人生最大の過ち
「好きです!付き合って下さい!」
「……ぇ?」
仕事がいつもより早く終わり、家に帰ったらモンハンでもやりこもうか、なんて考えながら会社を出ようとした矢先のことである。
後ろから声を掛けられ、声のした方向に振り向いたら後輩が立っており――後輩とは言っても彼女と俺は確か歳は一年しか変わらなかったハズだが――いきなり告白をされた。
完全に不意を突かれて反応が出来なかった。
慌てて返事を返そうと口を開くが
「えっと……えー、と……えー……」
「……」
「え、と……」
「……」
俺の思うように舌が回らない。いや、それどころかまず頭すら回っていないのだろう、言うべき言葉が全く浮かんで来ない。
「ぇ……」
「……」
「……」
「……」
そして、とうとうお互いが無言になってしまい、俺たちの間に気まずい空気が流れ始める。
えっと、マジでどうしよう……
俺が今まで生きてきた人生の中で、女性から告白されたことなんて勿論なかったし、ましてや告白される時がくるなんて夢にも思わなかった。そのためこういった時になんて言えば良いのかが全く判らない。
いっそのこと、何も聞かなかったことにして逃げようか……
弱気になって思わずそんなことを考えてしまう。それに加えてこの沈黙である。そろそろ耐えられなくなってきた。もう今すぐ逃げ出したい。
だが、この空気に耐えられなくなったのは後輩も同じだったらしく、俺が逃げ出すよりも早く
「あ、あのっ! へ、返事は、あ、明日でいいですから! ……さよならっ!」
それだけ言って、後輩は会社の中に小走りで戻って行ってしまった。
……なんていうか、とても自分が情けない。明日しっかりと謝ろう。それにしてもまさか俺に告白される時がくるとは。一生独身なんだろうな、と諦めていた分衝撃は大きい。自分が告白をされたという実感が未だに湧かないな。
「……取り敢えず、今日はもう帰るか」
彼女はまだ仕事が残っているようだし、せっかく返事は明日でいいと言ってくれたのだ。ならば今日は家でしっかりと考えさせて貰おう。
会社を出ると、外は既に薄暗くなっていた。
出来れば少しでも明るい内に家に帰りたかったが、まぁ仕方ないか。
そんなことを思いながらも家へ帰るべく薄暗くなった夜道を歩き出した。歩きながら、後輩から先ほど言われたばかりの言葉を思い出す。
「返事は明日でいい」か。俺はそれになんて答えればいいのだろうか。後輩は、普通に可愛い上に性格も良い。社内でも男性陣にはかなりの人気があった程だ。普通に考えればYES一択なのだろうが、本当にそれでいいのだろうかと、どこか不安に思う自分がいる。
というのも、後輩が俺に告白する理由がそもそも判らないのだ。後輩とは特別仲が良かったわけでもないし、ましてや喋ったことなんてほとんどないはずだ。しかも俺は……。まぁ、だからと言って後輩が俺に嘘をついてまで告白する理由も判らないが。
「はぁ……」
答えが自分の中でまとまらず、思わずため息を吐いてしまう。
……考えても判らないものは判らないか。取り敢えず、自分に損はないのだし告白を受けてみるか。もしかしたら本当に俺のことが好きなの――
「えっ?」
――かもしれないし。そう思ったとほぼ同時に、俯きながら歩いていた俺の視界の中に光が飛び込んできた。
ハッとなって目線を下から前に上げると、自分の目の前にまで迫っている自転車が――いや、正確には自転車に乗りながらスマホを弄っている学生の姿があった。その学生の意識は完全にスマホに向いているようで、こちらに気がついている様子は全くなかった。
「あぶっ!」
ぶつかる。ほぼ直感的にそう思った俺は、思い切り横に飛ぶ様な形で回避する。俺が避けたことで、見事に自転車との衝突ほ免れた。が――
――グキッ
「グッ」
避けるのに必死になってしまい着地がままならず、足首を変な方向に捻ってしまった。俺は足首を捻ったことで、うまく立つことができずその場に倒れ込む。
捻った時に思わず変な声を出してしまったが、今はそんなことを気にしている暇はない。何故なら――
「何故デコトラが!」
今度はデコトラが俺の目前まで迫っていたのだ。自転車との衝突を横に飛んで回避した、までは良かったのだが、飛んだ先が車道のど真ん中だった。そこに、丁度デコトラが走って来た訳だ。つまり、俺の完全な飛び出しが原因で今に至る。
デコトラの方も気付いていないのか、それとも突然のことに対応出来ていないのか避ける気配はない。
……というかこの距離では避けれないか。
俺が諦めたその時。
ガシャン!
え?
音のした方向を目だけでチラリと見やると、なんとそこには先ほど俺と衝突しそうになった「ながらスマホ」をしていた学生が、自分の乗っていた自転車を乗り捨ててこちらに向かって走ってきている姿があった。
いや意味が判らない。デコトラはもう本当に目前まで迫ってきているうえに、俺は倒れ込んでいるため身動きは出来ないのだ。つまり、この学生が来たところでどうしようもない。
「オジサン危ない!」
いや知ってるよ。
学生はそう叫ぶと俺を突き飛ばそうとしたのか、俺に体当たりをしてきた。が、倒れている俺に体当たりをしたところで俺が痛いだけで突き飛ぶハズもなく、あろうことか学生までその場に倒れ込んでしまった。
え? うそでしょ?
そう思ったのを最後に、俺と学生は減速することなく走ってきたデコトラに仲良く潰され、装飾の一部となった。