パーティー
王都に来て翌日、俺は冒険者ギルトに来ていた。
なんでも『紅蓮』のパーティーメンバーとの顔合わせや正式に『紅蓮』のチームに入る手続きなんかをするのだそうだ。
アナザは今『紅蓮』のパーティーメンバーたちを呼びに行っていてここにはいない。
そんなわけで俺は、ギルド内に数卓置かれている丸テーブルの椅子に黙って座って待っている。
他に座っている人がいないから、結構目立ってしまう。
「なんだ、あいつ?」
「さあ?」
二人組の冒険者が、こちらをチラチラと見ながら、俺の前を通り過ぎていく。
……さっきからずっとこんな感じだ。とても居心地が悪い。
「はぁ……」
小さくため息を吐いて俯く。
早く、アナザ来てくれ。やっぱりあの時、俺もアナザに付いていけばよかったかな……。
「ん?」
俯いている俺の視界に影がかかった。
「ほう、お前がカカルドか」
「え?」
後ろから声がかけられ、俺は振り返る。
「……ぇ」
そこには、二メートルは優に越える巨漢の男が立っていた。
ただいるだけなのに、プレッシャーに押し潰されそうになる。
「な、なにか僕に用でしょうか」
ビビリながら俺が答えると、
「ん? ああ、いや。別に用ってわけじゃねぇんだが、そうだな。まずは自己紹介からしよう。俺はブルースってんだ」
「……ブルースさん?」
改めて、ブルースと名乗る巨漢の男の姿を見る。
特別、何か武器を装備しているようには見えないが、なんというか、自分の体が武器、みたいな強さを感じる。
「アナザから話は聞いている。パーティーに入るんだろ?」
「え、はい。そのつもりです」
……アナザの知り合いなのか。ということは、もしかしてアナザの冒険者仲間だったりするのだろうか?
俺の返答を聞いて、ブルースさんがニヤリと笑う。
「そうか、だったら歓迎しねぇとな。ようこそ、王都冒険者ギルドへ。ここが初めてってことは、分かんねぇことも沢山あるだろ? なんかあったら俺に言え。お前の力になる」
「あ、ありがとうございます」
「おう、それじゃあな」
ブルースさんは、俺にそれだけ言うと受付の方に歩いていった。もしかして、ギルドの職員関係者なのだろうか?
……なんかよく分からないが、凄く優しそう。やっぱり人って見た目じゃないな。
「ふぅ」
椅子に座り直しながら安堵のため息を吐く。
……はやく、アナザ来てくれないかな。
◇◆◇◆◇
「あ、カカルドさん。お待たせしてすみません」
いきなりのアナザの声に、俺はビクリと体を震わせる。
「いや、全然待ってないから大丈夫だ。それより、お仲間さんは?」
「こちらです」
アナザが入り口に手を向ける。
期待と緊張で胸をドキドキとさせながら、俺は入り口を振り返る。そこには――。
「おぅ……」
――昨日宿屋の入り口で会った三人組の女冒険者の姿があった。
「うわっ」
こちらに気が付いた先頭に立つ桃色の髪の女性――昨日俺のことをブス男と言った――が、俺を見るなりあからさまに嫌そうな顔をする。
俺の顔を見て相手に素直に「うわっ」とか言われるの何年振りだろう。
そんなことを考えていると、他の二人が強張った笑みを顔に張り付かせたままこちらに歩いてくる。
恐らく、心の嫌悪感を顔に出さないように笑顔を作ってくれているのだろう。だけど顔が引き攣りまくっているせいで全く意味がない。
「リーダー、この方は……?」
片手持ちの短い杖――ワンドと言うのだろうか――を右手に携えた青髪ロングの女性が、俺を見てアナザに問いかける。
「ああ、皆に紹介するよ。今回、僕たち『紅蓮』のパーティーに新しく入ってくれたカカルドさんだ。このことは宿でも伝え――」
「――はあ!? 嘘でしょ!?」
桃髪の女性の悲鳴にも似た、正気を疑う声がギルト内に響き渡る。
