ツライの名前を聞きたかった
「ありがとうございました」
俺は宿屋の方にお礼を言って外に出た。
今は空がまだうっすらとしか明るくなっていないほどの時間帯だ。当然人の姿はほとんど見当たらない。にも拘らず、こうして俺が早起きして外を出歩いているのは王都へ行くため、昨日アナザと決めた集合場所に向かっているところなのだ。
集合場所というのはこの街の西門前。つまり、俺が薬草取りに行った時に通った門だ。
これは、「まだカカルドさんは来たばかりで街の中を完全に把握しきれていないだろうから」というアナザの優しさにより、俺でも分かる、且つすぐに王都に向けて出発出来る場所をアナザが決めてくれたのだ。
やはり、アナザは良い方のイケメンのようだ。
ちなみに良い方というのは、俺は世の中のイケメンには良いイケメンと悪いイケメンがいると思っているのだが、この場合良いイケメンというのが俺のようなブサイクでもちゃんと一人の人間として扱ってくれるイケメンのことだ。
もちろん、アナザのような優しくしてくれるイケメンは尚素晴らしい。仮にその優しさが、自分の評価に繋げるためなどの偽善であったとしても、それを口に出さなければ俺は分からないのだから何も問題はない。
そして悪いイケメンというのが、ブサイクというだけで見下してくる輩のことだ。本当にアイツらは一体なんなのだろうか。なんで自分の顔がちょっと整っているからって俺の顔をまじまじと眺めながら「ブサイクをどう思う?」なんて聞いてくるのだろうか。マジで意味が分からない。死ねばいいのに。
そうして俺が実際にあった出来事を思い出しているうちに、集合場所の西門が見えてきた。しかし――
「――あれ? 門が開いていない……」
もしかして早く来すぎたのだろうか?
軽く辺りを見渡してみるが、門番のような姿は見当たらない。
……まいったな。門がいつ開くか分からない。ここで開くのを待ってみてもいいが、ただ何もすることがないから暇だ。前世であれば即座にスマホを取り出し弄くり出すところなのだが……。
「朝市にでも行ってみるか」
たしか大通りでは毎日朝市をやっていたはずだ。約束の時間にはまだ余裕がある。干し肉などの食料の補給もしたいと思っていたし、ちょうどいいだろう。
朝市が開かれている大通りへ向かおうと俺がその場から回れ右をした時のことだった。
「キャー!」
突如俺の耳に女性の悲鳴が届いた。
「え?」
俺が思わず声のした方向を向くと、路地裏から一人の女性がこちらに向かって走ってくるところだった。
「え? いや、え?」
突然のことに反応出来ずにいると、俺の存在に気がついた女性がこちらに駆け寄ってくるなり助けを求めてきた。
「追われています! お願いです、私を匿って下さい!」
「匿う? あ、ちょっと!」
俺が答えるよりも早く、女性は近くの物陰に隠れてしまった。
えぇ……。匿うって一体何から――
「オラァ! どこに行った魔法使い!」
――アレか。
男の怒鳴り声に振り返ると、先程女性が走ってきた路地から同じように筋肉ムキムキのゴツい男が走ってきた。そして、長いことあの女性を追いかけ回していたのか、男は息を切らしながら俺に問いかけてきた。
「おい、そこの。ここに、雷魔法を使う魔法使いを見なかったか?」
「見ていないですね。何かあったんですか?」
「いや、見ていないのならいい。悪いな」
男はそれだけ言うと、大通りの方向に向かって走っていった。
よし、あの筋肉男には悪いが、先に可愛い女の子に頼まれてしまった以上仕方がない。それに俺は嘘は言っていない。匿って欲しいと言ってきた女の子は見たが、雷魔法を使う魔法使いなんて見ていないしな。というか雷魔法なんてあったんだな。
――さて、取り敢えずは言われた通りにしたわけなのだが。既に遠くに逃げてしまっているかもしれないが一応報告はした方がいいか。
「行きましたよ。多分もう出てきてもらっても大丈夫かと」
女性が隠れた物陰に向かって俺は喋りかけると、どうやら逃げてはいなかったようで、その物陰から先程の女性が恐る恐る姿を現した。
「……そうみたいですね。ありがとうございます」
「いえいえ。お礼には及びませんよ」
言いながら俺は改めて女性の姿を確認し――驚愕に目を見開いた。
――この女性、顔が普通……だと!
俺は思わず女性の顔をまじまじと眺めてしまう。
やはり、何度みても普通だ。もちろん、普通とはこの世界での普通ではなく地球での普通だ。つまり、この世界だとこの女性の顔はブスということになる。
だが、元地球人の俺からすれば全くそんなことはない。むしろ可愛いとすら思える。ああ、なんだろう、この気持ち。俺はこの世界で今まで十五年間生きてきたわけだが、その人生の中で今が一番嬉しいかもしれない。
あまりにも嬉しく俺が女性の顔をただ黙ってジッと眺めていると、女性が非常に困惑した様子で俺に尋ねてきた。
「あ、あの……わ、わたしの顔に、な、何か付いていますか?」
――! しまった、やってしまった。
女性の動揺にも似た狼狽した様子を見て、やっと俺は我に返った。
そうだ。地球での普通が、この世界ではとてつもなくブスになるということを考えれば、この女性は俺と同じように自分の顔で様々な苦労をしてきたはずなのだ。そんな中でいきなり自分の顔をまじまじと見られたらどう思うか、言うまでもない。
……俺はなんてことを。自分が今までされてきて嫌だと思っていたことを他人にやってしまうとは……。だが、俺はこの誤解を解くためにはなんて言えばいいんだ?
この状況で正直に俺が思ったことを話しても信じてもらえるはずがない。
仮に「あなたの顔を見ていたのは、あなたのことが可愛らしいと思ったからですよ」なんてでも言ってみろ。絶対に嫌味か何かだと思われて終わりだ。俺が逆の立場で「あなたイケメンですね」なんて言われても軽く殺意が湧くだけだしな。
そうなると本当に手段が何も無くなる。ここは嫌われるのを承知で無言を貫き通すか? だが、この世界で初めて自分と同じ普通の人間に会うことが出来たのた。
叶うのならこの女性とは何かしらの関係――友達程度でいいから――を持って今後とも付き合っていきたい。最悪、名前だけもでいいから知りたい。しかし、この状況からなんて聞けば名前を教えてもらえるのだろうか。
俺が悩み黙り込んでいると、突如女性はハッとした表情になり、
「あの、ごめんなさい。急ぎの用事を思い出したので」
今すぐにでもこの場から立ち去りとでもいうかのように、とても慌てた様子で俺に背を向け走り出そうとして――。
――それを見た俺は反射的に女性の腕を掴んだ。
「「え?」」
俺と女性の声が重なる。
「あっ、すいません!」
咄嗟に取った自分の行動を恥じながら俺は慌てて女性の腕を離そうとして――離せずに終わる。
「え?」
女性がもう一度困惑の声を上げる。
マズい。これ以上この女性に迷惑は掛けられない。だから、早く言おう。やる後悔よりやらない後悔だ。男だろ、言え俺!
俺は一つ深呼吸をすると、しっかりと相手の顔を見てキッパリと
「すみません、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……え? 名前……ツ、ツライと言います」