パーティーに誘われた日
「いや、どういうこと?」
頭を下げるイケメンに対し、俺は戸惑いながら問いかける。
「ああ、すいません。名乗るのが先でしたね。僕は紅蓮のリーダーのアナザと言います。よろしくお願いします」
爽やかな笑顔をこちらに向けて、アナザが俺の前に手を差し出す。
「え? ああ。よろしく」
握手の習慣なんてあったんだ、なんて思いながら俺もそれに応える。
すると急に周りがガヤガヤと騒がしくなった。
「紅蓮ってあのAランクチームの?」「王都で有名な冒険者チームだろ」「あの若いやつがAランク?」「聞いたところによると相手のギフトを一発で見抜くギフトを持っているらしいぞ」「まあ、Aランクなんて俺たちEランク冒険者からすれば差があり過ぎて見当もつかないんだけどな」
ガハハと豪快に笑う冒険者たち。
どうやら紅蓮のアナザさんはここらでは有名な冒険者らしい。何もしなくてもどんどんと勝手に情報が入ってくる。
というかコイツら強そうな装備を着けているくせに、俺と同じEランクだったのかよ。Dランクへの昇格は割と簡単だったはずだが、何か問題でも起こしているのだろうか。だとしたらあまり近づかないようにしよう。
取り敢えず、問題はこっちだ。
「えっと、立ち話もなんだから、そこに座ってくれ」
「分かりました」
アナザが俺の正面に座るのを確認して、俺も元いた席に座る。
「さて、いきなりで悪いんだけどさっきの「ありがとう」というのはどういうこと? あと、なんで俺のことが判った?」
他にも聞きたいことは沢山あるが、一気に質問をしても相手が困るだけだろう。そう思って内容を絞ったつもりだったのだが、俺の質問にアナザは少し渋った顔をした。
「……すいません。カカルドさんを判断出来た理由の方は、僕のギフトに関わることなので言えません」
「ああ、そういうことなら全然。それじゃ、なんで「ありがとう」と言ったのかだけで」
そりゃそうだ。自分の手の内を明かせるわけがない。
「ありがとうございます。……そうですね。話すと少し長くなるのですが、まず僕はこの街のある依頼で王都からここへやってきたんです。その依頼というのが、この街の近くにある山賊団の討伐です」
「……」
俺は山賊という言葉に少しドキッとする。
山賊の討伐? ……もしかして俺、アナザの邪魔をしちゃた感じか?
「それでその山賊は……?」
不安になった俺は、思わずアナザに問いかける。すると、アナザは平然とした様子で答えてくれた。
「え? ああ、山賊は無事に全員殺しましたよ。僕がカカルドさんに倒されたのは山賊を討伐し終わった後でしたから」
笑いながら答えてくれるアナザに、俺はテーブルに頭を擦りつけて謝罪する。
「本当にすまん」
つまり俺は、山賊の討伐という大事な依頼を成し遂げた人物に攻撃をし、更にあろうことかその人物を地面に埋めたのだ。マジで俺は何をやっているんだろうか。というかなんで俺はタメ口をきいているんだろう。
「あ、いえ、そういうつもりで言ったんじゃないんです。先程も言ったように、僕はカカルドさんには感謝しているわけですから」
「そ、そうか? 話を遮って悪かった。それで、なんで俺に感謝を?」
「……僕は、カカルドさんに気付かせて貰ったんです」
アナザはとても真剣な顔で一言そう呟くと、ジッと俺の顔を見てきた。
……ん?
「何を?」
「己の愚鈍さをです」
俺が問いかけると、すぐに答えは返ってきた。その答えに俺はホッとする。
良かった。これで「自分の本当の気持ちです」みたいなことを言われたらどうしようかと。――それにしても、己の愚鈍さ?
