女神との初めての出会い
……俺には、この状況をどう言い表せばいいのかが判らない。
気がついたら何もない真っ白な空間にいて、そして何故か俺の前では神々しい光を放っている女性が土下座をしていたとか意味が分からない。
まず、俺はデコトラに引かれて死んだハズだ。引かれた時のことは今でも鮮明に覚えているし、夢か何かだったなんてことはまずありえないだろう。
だとすると、ここは死後の世界というやつなのだろうか。だがそうなると俺の目の前で土下座をしているこの女性の説明がつかない。そもそも何でこの女性が俺に土下座をしているのかも謎なのだ。
俺は、土下座をしたまま動かないその女性をチラリと見る。
……俺が目覚めてから、かれこれ二十分程経つハズなのだが、未だに全く動く気配がない。この人もしかして死んでいるんじゃないかな。
まず、こんな真っ白な空間で神々しい光を放っている女性に土下座をされている時点で俺の知っている常識が通じないのは明らかだろう。だとすれば、実は土下座をしながら死んでいました、でも何ら不思議ではない。
……取り敢えず他にする事もないし、生きているかの確認はした方がいいか。
そう思った俺は一歩女性に近づき
「えっと、そこで土下座をしている女性の方。生きていますか? 生きていたら右手を挙げて下さい」
恐る恐る問い掛けてみた。すると
スッ
俺の問い掛けに対し、すぐに女性の右手が挙がった。
おお、どうやら生きているらしい。俺の言葉が通じるかどうか少し不安だったのだが、しっかりと通じているみたいで助かった。通じているのだったらドンドンと聞いていった方がいい。
「なるほど。ありがとうございます。右手を下ろして下さい。えっと、続けて質問なんですけど、あなたは今喋ることが出来ますか? 出来るのであれば、あなたは一体誰で、ここがどこなのかを教えて頂きたいのですが」
言いつつも心の中では、今まで一言も言葉を発さなかったことを考えれば恐らく喋ることは出来ないだろうな、なんて考えていたのだが
「私は創造神様より創られた女神ゾーイです。そしてここは魂の部屋です」
俺の予想とは裏腹に、女性からはとても澄んだきれいな声が返ってきた。しかも凄い流暢だ。
なるほど。つまり、この女性は女神ゾーイ様で、ここは魂の部屋なのか。……細かいことは気にしない方向で行こうか。
創造神やら女神やらという聞き慣れない単語に、深く考えるのを早々に諦めることにした。
こんな意味の判らない状況で、そんな意味の判らないワードを新たにぶっ込まれたところで余計意味が判らなくなるだけなのだ。まずは「こんな意味の判らない状況」を解決するのが先だろう。
今聞いた女神云々の話を一度頭の隅に追いやると、女神様に俺が思っている今一番の謎を聞いてみた。
「なるほど。では更に続けて質問なんですけど、何でその女神様が土下座をしているのですか?」
俺がそう尋ねた瞬間、女神様の身体が一度ビクッと跳ねた。
「……」
そして、何事もなかったかのように土下座の姿勢から動かなくる。
……うん? 今の、聞こえてたよな?
途端に無言となった女神様に疑問を思いながらも、先程よりも少し声量を上げてもう一度聞いてみる。
「何で女神様は土下座をしているのですか?」
「……」
「女神様?」
「申し訳ございませんでした……」
何も答えない女神様に、俺がもう一度聞き直したところで急に女神様が謝った。
「えっと、何がですか?」
「何を言っても怒りませんか?」
女神様が恐る恐ると、俺が不安になるようなことを言う。
まず、俺に怒らないかを確認する時点で聞いて嬉しいことじゃないのは確かだろう。俺が怒るような事って、一体何をしたんだろうか。
「いや、内容によると思いますが……」
怒らない、と断言出来る筈もない俺は不安にはなりつつも答える。
「ですよね。……突然なんですが、貴方は異世界を信じていますか?」
「異世界?」
本当に突然な、予想斜め上を行く質問に思わず俺は聞き返した。
異世界といえば、漫画や小説でよくみるあの異世界のことだろうか。うーむ。異世界に行ってみたい、と思った事はあっても実際に異世界があるなんて思ったことはないな。
そう思っていることを女神様に伝えると
「そうなんなんですか。では、これからお話しすることは全て異世界がある前提でのことだと思って聞いて下さい」
「はぁ……」
話の展開が早すぎて、思わず生返事をしてしまう。
異世界がある前提ってなんなんだろうか。そう疑問には思ったものの、先程細かいことは気にしないと決めたばかりなので口には出さない。というか出せない。