残念、本当なんです。
「たしかにパーティーにもう一人加わる事は聞いていたけど、こんなキモいブス男が仲間になるだなんてありえない!」
「なっ! なんてことを言うんだヴィオラ!」
俺のことを指差しキモいと罵る桃髪の女性。そんな桃髪をアナザが叱責する。
さて、どこに大丈夫な要素があったのだろうか。しかも、女性の俺に対する罵倒が昨日はただのブス男だったのに、一日経っただけでキモいが追加されているじゃないか。もしかしたら明日にはウザい、辺りが追加されているかもしれない。
「すいません、ちょっと失礼します!」
俺が下らないことを考えているうちに、アナザが桃髪の女性の手を引っ張ってギルトの外に出て行ってしまった。
「……」
……取り残された俺たちはどうすればいいのだろうか。まさかこのタイミングでお互いの自己紹介というわけにもいかないし。
「あっ」
気まずい空気に耐えること約一分。アナザと桃髪が戻ってきた。アナザが何をしたのかは分からないが、桃髪の機嫌が見るからに良くなってる。
「しょうがないからアナザに免じて許してあげる。ただし、不快だから私達には敬語を使いなさいよね」
「承知致しました」
なんとか許してもらえたらしい。
「カカルドさん、本当に仲間がすみません……」
「ああ、いや、気にしなくても大丈夫だ。それより、まずはお互いの自己紹介をしないか」
◇◆◇◆◇
「ヴィオラさん、シェイラさん、ドーラさんですね」
「ブス男が気安く私の名前を呼ばないでくれる?」
今俺を罵倒した桃髪の女性の方がヴィオラさん、青髪ロングの女性がシェイラさん、そしてもう一人の身長の低い、フードを深く被り自分の背丈ほどもある長杖を両手で持っている女性がドーラさんだ。
パーティーではアナザ、ヴィオラさんが前衛、シェイラさん、ドーラさんが後衛で、そこに俺が新たに前衛として加わる形になった。
「それでは、お互い自己紹介も済んだことですし、次はカカルドさんの『紅蓮』の登録に移りましょうか」
「……はーい」
アナザの掛け声で各々から嫌そうな声があがる。もちろん俺はあげていない。
「お預かり致します」
ギルトの職員さんに俺の冒険者カードを渡す。アナザによれば、冒険者カードに俺の魔力を流し込みパーティーの名前が刻まれれば、正式にそのパーティーのメンバーとして登録されるのだそうだ。
一体どういった原理でそうなるのか気になるところだが、「魔法」といった概念があるこの世界でそういったことを考えるのは殆ど無意味に近い。
なので俺はこれからも何か理に適わないことがあったとしても、異世界だからしょうがないか、と無理やり自分を納得させることにする。
「ねえ、まだなの? さっさとしなさいよ。ブス男のくせに」
待つことが苦手なのだろうか、桃髪が俺にそんなことを言ってきた。
しかし、今は確認のために冒険者カードを職員さんに預けているので、さっさとしろなんて言われても俺に出来ることは何も無いのだ。まあ、異世界だからしょうがないか。
「お待たせ致しました」
無理やり自分を納得させていると、カウンターの奥から先ほどの職員さんが俺の冒険者カードを持ってやってきた。
「では、冒険者カードに魔力を流して下さい」
「はい」
職員さんの指示通り冒険者カードに魔力を流す。すると、最初にカードを作った時のように、カードが淡く光り出し俺の名前の横に『紅蓮』の文字が刻まれる。
そして、俺のランクであったEのアルファベットが消え、代わりにAが刻まれた。
……あれ? 今思ったのだが、いきなりEからAになって良かったのだろうか。ランクを上げるには、どれも条件が必要だったはず。
そして何よりも、このAというランクはアナザたちの努力の結晶のようなもの。EからAにランクを上げるのは、決して容易なことではないはずだ。
