め、俺たちはギルドを出た。
さて、後はレイラの装備も揃えないといけないな。
◇◆◇◆◇
レイラの装備を一式買い終わり、俺たちはすぐに草原に向かった。道中は魔物に襲われるなどのことは一切なく、快適な道のりで草原に着くことが出来た。
ちなみにレイラの装備は短剣に革防具といった動きやすさを重視した装備になっている――というよりこれは単に桃髪の装備とお揃いにしたかったのだろうな。
とはいえ今はまだいいが、自分の得意とする魔法や特性に合わせて装備を選ばないと魔物との戦闘で痛い目をみることになってしまう。
この桃髪の装備だって、桃髪がどんな状況下でも「当たらなければどうということはない」を遂行する化物だからこそ成せる軽装であって、俺なんかが同じ装備でノアの森に行ったら秒と持たないだろう。
レイラには申し訳ないが、レイラの魔法を確認しだいもう一度武器屋に行って装備を改めようか。
「さて、レイラ。道中にも話したけど、シビレ草を取る前にまずはどれだけ魔法を使えるのかの確認をしよう。ここなら心置き無く魔法が使える」
俺がこの依頼を選んだ理由の一つがこれだ。草原ならば魔法の練習にはうってつけだろうし、何よりこの見晴らしの良い草原では前のように冒険者に背後から奇襲をされることはありえない。
それを考えればここはむしろ街中よりも安全と言えるかもしれないな。
それと、そもそも俺はレイラのギフトに一つ上級クラスがあるということを除いて何も知らない。
そのためレイラがどんな魔法を扱えるのかすら分からない状態なのだ。試すなら街中よりも、何かあった時になんとか誤魔化せそうな草原の方がいいだろう。
「早速だけど、まずは一番強力な魔法を発動させてみてくれ」
「はい」
俺の言葉に従いレイラが魔法を発動させる。すると、十秒ほどしてレイラの目の前にボッと小さな火の球が現れた。
お、火魔法の類いか。やっぱり街中で試さなくて正解だった。さて、それでこっからどうなるんだ?
と、期待しながらその様子を黙って見ていると、急にその火の球がスッと消えた。
……ん? 消えちゃったぞ。いや、これも魔法の一部なのか?
どうだろうかとレイラを見ると、少し息を切らしながら――魔法の発動に体力を消耗したのだろう――丁度よくこちらを振り返った。
「私の魔法どうでしたか?」
「うん?」
レイラの言葉に俺は聞き返す。すると、俺が聞いていなかったと思ったのか、レイラが同じ言葉を繰り返した。
「ですから、私の魔法どうでしたか?」
「……うん?」
繰り返された言葉に、俺もまた同じ反応を繰り返す。
いや……うん? どういう意味だ? どうでしたか? どうでしたか――ってことはつまり今の魔法がレイラの最高火力ってことか!?
レイラの言葉の意味を理解し驚きに顔を上げると、レイラがキョトンとした顔でこちらを見ていた。
……決めつけるのはよくないな。確認をすれば分かる話だ。
俺は平静を装いながらレイラに尋ねる。
「すまん、一応確認なんだけど今の火魔法がレイラの中で一番強力な魔法なのか?」
「はい、もちろんです」
レイラがさも当然とばかりに答えた。
「……もちろんなのか」
その返答に思わず失意してしまう。
いや、無論レイラは何も悪くないのだ。俺が勝手に上級ギフト=強力な魔法を発動出来ると勘違いをしていたのがダメだったのだ。
俺の持っている【未来視】のように必ずしもギフトの影響で魔法を扱えるようになるとは限らないということを失念していた。
というか、今思えばレイラの『奴隷の首輪』に定められた能力が魔法対策の能力ではなく、俺が前に嵌められていた主人から逃げられなくなる『拘束の力』だった時点で気づくべきだった。
しかし、そうなってくると少し話が変わってくるな……。レイラの今の強さでは魔物と戦うことは出来ない。
俺が考えていると、レイラが少し不安そうな声色で言ってきた。
「……どうかしましたか?」
その言葉で俺はハッと我に返った。
「――え? あ、ああ、すまん。少し考え事をしていた。ひとまず、レイラの魔法は分かった。あとはその魔法を元に何か良い依頼がないか探してみよう」
「分かりました」
レイラが頷いてくれたのを確認し、俺はほっと息を吐く。
「よし、それじゃあ後は依頼のシビレ草の採取をしようか。シビレ草は後で必要になるから、依頼とは別に多めに取っていこう」
◇◆◇◆◇
レイラと依頼を受けた翌日、俺は王都から少し離れたところにある山にまた一人で来ていた。理由は前回と同じでオークの角をギルドに納品するためだ。
前は結局冒険者に襲われてオークの角どころじゃなかった。今も一応警戒はしているが、背の高い木々に囲まれたこの場所では殆ど無意味のように思える。
まあ、そう何回も立て続けに襲われることはないと思いたいが……とりあえず突然の【未来視】がいつ発動しても動けるように【身体能力上昇】を発動させておこうか。
と、そうこうしているうちに早くも前に冒険者に襲われたところまで来てしまった。その証拠に周りの草木に少し燃えた跡がある。
これは俺が魔法で創った炎の矢を嫌がらせで弓使いに放ったのが原因だろう。あの時は必死だったから考えもしながったが、山の中で火魔法を使うのは少し避けた方がいいかもしれん。