「では早速なのですが、異世界がある前提ということを踏まえたうえで改めて自己紹介をさせていただきます。私は創造神様より創られ、そして“異世界アース”を創造神様から任せられた女神ゾーイと申します。私の名前の由来は――」
早口に創造神やら女神やら異世界やらと現実味のない単語を言い募る女神様。
「なるほど」
そんな女神様に早くもついていけなくなった俺は適当なタイミングを見計らって相槌を打つ。
勿論なるほど、とは言いつつも内容はほとんど理解出来ていない。更に先程から土下座をしたままというのにも関わらず、とても澄んだキレイな声で淡々と創造神やら異世界やらとマシンガントークの如く語る女神様の様子が余りに異様で話の内容が全く頭に入ってこない。
そうして、そんな異様な光景をボーッと眺めていること数分。今まで話していた女神様が急に静かになった。
何かあったのかと思い女神様を注意して見るが、土下座のままで特別変わった様子はない。
まさか、俺が真面目に話を聞いていないのがバレたのだろうか。いや、そんな筈は……ああ、そう言えば途中から相槌を打つの忘れていた。
自分の失態に思い至る。
どうしようかと内心焦りながらも、その焦りを表情には出さないように気を付ける。もしかしたら舌を噛んで喋られないだけかもしれないし。
俺はそんな僅かな希望を抱きながら女神様にそっと尋ねた。
「どうか、しましたか?」
「……」
しかし、女神様は何も答えない。
どうしよう、コレ女神様完全に怒ってるよなぁ。でも……いや、言い訳は良くないな。何よりも、女神様に謝るのが先か。
そう思った俺は、謝罪をしようと女神様に向き直り
「女神様」
申し訳ございませんでした、と俺が続けるよりも早く女神様が口を開いた。
「ふぅ、ごめんなさい。話すのに夢中になってしまい息継ぎをするのを忘れていました。では、これから本題に移りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい」
女神様の問いかけに俺は即答した。
いや、まぁ、取り敢えず怒っていた訳じゃないなら良かった。丁度本題を話すみたいだし、今度はちゃんと話を聞こう。
そう思い俺が真剣に話を聞く態勢になったところで、女神様がもう一度口を開いた。
「では、話させていただきます。まず――」
なるほどな。こうして女神様に一通り話してもらったわけなのだが、なるほどな。少し頭の中で簡単に整理してみるか。
まず、異世界アース。話によると魔法や魔物なんかが存在するファンタジーな世界なのだそうだ。ラノベや漫画でよくみる異世界そのものといった感じだな。
そしてアースの世界には更に【ギフト】というものがあるらしい。【ギフト】とは、アースの世界の人間が生まれ持った能力のことで例えば【魔法使い】のギフトを持っている者は扱える魔法の等級が高くなったり、魔法の習得に掛かる月日を短縮出来たりするものなのだそうだ。
魔物という化物がいるアースの世界では【ギフト】はとても重要になるのだそうな。
さて次は何故女神様が土下座をしているのか、そもそもなんで俺はここにいるのかについて。
順を追って話すと、まず女神様の世界アースに近い将来魔王が現れるのだと。
「いきなり魔王?」とかそういうことを気にしてはいけない。いちいち疑問に思っていたら話が進まないからな。そういうモノだと受け入れるしかない。
それで、その魔王を倒すために女神の間で流行っている召喚魔法を使って地球から勇者を呼び寄せたのだと。しかしここで問題が発生。なんと呼び寄せた勇者が二人いた。
急いで地球の女神に連絡を取って確認してみると、どうやら一人は巻き込まれたとのこと。んで、その巻き込まれた一人というのがどうやら俺なのだそうだ。
これで何故女神様が土下座をしていたのか、俺はなんでこんな場所にいたのかの疑問が大まかにだが解消されたわけだ。
しかし、ここで新たな疑問が生まれる。もう一人の勇者、つまり俺と一緒にここに来たはずの学生君はどこへ行ったのか、そして俺はこれからどうなるのか、である。
その疑問をそのまま女神様に問い掛けてみたところ、学生君はそのまま勇者として俺からしての異世界、アースに”転生”したのだそうだ。
ちなみに何故“転移”ではなく“転生”なのかと聞いてみたところ、地球で生まれたままの姿では【ギフト】を与えることが出来ないのだそうだ。
“転生”をすることで一度体を全て創り変え、【ギフト】を与えることが出来るようにするのだと。
そして一番肝心な俺がこれからどうなるのか、についてなのだがどうやら俺もアースに転生ということになるらしい。