俺は不安になってアナザに尋ねる。
「なあ、アナザ。俺、E級だったんだけどいきなりA級になってもよかったのか?」
「え? ああ、それは――」
「――はぁあ?! アンタ、E級のくせに私たちA級のパーティーに入ったの!?」
またも喋っているアナザを遮り、ギルト内で大声をあげる桃髪。
「ヴィオラ!」
アナザが慌てて桃髪の口を抑えるが、時すでに遅し。
今の桃髪の大声を聞いた他の冒険者たちが、一斉にこちら――特に俺――を見た。中には凄え形相で睨んでくるやつもいる。
多分俺、明日には死んでると思う。
だが、気持ちも分かる。この冒険者の方たちは、一歩一歩自分の力で努力してきたのだ。そんな中で俺は、なんの苦労もせずにA級になった。
そりゃ俺を睨みたくもなるだろう。
「すいません、この依頼受けます!」
ギルト内の冒険者全員が俺を睨む、そんな異様な状況にアナザが急いで依頼を受ける。
「さあ、早く行きましょう!」
アナザのあとに続き、俺は逃げるようにギルトを出た。
◇◆◇◆◇
「ヴィオラ、駄目だって言っただろう」
「……だって」
「だってじゃない。大体僕との約束は――」
前衛を務める二人が軽く会話を挟みながら俺たちの先頭を歩く。
魔物がどこから襲ってくるか分からないこんな場所にも拘らず余裕そうに落ち着いている姿を見ると、A級冒険者の凄さを改めて思わされる。
因みにこんな場所、というのは勢いで受けた「チョーナオリ草の採取」という依頼を達成するために来た、王都から馬車で約二時間ほど掛かる「ノアの森」のことだ。
この森の中は樹木が鬱蒼と生い茂り、丈が高い木々によって日差しが遮られ辺り一帯が薄暗い。流れる空気も冷たく、周りの雰囲気と相まってどうしても不気味に感じてしまう。
俺一人では絶対に来れない場所だ。絶対にはぐれないようにしないとな。
俺がアナザとの距離をつめていると、俺の後ろを歩くドーラさんから遠慮気味に声を掛けられた。
「あの、カカルドさん」
「はい、何でしょうか?」
桃髪に敬語を使えと言われたので、アナザ以外には全員敬語を使わないといけない。
「……さっきは、アナザが決めたことなのに、ヴィオラがめいわくをかけてすみませんでした」
「いえ、謝らないで下さい。ヴィオラさんがおっしゃったことは全て事実ですから」
「それでも、すみませんでした」
そう言って、ドーラさんがペコリと頭を下げた。
……この子は、なんて良い子なのだろうか。
思わずジーンときてしまった。
思えば宿屋で会った時も、桃髪が俺に罵倒をしているのに対して最初に制止の声をあげてくれたのもドーラさんだった気がする。
流石はA級冒険者チームの回復役だ。見ているだけでどんどんと心が癒やされていく。
というか実際にドーラさんは、冒険者の中でも回復魔法を使わせたら右に出る者いないと言われるほどの方なのだ。
アナザの言っていたことが本当であるならば、ドーラさんは、対象が生きていればどんな状態からでも完全に回復をさせることが出来るのだそうだ。
これだけ凄ければ、本当に見ているだけで回復する、なんてこともあり得るかもしれないな。まあ、どちらにせよドーラさんが俺の中で癒しの存在になったのは間違いない。
そんなことを考えていると、突然シェイラさんが叫んだ。
「魔物に囲まれているぞ!」
その一言で弛緩していた空気が一変する。
「カカルドさんとヴィオラはシェイラを守れ! 僕はドーラに付く!」
アナザの指示に従い前衛が後衛を守るような配置にそれぞれが付く。特に回復約のドーラさんは絶対に守り切らないといけない。
「敵の数は!」
「私のギフトでも捉えきれない! 恐らくニ、三十はいると思われる!」
