俺が初めて依頼を達成した日
職員さんからの説明を受け終わった俺は、掲示版に貼られている依頼を一通り確認する。
「E級の依頼は薬草摘みくらいしかないか」
見るとモンスター討伐の依頼はD級からのようだ。まあ、そりゃそうか。冒険者になったばかりの新人に魔物退治をさせるわけがないか。
そう一人で納得した俺は、薬草採取の依頼を手に取りカウンターに持っていく。
「この依頼受けます」
「はい、ナオリ草の採取ですね。ナオリ草は西門を出て直ぐの草原に多く生えていますが、草原にはスライムも多く出現するので気をつけて臨んで下さいね」
そう言って職員さんはニコリと俺に微笑みかけてくれる。
もう最高。明らかに年下の俺にも、しっかりと説明してくれるところとか微笑んでくれるところとかマジ最高。
「そうなんですか。わざわざ教えていただきありがとうございます。――それでは」
優しい職員さんにを感謝をした俺は、あと特に話すこともなかったのでそのままギルドをあとにした。
ナオリ草は村の近くにも生えていたから形は分かるしな。
◇◆◇◆◇
職員さんが言っていた通り、西門を出ると直ぐに草原に出た。
吹き抜ける風が気持ち良い。
依頼内容はナオリ草の採取ということだったが、流石にこんな門を出て直ぐのところには無いだろう。
そう思った俺は、草原の中をしばらく歩く。
そうして歩いていると、不意に前方にドロドロとした動く液体の姿を発見した。――スライムだ。
俺は歩く足を止める。
まさかナオリ草を見つけるよりも早くスライムに出遭うなんて。
スライムは村にいた時に何度も見ていたから間違いない。最初にスライムを見た時は、勝手にスラリン的なものを想像していた分衝撃が大きかったな。
――さて、それはそうとここは戦うべきか逃げるべきか。本来ならば逃げる一択なのだが、たしかD級の依頼に「スライムの残骸の納品」という、報酬の高い依頼があったはずだ。
俺はその依頼を受けてはいないが、スライムの残骸を持っていけば、もしかしたら特別に依頼達成として報酬が貰えるかもしれない。
それにスライムは近づくことが難しいだけで、実は割と簡単に倒せるのだ。
というのもスライムは、核と言われる部分を破壊出来れば一発で倒せる。更に核はどこにあるのか見た目で判断が出来るうえ、核自体も脆く、俺の持っている槍なんかで強めに突けば簡単に破壊が出来る。
とはいえ、スライムは強い酸攻撃を持っているため迂闊に近づくことが出来ない。革の装備くらいなら簡単に溶かされるし、もし皮膚に当たったら痛いではとても済まない。
そのため、スライムは比較的簡単には倒せるのだが、なかなか近づくことが出来ないのだ。
「……」
遠距離から魔法で攻撃をしようにも、スライムの残骸が残らないと意味がないしな……。どうしたものか。
――そうして暫くの間、何か良い考えはないかと必死に悩んでいると、不意に何かが足に纏わりつく感触があった。
「ん?」
疑問に思い自分の足に目線を落とすと――
「ぇ……」
――俺の足にヌルヌルと纏わりつくスライムの姿があった。
自分の視界に映るあまりの光景に理解が出来ず、一瞬俺の思考が停止する。
……なるほど。そうか、落ち着こう。スライム自体は別に酸じゃないんだ。それに、こうして見ると結構可愛いじゃないか。取り敢えずこのスライムには敵意は無いようだし、今のうちに殺っとくか。
「オラ」
俺は足に纏わりつくスライムの核を持っていた槍で躊躇なく突いた。
――ガリッ
これだけ至近距離ならば急所を外すことは無い。俺に核を破壊されたスライムはそのまま動かなくなり、ただのドロドロとした液体に姿を変えた。
「よし」
スライムが残骸となったのを確認した俺はバッグから小瓶を取り出し、その中に掬うようにスライムの残骸を入れていく。
小瓶にスライムの残骸を全て入れ終わったら、最後にしっかりと小瓶に栓をして完了だ。
「……」
そうした一連の流れを終えて安全を確認した俺は、ホッと肩の力を抜いた。
「……ふぅ」
……なんとかなったな。ほとんど思考が停止した状態だったが、なんとかなったな。
――というか一体何がどうなっていたんだ? 最初からゆっくりと一つずつ考えてみようか。
まず、俺の足に纏わりついていたあのスライムは、俺が最初に見たスライムで、俺が考えているうちにいつの間にか足元まで来てたってことだよな……。だが、なんであのスライムは俺に敵対しなかったんだ?