これが一般人ならば「それはおかしい、地球に帰してくれ」となるのが普通なのだろうが、俺は違った。なにせ休日はなろうの作品ばかり読み漁り、もう少しで三十手前というのにも関わらず未だに「ハーレム」やら「チート」などという言葉にどこか憧れを感じてしまうおっさんなのだ。
しかも俺の両親は、俺が小さい頃に既に死んでいるため、俺には家族がいない。更にコミュ障だった俺には友達もいなかったし、ましてや彼女なんかもいない。
まあ、「彼女」という言葉に一瞬、俺が死ぬ前に告白をしてくれたあの後輩の顔が浮かんだのだが、あくまでも浮かんだだけだった。
というのも、俺はあの告白を「嘘告白」だと思っているからだ。何故か。理由は簡単で、後輩が美女で俺が不細工だったからだ。
あの時、告白をされた直後の俺は告白をされたという事実にどこか舞い上がっていたようで取り敢えず告白を受けてみるか、なんて愚かなことを考えていた。しかし、デコトラに轢かれ冷静になれた今の俺はしっかりと現実と向き合うことが出来た。
そこで俺は再確認したのだ。俺は不細工で、後輩が美女だという事実を。
……まぁ、この部分だけ聞けば「何言ってんのお前?」となることだろう。なので更に詳しく説明すると、不細工な俺が美女の後輩に告白することはありえる話だとしても逆はまずありえないのだ。
逆に考えると分かりやすい。仮に俺が超絶イケメンだとしよう。地球なのにハーレムを築けるほどのイケメンだ。そんな俺がわざわざ不細工に告白なんてするだろうか?答えは否。絶対にしない。断言出来る。
とはいえ、大の大人がそんな中高生のような阿呆なことをするのだろうかと、少々疑問に思う部分もあるのだが、俺が美女に告白されるよりはありえる話なので、まぁ、そういうことなのだろう。
さて、これで俺が後輩の告白を嘘告白だと言う理由が分かったことだろう。
つまり、こうして長々と話してしまったわけなのだが、結局俺は何を言いたいのかというと、前世には全く未練はありませんよ、ということを言いたかったわけだ。
それでだ。ここからが本題なのだ。女神様に、自分は前世に未練はないので異世界転生いつでもいけますよと伝えたところ、なんと【ギフト】を三つも持って転生することとなったのだ。
しかも異世界の言語を地球の言語に勝手に翻訳してくれるというおまけ付きだ。恐らく、関係のない人間を巻き込んでしまったという負い目があったのだろう。
それを言ってしまえば、一緒に転生する学生君も関係のない人間に当てはまるのだろうが、もともと女神様が行使したという召喚魔法は勇者願望の強い人間しか呼び寄せないものだとか何とかということだったので問題はないだろう。
さて、そんなわけで俺は今持っていく【ギフト】を三つどれにするかを選ぶわけなのだが……
「あれ? 上級と最上級の【ギフト】を選ぶことが出来ない……」
今、俺の頭の中には無数の【ギフト】の名前が浮かんでいる。というのも先程女神様が俺に、自分の好きなギフトを三つまで選んでもいいということを仰った後、俺が分かりやすいようにと頭の中に【ギフト】の一覧を表示してくれたのだ。
そしてその【ギフト】の名前の横にはそれぞれの等級が示されており、下の等級から順に初級、中級、上級、最上級と分かれている。等級はそのまま【ギフト】のレア度や強さなんかだと思えば分かりやすいだろう。
それで、俺は最上級クラスのギフト【チート】と上級クラスのギフト【主人公補正】を選んでみたのだが、どういうわけか自分のギフトとして決めることが出来ないのだ。
先程、試しにと一番上にあった中級クラスのギフト【未来視】を選んだ時は、なんていうか、こう、頭の中に浸透するような、溶け込むような感覚があったのだ。しかし、上級クラスや最上級クラスのギフトにはその感覚がないのだ。
「……うーん?」
俺は疑問に思いながらも、試しに先程とは違う上級クラスのギフト【聖騎士】を選んでみた。
「……」
しかし、やはりと言うべきか、中級クラスのギフト【未来視】を選んだ時のような感覚はない。
どういうことだろうか。取り敢えず考えても分からないので女神様に聞いてみることにするか。
そう思った俺は早速女神様に問いかけてみた。
「女神様、上級クラスと最上級クラスのギフトを選ぶことって出来ないんですか?」
「え? あっ、申し訳ございません。先にお伝えするのを忘れておりました。上級クラス以上のギフトは強力過ぎるので選ばれますとこちらに少々問題が生じるため、現在上級以上のクラスのギフトは決めることが出来ないように制限が掛けられております。それと、一度決められたギフトは取り消すことが出来ませんのでご注意ください」
