俺が初めて冒険者になった日
「お、ここだ」
干し肉を齧り歩くこと数分。俺は目的の場所に辿り着いた。
数年前に一度見たきりだったため道があやふやだったが、街が以外に狭くて助かった。知らないとこで道に迷うと結構焦る。
そんなことを思いながら、俺は重厚な木の両扉を開け中に入る。中は広いロビーになっており、まだ仕事をする時間帯には早いのか、冒険者らしき人間は数人しか見受けられない。左の壁には掲示版のような物があり、恐らくあそこで依頼を探したりするのだろう。
そして正面にはカウンターが三ケ所あり、それぞれ職員と思われる美人さんたちが座っている。
俺はそのうちの一人に声をかける。
「すいません、冒険者になりたいんですが」
「分かりました。では、こちらの冒険者カードに魔力を流して下さい」
職員さんは手早く答えると、俺に名刺くらいの大きさの硬質なカードを渡してきた。何だこれ。
「魔力ですか?」
「はい、魔力です」
「あ、そうですか」
なんで魔力を流すのか、という意味も含めて聞き返したつもりだったのだが、職員さんにこう言われてしまってはただ頷くしかない。
俺は言われた通りにカードを持って魔力を流す。するとカードが淡く光り出し、カードに俺の名前が刻まれていく。おお、なんかすごい。
そして、俺の名前が最後まで刻まれ、これで終わりかと思っていると、更に俺の名前の横にアルファベットのEの文字が刻まれた。
「アルファベット?」
疑問に思い思わず声に出してしまう。すると、これに対して職員さんが反応を示した。
「あら。アルファベットを知っているですか?」
「ええ、まあ。何故名前の横にアルファベットが刻まれたのかは知りませんが」
というか異世界にアルファベットってあったんだな。俺的にはこっちの方が驚きだ。刻まれた「カカルド」の文字はこの世界の文字だしな。
「なるほど。ではそれも含めて、当ギルドの規約等について説明させていただきます。まず――」
――そうして職員さんが説明してくれた内容は、殆どがよくあるテンプレファンタジーの設定と同じだった。
冒険者にはSからEまでランク付けされており、そのランクよりも上の依頼を受けることは出来ない。
最初のランクは一番下のEからで、それぞれのランクに合った依頼を一定数やり遂げることでランクが上がるのだと。自分のランクは、俺がさっき作った冒険者カードのアルファベットを見れば分かる。
そして、そのアルファベットなのだが、なんと初代勇者がギルドを創立した際に使ったのが最初なのだそうだ。
これを最初聞いたときは思わず「は?」となってしまった。まず初代勇者って何だよ、ていう。
聞いたところによると勇者という存在は、魔王がこの世界に出現するのに合わせて数十年間隔で産まれてくるのだと。つまり、今までにも俺やあの学生のように、地球からこの世界に呼び出させれていた人間がいたということだ。
マジで驚き。そして更に驚きなのが、その産まれてきた勇者たちの姿を誰も見た記憶が無いということだ。これに関してはもはや意味が分からない。書籍などの文面上ではしっかりと記録があるのに、何故か記憶には勇者なんていう存在は無い。
どういうことなのだろうか。
一応職員さんに、記憶が無いのなら勇者なんて最初からいなかったんじゃないのか、と聞いてみたのだが、勇者がいたという証拠自体はあるのだそうだ。例えば農業であったり、料理であったり内政であったりと、勇者によってもたらされた恩恵は今でもしっかりと形として残っているのだと。
とまあ、結果なんで記憶が無いのかは未だに謎なのだそうだ。何か魔法的手段を使えば記憶を消すことも可能――てか、そういえば俺の【闇墜ち】の魔法の中に『記憶消去』があったな。
ということは、【闇墜ち】のギフトを持った他の誰かが『記憶消去』を使ったのだろうか? ……いや、流石にそれは無いか。
まず、全世界の人間に『記憶消去』の魔法を使って歩くとか常識的に考えてあり得ないな。だが、魔法的手段を使えば人の記憶を消せるのは事実なんだよな……。
あれこれと自分なりに可能性を考えて見るが全く分からない。
とはいえ、勇者という時点であの女神が何か関わっているのは殆どたしかだろう。
だとすると、勇者ではないが一応俺も気をつけた方がいいな。取り敢えず、何があるか分からないから【闇墜ち】の上級以上の魔法は今後も使わないようにしよう。