「愚鈍さとは?」
「僕は、王都で唯一のA級というランクを預かっているにも関わらず、自分の力を過信してしまい、この街には僕よりも強い人間はいない、そう思っていました。大事な依頼を受けている最中に、僕は大きな油断をしていたんです。――その結果、僕はカカルドさんに呆気なく倒されました。だから、気が付くことが出来たんです」
そう言うと、アナザはガタリとイスから立ち上がり
「改めてお礼を言わせて下さい。自分の能力不足に気付かせていただき、それどころか僕の安全にまで配慮して下さって本当にありがとうございました。そして、これはそのお礼です」
こちらに向けて頭を下げると、懐から硬貨の入っている革袋――先程中身は拝見させていただいたので何が入っているかは知っている――を俺に差し出した。
……え、えぇ。どうしよう。
……恐らく僕の安全、というのは地面に埋められたことだろう。なぜ、アナザはそんなことまでされたのに怒らないのだろうか。
どうやらアナザは俺に感謝をしてくれているようだが、俺のやったことはアナザからすれば、いきなり攻撃をされ地面に埋められ、そしてそのまま放置されたわけだ。
いくら感謝をしてくれているとはいえ、ここまでされたら普通は怒ると思うけどな……。もちろん、別に何も言われないのであればそれはそれでいいのだが、なんというか、少し罪悪感が湧いてしまう。
だからだろうか。お礼を素直に受け取る気にはなれない。というか、このまま純粋な感謝を受け取るのは人間としてダメな気がする。
ここは、アナザの勘違いを解くべきだろう。
「……あー、取り敢えず、頭を上げてくれ。その、なんだ。アナザは俺に感謝をしてくれているのかもしれないが、俺のやったことは山賊となんら変わりはない。今日のは偶々良い方向に物事が進んだだけで、一歩間違えれば俺は殺人を――」
「――ですが、それでも僕はカカルドさんに感謝はしているんですよ。だから、どうかお礼を受け取っては貰えないでしょうか」
俺の言葉を遮ってアナザが答えた。そして俺にズイと硬貨の入った革袋を再度差し出してくる。
……えー、本当にどうしようコレ。アナザはこう言ってくれているが、お金を貰うのはマズいだろう。いや、でもなぁ……。今お金に困っているんだよなぁ。
「んー……」
ここは自分に正直になって素直にお礼を受け取るべきか、それとも流石に悪いと断るべきか。そうして俺の中で悪魔と天使が激しい戦いを繰り広げていると、そんな俺の姿を見かねたのか、アナザがある提案を提示してきた。
「カカルドさんは、僕に悪いという思いからお礼を受け取るかどうかを迷っているんですよね? ……それでしたら、僕のお願いを一つ聞いていただけないでしょうか?」
「お願い?」
「はい。もちろん僕からのお礼は、そのままさせていただきます」
……なるほど。そういうことなら俺も遠慮なくお金を貰うことが出来るな。それに、元々は俺から先に手を出したのだ。どんなお願いが来ても俺に断れる権利はないだろう。
「因みに、そのお願いの内容というのは?」
気になって俺が聞くと、まだ考えていなかったのか、アナザは顎に手をやり考える仕草をした。そして、衝撃的な内容を口にする。
「……そうですね。では、僕のパーティーに入っていただけないでしょうか?」
「――は?」
俺は思わず素になって聞き返す。
「パーティー? どういうこと?」
「言葉の通りです。カカルドさんには、僕たちのパーティーに入っていただきたいのです。お願いします」
「あ、簡単に頭は下げないでくれ。それと、少し時間を貰う」
頭を下げそうになったアナザを止めながら、俺は考える。
……これはどうすればいいんだ? もちろん、それがアナザのお願いというのなら俺が断れるはずはない。ただ、アナザは本当にそれでいいのだろうか。俺なんかがパーティーに入ったところで何も得はないと思うのだが。いやまあ、パーティーに入るくらいなら俺にも出来る――というか、実力も金も無い今の俺からすれば出来ることはそれくらいしかない。
それを考えれば、ここはアナザのお願いを黙って聞くべきだろう。何か言って、無理なお願いに変えられても困るしな。
「――よし、分かった。俺が何か出来るとは思えないが、それでもいいならアナザのパーティーに入ろうと思う」
「本当ですか、ありがとうございます! では、急で申し訳無いのですが明日の朝、王都に向けて出発するので準備をお願いします」
「王都に?」
「はい。もともと僕は依頼で王都からこの街に来ただけですから。依頼達成も含めて色々な報告もありますし、仲間にカカルドさんを紹介しないといけないですからね」
ああ、そうか。というか今思ったのだが、仲間に何も言わずにパーティーに俺を加えて大丈夫なのだろうか。
浮かんだ疑問をアナザに聞いてみたところ、アナザの方からしっかりと仲間に伝えてくれるそうなので何も心配はいらないのだそうだ。アナザがリーダーとしてチームの殆どを決めているため、割と勝手なことをしても仲間から何か言われることはないのだと。それで大丈夫なのかとは思ったが、それは俺が言えることではない。それに、実際しっかりパーティーとして機能しているのだから大丈夫なのだろう。
――と、そんなこんなでアナザとしばらく会話を続けたあと、今日はお互い準備の都合もあるだろうということで解散となった。
まあ、俺の場合はバッグの中に必要な物を全て入れているため、準備も何もないのだが。とはいえ、明日の朝は早い。寝坊をしないように今日は少し早めに寝ることにしよう。
そう思った俺は、宿屋に早足に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
「行ったか」
「はい、カカルドさんの魔力の気配は完全に消えました。あとは楽にしてもらって大丈夫です。――さて、いきなりB級冒険者の皆さんをお呼び立てしてしまい申し訳ございませんでした」
「いや、それくらい気にしなくていいさ。それより、そのカカルドという男は一体何者なんだ? お前さんが警戒するほど強そうには見えねぇが」
「詳しくお伝えすることは出来ませんが……そうですね。このことは他言無用でお願いしますよ」