「え? 取り消せない?」
「……」
最後にサラッと追加してきた爆弾発言に俺は思わず聞き返す。しかし女神様はこれ以上は何も話すことはないとばかりに、未だにしたままの土下座の姿勢からピクリとも動かなくなった。
土下座とはなんて便利なのだろうか。日本に生まれて良かった今度俺も使おう。だがまあ、確かに上級クラス以上のギフトが強すぎるというのは俺も分かる。最上級クラスのギフト【ご都合主義】に関しては能力の説明欄に「事実を捻じ曲げる」としか書かれていなかったしな。
さて、女神様の伝え忘れにより【ギフト】の選択が一気に狭まってしまった。ここからは先程よりも慎重に選ばないといけない。
俺が貰える三つのギフトの内一つは【未来視】で既に埋まっててしまっている。あと二つ。何にしようか……。
「よし。これに決めた……!」
残っているギフトあと二つを何にするか悩むこと一時間。考えに考え抜いた結果、以下の三つとなった。
中級クラス【未来視】
中級クラス【身体能力上昇】
中級クラス【魔法使い】
どうだろうか。我ながらいい選択だと思っているのだが。
まず【身体能力上昇】は名前の通り基礎能力などが上昇し、平均よりも筋力や持久力、運動能力が高くなるギフトだ。このギフトを選んだ一番の理由には、地球で生活していた時の経験が大いに関係した。
地球での経験、それは何か。簡単だ。地球では運動出来る奴はモテていた。俺は異世界で少しでもモテるため、異世界が運動出来る奴はモテる地球と同じだと信じてこのギフトを選んだのだ。
笑いたい奴は笑えばいい。地球で出来なかったことを異世界でやって何が悪い。
次に【魔法使い】は全属性の魔法が中級まで習得出来るようになり、習得までに掛かる時間が大幅に短縮されるギフトだ。やはり異世界と言ったら魔法だろう。魔法自体はギフトが無くても初級までなら誰でも扱うことが出来るそうなのだが、どうせ使うなら少しでも強い方がいいだろう。
そして一番最初に選んだ【未来視】なのだが、これはイマイチよく判らないのだ。
ギフトの能力の説明欄には「未来に起きる危険を察知し、起きる危険を予め視ることが出来る」と書かれているのだが、この文面だけを信じるならば【未来視】は能力的に上級クラスのギフトだとしてもおかしくはないのだ。
にも関わらず中級クラスのギフトだということは、文面上では触れられていない問題が何かあるということなのだろう。
取り敢えずはこうしてギフトを三つ決めることが出来たわけだ。あとは女神様に報告するだけだ。
俺は土下座をしたままの女神様に向き直ると
「女神様。ギフト三つ決めました。それと決めるのが遅くなってすいません」
「いえいえ、謝る必要はありませんよ。ギフトはとても重要ですからね。さて、では早速アースに転生ということになるのですが、心の準備はよろしいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします」
「分かりました。では後ろをご覧ください」
「後ろ?」
言われた通りに後ろを振り向くと、いつの間に現れたのか、そこにはどこにでもあるようなドアがポツンと立っていた。
「……これは?」
ドアに向けて指を指しながら、女神様に問いかける。
「アースへの扉です」
「……つまりこのドアを通ればアースに転生ってことになるんですか?」
「はい」
女神様の肯定に、俺はもう一度振り向きドアを見た。
なるほど。少し俺の思っていた転生の仕方とは違うが、まあ転生してしまえばどれも同じか。
そう自分を納得させた俺は、ドアの前まで歩く。
いろいろあったが無事に転生出来るようでよかった。てかこれって女神様に感謝した方がいいのだろうか。俺は巻き込まれて今ここにいるわけなのだが。
俺はドアの前で立ち止まると女神様に振り返る。見ると女神様は未だに土下座の体勢から動いていない。
「女神様。取り敢えず、いろいろありがとうございました」
土下座をしたままの女神様に俺は頭を下げ感謝の言葉を言った。
「いえいえ、元はといえば私が巻き込んでしまったのが原因なのですから。喜んでいただけただけで幸いです。それと、ちなみにですがアースでは一夫多妻でも何ら問題はありませんし、そのギフト構成ですと使いこなせればアースの世界の中では普通に強い部類に入ると思われます。アースの世界、存分にお楽しみください」
「おお、ありがとうございます」
何故その情報を今俺に教えたのか。何を存分にお楽しみになるのか。女神様は全ては語らない。しかし、俺の口からは自然と感謝の言葉が出ていた。