あ、そうだ。火魔法で思い出したが帰ったらレイラでも出来る依頼を探さないといけないな。薬草採取以外で比較的安全な依頼って何があるだろうか。
手っ取り早く強くなる為には魔物との実戦が一番だと思っていたのだが……。
まあ勿論、レイラが言っていた「強くて仲間想い」という言葉の指す強さというものが、単純な戦闘能力としての強さではなく人としての強さだということは理解している。
しかし、ただ仲間想いというだけではその肝心の「仲間」を守ることは出来ないのだ。力のない者は、力のある者に盗られ奪われていく。
この弱肉強食の世界では特にそうだ。守りたいのならば強くなる他ないだろう。
一瞬、俺の脳裏に幼馴染の顔が浮かび――すぐに消しさる。
……感傷に浸っている暇はない。これからオークに遭いにいくのだ。気を引き締めないと。
「……よし!」
気合いを入れ、俺は気持を入れ替える。
と、その時だった。
突如奥の木々がズシンという重い音とともに大きく揺れた。
咄嗟にその方角へ目をやると、奥の方で緑色の大きな物体が動いているのが見えた。
俺は急いで近くの低木に身を隠す。身を隠しながらその動く物体を確認すると、見えてきたのは緑色の皮膚に、巨大な棍棒。三メートルを優に越える巨体に、筋肉隆々の屈強な筋肉の塊だった。
――間違いない、オークだ。まさかこんなにも早く遭遇することになるとは……。
オークは知能がなく魔法を扱わない。にも拘らず一体Cクラス――C級冒険者三人パーティーを前提とした基準――という強さを誇るのは、そのオークの純粋な腕力故だ。
オークの振るう棍棒での一撃は大木を殴り倒せる程強力な上、その外皮は非常に分厚く物理防御力、魔法防御力ともに優れていると聞く。
つまり、ここで一発でもミスをすれば即アウトなのだ。この世界のオークはくっ殺を言わせる間もなくくっ殺しにくる。
死なないためには、まずオークとの戦闘の前にしっかりと準備を整えないといけない。
俺はオークとの距離がまだ充分にあることを確認し、急いで魔法を発動させた。
◇◆◇◆◇
準備が終わり、俺はオークに向けて中級の風魔法を発動させた。
『エアスラッシュ』
魔法の発動に合わせ中空に幾多もの風の刃が浮かび上がり、風の斬撃がオークの全身を包むように斬りつけた。しかし――
「ウグオオオオグ!」
斬撃はオークの皮膚を薄く斬りつけるだけにとどまってしまった。辺りに地鳴りのように重い咆哮が鳴り響く。
……やっぱりこれ位じゃダメージすら通らないのか。
「ウオオォォグ!」
と、今の攻撃で俺の姿を見つけたオークが、雄叫びを上げながらこちらに向かって突進してきた。
【未来視】の発動はない。ならばここは下手に動かない方がいい。とは分かっていても、やはりこの迫りくるオークの迫力には足が竦んでしまう。
そうして、俺の目の前まで来たオークが持っていた棍棒を大きく振り上げた。オークの目には、獲物である俺しか映っていない。
そして、オークは振り上げた棍棒を勢いよく俺に叩きつけようと、足を一歩踏み込ませ――
「――グオォグ!?」
無い地面に足を踏み入れて、その勢いのまま落とし穴の底に落ちて行った。
よかった、ちゃんと上手くいった。
「ふぅ……」
緊張が和らぎ、俺はホッと胸を撫で下ろす。この巨大な穴を作るのに随分と魔力を使ってしまっていた。もし失敗していたら危なかった。
上手くいったことに安堵を覚え、俺は穴の中を見下ろす。
「グオオオォォォォグ!」
穴の底ではオークが碌に身動きも取れず暴れていた。さすがのオークでもこの穴を脱出するのは無理だろう。
前にも言ったが、オークは一体でCランクという魔物の中では上位に位置する強さを誇る。しかしそれは、C級冒険者パーティーが真正面から戦った場合の強さだ。
このように罠にさえかけてしまえば少なくともオークの攻撃を喰らうことはないだろう。
まあとはいえ、このままでもオークを討伐することは出来ない。オークの皮膚は非常に硬く、碌に魔力も残っていない今の俺ではダメージを与えるのは難しいだろう。
だからこそ、まずは無防備な内側つまり体内から攻撃を仕掛ける。
俺は懐から大きめの革袋を取り出し、大きく口を開け叫んでいるオーク目掛けてそれを投げつけた。
「オグッ」
革袋は狙い通りにオークの口の中に放り込まれ――オークは一瞬狼狽えた様子を見せたが、匂いを嗅ぎとったのか、革袋の中身が何か分かるとすぐに革袋ごと咀嚼を始めた。
因みに、あの革袋の中には先ほどここに来る途中で捕まえた猪の魔物の新鮮なお肉が入っている。大量のシビレ草とともに。
今回の俺の目的は「オークを真正面から倒す」ではなく、あくまでも「オークの角を持って帰る」ことが目的なのだ。
いやまあ、この依頼を受けることになったそもそもの経緯を考えるとこの方法は限りなくグレーに近い黒ではあるのだが、誰も見ていないので実質白だ。
それにシビレ草の臭いは全て肉の血生臭さが消してくれるので何も問題はない。
「オッ……グ……!?」
「もう効き始めたか」
どうやら既に叫ぶことすらままならないらしい。やはり、昨日受けた依頼量よりも多くシビレ草をあの中に詰め込んだ甲斐があったようだ。
さて、あとはゆっくり待つだけだ。