そこが分からない。
まず、人間の魔力の質とスライムの魔力の質は異なるため、視覚や聴覚といった感覚がないスライムはそれ――自分とは違う魔力の質――に反応して人間を襲うのだ。
つまり、スライムが人間を襲わないなんてことはありえないのだ。仮にありえるとしたら、あの残骸と化したスライムの魔力の質が人間と同じだったか、それとも俺の魔力の質がスライムと同じだったのかのどちらかだろう。
仮に前者だった場合、俺は人間を襲わない貴重なスライムを殺る、というとんでもないことをしてしまったことになる。なので俺はあるとしても後者だと思うことにしよう。というか、実際後者の方がありえるのではないだろうか? 勇者にも「魔物臭い」みたいな事を言われた記憶がある。
まあ、だからといって絶対にそうだ、と言い切れるわけではないのだが。確実なのは、もう一度スライムに遭って敵対するかどうかを調べることだろう。
「――いないか」
グルッと辺りを見渡してみるが、目の見える範囲にスライムは見当たらない。
……いないのなら仕方がないか。取り敢えず、本来の目的を忘れないうちにさっさとナオリ草を採取することにしよう。スライム探しはそれからだ。
◇◆◇◆◇
「すっかり暗くなってしまった」
夜空を見上げると、空には青白く光る月のような物体が浮かんでいる。こういうのを見ると、改めて異世界なんだなと実感させられるな……。
ボーッと空を眺めながら、俺は夜の街中を歩く。
――あの後すぐにナオリ草を採取した俺は、時間ギリギリまでスライムを探したのだが結局見つけることはできなかった。代わりにナオリ草は沢山あったので採れるだけ採ってきた。
そして俺は大量のナオリ草とスライムの残骸を冒険者ギルドに持って行き、結構いい値段で買い取って貰った。スライムの残骸に関しては依頼達成ということにはならず、そのままギルドに買い取って貰った。
そのため俺の現在の所持金は大銅貨五枚と銅貨七枚。日本金で言えば五千七百円だ。
――とまあ、そんな感じでお金を得た俺は、冒険者ギルドの近くにある居酒屋に向かっていた。なんでもその居酒屋は早い、安い、うまいの三拍子が揃った人気店らしい。ギルドにいた現役の冒険者二人組の話を盗み聞きしたのだから恐らく間違いないだろう。
いや、別に盗み聞きをしたかったわけでは無いのだが、自然に聞こえてきてしまったんだから仕方がない。
「――お、ここだ」
そんなことを考えているうちに目的の場所に着いていまった。
見ると、俺に情報提供をしてくれた冒険者二人がちょうど店内に入っていくところだった。
席が埋まってしまってはマズいので俺も急いで中に入る。店内は冒険者らしき人間で賑わっていた。
俺は空いている席に座り、適当にステーキとお酒を頼む。ちなみに、オークやオーガといった肉料理がオススメと店内には書いてあったのだが、流石に人型のお肉は抵抗があるのでイノシシの肉にしてみた。
イノシシは前世でも食べたことがなかったので少し楽しみだ。
そうしてワクワクしながら待つこと数分。俺の元に注文した通りのお酒と鉄板に乗せられたステーキが運ばれてきた。
「ありがとうございます」
店員さんにお礼を言い、料理を受け取る。
――やべぇ、めちゃくちゃいい匂いがする。よし、早速いただこう。しっかりと手を合わせ、食材に感謝を込めて。
「いただきます。よし決まった。さて、まずは――」
――お酒からいこうかと、コップに向けて手を伸ばした瞬間、俺の名前が大声で呼ばれた。
「ここに、カカルドという人間はいないか!?」
「はぇ?」
突然自分の名前が呼ばれ、わけも分からないまま俺は咄嗟に声の発生源に向けて振り返った。そこには――
――俺が埋めたイケメンじゃないか!
見ると、俺が今朝埋めてきたはがりのイケメンが、店内をキョロキョロと見渡している。これはマズい。取り敢えず隠れよう。
そう思い急いで席の下に潜り込もうとするが、今から行動するには遅すぎた。
「――あ、いた!」
イケメンがこちらに指を指し、大声で叫ぶ。そして、笑顔でこちらに歩みよってくる。
俺はそんなイケメンの姿を見て、一人静かに覚悟を決める。
――なるほど。思った以上に色々とバレてるな。だが、実はこれも想定の内だ。最悪の場合を考えて、その時俺はどう動けばいいのか、しっかりと頭の中で作戦を立てている。恐らくこれで負けることはない。ちなみに作戦命は『土下座』。
そうして俺が覚悟を決め終わったのと同時に、イケメンが俺の目の前で止まった。
「あなたがカカルドさんですか?」
「……ああ」
イケメンに短く返事を返し、俺は立ち上がる。
そして、俺は土下座をしようと地面に膝を――
「ありがとうございました!」
「――え?」
予想していなかった急な感謝に驚き前を見ると、イケメンが俺に頭を下げているところだった。