「っ! カカルドさん、ヴィオラは自分に身体能力上昇を使え! 魔物はアサシンスパイダーの可能性が高い!」
自身に身体能力上昇を発動させながら、俺は馬車の中で説明されたノアの森にいる魔物について思い出す。
その中にアサシンスパイダーの名前もあったのでしっかりと覚えている。たしか特徴は、戦闘力自体は大したことがないが強力な猛毒を持っていて、さらに高い隠密能力も有しているA級に指定されている蜘蛛に似た魔物だったはずだ。
多分アナザはシェイラさんのサーチ能力に引っ掛からなかったことから隠密能力の高いアサシンスパイダーだと判断したのだろう。
ノアの森にはもう一種類隠密能力に長ける魔物がいたはずだが、その魔物はこちらから危害を加えない限り襲ってくることはないそうなので、今襲ってきたのはアサシンスパイダーで間違いないだろう。
と、そう俺が考えている間も魔物たちは姿を現さない。
姿は見えないのに、自分のすぐ側で大量の魔物が俺たちの様子を監視していると思うと、ものすごい息苦しさを感じる。
緊張で槍を持っている手が汗ばんできた。
そうして、その魔物が木の影から姿を現したことで永遠にも感じられた長い時間が終わる。
「なんで……!」
現した魔物の体貌を見た全員が、驚きに声をあげた。
木の影から現れたのは蜘蛛ではなく――白銀の毛並みを持つ狼だった。
「なんで不壊狼がいるのよ!」
桃髪が、声を荒らげてその魔物の名前を叫んだ。
不壊狼は、アサシンスパイダーではない隠密能力の高いもう一種類の方の魔物だ。先ほども言ったように、この魔物はこちらから危害を加えない限り、絶対に人を襲うことはないはずなのに。
「誰かが不壊狼を攻撃したのか?」
後ろにいるシェイラさんの呟きに、俺は魔物から目を離さずに尋ねる。
「……どういうことですか?」
「不壊狼は、別名“仲間思いの魔物”とも言われている。仲間が攻撃されたり危機的状況に陥った時、群れで助けにくるのだ。しかし、私たちは不壊狼を攻撃していない」
「つまり、先にノアの森に入った誰か人間が、不壊狼を攻撃したということでしょうか」
「恐らくそうだろう。……それにしても、私たちでもこの数はキツイぞ。どうするリーダー?」
「……不壊狼の毛皮は非常に硬いから、物理攻撃によるダメージは期待出来ない。僕たち前衛でなんとか不壊狼の攻撃を凌ぐから、シェイラはひたすら魔法で攻撃をしてくれ」
「分かった――来るぞ!」
シェイラさんが宣言すると同時に、不壊狼が一斉に襲いかかってきた。
俺たちとの距離を一瞬で詰めてくる。
「このっ!」
俺は目の前に来た不壊狼の一匹に、踏み込んで槍を思い切り突き出す。
「なっ!」
しかし不壊狼は俺が突き出した槍を軽く避け、そのまま器用に槍の上に乗った。そして、俺目掛けて――
――ガブッ
不壊狼の牙が俺の肩に浅く喰い込んだ。
「くそっ!」
咄嗟に魔法を発動させようするが、次の瞬間俺の肩に鋭い痛みが走る。
「――――っ!」
経験したことのない痛みに、声にならない悲鳴をあげる。
アナザたちは自分のところに来た不壊狼を捌くので精一杯のようで、俺に気付いている様子はない。
俺の視界の端に、更に襲いかかる不壊狼の姿が映った。
何が最善策なのか、痛過ぎて頭が回らない。それでも、コイツ等を倒さないと自分が死ぬことくらいは分かる。
歯を食いしばりながら、俺は中級の火魔法『ボルケーノ』を選択する。
あとは、自分の全ての魔力を注いでやる。
「ちょっ! アンタ何やってんのよ!」
異変に気が付いた桃髪が何か言ってくるが、今の俺の耳には届かない。
「止めろっ!」
不壊狼の群れに向けて俺の全力の『ボルケーノ』を発動させる。
同時に、自分の魔力が抜けていくの感じながら、俺は地面に倒れ込んだ。