チートとまではいかなくても、普通に強い部類に入るってだけでも充分だろう。それに俺は、別にハーレムはそんなに望んではいないのだ。俺はただ地球では出来なかったこと、幸せな家庭を築ければそれでいいのだ。まぁハーレムが出来るならそれはそれでいいわけなのだが。
「あっ」
異世界の生活に思いを馳せながらドアノブを捻ろうと、手を伸ばしたところで俺はあることを思い出した。
「女神様、転生後の僕の顔ってどんな感じになるんでしょうか。出来るようなら普通の顔にしてもらいたいのですが」
「出来ますが……普通の顔でいいのですか?」
「普通の顔でお願いします」
女神様の疑問に俺はキッパリと告げる。
まぁ女神様が疑問に思うのも分かる。顔をイケメンに変えられるのに、わざわざ普通の顔にする必要はないもんな。しかし、これにはしっかりとした理由があるのだ。
突然だが俺は、世の中のイケメンには極端に良いイケメンと極端に悪いイケメンしかいないと思っている(俺はホモではない)。勿論、この考えはただの俺の偏見だ。しかもイケメンの良し悪し(繰り返すようだが俺はホモではない)だって単純な自分の基準で決めているのだ。
例えば、誰にでも平等に接し俺のようなブサイクにも気さくに話しかけてくれる佐藤君。これは良いイケメンだ。しかし逆に、ブサイクだからといって見下す、もしくは見下すような態度を言動に強く表す高橋君。これは悪いイケメンだ。そして、言うまでもなく俺はブサイクを見下すそんな高橋君、もといイケメンが大嫌いだ。
それを踏まえた上で話を戻そう。何故イケメンではなく普通を望むのか。もし仮に俺がイケメンに生まれ、イケメンで生活し、俺の中でイケメンが当たり前になった時、その時の俺は恐らく高橋君になっている。俺があんなにも毛嫌いをしていた高橋君に、だ。
つまり、俺はイケメンになることで、気付かない内に自分よりも劣る他者を見下すようになるのが嫌なのだ。
「まあ、そういうことならちょうどいいですし、分かりました。……確認ですが本当に普通でいいのですね?」
「はい、よろしくお願いします」
何がちょうどいいのかは分からないが、お願いを受け入れてくださった女神様に、俺は頭を下げた。
そうして異世界転生の準備が全て整った俺は、改めてドアノブを握ろうと……
「……女神様、なんていうか、確かに僕は巻き込まれて今ここにいるわけなんですが、僕はその巻き込まれたことを苦には思っていません。ですから、最後は頭を上げてはもらえませんか? それに、女神様が見送ってくださるのに土下座は流石に居心地が悪すぎます」
実は女神様の土下座をしている理由が判ってから、女神様に何度も頭を上げるようにお願いしていたのだが、何かと理由をつけて頑なに頭を上げようとしないのだ。
それにこれは俺の本音だ。俺は最初から巻き込まれたことを苦には思っていない。いや、それどころか憧れの異世界への転生が出来ると聞いて、今では巻き込まれたことに感謝をしているくらいなのだ。だから、女神様には最後くらい頭を上げてもらいたいのだが……。
しかしそんな俺の思いとは裏腹に女神様は
「相手に迷惑をかけてしまったら頭を下げて謝罪するのは当然のことです。それにーー」
やはり頭を上げようとしない。
「迷惑って……。正直な話、僕は巻き込まれたことを迷惑だとは思っていませんよ」
「そうですか? 優しいのですね」
そんなことはありませんよ、そう言おうと俺が口を開くよりも先に、女神様から耳を疑うような言葉が発せられた。
「巻き込まれていなければ、今頃は初めて出来た彼女とラブラブだったでしょうに」
「……は? 今なんて」
女神様の言った言葉の意味を理解出来ず俺が聞き返すと、女神様はどこかわざとらしく「あっ」とだけ言葉を漏らした。
「どういうことですか?」
俺の問いかけに女神様は、先程と同じように土下座のまま微動だにしなくなった。
いやいや、それは流石に無理があるだろう。
そう思い女神様に詰め寄ろうと足を一歩踏み出した、その瞬間後ろでガチャリ、と音がした。
音の発生源、ドアに目線を向けると先程まで閉まっていたドアが思い切り開かれていた。
……なぜ?
そう思ったのも束の間、開かれたドアに吸い込まれるように引き寄せられた。
「ちょっ!」
急いでドアの縁を掴み抵抗する。しかし、そんな俺の頑張りも虚しく終わり、ドアの中から放たれる異常なまでの吸引力に俺は思わず手を離してしまう。
……マジで意味分からん
暗闇の中、ドアが閉じられた。それを見たのを最後に、俺はそのまま落ちるように闇の中に引き込まれていった。